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2009年度科学ジャーナリスト(JASTJ)賞授賞式開かれる

2009年5月14日(木)、プレスセンター(東京・霞ヶ関)で、JASTJ賞授賞式が開かれました。今年は58篇の候補作品(新聞、書籍、映像など)から一次選考で15作品に絞られ、5名の外部委員と5名のJASTJ内部委員により5つの作品が選ばれました(大賞1作品を含む)。初めに、柴田鉄治選考委員長より経過説明があり、5名の外部選考委員から、それぞれの受賞者に記念の盾が受賞者におくられました。選考委員長、外部委員、受賞者の感想の概要は次のとおりです。

選考経過と結果の報告 柴田鉄治選考委員長

「JASTJ賞は賞金もない小さい賞だが、立派な外部委員のご協力を得、だんだん認められるようになってきている。ジャーナリストだけでなくサイエンスコミュニケーションに関わる人、研究者によってつくられるよい作品を紹介していきたい。
5つの作品を簡単に紹介すると、大賞はサイエンスイラストレーターでサイエンスライターである北村さんの『ダーウィン『種の起源』を読む』が選ばれた。新しい分野の方の活躍がこれからも期待される。『ハダカデバネズミ』は科学と余り関わりのない人にも、科学者とはどういうものかを伝えているところが興味深い。『いのちを紡ぐ』は終末医療、死別の悲しみを新しく温かい視点で見つめながら社会の問題を提示している。今年は映像作品の受賞がなかったが、『テレビと原子力』はテレビの世界の人が雑誌掲載で受賞された力作。今後これが映像作品になったらもっとすばらしいと思う。『ルポ 医療事故』は裁判を丹念に取材して、丁寧に作られた作品だった」

受賞者と選考委員のみなさん

「いのちを紡ぐ」 信濃毎日新聞編集局文化部記者 磯部泰弘さん 吉尾杏子さん

プレゼンター 政策研究大学院教授 黒川清氏
「日本は病気や死だけでなく、政治、経済、いろいろな側面で苦悩している現在。どこにでもあり皆が対面するのに、皆で話し合う機会が少ない死や看取りについて、この本を読んで、個人、家族、社会の問題として認識してほしいと思った。メディアは今後、こういうことをどう報道していくのか。皆の課題でもあると思う」

受賞者のことば
磯部さん「この連載はまだ継続中で、第5部の終了前に賞をいただき、今後、どのようにまとめていくか、プレッシャーを感じている。この作品は患者、家族、医療関係者の前向きな協力のお陰で作ることができた。長野県の山間部の小さな診療所には、包括ケアの実績があることから、やる気のある医師が集まってきており、地域・在宅医療に早くから取り組んできた長野県だから作れた作品だと思う。長野県が医療関係者の地道な努力の積み重ねが与えられた賞だと思っている」
吉尾さん「私は、死別の悲しみをただ打ち消すことなく、いかに自分のものにしていくかをテーマとして取り組みました」


「ルポ 医療事故」朝日新聞編集委員 出河雅彦さん

プレゼンター 東京大学大学院特任教授 村上陽一郎氏
「1998年に『安全学』を書いたときから医療が問題だと思ってきた。新聞で取り上げられた医療事故(係争中のもの、すでに判決の出たもの)をジャーナリストらしい視点で見ておられる。パロマのガス湯沸かし器、時津風部屋の事故などを例にして、検察、検視官の死因究明が手薄であることの問題も指摘されている。各章に見開き2ページのコラムがあり、得られる教訓を日本の社会が学ぶべきかを書いておられるので感心した。これからも鋭い切り口で活動してください」

受賞者のことば
「お医者さん達にジャーナリストが厳しく医療事故を書くので困るといわれてきたが、医療事故は隠すのでなく掘り返すのが私の仕事だと思う。1993年から厚生省記者クラブを担当。社会保障制度改革、医療事故をその間に取材した。医療事故との関わりは10年前の横浜市立大学の取り違え事故だった。
広尾の病院で事故を届けていなかった医者が有罪になり、関係者はショックを受けた。現在は医療事故に対して、警察の介入よりも調査機関の設立が医療界から求められている。私は事故調査がどのように行われ、何が問題かを掘り起こしてから、調査制度をつくるべきだと思う。これから、どんな調査委員会を作るのかを考えるために、一般市民も含めて共通基盤の上に議論をしていけたらいいと思い、この本を書いた。受賞に恥じない仕事をしていきたい」


「ハダカデバネズミ〜女王・兵隊・ふとん係」 理化学研究所 チームリーダー 吉田重人
                             客員研究員 岡ノ谷一夫

プレゼンター ノーベル科学賞受賞者 白川英樹氏
「奇妙なタイトルの本で読むのを後回しにしていたが、読んでみると、とまらないほど面白かった。動物の入手、飼育の苦労、学生たちの関わり、最後に課題を述べているところなど、学術論文の形式を取りながら、楽しく読めるように書かれていて私はすっかり気に入ってしまった。吉田さんはJASTJ塾で私と同期であったこともわかった。JASTJの活動が有効だったことの証明でもあり喜ばしい。
私も文部科学省の補助金を頂いた頃、成果として研究論文を提出していたが、これは社会の人に語りかけるというようなものではなかった。この著書は補助金の成果を社会に還元するものとしても意味があるものである」

受賞者のことば
吉田重人さん「JASTJ塾2005年に参加したご縁で推薦していただけたと思って、感謝しています。そこで科学コミュニケーションの難しさを痛感した。私は4月からベンチャーでデータ解析の仕事をして週末に研究をしているが、これからも科学コミュニケーションに関わっていきたい」
岡ノ谷一夫さん「私達よりデバネズミと素敵なイラストが受賞したのだと思っています。私は科学ジャーナリストになりたかったが、科学史と科学哲学のある大学の受験に失敗し、心理学者になった。これからも本当の研究の現場から発信していきたい」


「テレビと原子力 戦後二大システムの50年」(雑誌「世界」に4回連載)
                         NHK放送文科研究所主任研究員 七沢潔氏

プレゼンター 科学技術振興機構理事長 北澤宏一氏
「この作品について選考委員会ではあまり議論しなかったが、これは落とすわけに行かないという共通の認識が、委員の中にあった作品だった。テレビも原子力も影響力が大きく、光と影を持つという共通点がある。ジャーナリストたる人たちは全員が読むべき本だと思う。1950年代、原子力は日本に爆弾と第五福竜丸事件として登場した。日本だからこそ、原子力の平和利用となるプロセスをとってきたことを、この本は市民に知らせた。1970年大阪万博に向けて原子力は最高潮に向かっていくが、反対運動も起こるようになった。スリーマイルでメルトダウン、チェルノブイリで爆発が起こり、安全問題が見直され、地球温暖化から原子力が見直されてきた。結論を示さずに、余韻を持ちつつ、インターネット時代の報道についても示唆している。読みやすい文章ではないが、ジャーナリストは逃げられない事柄であると思う」

受賞者のことば
「自分はジャーナリストだと思っていたが、科学技術ジャーナリストだと思ったことはなく、専攻は経済学です。私は食べるのが好きで、チェルノブイリで食品が放射能汚染したことから、原子力問題が気になるようになった。日本には原子爆弾、第五福竜丸、東海村臨界事故などの経験があるが、どのレベルの放射能汚染の食品が食べられないのか、科学・技術と社会のあるべきバランスなどを考えると、社会は科学・技術を峻別できるほど成熟していないのではないかと思っている。放送研究所に移って、テレビの歴史と日本の戦後の原子力の歩みのつながりを感じ、アーカイブスの分析を始め、この作品をまとめた。今回の受賞は、テレビの現場やジャーナリストの努力は大事だと励まされた気がしている」


科学ジャーナリスト2009 大賞「ダーウィン『種の起源』を読む」
                  サイエンスライター・サイエンスイラストレーター 北村雄一氏

プレゼンター 慶応義塾大学名誉教授 米沢富美子氏
「『種の起源』は難解な長編でみんなが挑戦して挫折してきたが、この本は原書から読み解いてみんながアプローチしやすいようにしてくれた。サイエンスライターとしての気概が読み取れるというのが、一次選考のコメント。2次選考で15の候補作品を読んだときの私のコメントを読み返してみたら『面白かった。読み応えがある。よくぞ書いた!著者は『種の起源』をよく理解できてよくプレゼントできている』と書いてあった。原書と同じ章立てで、タイトルもあわせてあり、全体のフローチャートもあり自分の読んでいる場所がわかるようになっている。各章にコーヒーブレークのようなコラムがあり、そこだけ読んでもいい位、値打ちがある。私はこの本を読んで、ダーウィンの進化論とは、複雑系の自己組織化であることがわかった。突然変異と自然淘汰、複雑系の生存競争は勝ち負けでなく、互いが進化しつつ共存していくことなのだと思った。すべての物理法則は自由エネルギーの低い方が向いていく。生物や複雑系は適応性が高くなる方向へ進んでいき、適応性は周りの生物からの圧力で変化する。これが共進化であり、この本はそういう意味で、21世紀の今日的な本だと思う。これからもサイエンスを一般の人に広めていく活動をがんばって下さい」

受賞者のことば
「系統学と進化について知りたいと思って『種の起源』を読んだが、わかりにくかった。英語の方がある程度わかるが、それでも難しい。ここでは、メンデル遺伝以前の考え方の枠組みがあるらしいと直感し、自分なりに読み解いてはコツコツを書いてきた。
私がサイエンスイラストレーターなのに、本を書き始めたのは、イラストを載せる本がなくなり、それならイラストを載せる本から作るろうと思ったのがきっかけ。しかし、1年に4冊が限界で、このような仕事のペースでは生活はかなり苦しい。自分のような仕事の仕方は、現代の効率を求める社会にあわないのだと思う。科学ジャーナリズムは大事だといわれているが、実際には経済的な課題も含めて問題がある。私の今後の活動を見守って下さい」