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第38回談話会レポート「生物多様性条約COP10の後の心配」

 2011年2月4日(金)、くらしとバイオプラザ21会議室で談話会を開きました。 お話は筑波大学教授・留学生センター長 渡邉和男さんによる「生物多様性条約COP10の後の心配」でした。

会場風景 渡邉和男さんのお話


主なお話の内容

初めに
 私の専門は育種だが、学際型人材養成にも関わり、国連大学でも働いている。生物多様性保全の国際会議に関わって15年。昨年10月には、第10回生物多様性条約締約国会議COP10(名古屋)に参加。

生物多様性とは
 生物多様性は、①生態系、②種、③種内の変異(品種)の3つの領域で考えることができる。今日の話での言葉の定義をします。対象になるものは次の3つ。
①遺伝資源:生殖質のこと(植物の種、花粉、動物の精子や卵など自己増殖できるもの)
②遺伝素材:核酸、個別遺伝子、DNA、RNAなど遺伝資源を構成するもの
③生物資源:生物由来の材料 

天然資源は技術革新によって価値が変わる
太古の時代:価値は土地と領土。例)道ができると価値が生じ紛争も始まるようになる。
過去200年間:資源のとりあいで紛争をしてきた。
過去30年間:遺伝資源も紛争の対象となる天然資源に含まれるようになった。インシュリンが遺伝子組換え技術で大量生産され、微生物が大金を生む結果になった。遺伝資源がバイオテクノロジーで高次に利用された好例である。実際にはバイオベンチャーは余り儲からないが、成功事例もあることから、COP10では、「生物・遺伝資源のナショナリズム」が盛んに主張された。

生物多様性条約(CBD)とは
生物多様性条約は気候変動枠条約と姉妹条約といわれ、メンバー国は193か国。1992年に採択され、1993年、発効。
目的は生物多様性の保全(カルタヘナ議定書(CPB)による)。遺伝子組換え生物(LMO)の移動で相手国の環境に悪影響を与えないよう、そこの生物多様性保全を担保するためにカルタヘナ議定書ができた。
 生物多様性保全のしばりが厳しくなると自給自足で暮らしている人の生活が脅かされる可能性が生じる。どうやって保全しながら、そういう人も無理なく暮らせるのだろうか。
 遺伝資源に関わる公平で衡平なアクセスと利益分配(ABS)が、ボンガイドラインで定められた(2001年)。法的拘束力をつくるガイドラインを作ろうとする動きなどもあり、堂々めぐりが続いている。
 基本は二国間交渉。一律のやり方は決められない。発展途上国にとって二国間交渉は手間になるが、資源を持つ国の主権を主張できるという期待もある。

生物多様性条約締約国会議のこれまでの流れ
 締約国会議は2年おきに開催されてきた。
2002年 ヨハネスバーグ会議:水、食料、エネルギーとともに生物多様性は人の存続のために必要だと認められた。
2008年 ボン会議 議定書の採択が名古屋会議に先送りになった。
2010年 名古屋会議 参加国の多くは「結局、議定書を作れなかった」と結論されると考えていたが、議長国として日本が主導して、未明にまとまった。経済的支援などの提示があったのではないか。両極の議論がかみ合わないまま採択され、各国は不満だろう。今後、運用の議論は難航するのではないか。

生物多様性に関する国際的取り決めは多くある
 生物多様性に関する国際的取り決めは多いが、本当に弱者は守られているのか。
○ブダベスト条約:分離された微生物に特許を付与できる。特許微生物の寄託。
○知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(WTO TRIPS協定):27条「特許の対象」で、遺伝資源とその知財について触れている。
○ワシントン条約(CITES):絶滅危惧種の保護と取引の禁止。貿易上の取り決め。人口飼育されたいきものは対象外。
○ラムサール条約:渡り鳥の湿地を保護し、生態系保全に寄与。
○南極条約:南極地域の平和利用のため。南極の生物の保護が多様性と関連する。 
○植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV):植物の新品種を知的財産権として保護し、開発を促進する。先進国が中心。担当するのは各国の農業セクター。
○国際知的所有権機関(WIPO):生物遺伝資源と知的財産のあり方に関する取り決め。各国の経済セクターが担当。生物多様性条約は生態系に関する取り決め。
○FAO(国連食糧農業機関)食料及び農業に用いられる遺伝資源に関する条約(ITPGR):種子は人類共通の財産。自給自足の農家が困らないように流通させる。2004年発効。

食用になる植物資源の拡大へ
 地上植物は30万種の植物があり、そのうち、かじる、なめるも含んで食べられるものは8万種。300種が恒常的に栽培されている。経済効果をもたらす作物は30種程度。食べられる植物には開拓の余地があるだろう。
○アワ:インドでアワは貧しい人の食料だったが、低カロリー、高タンパクが注目されて富裕層がほしがるようになってきた。
○ヤーコン(ペルー原産):日本に持ち帰られて品種改良され、茨城県で商品化。特産になった。こういう作物は、大金は生み出さないが地域振興に役立つ。
○マカ:滋養強壮剤として使われている。カブの仲間。標高4000mで安定して生産できる。ペルーでは地域的作物で、冬場の食材だった。現地で500円/Kgが日本では20万円/Kgになる。ペルーにも日本にもWIN-WIN関係をもたらす作物となっている。材料が移動して使われたことで価値を生み出した事例。

遺伝資源の尊重
 遺伝資源を尊重することは、国家主権の尊重という意味になった。それは、国土の尊重と同じことだから、遺伝資源を持ちだすことは国境を侵すほどの問題となる。従って、遺伝資源のアクセスが難しくなり、遺伝資源の有無の情報も入手しにくくなってきている。アクセスしようにも担当部局も把握できていない状況。
 発展途上国が名古屋議定書に署名すると、探索許可や情報入手が明確化される可能性も出てくるのではないか。こうして、遺伝資源の問題が膠着する中で、遺伝資源はどんどん失われていっている。その状況を調べることもできない。

名古屋議定書運用での懸案
○NCA(National Competent Authority):各国が遺伝資源のルールを守れるためには、主務省(野生生物は環境省、作物は農水省)の整備が必要。途上国は能力構築の資金があればできるというが本当に構築できるのか。AIA(LMO移動に伴う事前手続き)ができる国が11年前から増えていないのが、能力構築の現状。
○遡及範囲:各国が遡ってしばりをかけようとする可能性がある。まず、既に持っている資源をいつ入手した遺伝資源かを調べなければならなくなる。
○派生物:例えば、綿の種という遺伝資源からできる繊維も対象になれば、木綿を使っている国は全部対象とすると主張する国もある。議定書では派生物は入れないことになったが、二国間交渉では派生物も対象にすると主張する国が出てくるかもしれない。
○伝統的知識:文字がないところで、資源の使い方の情報や取り扱い方が対象になる。例えば、もち米は炊いたら溶けてしまうので蒸すなど。
○非商業利用:学術研究など。二国間交渉で学術研究が非商業利用であると認められない場合には研究者もしばりを受けるかもしれない。

バイオパイラシー
 バイオパイラシーとはETC(カナダの環境団体、昔はRAFIと呼ばれていた)事務局長のパット・ムーニーらが作ったことばで、遺伝資源への海賊行為という意味。正式には、Misappropriation(不適切な利用)という。
 例えば、ウコンの新しい抽出方法はアメリカで発明されたが、それで利用価値が上がった時に、かつてウコンを海賊のように持ち去ったと主張する国が出てきたなど。日本のヤーコンはペルーとボリビアで集めたコレクションを使って品種改良をしたもの。いい品種ができたら、原産地だから譲ってほしいとペルーがいってきた。
 感情論だが、世界ではこういうことが起こっている。

コスタリカにおけるメルクの問題
 メルクは、コスタリカに生物多様性へのアクセス許可を得るために3億円支払った。生物多様性保全のためのCSR的な行為だった。自国の生物多様性へのアクセスはお金を生むという情報が世界に流れてしまった。結局、よい遺伝資源は何も出てこなかった。
 一方、フィリピンのように持ち出しを厳しく規制し、自分の首が締り、自ら規制緩和した例もある。世界は生物遺伝資源に過敏、過激になっている。
遺伝資源アクセス手続きには、①PIC(事前手続き prior informed consent)、②MAT(相互同意 Mutually agreed term)、③MTA(材料譲渡契約 Material Transfer Agreement)がある。
 私たちは、「遺伝資源管理士」のような資格を認定して、公正公平な取引に立ち会うような仕組みをつくるのがいいと思っている。

リスクと利益の共有の必要性
 学術研究などの非商業利用をある程度行わないと、金銭的利益を生むまで育たない。研究開発には多大投資が必要であることが広く認知されるべき。
誕生した医薬品の成功例として、イチイの木からできた乳がん抑制剤、インド栴檀(ニーム)からバイオ殺虫剤があげられる。
 アステラス製薬は、筑波山の土壌微生物でプログラフという医薬品を作った。多額を研究開発に投じたが、プログラフの売り上げで補われている。こんな成功例は少ないが、日本にも、まだまだ、よい遺伝資源があるのではないかと思う。

アジアのバイオ新興国 
 発展途上国で資源を持ちながら、インドやブラジルのように能力を高めている国もある。規制の整備、産業化への支援の仕組みもできつつある。知的所有権の獲得も整備されている。
 インドでは、遺伝子組換えワタやナスを作っている。野外試験をして経験知があがっているので、この領域では日本は負けている。実用化につながっていない日本は、10年後、税金では研究できない国になっているかもしれない。

日本の遺伝資源の貢献
 緑の革命を支えたのは日本のコムギ農林10号。農林10号の中の遺伝子2個(Rht1,Rhr2)とイネの遺伝子SD1は、今も世界に年間5000億円の経済効果を生んでいる。
 韓国のイチゴも大部分は日本で開発された品種(レッドパール)。イランの食用イネはフジミノリ。南米の主要ジャガイモは長崎の出島で開発された「デジマ」。品種の権利確保は大事なことだが、品種の権利確保をしてこなかったので、かなり損しているとも言える。しかし、日本で品種改良したものが、海外から安く輸入されれば、日本の食を間接的に助けているといえるのではないか。
 今後、生物多様性条約、名古屋議定書の運用に日本政府がどう取り組んでいくか、注目していきたい。


 
参加者の皆さん  

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • CBDが決まらないと遺伝資源アクセスが滞るというが、二国間で積み上げることはできないのか→乗ってこられる産業があればいいが、日本の会社の多くには個別交渉できる力がない。日本政府も応援してくれない。交渉がオープンでも日本企業は交渉ごとに慣れていない。大金を提示されて、時間ばかりかかってしまうのではないか。そして消極的になってしまう。相手政府によっては、自国産業は応援するというところもあり、ジャカルタの産業パークに進出希望している日本企業は多い。インドは国内への産業を誘致し、一緒にやっていくならパートナーだが、作って持ち出すのなら規制するという姿勢。
    • メルクのコスタリカでの失敗について→メルクは生物多様性保全のモデルを作るつもりで、成果が出る前に投資したが、何も見つからなかった。自主優先権を担保してもらって、一桁上の金額を再度投資したが、よい天然資源は出てこなかった。
    • 生物多様性条約にアメリカは署名していないが→アメリカには経済力があり、交渉力のある弁護士が多くいて、二国間交渉も十分にできる。微生物コレクションや農業食料のプラントハンターが20世紀初めに集めたものがそろっている。欧州も大航海時代に植民地から植物資源を集め終わっている。そのような力を持っている国同士のパワーゲームになるだろう。力がないところは頭を使わなければならない。オーストラリアはABSを整備し、アボリジニとその文化を保護し、基礎になるゲノム情報をおさえていく。オーストラリアで行われた非商業利用の情報公開もオーストラリア政府の許可が必要というしばりがある。
      台湾は薬用植物、インドはアーユルヴェーダのデータベースを持っていて、物と情報を取引の対象としている。
    • インフルエンザの薬のタミフルの原料の八角の利権を中国は主張しているというが→ABSにおいては、資源は国家主権。タミフルの原料の由来を記載することになっているので、八角の権利を過敏に主張している。商法上は取引が解決しているが。一方、病原菌という遺伝資源はどうするのか。WHOは、人道的に病気の治療のために研究するのは対象外としているが、インドネシアはヒトの病原菌を単離しても渡さないと主張。先進国が薬を作っても、自分の国に還元されるのは最後だろうから、先に利益を渡してほしい。そうしないと自国の健康被害がでてしまう
    • 先にお金を渡す時の算出方法は→大きい金額を提示されていると思う。商取引には積算が必要だが、ここでは感情論が強い。品種改良に使われる品種の場合、初めにお金を入れて、進み具合で支払っていく。
    • 日本が議長国としてぎりぎりになってまとめたことについて→外務省、環境省は、議長国としてよく国際世論をまとめたと考えているが、実務省(経済産業 農林水産、厚生労働、文部科学)は不満がある。産業、学術研究、人材育成への影響よりも、外交上の見え方に重きが置かれた。そもそもそれだけ支援するお金があるのだろうか。
      文部科学省なら、留学生への支援、JICA、ODAなどの金額の説明ができるように書類が整備されているが、外務省ではそのような資料は見たことがない。今は、日本はお金持ちかもしれないが、外交交渉にどうお金を使うのかはよく考えなくてはならない。
    • 米国は署名していないのに、日本はなぜ生物多様性条約に署名したのか→カルタヘナ交渉では実務省は議定書はいらないガイドラインで事故なくやってきたと考えてきた。議定書を交渉していくうちに、署名する方向になった。法律順守、研究のなどでバイオセーフティに貢献できる力があるのだから、署名しない選択もあったはず。カルタヘナ法はうまくできたが、厳しく作りすぎて産業化停滞の影響も出ている。一方、模範になるべき大学で、遺伝子組換え生物を不適切に扱ってしまった事故も発生している。
    • COP10最終日の顚末は→最終日前日(木曜日)、両方の決着がつかず、議定書をつくることは無理だった、二国間交渉で決まると多くの人が思っていた、二国間なら、発展途上国は有利な条件を提示できるから。発展途上国に支援の約束したようだ。アフリカ諸国と欧州は植民地の対立の歴史があるが、それも経済支援で置き換えてしまった。発展途上国は消化できていないだろうと思う。
    • 名古屋議定書の運用が難航したときに仲裁する人はいるのか→いません。議定書は採択されたが、国際法とはなっていない。コロンビアはすぐに署名した。批准国数が50になると法律として発効する。生物多様性条約成立以降、遺伝資源移動は難しくなった。名古屋議定書が成立しなくても、FAO農業食料遺伝資源条約を使えばいい。こちらの条約なら、農業セクターの主務担当(コンピータントオーソリティ)がわかっている。対象が35食料作物、29飼料作物種と限られているが、対象外のウコンもその中で扱える。
    • 本当に損失が出るのは、病原菌を治療法開発のために移動できないこと。
    • 署名する国は50国、集まるのだろうか→発展途上国は固まって批准するだろう。アフリカや中南米の国には、批准したくても運用のお金がないだろう。運用事務だけで3億円くらいかかる。 国連の計算方式で日本は国連分担で1国では負担は高い EUは1国では払っていない。国際法に入るにはお金が要る。
    • 日本はどうするのがいいのか→国際環境法は250くらいある。抜けるのはまずいので、日本は分担金減額を主張すべきではないか。 
    • 議定書の解釈は国によって違い、担保する国内法に温度差があるようだが→日本では、国内の遺伝資源をいつ自国に入れたかの調査を今、行っている。製品評価基盤機構(千葉県かずさ)や国立遺伝学研究所(静岡県三島)などで管理している遺伝資源についてひとつひとつ調べている。
    • 条約担保法は各国に任せるというが、余りにかけ離れた解釈をしたとき(遡及する期間が以上に長いなど)、それを注意する機関は→国内法に干渉すると国家主権の侵害はできない。しかし、国内法をつくるのも大変なので、国際法を順守すればいいというアフリカの国もある。だから国際法をしっかり作ろうということになる。こういう考え方は植民地時代から関係のある欧州には理解できるが、アジアは理解できない。
    • 今日のお話は知らないシャワーを浴びていたようだったが、COP10について、マスコミ経由の情報ばかりが手元に届いていたのだと感じていた。条約があるのに、基本は二国間交渉というのは変だと思う。曖昧な条約に成ってしまうのではないか。川の魚を獲った国によって合法だったり違法だったりするなど→国際法に比べ、通常、二国間は厳しくなる。
    • 法律にしてしまうと簡単に改訂できない。重要なことを局長通知、課長通知で修正したりしている。遺伝子組換え作物で、複数の形質持つ品種(スタック系統)はアメリカ式審査がよいと私は言い続けたが、日本はかなり厳しい審査になってしまった。スタックの子孫を審査をしようにもコントロールがないのが現状。自分の決めた法律で困っているケースがあるので、決めるときは注意深くしなくてはいけない。
    • COP10は勉強していたが、より深いお話だった 日本のバイオベンチャーがマレーシアの生物資源を扱っているという報道があった。民間レベルの交流で成功している例だと思う→日本から出た会社にしては革新的な方法で成功している。大きく儲からないが相手国のことをよく知り、いい取り組みをしている。私は日本の成功事例としてケーススタディをしたが、15年前から頑張っていて、会社のコンパクトさの利点が活かされている。
    • MOP5の後の心配は→政府をみていて専任の専門家の不在は大丈夫かなと思うことがある。生物多様性影響の科学的リスク評価に慣れてほしいと思う。残念ながら、MOP5リスク評価専門家会合のメンバーにはリスク評価を知らない人もいた。ことにANNEX3は細かすぎる、手続きミスを除いて、LMOで問題は起こっていない。スタックした遺伝子が相互で悪さを始めるのではないかという報告されると、運用が難しくなってしまう。