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  第15回談話会報告「高校生物で何を伝えるか〜世界の教科書比較」 

6月16日(木)、松田良一先生(東京大学)をお迎えして、第15回談話会を開きました。日本の学校での授業数の少なさを嘆くお話から始まった2時間半も、「生命の尊さを伝えたい!」に発展。真摯な討論が行われました。


熱弁をふるう松田先生 参加者のみなさん

松田先生のお話
1. 大学の三重苦
ゆとりの教育は、平成元年に告示され、平成6年施行された。学校完全週5日制、総合学習が始まり、生徒は忙しなり、内容は少なくなったといわれた。
並行して、大学設置基準の大綱化が平成3年度決定、平成5,6年度から実現し、教養部が廃止され、専門教育の前倒しになった。
ゆとり養育の結果、入学者の学習量は低下し、大学で補修授業をするようになり、これでは世界競争に耐えられない。今年は、特に学生のアクティビティの低さを感じている。

2. 高校生物と大学教育
東大の理科には非生物系(工学など)の理Iが1,000人、生物系の理IIが600名、医学進学課程の理IIIが90名いる。理IIと理IIIの学生の大学の生物の成績を、高校で生物を履修した学生、受験科目とした学生で比較すると「履修し、受験していない学生」は「履修せず、受験科目としなかった学生」より成績がよく、学年が上がっても後を引く。また、理科IIIの45%前後が生物を履修していない現象は今も続いている

3.高校生物の教科の内容の変更
中学の生物で学んでいたことが、学習指導要領改訂で高校に移行したので、高校で教える量が増え、時間数も減った。イオン、進化という基本的なものが中学の教科書から消え、進化の意味を知らない学生が尊い人体を解剖をすることになる。

4.高校生物教育の国際比較
海外の生物教育について、教科書比較を通じて紹介する。調査した教科書はアメリカ、イギリス、フランス、中国、韓国、台湾、オランダ、チェコ。海外の教科書の共通の特色は、
・ 教科内容が豊富:中国では、DNAの配列からアミノ酸を読み取るコドン表が必修教科書に掲載されている。日本では生物II(高校生の1割が選択)の発展学習の中でコドン表が入るようになった。
・ ヒューマンバイオロジー(人間を中心とした生物学)を重視している。
発生について、日本ではカエル、ウニなどで説明しているが、日本以外は妊娠を扱っている。これは日本のヒトの身体の学習が保健の領域に含まれることと関係している。
従って、遺伝子の異常を起こさせる化学物質としてたばこと肺がについて、生物のDNAや突然変異の話の中で学ぶ仕組みになっていて、米国の教科書ではタバコを吸うなとはいっていない。フランスやオランダでは避妊の学習も生物学に含まれている。アメリカでは神経伝達系への薬物の作用機序の説明として、ドラッグについて学ぶ。
 日本の生物教育ではヒトの健康に関わる部分を避け、純生物学的な記述する傾向がある。専門的な内容に興味を持つ子供に日本の生物教育は向いているかもしれないが、妊娠、避妊、エイズ、環境問題を積極的に生物学的に記述している海外のやり方の方が、実社会に子供を送り出す「親心」が感じられる。
・ 教材・教具の供給システムが充実している
キャロライナ社が幼稚園から大学までの教材を扱っている。例えば、カエル、カエルの餌、カエルの餌の餌(ミルウォーム)まであり、どんなところでも一定期間飼える。ショウジョウバエ飼育・交配キットなどもある。日本には教材会社がないので、大学の先生に知り合いがないと材料を入手できない。自分もニワトリ細胞キット(2万円)を作った。1校しか売れなかったが、これからも開発していきたい。

5. より高い能力を持つ生徒たちへの対応
日本にはエリート教育というものへ不平等観があるが、教師が手をつけないほうがいいような優秀な学生もいる。そういう人が育てられていない。
例えば、国際生物オリンピック(オーストラリア)を視察した。40カ国参加。企業の協力から見ると、日本は勉強のオリンピックには熱心でない。300分の試験や実験などきつい日程だが、試験ばかりでなく、優秀な人材の交流も目的のひとつ。日本でも理科オリンピック参加の予算がつき始めたが、優秀な人を尊敬する風潮が定着するだろうか。

6.日本の教育の問題点
・学習指導要領の改訂:教育効果の検証なしに、教科書作りのスケジュールにあわせて次期学習指導要領を決めてしまう。
・教科書検定:教科書検定が不必要に厳しく、およそのページ数まで決められる。II分野で発展的記述として学習の範囲は広がったが、学ぶ人は1割程度で、時間数削減で、学習しきれるかどうか。特に生物の検定は厳しいと思う。米国は検定をしないが、今日、お見せしている生物の教科書の場合、執筆者21名、査読者50名の実名が教科書に掲載されている。教科書販売も市場原理に任されている。
・専任教員:小学校の選任教員は音楽と家庭科だけ。教育学部は文科系の大学入試を経てきているので、理科好き教師が少なく生物を学ぶ意味が生徒に伝わりにくい。
・教員免許の取得が難しい
・教材費が不足:600名級の小学校で、全科目通じて100万円。1000円オーダーの顕微鏡では、「顕微鏡とは見えないもの」という刷り込みしかできない。教材供給システムがないと教員からも教材がほしいという機運が高まらない
・ 教員免許を持たないphDに参加の余地を与える:博士号を持つ30代に職がないという問題がある。そういう人で教育に関心のある人には、1年学校に通うと教員免許をとれるような仕組みがあるといい。米国の高校教員では6割が修士、4割が博士。

7.東大の挑戦 
・大学の教員の学生による授業評価
・ 科学コミュニケーション講座開催:わかりやすい言葉で語り、専門分野以外でも学んでまとめる力のある研究者を育てる。イギリスの生徒が地学を学んでいたので、スマトラ沖津波から逃げられたという話がある。歴史教育でも、過去150年間の日本の歴史をさかのぼって学ぶような学び方なら日常生活につながる。理科も日常生活につながることも大事
・ ハンズオンミュージアム(体験型博物館)をつくる

各国の教科書


質疑応答
○は参加者の発言、→はスピーカー

高校の授業/日本の教育
○東大では理I類の学生に生物を半年間必修することが決まった
○世界の中で日本の高校生の授業時間は少ないのか→物理選択だと日本はイギリスの半分の分量。総合的学習は入ったおかげと週5日制(日本は祝祭日が少ない)
○私の高校は月に3回だけ土曜日に授業をする。奉仕の時間を授業に入れる動きがありまた授業数が減ってしまう。7時間、8時間の日もあるが、定時制高校があり5時下校なので、時間的に厳しい状況
○生物オリンピックの問題は質のよいわかりやすい問題か→日本数学会は数学オリンピックに反対しているくらいなので、皆にとってよい設問かどうか。人間には向き不向きがあるのだから、勉強ができる子も評価されていいのではないか。社会がそういう人をほめて元気付けることがあっていいと私は思う。
○ 今日の講演で恐ろしい文部行政だなあと感じたが希望が持てることもあると感じた
○ 生物を学んでいない生徒が大学に来て困るなら、生物を履修しない人を合格させるのか。→京都大学医学部は理科3科目入試で動いている。東大医学部や理系で3科目入試を唱えているが、大都市なら予備校に通えるが、地方都市では理科を2科目しか教えられない高校もある。
○ 公立高校にはしばりがある。また、高校生物は自習できる内容ではない
○ ゆとり教育の批判がなぜ反映されないのか
○ 大学入試問題が難しすぎる。受験産業に頼らないと臨めない問題ばかり→入試委員会では先生達が独創性を競い合い論文より力を入れているかもしれない。
○ 東大には特殊な私立高校からしか入れないという状態は問題があるのではないか。ベスト30校で東大の半分を占め、県立・都立高校は入っていない。東大が全教科試験をしてほしい。入試科目以外は勉強しない傾向がよくない。苦しいことを超えないと面白さはわからないこと、例えば九九をしっかり学ばせることが大事。
○算数オリンピックで全国から子供が集まるだけでも意味があると思った
○ メンデルを入れないで分子生物学から入ってもいいのではないか。→これは世界の傾向。生物学の考え方から入るといいと思う。

科学館
○日本で生物に特科した科学館つくりに関わっているが、人気があるのはロボットで、生物の展示は人気がない。人気がある生物の展示はどんなものか。→科学技術館では、物理的なモデルでたんぱく質をつくる模型があるが、工学的なもので動く心臓の展示などはない。その点、大学内にハンズオンミュージアムをつくれば、大学の研究室のショウジョウバエやニワトリを供給できるはず。東大で成功したら、生物系のハンズオンが広まるのではないか。建築が始まるのは3年後。世界のハンズオンの流れを組み入れ、大学のバイオリソースを提供する。博物館と大学が互いのあるものを生かす努力が必要
○ バイオ資源センターなどからも教育現場にバイオリソースを提供できるようにしてほしい。研究者用の体制しかとっていないといわれたことがある。

ヒューマンバイオロジー/皆のための教育
○勉強することは自分を知ること!ヒューマンバイオロジーを学ぶことは自分を知り、社会に出て役立つことなのに、学校はアカデミアという伝統が日本にはあると思う→同感。
○ ヒトの生物学という教科書がなくなったのは何故→大学入試に出ないから。生物IAにはヒューマンバイオロジーがあるが、工業高校や文系の人対象。生物学教育は暗記ばかりで、社会の役に立つことがない。思春期の関心事項を入れれば、内なるエネルギーも発揮される。保健体育の性教育は禁止事項ばかりで、人間とかけ離れた学習になっている。歴史も今の自分につながることを学びたい。カエルの勉強だけで人間を理解しろ、というのは無理。
○日常生活につながる学習が大事。海外の刺激も重要
○生物学で命の尊さを教えることは可能か→可能。宇宙がいかに精緻に造られているかを知れば命をあやめるべきでないことはわかるはず 
○実験動物から生命の大事さを学ぶこともできる

その他
○ 松田先生の情熱に感動した
○ 目的や機能を限定して、資源を生かしていないと思う 自分以外の世界に冷たい(教育に熱心な研究者に冷たい)
○ 世の中の人はGMの○×だけを知りたがっている。考え方を学ぶ教が足りない→組換えはグレーなことが多くあるので、考え方を知らない国民は○×に偏ってしまう傾向がある。教育を受けると悩みは大きくなるが、悩んで考えて生きていくことが大事
○ 分子生物学の教材の会社勤務。教材販売は日本では市場、利益がないので、教材開発も、教材会社もない。日本には教育にはお金をかけるべきでない、という風潮があり、企業が利益をあげることに嫌悪感を持つ教師もいる。
○ 学校にお金がない。昭和30年を起点にすると、文部科学省の横ばいの理科教材費は物価上昇で実質は1割に減ってしまっている。
○ 米国では、ガン撲滅、バイオ推進などの政策をかかげ、バイオリテラシー向上をはかった。政策として取り組むことが必要ではないか→第三次基本計画でやや見直し進んでいる。期待できるかもしれない。


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