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第24回茅場町バイオカフェレポート「働かないアリ」

平成18年11月10日(金)、茅場町サン茶房にて、第24回バイオカフェを行いました。お話は、東京大学大学院後期博士課程1年、土畑重人さんによる「働かないアリ」。
始まりは山形一恵さんのフルートの演奏。働き者のアリをイメージして選曲しというモーツアルトのコンチェルトなどが演奏されました。
働かないアリの出演はかなわなかったものの、社会性昆虫であるアリの話はつい擬人化されやすく、会場参加者はアリのことなのか、人のことなのか、楽しい錯覚の中で活発な話し合いを致しました。

フルートの演奏 土畑さんのお話


お話の概要

はじめに
アミメアリの話。進化生態学の研究をしています。自然界のいろいろな生き物について研究するやり方は大きく分けて二つある。たとえばカブトムシの角についていえば、角がどのように作られるかを細胞やDNAの働きを追うことで扱うやり方が一方にはある。分子生物学や発生生物学がそれに当たる。他方、進化生態学など、生物の適応や進化を扱う学問では、カブトムシの角はなぜあるのか、なぜ進化したのかを知るために、角が何に使われるのか、角が生存や繁殖にどのくらい役立っているのかを調べる。
アリは社会性昆虫です。これからお話しするアミメアリの進化生態学の研究は、まだ始まったばかりです。いくつかの大学の研究者・学生の方と共同で取り組んでいます。

一般のアリの一生
巣穴から羽を持ったメスとオスが飛んで出る。
交尾をしたメスは、羽を落として羽の根本の筋肉を溶かして、卵を産む栄養にかえてしまい巣穴を掘って卵を産む。
初めの子供は自分で世話をして育てる
働きアリが生まれると、女王アリは卵を産むだけになり、子育てや働くのは、働きアリ
(女王アリは20年も長生きする種もあり、その間中、その巣穴は続く)。
巣が一定の大きさになると働きアリは認識して幼虫に栄養を多く与えて羽を持つ大きなアリを育てる。メスは羽を持って飛んで出て、同じタイミングで飛び出したオスと交尾してから巣穴をつくる。
女王アリが死んだ後の働きアリは、卵を産み始める種もあれば、死ぬまで巣穴で細々暮らす種もある。オスは女王よりもとても小さい。

アミメアリってどんなアリ
アミメアリには頭と胸に立体的なアミメ模様がある。
アミメアリは3ミリくらいの行列を作っているアリで、日本にいるベスト5に入る「よくいるアリ」
アミメアリは一般のアリと違って、女王アリと働きアリという区別がなく、皆で生んで皆で育てる。またオスがおらず、メスが交尾することなくメスのこどもを産む、という単為生殖を行う。
秋に親は死に、子供世代が冬を越えて、春に卵を産み、子育てをする。

よく聞く「働かないアリの話」
参加者:働かないアリの話を聞いたことがある。8割が働き、2割が働かない。働かないアリを集めると働くようになったり、働くアリを集めると働かなくなったりという話だった。
確かにアリの巣を観察すると、働いていないアリがいるのは確かだが、「8割・2割」という話は都市伝説的に広がったもので、そのような現象を裏付ける論文はまだない。

遺伝的にみると
アミメアリに働かないアリが見つかった。体が大きく、巣の中でじっとしていて、外に餌とりには出て行かない。おなかが大きくて卵をたくさん産む。
小型の働きアリと大型のアリを比べると遺伝的にはよそ者。一般には、すべての働きアリは女王の子供(血縁がある)。
アミメアリでは、「働かず卵をたくさん産む」という性質は遺伝的に決まっているので、働かないアリのこどもも働かない。卵をたくさん産むので、巣の中に働かないアリのこどもの割合が増えていく。しかし子育てをする働きアリが少なくなってしまうため、全体としてこどもの数が減り、働かないアリの増えた巣は滅んでいく。
働かないアリは働きアリが卵を産まないようなフェロモンを出すらしい。

がん細胞にたとえると
がん細胞は体の中で数を増やし、正常に機能しないために体を滅ぼす。細胞1個1個をアリ1匹1匹に、体をアリの巣に置き換えて考えると、これは、働かないアミメアリの個体数が増えて、働かないために巣全体を滅ぼしてしまうのに似ている。このような働きは利己的な振る舞いだといわれる。

参加者:働かないアリは自分で自分の首をしめてしまっているのに、どうして子孫が残っているのだろう→働かないアリは、子供を増やし、働きアリの卵を産むのを抑制しているうえに、近くの巣穴に働かないアリが移動しているらしい。巣穴ごとの遺伝子を調べるとわかった。
アミメアリは巣ごとに敵対関係があるのに、同じ遺伝子を持つ働かないアリが他のから見つかる。ということは、働かないアリはなんらかの方法で、巣仲間認識の網をくぐって入ってしまうようだ。 ヒトではがん細胞は体を滅ぼしてしまうが、他人に感染することはない働かないアミメアリは、いわば「感染するガン」というイメージを持っていたが、最近イヌなどで感染するガンが発見されたという報告があった。

「どうして働かないアリが現れたのでしょう?」 アリの社会を擬人化して盛り上がる会場


質疑応答
  • は参加者、→はスピーカーの発言
    • アリのえさは→アミメアリは雑食性なので、たんぱく質も糖類も食べる
    • アリの数が増えるとどうなるのか→巣が大きくなると、食べ物を運んでくる効率が下がってくるので、働きアリの数の増加は頭打ちになる。
    • 他にも働かないアリの種類はあるのか→「働いていないアリ」じたいは、どの種類にも見られるはずだが、なぜ働いていないかにはさまざまな原因が考えられる。アミメアリは働かない性質は遺伝的に決まっている。ミツバチにも遺伝的に働かないハチがいる。
    • 遺伝的に「働かない」アミメアリのような利己的な性質は、微生物の世界にもある。細胞性粘菌は、環境が変化するといくつかの細胞が集まってナメクジのように動き回った末に子実体を作る。胞子の部分になった細胞だけが子孫を残すことができ、柄の部分になった細胞は子孫を残せない。自分だけ胞子の部分に入ろうとする利己的な遺伝子を持った細胞がある。
    • 働かないアリの子は働かないアリになるのか→イエス
    • 働くアリのこどもでも働かなくなることはあるのか→現在進行形で、働くアリのこどもが働かなくなるということはないが、今は遺伝的に独立している「働かないアリ」の系統は、過去のあるときに「働くアリ」の系統から突然変異によって生じたものだろう。
    • 働かないアリの生まれた時期はいつごろか→ミトコンドリアDNAの研究から推定できるはず。まだはっきりとはわからないがおそらく数万〜数十万年前くらいだろう。現在、共同で研究している方がこの問題に取り組んでいる。アリのなかま自体は1億年前くらいに誕生し、その後5000万年くらいの間に爆発的に種類数を増やしたと考えられている。
    • 働かないアリはどうやって研究したのか→まずアリを野外から採ってくる。働かないアリと働くアリはDNA配列の違いで識別する。今年は働かないアリの数を増やしたり減らしたりして実際に飼育してみた。さらに、働かないアリが自分の巣を滅ぼしながらもどうやって子孫を残し続けることができたかを調べるために、コンピューターシミュレーションを使ったりもしている。アミメアリは世代が1年に1回しか回らないので、シミュレーションは有効な方法だ。
    • 外国のアミメアリにも働かないアリはいるのか→アミメアリの仲間は、東南アジアを中心に40種近くが知られているが、他の種類はすべて、女王と働きアリを持つ一般のアリのライフスタイルを持っている。「働かないアリ」は他の種からは今のところ知られていない。
    • 女王のいないアミメアリは日本だけにいるのか→今調べているアミメアリは日本と東南アジアにいる。
    • 働かないアリを集めると働くようになったか→ノー
    • えさの状況を見て学習し、働かないアリが働くようにならないのか→アミメアリでは働かない性質は遺伝的に決まっている。遺伝的に決まっていなくても、一般のアリで言えることとして若いアリはうまく働けず、老齢のアリは動けなくなって働けなくなるという可能性がある。
    • 数が増えすぎたアリが集団自殺をする手段として、働かないアリが出現したのではないか→がけから集団で飛び降りる哺乳類がいて、種の保存のための集団自殺だといわれたことがあるが、現在ではほとんど否定されている。集団自殺のために働かないアリが生じているとすると、アリの巣の数に応じて、働かない性質を生み出す突然変異がうまく生じる必要があるが、外部の状況に応じて目的の突然変異が起こるという状況は、少なくともアリでは考えづらい。ガンに当てはめるとわかりやすいと思う。また、働かないアリと働くアリは遺伝的に異なっており、同じ巣の働くアリはいわば道連れで滅んでいるといえるので、自殺というよりは他殺だと思う。
    • 働かないアリを送り込み他の巣穴を滅ぼす戦略で、働かないアリが生まれたのではないのか→生物の進化を考えるときには、誰かが何かの目的をもって生物のある性質を作った、というような考え方は安易には採用せずに、まずは生物だけの世界で考えていきたい。そうすると、働かないアリを送り込んでいる者は誰もいないことがわかる。とすると、他の巣が働かないアリの侵入によって滅んだとしても、それは働かないという性質が結果的にうみだしたものという解釈がふさわしいのではないか。他を犠牲にしてまで次世代に自分の遺伝子を残そうとするのは「利己的」に見えるが、それも利己的にふるまおうという目的があってしていることではない。たまたま生まれ持った性質が、結果として他を犠牲にすることでしか成り立たなかった、というだけのこと。利己的な遺伝子はその種を滅ぼすこともありうる。
    • 進化生態学の目的は→科学一般について言えることだが、法則の発見。例えば、働かないアリの研究から、ガンに当てはまる法則を見つける。基本的な枠組みを作ったのは、ダーウィンの自然選択説。個体の間に遺伝的な違いがあり、その違いに応じて生存や繁殖に差があれば、より生きながらえ、より多く子孫を残したものが後の世代まで残っていく、という考え方を基本にして、働かないアリの現象についても考えることができる。
    • 人が理由付けをしないほうがいいのではないか→角が長くて、人が見るととても強そうに見える生き物でも、角が短い個体に比べて子供を多く残すことができなければ、そのような長い角は進化しない。進化生態学では、擬人的に思われることでもすべて、生存や繁殖において他よりもうまくいく、というところに帰着させることを考える。
    • アミメアリだけが女王アリのいないアリなのか→形態的に女王とみなせるアリのいないアリは他にもある。ただし、繁殖を独占するという形での機能的な女王のいないアリは、ほとんどいない。
    • オスとメスがいて変異が生じ多様性ができるのに、これでは有性生殖を捨て先祖がえりしたようにみえる→100%自分の遺伝子を残せるという意味では単為生殖のほうが有利であるという考え方をすると、有性生殖にどのような意義があるのか、今でも議論になっている。話はそれるが、同じような話は一般の社会性昆虫にも言える。働きアリは自分では子供を残さないため、女王のために利他的にふるまっているといえる。自分で子供を作って遺伝子を次の世代に残したほうが有利であるという考え方をすると、一般の働きアリの利他性にはどのような意義があるのか。これには血縁関係が重要である、と考えられている。自分が繁殖するよりも遺伝子を共有した女王の子供に尽くすほうがいいという条件があれば、働きアリのような利他的な性質は進化する、と考えられている。
    • 働かないアリの役目は何なのだろう
    • アリは社会性昆虫なので、つい擬人化したくなってしまう
    • 皆で働くアリの巣は繁栄するのか→アミメアリの巣は、通常数万匹のアリからなる。誰がどのような働きをするかは、それぞれのアリの種で違うが、進化の結果仕事効率のよい巣になっていると考えられる。
    • 進化は環境の変化によって起こるのだろうか→突然変異による新しい性質は、生物集団の中に常に供給されつづけている。環境が変化したとき、それに適合して生存・繁殖に有利になった性質を持ったものが集団の中で数を増やしていき、もとの性質とは違うものになったときに、進化が起こったということができる。
    • 土畑さんはどうしてアリの研究をしているのですか→ガン、アリ、微生物のことを普遍的に説明できる仕組みが見つからないかなと思ってやっている。働かないアリは、その割合を変えて飼いやすいし、微生物よりも大きいし、世代時間が比較的短いので、よい実験材料だと思う。
    • 働かないアリというものもあるのかと興味深かった。難しい遺伝子の話は全部分からなかったが、部分的にわかって面白かった
    • アリに上下関係はないのか→社会的昆虫には擬似的な現象が多くある。教育アリがいたり、利己的な行動するアリをいじめる行動(警察行動)も観察されている。ハチの仲間では、巣をつくるときにけんかをして、勝った個体だけが卵を産める、という序列を示すものもいる。
    • 働かないハチが、環境が変わると働かなくなり、その逆もあると聞いたが、これは都市伝説か→8と2というのは都市伝説だが、巣の中に働くのと働かないのがいるのは観察されている。働くことへのモチベーションが個体ごとに違うということが、巣全体の効率を最適化することに貢献しているかもしれない。まだ仮説段階で、現在研究が進んでいるところ。
    • 土畑さんはなぜアリを選んだのですか→小学校のときから昆虫大好き少年だった。分類学をしたかったが、大学で進化の勉強をして、進化生態学の研究室に入った。学会で働かないアリについて教わり、研究しようと思った。虫取りをしていたころ、アリはとったこともなかった。
    • アリと人の違いは→擬人化がアリでうまく働くのは、アリも人も何らかの形での「効率のよさ」を実現しているといえるからだ。アリは進化の結果、遺伝的に固定された性質として「効率のよさ」を実現している。それに対してヒトは、大脳を使って考え、効率がよい行動を選択することでそれを実現している。どちらも効率がよい方法を用いるが、それにたどり着く方法が異なっている。ただし、ヒトはなぜ「効率の良い行動」を好むのか?これは、もしかしたら進化的な説明が可能かもしれない。効率的な行動を好むヒトが、それを好まないヒトに比べて生存や繁殖に有利であったというような説明が考えられる。恋の初めは→梅雨晴れ間などのタイミングに、巣穴からかなりの数オスとメスが、飛び出す。オスとメスは空で交尾し、ほとんどのオスは一度の交尾で死ぬ。女王が何回交尾するかは、種によってさまざま女王は長い寿命の間、はじめの交尾でためた精子を小出しにしながら働きアリを生み続ける。



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