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談話会レポート「リスク情報の伝え方、伝わり方」

2009年4月17日(金)、談話会を開きました。お話は残留農薬研究所の青山博昭さんの「リスク情報の伝え方、伝わり方〜食の安全を題材にして」でした。毒性学とは何か、動物実験のやり方や、その結果への考え方の難しさを丁寧にお話しいただきました。

青山博昭先生

主なお話の内容

専門は農薬の安全性評価
市民は食に対して、安全よりも安心面で納得がいかず漠然とした不安があるようだ。その理由を問うと、専門家の説明がわかりにくいためだという。一方、専門家をみてみると、毒性学の研究は興味深く、テーマによっては予算も獲得し易いので、リスク評価についてよくわからないまま取り組んでいる人もいるような気がすることもある。現在は、科学者と市民の両方が身勝手な情報発信をして、堂々巡りをしている印象を受ける。
専門的な知識を持っているわけではないものの意識の高い市民が不安情報を発信するケース(エリマコバ博士のねずみの実験など)や、それをメディアが増幅してしまうこともある。
http://www.life-bio.or.jp/topics/topics218.html
このように、情報の発信源は「文化人」であることが多く,専門家からの情報発信はむしろ少ない。それらの情報をメディアが伝聞型で伝えると、最悪のシナリオや行政の不十分な対応振りがやや誇張されて市民に広がってしまい、情報を受けた市民には判官贔屓の心理が働いて、不安はどんどん増幅する。リスクに関する情報を取り扱う際には、情報の発信者が研究者だからといって鵜呑みにするのではなく、常にことの真偽を自分の頭で考える習慣を身につける必要があると思う。
私の恩師は、「官のつく職業はさぼると国に罰せられるので真面目に、師や士のつく職業は自制心から、それぞれ責任を持って業務を遂行する。しかし、易者、役者、研究者のように「者」が付く職業は責任を問われないので、それらの人達を迂闊に信頼してはいけない」と冗談交じりにおっしゃっていた。

DHMOの恐怖
米国の中学生が行ったアンケートによる実験を紹介したい。DHMO (Dihydrogen Monoxide)という化学物質を(恐ろしげに、ただし正しく)説明したところ、9割の人はこれを水だと気づかずに、直ちに使用禁止すべきだと回答した。
慎重になりすぎると、説明が詳しくなりすぎて返って誤解を生み、DHMOアンケートと同じような現象が起こっているのではないかと思われる。

行政の正義は日本の正義か?
愛知県豊橋市で、ウズラインフルエンザ(H7型)が見つかった。実際には弱毒性でウズラは健康そうだったが、リスク回避こそが正義となり、ウイルスは検出されなかったのにウイルス抗体陽性個体(このウズラはむしろウイルスに対する抵抗性が高いと推測される)のいたコロニーは全部淘汰された。日本では、ワクチン等を利用してウイルスに対する抵抗性を高めるような戦略を採用せず、感染を見つけたらその集団を全部淘汰する戦略を取っている。どんなことがあってもこの戦略を修正しないという国は先進国の中でむしろ少数派であり、海外では状況に応じてワクチン接種などの対応を臨機応変に取っているようである。愛知県のウズラ農家は40戸くらいで、十分な補助金を受けることができないまま全頭淘汰することになり、相当な経済的ダメージを受けたようだ。
一方、愛知県春日井市の都市緑化植物園では、万が一を考えて展示用飼育のウズラ11羽を殺処分したが、その時に感染の有無を確認しなかった。新聞は、一斉に「農家は倒産覚悟で感染の有無を検査したのに、公共施設が検査なしで殺処分していいのか?」と報道し、植物園はとうとう飼育している全種類の鳥の検査をすることになった。
こういうとき、本当の正義って何だろう。

食の安全のリスクはどう管理されているのか
科学者が探求していく「学究の科学」と企業や行政が情報収集のためにする「規制の科学」には、少々ギャップがある。「規制の科学」では不確実性を予測で補い、限られた条件の中で実質的な安全性を判断して運用している。このような状況で、市民が「学究の科学」の立場から発信される「絶対に安全とは断言できない」という情報を耳にすると、たいていの場合は不安を抱いてしまう。

毒性学(Toxicology)とは
製薬会社の中には、毒性学を安全性科学と呼んでいるところもある。
毒性学では、いろいろな化合物が持つ毒性について、作用メカニズムやその強さを研究する。多くの場合、様々な化合物の毒性は、動物を用いて実験的に確かめられる。
毒性物質の暴露量を評価すれば、毒性のあるものでも安全に使う方法がわかる。これを示し、薬害、公害、農薬中毒による事故を未然に防ぐのが毒性学者の仕事です(コレ、私の夢です!)。例えば、妊娠していない人がサリドマイドを服用しても、差し当って大きなリスクはない。したがって、「どんな人にとってもサリドマイドは危険」とか、「この物質は絶対に安全」といった具合に、単純に「白・黒をつける」ことはほとんど不可能に近い。リスク評価を実施すると、大概の物質について、「使い方を誤ればリスクが大きくなる」というようなグレー判定しかできない場合が多いことを知ってほしい。

毒性学者の立場では、理想的なリスク評価を次のように考える。
環境に放出する前に評価する。
優先順位の高いものから評価する。
不幸にして何らかの危害が現れた場合には、速やかに原因物質を究明して、被害を最小限に止める。
このような状況にありながら、我が国の大学に恐らく「毒性学部」は存在せず、医学部、農学部、理学部、工学部、獣医学部、薬学部、文学部などを卒業した、言わば寄せ集め集団で問題解決に当たっているのが現状である。残念ながら,必ずしも毒性学者間で有意義な議論ができているとは言い切れない。

毒性試験の結果を正しく理解するために遺伝学から眺めましょう
遺伝学的な立場からみると、動物種差、個体差についてよく理解していない人がいたり、DNAやRNAを扱うことが遺伝学だと誤解している人がいたりで、毒性学者にも遺伝学が理解されていないことを感じる。
実験動物の素性には、1)アウトブレット系(隔離された集団、正確には「アウトブレッド・ストック」と言い、血統書つきのビーグル犬のように、「集団内の個体は良く似た性質を持っているが、各個体は遺伝的に同一ではない」という集団)と、2)近交系(兄弟同士を20世代以上交配し続けることにより、理論的に互いの遺伝子がすべて同じと考えられる集団)がある。
日本人という集団は、様々な人種により構成される米国人と比較したら、遺伝的に均一であると考ええられる。しかし、全員が同じ血液型というわけではなく、一人一人が「似て非なるもの」である。このような集団の特性は、アウトブレット系の実験動物と比較的良く似ている。一般的な毒性試験では、ヒトのモデルとして、アウトブレッド系の実験動物が好んで用いられる。しかし、より精密なデータが要求される実験では、近交系(事実上、クローンに等しい)の動物を使う場合が多い。近交系を使った毒性実験の欠点は、特定の遺伝子型の集団に対するリスクは比較的正確に予測できるが、多様性を持った集団におけるリスクの予測にはむいていない点にある。

アウトブレット系のラットを用いた実験で多指症の児が生まれた
アウトブレット系ラットを使ってある化合物の催奇形性を調べたら、多指症の児が生まれたことがある。この児は、化合物を投与しない対照群で生まれたので、遺伝要因の関与を疑って解析を続け,集団に潜む単一劣性遺伝子のために起こった異常であることがわかった。今は、もう少しで多指症の原因遺伝子を同定できそうなところまで研究が進んでいる。
また、環境省のプロジェクトで甲状腺に影響することがわかっている物質を低用量与えたところ、一部の動物に甲状腺異常が起きたこともあった。しかし、このような現象は突然変異個体が紛れ込んだために生じたと推定されたので、さらに遺伝学的な解析を続け、この異常がサイログロブリン遺伝子の1塩基置換によることをつきとめた。
実験動物の遺伝に詳しい研究者が市販のアウトブレッド・マウスを使って実施した実験では、ブリーダーから購入した69匹のオスうち、18匹(約26%)が何等かの先天異常を引き起こす劣性突然変異遺伝子を持っていることも示されている。これらの事実は、遺伝的に不均一な動物を使って毒性試験を行うと、遺伝的な原因で先天異常が生じたにも関わらず、投与した化学物質の影響だと誤解される場合もあることを示唆するものである。
環境ホルモンの低用量影響を検出したとの報告についても、そのほとんどは遺伝的に不均一な動物を使った実験結果に基づくものである。最終的な判断を下すためには、遺伝学的な統御を受けた実験動物を用いて、報告されたような影響の有無を再評価する必要があるように思う。
我々の研究では、遺伝的に均一な複数の系統のマウスに同じ量のエストロゲンを与えると、系統によって反応性が大きく異なった。遺伝学的な解析では、子宮そのものの重量を重くするのに1番染色体にある遺伝子が、子宮にたまる水を増やすのには18番染色体にある遺伝子が、それぞれ関与していることがわかってきた。
遺伝的に不均一な動物を用いた実験では、同一処置群に属する動物でも個体ごとに感受性が異なり、調べた化合物の影響が見えにくいこともある。

動物実験の種類
広く使われているのは、マウスとラットで、実験動物の代表のように思われているモルモットは、実はほとんど使われない。
ニワトリは、急性神経毒性が現れても死んでしまわないため,急性症状が消失した後に現れる遅発性神経毒性や急性遅発性神経毒性(数週間で神経症状が出る)を調べるのに適している。ラットやマウスは急性神経毒性が現れた時点で死んでしまうことが多く、遅発性神経毒性を評価しにくいので、ニワトリを用いる。
例えば、ダイオキシンの急性毒性は、動物種によりその強さ(例えば半致死量)がとても大きく異なっている。このため、ワーストシナリオを示すときには、感受性が最も高いモルモットを基準にすることになる。セベソで起こった工場事故でダイオキシンが散乱された時のデータでは、推定曝露量が動物実験の結果に不確実係数を乗じて求められた基準値や予測致死量をはるかに上回る被害者がいらっしゃったにも関わらず、幸いにして亡くなられた方はなかったと報道されている。モルモットのデータに基づくワーストシナリオは、遺伝的に異なるヒトには当てはまらなかったことになる。

まとめ
ある化合物を一定の用量で複数の動物に投与して、いずれの動物にも影響がなければ、その用量の1/100くらいの用量ではヒトに影響が出ないと考えていいでしょう。経験則にのっとる限り、安全係数の100分の1は妥当だといえるように思います。


お話を聞く 参加者のみなさん

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 2度、先生にお話をうかがって実験動物の個体差を正しく解釈できる研究者のお話を聞くことは大事だと思った。
    • 農薬の申請をする仕事をしているので参考になりました
    • 勉強になりました。こういうことを早く知っていたかったなあ
    • ヒトが一番感受性が高いのだと思っていました。間違いだったとわかりました。
    • 最低濃度を基準に判断していることをみんなに知ってもらいたい→もっと発信しないといけない。中国産野菜の農薬を気にしているヒトがいるがポジティブリストの一律基準の決め方を理解してほしいと思う。
    • 今日のお話はわかりやすかったけれど、残留農薬基準オーバーを心配してしまうのは、今の情報環境では当然の反応だとも思った。
    • 自然科学で白黒を決められると思っている人が多いのは今の学校教育の○×式のせいだと思う。わからないことをとりあえず決めている、実際の仕組みや不確定性を教える教育が必要だと思った。
    • BSEの検査キット販売に関わる仕事をしていたときに、リスクについて考えたことを思い出した。日本人は白黒を決めるのが好きで、誰かに決めてほしい性質を持っている。
    • BSEでクロイツエルヤコブ病を発症した人は日本に一人しかいない。リスクという言葉にマイナスイメージがある。私はカウンセリングで、リスク、奇形ということばを使わないようにしています。チャンスや可能性ならいいと思う。
    • 逆U字現象に関心があったが、サンプルのばらつきの仕組みがわかりました
    • 市民の反応、マスコミの対応の特徴はバイオマスに対するものと同じだと思った。