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バイオカフェレポート「生物農薬って何」

2008年11月14日(金)、茅場町サン茶房にて、バイオカフェを開きました。東京農業大学夏秋啓子さんに、生物農薬についてお話いただきました。始まりは、バイオカフェデビューになる福田徳子さんによるフルートの演奏でした。

夏秋先生のお話 福田さんによる演奏

お話の主な内容

はじめに
私の専門は植物病理学で、植物の病害虫害の研究をしていて、東南アジアの農業、とくに作物保護の調査もしている。アジア中心だったが、今はアフリカブームなので年明けから、タンザニアに進出!して調査する予定だ。
家庭菜園は、病害虫によく狙われ100%やられてしまうこともあるが、作っておられる方は無農薬だからだと満足されたりしている。しかし、農業では害虫や病気のダメージは無視できない。世界の農作物の収量の3割は病害虫と雑草で失われているといわれており、人間は病害虫対策をいろいろ行ってきている。
一番、効果があるのは化学農薬。日本の農薬は安全性も高いので、正しく使われれば、化学農薬は最もよい選択肢だと思う。しかし、医薬品ほどの厳しい審査を通過していても、減らしたい、害虫以外の昆虫も死ぬのは困ると思う消費者もいる。
結論は「化学農薬は使っていいが、化学農薬だけに頼るのはやめましょう!」
今、一番大切だとされているのはIPM(総合防除)という考えかたで、化学農薬だけに頼らず、いろいろな防除をしつつ環境を守り、かつ、生産が安定し、農家も十分な収入が得られるようにすること。
実際には、いい防除方法がない病気や害虫もあるが、例えばネットは単純でも相当数の害虫を抑えるので、ネットをかけるれば殺虫剤を減らせたり、ハエとり紙のような黄色や青色の粘着シートで害虫を取る方法もあり、いくつかの方法を組合わせる手もある。黒いシートをしいて雑草を防いだり、手で虫をとるのだって防除の方法のひとつ。
そして、今、注目されているのが、生物の知恵を利用する「生物農薬」

世の中には、どのくらい微生物がいるのか
今は「無菌社会」といわれ、若者はよく手を洗い、歯磨きをし、抗菌グッズを好み、菌を怖がる(一方で道路に座っている人もいるが)。私達は生物に取り囲まれて暮らしているのに、微生物はいない方がいい、虫食い野菜は嫌いなどと思っている。いろいろな生物が、やられたり、やっつけたりして一緒に暮らしていることを忘れているようだ。無菌状態は実現しないもの。野菜は洗っておいても微生物は増え、植物体内にだって微生物がいる。
私達は漫画の「モヤシモン」のように菌を見ることはできないが、私たちの生きている空間にはいっぱい微生物がいる。また、微生物イコールばい菌ではなく、ほとんどの微生物は悪いことをしない。水田や畑が病気や害虫にやられるのは、人工的な空間に特定の微生物がいるから。自然界には微生物がいても、それを食べる「天敵となる」微生物もいて、病気や害虫は森や野原では問題にはならない。自然界で病原菌や毒素を出すカビはむしろ少数派である。

生物農薬とは
害虫を食べる生物を害虫の天敵と呼び、これを利用したものが天敵資材(天敵の幼虫の瓶詰めなど)。これを畑にまくと天敵のこどもが生まれて、害虫を食べてしまう。せっかく生まれた天敵が逃げたり死んだりしないように、温室内で使うことが多い。
この他に、Btという害虫が食べると消化不良で死ぬようなタンパク質をつくる微生物がおり、この微生物そのものをまく防除方法もある。昆虫の胃液はアルカリ性だが、人間の胃液が酸性なので、Btは人間の健康には問題を起こさない。さらに、タイのように、有機野菜に力を入れ始めた国は、有機栽培で使える生物農薬に注目している。
生物農薬には主に3つの種類がある。
(1) 病原微生物を食べる菌を使うケース。この菌は病原菌の天敵になる
(2) 菌の出す物質が病原菌を殺すケース
(3) 葉の上に場所を占領してしまって、病原菌を生えられないようにするケース
この他に、植物に抵抗性を起こさせる菌の利用もある。病原菌が来ると植物は抗菌物質をつくるが、実は病原菌でなくても抗菌物質を作るような刺激を植物に与えることができるので、それを植物につけて抵抗性を誘導する方法である。
 私の研究室には卒論で「生物農薬を発見する!」という勇気ある学生もいて、例えばバナナの表面にいる微生物をひとつずつ拾って培養している。すると60-80種類の微生物がいるが、その中の50-60種はバナナ表面のワックスを食べるなどしていて何も悪いことはしていない。そして、ときには微生物を食べる菌や、菌を殺す物質を分泌する菌を見つけることもある。しかし、そういった菌を見つけても、すぐに生物農薬になることはまずない。それは商品化には、化学農薬に負けない効果と人間への安全性、製剤としての安定性が求められるから。
例えば、イチゴに使う生物農薬で人間に毒性がないものは、出荷前日まで抗菌剤として散布できるので、重宝がられ、すでに実用化されている。雑草を枯らす病原菌を使えば生物除草剤ができ、ゴルフ場の除草が期待できるはず。しかし、雑草を弱らせられても、枯れるところまではいかない。また、例えば、キク科の雑草を枯らす菌は、キク科の作物も枯らすかもしれないので、要注意。標的雑草だけを弱らせる微生物が、生物除草剤となる。実際に、ゴルフ場のイネ科の雑草を標的にした生物除草剤は実用化されている。
残念ながら、価格、効果、使い方に工夫がいることなどから、現在、爆発的に使われるような生物農薬はないが、だんだんに増えてきているし、将来も期待できるところ。

ウイルス病に対する生物農薬
農作物のウイルス病を治す薬はない。カビの研究者はそれを見ればすぐに何というカビかがわかって、農薬もあるので手が打てるが、ウイルスは手がない。
ウイルス対策では遺伝子組換え技術が有望。遺伝子組換えでウイルスに強いズッキーニやパパイヤができている。
しかし、その他の方法もある。植物はウイルスの攻撃を一度受けると、同じ種類のウイルスへの抵抗力を持つ。病原性の弱いウイルス(弱毒ウイルス)を植物に人工的に感染させて、植物に抵抗性を持たせるのを「植物ワクチン」という。弱毒ウイルスを接種して、ウイルス抵抗性を持たせたトマトの苗がデルモンテから売り出され、ビジネスとして成功している。ウイルスを運ぶアブラムシに対する殺虫剤も撒かなくて済む。最近は、キュウリのウイルスの弱毒ウイルス製剤も登録されて販売されるようになった。

まとめ
生物の力を利用することは一般化しておらず、生物農薬の売り上げは化学農薬の1%以下。使い勝手、使える範囲の限界などが広がらない理由だと考えられる。しかし、こういう分野への関心が持たれ、化学農薬だけに頼らずにいろいろな資材を使おうとする機運、また、その中でも、いろいろな生物を大事にしてそれらの能力をを利用するという考え方が大事にされるようになることが期待される。家庭菜園でも、病気になりにくい農作物の組み合わせや栽培法が見つかるもしれない。
化学農薬だけに頼らないようにするためにも、生物や自然を理解すべきであるが、同時に、どんな技術がどのくらい安全であるか、とか、どんな技術がないと私達の食料が十分に安全に確保できないか、とか、あるいは、農業としてやっていけないとか、科学する消費者となって理解を深めてほしい。


会場風景1 会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 生物農薬に遺伝子組換えは行われていないのか→土壌のカドミウム汚染、海の石油流出において遺伝子を組み換えてカドミウムや石油をよく食べるようにした微生物をまくという方法はある。しかし、遺伝子組換え食品がよく理解されない現状では、遺伝子組換え微生物が植物のように目に見えないので、より管理しにくいのではないか。
    • ヒトに対して使える生物薬品はあるか→免疫を強める働きをするものと捉えれば、微生物が作る成分から作られた医薬品が該当する。医薬品の場合、化学合成の方が品質が安定するので、生物がつくるより化学合成に行き着いてしまう。プロバイティクスのように腸内で生きる乳酸菌などもある。冗談半分にいえば、水虫菌を食べる菌だってあるはずだが、効果が出るまで微生物をその場所に定着させるのは難しい。
    • 微生物の拡散のコントロールはどのように行うのか→まいた後、微生物が拡散してしまったらどうするのか。特定の微生物をえさにする菌を選んで農薬とすると、えさのいる場所に居付くことになる。灰色かび病がなおった後もその病原菌を食べる微生物が居続けるかどうか。えさが無くなるので、まいた微生物も自然に死に絶えてしまうか、ごく低濃度になると考えられる。また、ハクサイの軟腐病を食べる微生物を露地でまくと高くつくので、露地栽培で使う人はあまり多くない。
    • 微生物農薬の微生物は特別な微生物でなく、そういうのは一杯飛んでいる。その中から選ばれた微生物と考えられる。しかし、海外の微生物は、日本の微生物相を乱す恐れもある。地元の天敵をつかうのが原則。生物農薬にする微生物も考え方は同じ。なお、ある病原菌だけが増えすぎるのは、むしろ特別な状況だと考えるべき。普段は微生物同士の切磋琢磨が続いている。
    • 有機農法に微生物農薬は使えるのか→「新JAS法対応」と書いてある農薬は使える。微生物農薬と作物の組み合わせが大事。
    • 遺伝子組換え作物には漠然とした不安があるが、日本ではかなり多く使われているらしい。遺伝子組換えに反対する理由に害虫抵抗性がある。生物農薬の改良のスピード、遺伝子組換え作物による害虫の進化のスピードはどうなっているのか→生物農薬は消費者としては受容しやすい。でも、ひとつの病気ごと、作物ごとに開発する必要がある。逆にいえば、全部殺すとか全部防ぐというのではなく、個別対応だから安全ともいえる。えさになる微生物が減ると生物農薬である生物も減るので、生物農薬だと抵抗性が生じにくいと考えられる。遺伝子組換えでは病気・害虫に強いばかりでなく、ビタミン強化など、いろいろな働きが付与される。人々にとってメリットのある遺伝子組換え、たとえば、遺伝子組換えダイエット米ができれば、やせたい人では食べるメリットは大きく、単なる拒否感から、むしろ安全性についても理解しようというふうに変わるのではないか。遺伝子組換え、農薬、生物農薬を一緒に並べて比べるのは変な三つ巴。食品として遺伝子組換えは安全性での問題は一般の方が思う様にはないが、環境への影響についてはしっかり腑に落ちるように研究され理解されるといいと私は思っている。
    • 今は暴力的に遺伝子組換え作物が増加していると感じている→どんな作物も売れなければ作れない。ダイズを例にしても、日本が非組換えをもっとずっと高く買えば非組換えを栽培する米国の農家も出るだろう。でも、そんなに高いダイズが買えるのか、そうまでしなくてはならないのか?
    • 自然なものは長年食べてきたから安全な気分になっているが、自然のものでも危ないものもあるし、少しなら安全でも多量に食べれば危ないものもある→自然と闘いながら人類は安全を勝ち取ってきた。自然を愛して、かつ理解しながら利用することが理解されずに、自然だから単純に安全だというのはおかしい。安全には濃度とか適量という考え方が必要なのに、安全な量、あるいは安全の程度という考え方が忘れられているような気がする。天然と書いてあってもそのことだけで、価値があると思ってはいけない。天然であっても、例えば、カビ毒(マイコトキシン)を出すものだってある。
    • 植物が二次代謝で毒を出すこともあるというが→植物は抗菌物質を出す。これは菌にきくもので、毒とはいわない。人体に影響を与えるほども出さない。また、植物に遺伝子組換えで抗菌物質を出させる方法もあるが、これは生物農薬の範囲ではない。防除方法には農薬などの化学的方法、ネットや熱を使う物理的方法、生物の力を利用するのを生物防除などがある。植物を使った防除の例では、東南アジアで使っているニームという植物を使ったものがある。これらは植物源農薬とも言われる。
    • 薬用植物から漢方薬を作るように、植物から取り出した成分によって害虫を殺すときは植物農薬といえるのか→ドクダミやインドセンダングサを使って害虫をおさえる民間農法はある。しかし、日本では、植物源でも、あるいは天然でも合成でも毒性試験を通過し登録したものしか農薬として使えない。安全性については厳しい基準がある。
    • 植物に抗菌物質を作らせるときのリスク評価方法は→植物がもともと持っている抗菌物質を合成して大量に継続して使う、つまり農薬として使われるとなると、安全性試験が求められることになる。
    • Btは長く使ってきた微生物製剤、遺伝子としてBtを入れたのが遺伝子組換え害虫抵抗性トウモロコシだが、そのときにBtに耐性を持つ害虫は生まれるのか→耐性害虫は農薬でも、組換えでも出てくる。実際にBtに抵抗力を持った害虫は誕生しているが、Btにも種類があるので、異なるBtを使う方法もあるはず。
    • どんなことでも、ひとつの方法に頼りすぎるとしっぺ返しはくるものだと思う。サプリに頼りすぎる食事も同じではないか。ベストを尽くし、いろいろな防除の方法を組合わせるのがいいと思う。重曹のように食品添加物の安全性審査をクリアしているものが農薬で使えれば、農薬の審査もより簡単になるが、すでにこのような農薬(商品名カリグリーン)は市販され、海外でも評価されている。とにかく、どれかに偏るような極端は、農業など自然を相手にするようなときには好ましくないと思う。
    • 微生物農薬は粉末ですか→微生物をフリーズドライして休眠させた状態になっている。畑にまくと生き返る。ワクチン接種トマトとは、植物からウイルスを取り出し、フリーズドライにして保存し、使うときに植物体内にいれたものになる。どんな物でもよいか悪いかには直感が必要だと思うが、科学する消費者になり直感だけで判断をしたりしないようにして下さい。