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  • バイオ一口話:日本人がお酒に弱いわけ

    お酒のアルコールは肝臓で分解される

    図1 エタノールの分解経路
    図1 エタノールの分解経路

     私たちの中にはおちょこ一杯程度のお酒を飲んでもすぐ酔ってしまい、赤くなったり、気持ち悪くなったりする人がいますね。ところが、欧米人ではこういう人はほとんどいません。
     お酒の主成分はエタノール(エチルアルコールともいいます)です。胃や腸から吸収されたエタノールは、図1に示したように、主に肝臓でアルコールデヒドロゲナーゼ(アルコール脱水素酵素、ADH)という酵素により分解されます。他にミクロゾームエタノール酸化系(MEOS)と呼ばれるいくつかの酵素による分解系もありますが、これは毒物分解系で、お酒をよく飲んでいるとエタノールを毒物と認識して分解するために肝臓の細胞中で増え、飲むのをしばらく止めると、この系は減少します。したがって、よく飲んでいるとお酒に強くなると言うのは本当で、この分解系が増加するためです。しかし、肝臓を酷使することになるので、お酒を飲み続けて肝臓を鍛えようというのは危険です。
     ADHはエタノールを酸化してアセトアルデヒドに変化させます。この反応を行う酵素には異なる3種類あり、ADH1、ADH2、ADH3と名付けられています。
     生じたアセトアルデヒドは実は毒性を持った物質です。建材などに含まれてシックホーム症候群を引き起こすホルムアルデヒドなどアルデヒドと呼ばれる一群の物質は反応性が強いため、毒性をもつのです。このアセトアルデヒドを速やかに分解するためにアルデヒドデヒドロゲナーゼ(アルデヒド脱水素酵素、ALDH)という酵素が働き酢酸に変化させ、酢酸は最終的には二酸化炭素(炭酸ガス)と水に分解されます。

    おちょこ一杯で真っ赤になるのは?

     アセトアルデヒドを酢酸に変化させるALDHという酵素には2種類あり、それぞれALDH1とALDH2と名付けられています。主に働くのは後者です。酵素はタンパク質で作られており、タンパク質はアミノ酸がつながってできているものです。いろいろなタンパク質を作っているアミノ酸の種類とそのつながりの順序は遺伝子によって決められており、ALDH2の場合は、ヒトの第12染色体にその遺伝子があり、この遺伝子に基づいて作られたALDH2酵素タンパク質は細胞中のミトコンドリアという場所に運ばれて働きます。
     ところがこの酵素の487番目のアミノ酸は欧米人ではどの人もグルタミン酸なのですが、日本人の中にはこのグルタミン酸の代わりにリシン(リジンともいいます)というアミノ酸になっている人がかなりいるのです。487番目がグルタミン酸のアルデヒドデヒドロゲナーゼがALDH2*1、リシンのものがALDH2*2と名付けられていますので、今後この略号を使います。
     このALDH2*2ではアミノ酸が1個置き換わっただけなのに、アセトアルデヒドを酢酸に変える能力がなくなっています。そのため、ALDH2*2をもっている人は、お酒を飲むとエタノールから生じたアセトアルデヒドが分解され難く、これの毒性により、顔が赤くなったり、どきどきしたり、気分が悪くなったりするのです。体の中のしくみは複雑で、他の要素も働きますからこの酵素だけでお酒に強いか弱いかが全て決まるわけではありませんが、お酒を少し飲んだだけで真っ赤になったり、気分が悪くなる人は、このように遺伝的な体質の違いによりお酒を飲むと体内にアセトアルデヒドが溜まりやすいので、お酒はなるべく控えめにしてください。

    タンパク質のアミノ酸は遺伝子によって決まる

     アルデヒドデヒドロゲナーゼ、ALDH2の487番目のアミノ酸がグルタミン酸やリシンになるということは、この酵素タンパク質の設計図である遺伝子の違いによるもので、親から子に伝わる性質です。遺伝子というのはDNAと呼ばれる物質中でタンパク質のアミノ酸を決めている部分のことです。DNAは「バイオ基礎教室/野菜からDNAを抽出してみよう」で紹介したようにどの生物にもある物質で、よく知られたようにA、C、G、Tの4種類の記号で表される塩基と呼ばれるものがつながってできています。CとGが紛らわしいので、研究では小文字、a、c、g、tが使われます。ヒトのALDH2の遺伝子を図2に示しました。この4種類の記号が並んでいるのがわかりますね。アミノ酸はこの記号が3個並んだ配列で指定されます。ローマ字で日本語を表す時、母音以外では2個の英字で1個のかなを表す(例:ta→た)のに似ています。
     ALDH2*1の遺伝子で上に述べた487番目のグルタミン酸を決めているのはこの中で終わりの方のgaaという部分です。ALDH2*2の遺伝子では、この最初のgがaとなっているため、ALDH2*2酵素タンパク質ではグルタミン酸の代わりに遺伝子中のaaaで指定されるリシンというアミノ酸になってしまうのです。
     遺伝子は両親から受け継ぎます。ですから、日本人の中には両親から共に*1の遺伝子を貰った*1/*1の人と両親から共に*2の遺伝子を貰った人(*2/*2)、それからそれぞれ*1と*2の遺伝子を貰った人(*1/*2)がいるわけです。
     *2/*2の人はALDH2の活性が全くありません。*1/*2の人は*1/*1の人の半分の活性を持つと思われるでしょうが、ALDH2という酵素はこの遺伝子からできてくるものが4個集まって作られています。この中に1つでも*2の遺伝子から作られるものが混じっていると活性がないため両親から*1と*2をそれぞれ貰った*1/*2の人のALDH2の活性はALDH2*1の活性の1/16すなわち約6%になってしまいます。

    図2 ALDH2遺伝子の塩基配列
    図2 ALDH2遺伝子の塩基配列: 変位部分を拡大して示してあります。配列gaaの塩基gがaに変わっただけでアミノ酸がグルタミン酸からリシンに変化します。

    遺伝子中の塩基が1つ違っていることは多くの人にあります

     私たちの体は多数の遺伝子を基にして作られています。それらの総合として各個人の体質や健康状態の基盤が作られています。それら遺伝子は細かいところでは、ALDH2酵素の例のようにそれぞれ個人により異なります。
     このアルデヒドデヒドロゲナーゼ、ALDH2、のように、遺伝子の中でA(a)、C(c)、T(t)、G(g)というならびの中のたった1個だけが異なる場合をSNP(あるいは複数でSNPs)と呼びます。これはsingle  nucleotide polymorphismに由来する略語で、日本語では「一塩基多型」と称しています。例えば同じ糖尿病という症状をもつ人も、それぞれの人のどれかの遺伝子のSNPによって糖尿病になりやすい異なる素地をもつ可能性があるのです。現在、いろいろな病気とそれらに関係している遺伝子のSNPとの関連が調べられています。将来は同じ症状の病気でも各個人の遺伝子の解析からその人に適した治療が行われるようになるでしょう。

    お酒に弱い遺伝子の変化は2、3万年前に起こった

     白人や黒人ではALDH2はほぼ全て*1型で、活性のない*2型遺伝子をもっている人はありません。筑波大学原田助教授の調査のよると日本人では*1/*1型の人が56%、*1/*2が38%、*2/*2が4%だそうで、約半数の人ではアセトアルデヒド分解能が弱いことになります。また、東北、南九州では*1遺伝子をもつ人が多く、日本中部(中国、北陸、近畿、中部地方)では*2の遺伝子の人が多いそうです(酒の強さは遺伝子で決まる)。
     国外で見ると中国、朝鮮半島、東南アジアのいわゆるモンゴロイド(蒙古系人種)に*2の遺伝子の分布が多く、インド、ハンガリー、また大陸を越え、南北アメリカインディアンにもアジア人ほどではありませんが*2の遺伝子をもつ人がいます。
     人の細胞に含まれるミトコンドリア(女性のみを通じて子孫に伝わる)の遺伝子の比較研究から人類は20〜30万年前にアフリカに誕生したといわれています。その後、中近東を経てヨーロッパおよび南北アジア大陸にわかれてその子孫が移動し、一部は北アジアからはベーリング海を経て北アメリカ、さらには南アメリカへ渡りました。
     この人類移動の途上、北アジアのモンゴロイド人種の祖先の中に2〜3万年前、*2型の遺伝子の変異、すなわち487番目のグルタミン酸をリシンに変える遺伝子中のg塩基からa塩基への変異が起こり、この遺伝子を持った人達を含む子孫が広まったとすればALDH2の*2の分布がミトコンドリア遺伝子からの人類移動の仮説と合致します。日本人の祖先も2度の渡来があったという説が有力ですが、最初の日本人は*1の遺伝子をもった人達で、その後、大陸から*2の遺伝子の混じった人達が本州中部に来て広まったと考えると、この説ともよく合います。このように遺伝子は私たちの祖先についての情報も語ってくれるのです。

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