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バイオカフェレポート「微生物の贈り物」

2008年10月17日(金)、バイオジャパン2008展示場にて、バイオカフェを開きました。お話は花王(株)生物科学研究所 荒勝俊さんによる「微生物の贈り物」でした。初めに北政扶美子さんと益田和嘉子さんによるハープとパーカッションによるラテン音楽の演奏がありました。

ハープとパーカッションの演奏 荒さんのお話


お話の主な内容

私の仕事
私は花王の研究所に配属になって27年間微生物の裏と表を徹底的に研究してきた。入社当時は衣料用洗剤に用いる酵素であるセルラーゼの開発に関わったが、自分自身が戦略をたてて研究開発をしたのは食器洗浄機用洗剤の開発に合わせて行ったアミラーゼの開発だったと思う。当時の食器洗浄機の普及率は3%で、今ほど普及するとは思わなかった。
その後、酵素開発研究で培った技術を食品開発に活かす事を目指して、単身で、茨城県にある鹿嶋の食品研究所に乗り込み乳酸菌を用いた健腸美容食品の開発研究を行った。この背景には、当時、花王の研究開発の三本柱であった化粧品基盤研究(ソフィーナ)と健康基盤研究(エコナ)と洗剤基盤研究(アタック)の基盤技術(バイオ技術)を結びつけた《消費者の腸を健康にして内側から美しくする食品の開発》が研究の対象となったわけだが、残念ながら製品にまでは至らなかった。
次に制汗デオドランド素材や口腔衛生素材の開発研究を行った。《皮膚や口に常在する菌と上手に付き合う》というコンセプトで、常在菌の持つ酵素をブロックする事で不快な体臭や歯垢を作らせない技術開発を行った。
住環境微生物制御商品の開発では、当時問題になっていたアレルギー改善を目指した。家庭環境の微生物実態調査の為に家庭訪問すると、奥様達が家を綺麗に片付けてしまうので、調査目的を説明して理解してもらって汚い棚の奥やシンクの下などから埃まみれになりながら菌を採取したりした。
今は、ミニマム・ゲノム・ファクトリー(微生物工場)の研究に携わり、有用な蛋白質を大量に安く提供する為に用いる微生物宿主の開発を行っている。

石鹸の歴史
1873年、横浜の地で堤磯右衛門が西洋の高級石鹸を我が国に普及させる事を志して日本で初めて堤石鹸製造所を開いた。しかし、この当時銭湯で石鹸を用いて体を洗う人を見て「体から異様な泡が湧き出す」と言われなかなか庶民に石鹸は馴染まず、残念ながら1890年に石鹸製造所は閉所した。
明治の中期になると、1887年に長瀬富郎が花王の前進である小間物屋“長瀬商店”を創業し、1889年に石鹸製造の第一歩を踏み出した。長瀬富郎は、輸入化粧石鹸に対抗できる高品質の国産ブランド化粧石鹸を完成させ、型打ちして美しく仕上げた石鹸をろう紙で包み、能書や品質証明書を添付して、桐箱3個入りを35銭で売り出した。当時、高級輸入石鹸は“顔洗い”と呼ばれており、この“顔洗い”と“花の王様:牡丹”に通じる事で石鹸の名前が“花王”命名された。
石鹸の誕生は古く、紀元前4000年ごろのメソポタミアで発掘された粘土板に油脂と木灰(ポタシュ)で石鹸を作ったという記述がくさび形文字で刻まれていた。
ローマ時代、サボーの丘の神殿において、生贄の羊を焼いて出た脂肪と灰が混じりあって近くの川に流れ込み、その周辺で衣類を洗うと汚れがよく落ちることを発見し、これが石鹸の起源と言われている。
9〜12世紀、石鹸の原料となるオリーブ油と海藻を焼いた灰が豊富にあった地中海沿岸地帯で本格的に石鹸の製造が開始された。
19世紀にフランスのシュブルールが脂肪酸とソーダが結びついて石鹸になる事を発見し、現在の石鹸製造の基盤ができた。

洗濯の歴史
「洗濯物をすすぐ」の「すすぐ」という言葉は、穢れを清めるという意味がある。禊(みそぎ)は「身をすすぐ」の意味で、水によって罪や穢れを清める事で、これが沐浴の原点である。日本への沐浴の伝来は6世紀の仏教伝来が原点と言われている。仏教では、汚れを落とすことは仏に仕える者の大切な仕事である事を説いたと言われており、お坊さんの説法に出てきている。
衣類の洗濯は人が衣服を身に着ける様になり、繰り返し衣類を着用する文化ができてきたころから自然発生的に始まる。
昭和30年代、井戸端での洗濯は井戸端会議など、女性や子供たちのコミュニケーションの場にもなっていた。しかし、洗濯は炊事などと共に女性にとっては重労働。洗濯機ができたとき、これは女性の憧れ。
昭和30年代の洗濯機の標準価格は、28,500円(今で言えば60万円)で高価だったが、昭和40年代には、現在の価格で20万円程度になり庶民にも手の届くものとなり普及した。
洗濯機の普及に伴い洗濯用洗剤も普及したが、当時の洗剤の箱は今の4倍程で、“大きいことは良いこと”と、結婚式の引き出物になったくらい。また、“泡がたくさん出る程汚れがおちる”と誤解され、規程量以上の洗剤を入れて使われていた。

酵素とは
《洗剤の大量消費から少量で汚れを落とせるようにしよう!》ということで、高洗浄力を持つ洗剤の開発にあえて挑戦した。私達は衣類の汚れの発生メカニズムを徹底的に解析し、汚れが繊維の非結晶領域に入り込む事で洗濯後も繊維の中に残っている事を突き止めた。高洗浄の鍵はここにあると考え、この繊維に作用する酵素(セルラーゼ)の利用を思いついた。そこで、《衣類が傷まないように結晶になっていない部分の繊維だけに作用する酵素を開発しよう!》と考えた。
そもそも、酵素は私達に身近なもので、私達の体には、消化酵素(唾液のアミラーゼ、胃のペプシン、すい臓のリパーゼ)がある。ご飯を良く噛むと甘くなるのは唾液腺からアミラーゼが分泌されて澱粉が分解されて糖ができるからだ。唾液は一日約1.5L分泌されるが、食生活の欧米化で最近子供たちはあまり噛まなくなり、唾液の量も減っている。噛むという行動は脳の発達にも良いので、硬いものを食べさせる事が必要。
唾液の中のアミラーゼは1gで5tの澱粉を15分で分解できる。ペプシンなら1gで200Lの牛乳のたんぱく質を15分で分解できる。
生物が生きることの定義は子孫を残す“遺伝”と、外から摂取した色々な物から自分の体を作ったり活動エネルギーを得たりする“代謝”であり、遺伝の主人公は“DNA”、代謝の主人公は“酵素”。まさに生命あるところに酵素あり。
また、酵素の働きは“鍵と鍵穴”、生体反応の前後で自分自身は変化せずに反応の仲立ちをする触媒の働きをする。酵素反応を「結婚」に例えると、酵素は神父さんです。
酵素の大きさは0.02μmほどで、立体構造の持つ窪みの部分が反応する活性部位。
酵素が利用された歴史は古く、紀元前2300年にエジプトの壁画に麦芽パンを砕いてかめにいれているとビールができるという記述が残っている。その後、パスツールは微生物がないと発酵は起こらないことを証明した。一方、1897年にブフナーが微生物が存在しなくても酵母の中の酵素でグルコースからエタノールと炭酸ガスができることを示した。エンザイムの“エン”は“〜の中”、“ザイム”は“酵母”を意味する。
1874年には、ハンセンが子牛の胃からレンニンというチーズを固める酵素を見つけた。日本では、1894年に高峰譲吉が麹菌から消化酵素(アミラーゼ)の抽出に成功し、「タカジアスターゼ」と名づけた。これが微生物を使った酵素生産の始まりである。酵素産業は日本で生まれた技術なのだ。
この様に、生体で働く酵素を上手く私達は利用しているわけである。洗剤には、タンパク質汚れを落とすプロテアーゼ、デンプン汚れを落とすアミラーゼ、油汚れを落とすリパーゼなど、いろいろな種類の汚れを落とす酵素が含まれる。このため、洗剤で使える酵素は次のような要件を満たさなくてはならない。
・洗浄効果を増進させる
・アルカリ性の環境で安定に作用
・界面活性剤などの洗剤成分に対して安定
・他の酵素(プロテアーゼなど)と共存できる
・安価に作ることができる
こうした酵素を洗剤に配合する事により、洗浄力を高め洗剤はコンパクトになった。輸送コストは2割削減に、包装容器のコストは5割削減となり、店頭で占める容量も少なくなった事で、環境に優しい商品の技術開発ができた。

酵素を持つ微生物の探索
こうした特性を持つ酵素生産菌をどうやって探すか。極限環境に生育する生物は、その環境に生き残る為に独特の酵素を持っている。例えば、7700mの深海に棲む生物は7tの圧力の中で生きている。海底火山の傍には200度で生きる生物もいる。このような極限環境で生きられる生物の体内にはその環境でも働くことができる酵素を持っていることになる。こうした酵素をうまく産業に利用する事が重要となる。
私達が酵素生産菌の探索を行っていた当時、研究室のメンバーは旅行に出かけたら必ず10-20袋の土を持ち帰ってきては、有用な微生物を見つける努力を続けていた。その中で、高アルカリ領域や低温でも働く酵素生産微生物を見つけ、その中で新規なセルラーゼやアミラーゼを見出した。

これから
ここからはちょっと脱線する。1970年に大阪で開催された万国博覧会で人間洗濯機とうものが展示されあまりの斬新さに大きな話題となった。今後の地球環境を考えると、水不足は大きな課題となるが、水を少量しか使わないでも高い洗浄力を持つ洗剤が必要になるかもしれない。こうした状況においても高機能酵素は求められる事であろう。
また、比叡山の麓の曼珠院には坂口謹一郎先生が微生物の功績を讃えた菌塚がある。日本は四季が有り自然に恵まれた風土で、世界に類を見ないほど多種多様の菌が棲息している。私達の先達はこうした微生物を利用して日本独自の醗酵技術を作り上げ、納豆や酒作りといった日本独特の醗酵産業を作り上げてきた。今回のバイオカフェをきっかけとして、資源が乏しい日本が誇れる醗酵技術をもう一度見直し、更に大きな技術として日本が先導していく為の機会にして頂きたい。


会場風景1 会場風景2


話し合い     
  • は参加者、→はスピーカーの発言
    • これからも人の役に立つ酵素は発見されそうか?→現在でもかなり多くの有用な酵素が見つかってきている。これからは、今わかっている酵素を如何に産業に役立たせていくかが課題だと思う。
    • 今は洗剤の泡が余り立たないということだが全然たたないのか?→最近の洗剤は低泡性のものが多くなっている。なぜなら、すすぎを簡単にするためには泡がたちすぎないほうが良い。水を大量に使わないようにし、環境問題に配慮している。
    • 酵素の種類はいくつぐらいあるのか?→生物で知られているのは3,000〜4,000種類ぐらい。ただし、産業上利用されている酵素の数は500種類前後だと思う。
    • 極限微生物とはどのようなものか?→海底火山の周辺や温泉の中に棲息する耐熱性を持った微生物とか、深海に棲息する酸素や光が少なくとも生きられる微生物などがおります。当初、私達の取得した微生物は高アルカリ土壌で生きられる微生物でした。
    • 深海の生物はどのような道具で採取するのか?→潜水艦(探査船)の先に手の付いているようなものがあってリモートコントロールで取る。水圧の高い所から採取してくる場合は特殊な耐圧ボトルに入れて地上に持ってくる間に圧力の変化でつぶれないように注意して扱う様だ。他にも海底にボーリングを打ち込んで地層を縦にサンプルする方法や微生物を付着させる装置を一定期間深海に放置して採取する方法もある様だ。
    • 「セルラーゼ」はどのくらいの期間、品質が劣化しないのか?→粉末の状態であれば比較的安定だと思います。
    • 合成洗剤、酵素洗剤を開発してきて、消費者への情報提供や対応で苦労した点はなにか?→消費者からは「環境に対する安全性」についての質問が多い。その場合、開発部門や安全性評価部門において安全性を徹底的に評価していることを伝えている。


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