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「オワンクラゲに学ぶバイオテクノロジー〜GFPの威力」

 2008年12月6日(土)、新江ノ島水族館・なぎさの体験学習館にて、第2回マリンバイオカフェを開きました。お話は筑波大学大学院生命環境科学研究科笹川由紀さんによる「オワンクラゲに学ぶバイオテクノロジー〜GFPの威力」でした。初めに寺井庸裕さんと今村恭子さんによるチェロとビオラの演奏がありました。クラゲが水に漂う様子をイメージした選曲でした。

チェロとビオラの演奏 笹川由紀さんのお話


お話の主な内容

GFPって何?
 シアトルの海にいるオワンクラゲの学名はAequorea victoriaと言い,女性のような名前がついている。GFPとは緑色蛍光タンパク質という意味で、オワンクラゲの傘のふちに点在している。GFPは1961年イクオリンというタンパク質と一緒に下村先生によって発見され、後にバイオには必須のツールとなった。
タンパク質というと,一般には栄養素1つとして思い浮かべるかもしれないが、人間は肉を食べてタンパク質をアミノ酸に分解し、腸で吸収する.しかし,人体を構成するほとんどの物質も、洗剤に含まれる酵素もタンパク質。生き物は20種類のアミノ酸からタンパク質を作っている。この作り方を書いてあるものが遺伝子。遺伝子は生命の設計図と言われる。設計図さえあればその建物をいろいろな所に建てられるように、遺伝子があればそのタンパク質を何所でも同じように合成することができる。
GFPもタンパク質の1つ.その形は円筒状(βバレル構造)で、光るのに必要な物質が筒の中心にある。

3人の化学者のノーベル化学賞の受賞
 下村先生は1962年、GFP複合体をオワンクラゲから分離した。これは「基礎」の研究。
次に、1944年、マーテイン・シャルフィエ先生は、オワンクラゲ以外の生物の生体内でGFPを発現されることに成功し、生命科学研究における利用価値を指摘した。これが「応用」の段階。最後に、1995年、ロジャー・チャン先生はGFPが光る仕組みを明らかにし、実用化された。今回のノーベル化学賞はこれら基礎,応用,実用化の3つが揃ったことで個々の研究がさらに高く評価された結果である.
下村先生は、オワンクラゲの前にウミホタルの発光物質を研究しており,ウミホタルはルシフェリンがルシフェラーゼにより構造変化を起こすことを名古屋大学で解明した。その後,プリンストン大学に移ったときに、ジョンソン先生が見せてくれたオワンクラゲが光らなかったのがきっかけになってGFPの研究が始まった。ジョンソン先生考案の「オワンクラゲカッティングマシーン」でクラゲのふちだけ切り取って調べており,初めの論文だけでもなんと9,000匹のオワンクラゲを使ったと書いてある。
シャルフィエ先生はその30年後、遺伝子組換え技術により線虫の体内でGFPで光らせることに成功,GFPが生体内で光る目印として研究に使えることを指摘した.この研究はサイエンスの表紙も飾った.それまでは化学物質を光らせていたが、光を当てると退化していく。GFPは光を当てても壊れにくい点が優れている。調べたいタンパク質の遺伝子(設計図)にGFPを合成する設計図をつなげておくと、調べたい建物(タンパク質)ができたときにその場所が光るようになる。このようにして探し物を見つけるときにGFPを光らせる。どのタイミングで,どのくらい、探し物の物質ができているのかを光で知ることができるようになった。
チャン先生は、オワンクラゲが光るメカニズム,つまり、イクオリンが青白い光を出すとGFPはそれを受けて緑の光を出す課程を分子レベルで詳細に突き止めた。
加茂水族館で話題となったセレンテラジンはイクオリンの光る素.だからセレンテラジンを餌に入れないとオワンクラゲが光らない。イクオリンがないときには、GFPにUVランプを当ててエネルギーをあげると光らせることができる。
さらに、チャン先生はGFPのアミノ酸の配列を少しずつ変化させて黄色、オレンジ、赤、青色などに光るGFPを作った。それらには、ハネーデュー、タンジェリン,トマトなどの名前がつけられている。

GFPがセンサーとして使われている事例
 オワンクラゲ以外にも、ウミホタル、さんご、ウミウシの一種が光るタンパク質を持っている。「Kaede(カエデ)」というタンパク質は初めは緑色だが、光をあてていくうちに赤くなる。この遺伝子には紅葉に見立てて“カエデ”という名前がついた。
青く光るGFPとGFPをバネの様な分子でつなげておく方法がある.このバネはカルシウムイオンが入ると縮むようになっており,2つのGFPの距離が短くなると青い光を受けてGFPは緑に光る。このようにしてカルシウムイオンの有無を光で調べることができる。これを応用すれば薬の効き方も調べられる。
また,爆薬の中のTNT(トリニトロトルエン)が分解してできるDNT(ジニトロトルエン)があるときにGFPの合成スイッチがオンになる酵母を遺伝子組換え技術で作る研究もされている.酵母を地雷が埋まっている土地に撒くと、地雷があるところだけ光らせることができるので,地雷の除去作業の安全性を高めることが期待されている。
下村先生がこの研究された時代はタンパク質の研究から生命のしくみを解明しようとしていた時代。1990年代、タンパク質の設計図である遺伝子を研究する時代になった。今回のノーベル化学賞受賞者の研究もその流れの1つだと思う.下村先生もオワンクラゲが分子生物学をリードするとは思っておられなかったと思う。

GFPの抽出実験
 各テーブルで、大腸菌に作らせたGFPを精製したものが入っている液をクロマトグラフィーという手法を使って取り出す実験をしました。このGFPは笹川さんが筑波大学で、遺伝子を組み換えて光る大腸菌を培養して、つぶしてGFPを取り出して準備してきて下さいました。
初めにGFPの含まれる原液をカラムに流し入れます。次に、第1液を流すとカラムの上部に緑の蛍光のラインが見えて、この場所にGFPが付着していることがかわります。
第2液を流すと、光るバンドは下に移動します。ちょうど光る雫だけを、下におく試験管を替えて受け取るようにして、GFPを取り出します。
日本では、高等学校の1割くらいでこういう分子生物学の実験が行われているそうです。

カラムに液を入れる ゴーグルをしてUV光源をあてながらGFPの光るバンドを確認する
交代で実験操作を行う GFPの光る雫が落ちる瞬間(向かって左はUV光源)


足立文さんのお話(新江ノ島水族館)

 クラゲ飼育を担当されている足立さんも参加して、お話をしてくださいました。
「クラゲは一般には嫌われ者ですが、オワンクラゲは光るので人の役に立つということで、利用されてきたクラゲです。テーブルのクラゲは生まれて2ヶ月。下村先生がノーベル化学賞を受賞された10月8日の2日前に展示していたオワンクラゲが死亡。ポリプを操作して、ここにいるクラゲが11月に生まれました。
水槽のオワンクラゲが出す光はかすかな光で意識しないと見えません。
オワンクラゲの口は傘と同じくらいの大きさで大きい。ドライシュリンプと湘南シラスをつぶしたものを餌に与えている。共食いもする。
加茂水族館でセレンテラジンを混ぜた餌を与えたら光ったそうなので、もう少し大きくなったらここでセレンテラジンを与えてみたい。
オワンクラゲにとって光ることが何の役に立つかはわかっていない。

足立さんのお話 各テーブルには生後1ヶ月のオワンクラゲの
赤ちゃんが登場(底面に映っています)

足立さんへの質問
  • クラゲの生活史(生活環)を教えてください→イソギンチャクに似た基本形態のポリプから水温など季節によって水中を浮遊するクラゲが出てくる。水族館では人工的に計画的に条件を変えて行っている。
  • 1回にオワンクラゲはどのくらい生まれるのですか→ポリプに刺激を加えると、多ければ1回に何百個ものクラゲが出てくる。あるいは、1日に数個ずつ1か月くらい連続して出てくることもある。最初は直径1ミリくらいの大きさです。
  • オワンクラゲは自分が「光る」ということをわかっていますか→不明です。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言
    • どうしてオワンクラゲは光るのだろう→他の魚は相手を威嚇するためにひかるものがあるが、オワンクラゲの光る理由はわかっていない。
    • この実験用GFPキットの費用はどのくらいですか→いろいろ特許が登録されているので比較的高価です。研究用では5〜6万円から8万円くらいですが、教材用ですと1.5万円くらいです。
    • オワンクラゲ以外にも緑色蛍光を発光するクラゲはいますか→他にもいますが詳しくはわかりません。オワンクラゲの発光とホタルでは光る仕組みが違います。
    • カラムの中の緑色蛍光帯(GFP)の落ちてゆく実験の種明かしをお願いします→大腸菌に作らせたGFPを含む大腸菌をつぶした液(GFP以外のタンパク質も含む)を原液(もともと光る)とした。この液は疎水性(水となじまない)。これを吸着剤のつまったカラムに流し、1液で吸着剤に吸着させ、疎水性(水に溶けにくい)とし、2液でGFPを親水性(水と結びつく)にして流しだした。(くっついていたGFPをはがした。)浸水性と疎水性という性質で今回は分けたが、分子の大きさで分ける、電気の荷電でわけるなどの方法がある。


    お土産のサケのDNAのエタノール実験をする参加者 サイエンスチャンネルのスタッフも実験を楽しんでくださいました
    会場前は目の覚めるような富士山 無事にバイオカフェが終わり、夕冨士が見送ってくれました