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総会記念講演会「企業におけるコンプライアンスのあり方について」

 2011年5月19日(木)、銀座ラフィナートにおいて通常総会記念講演会が開かれました。お話は郷原信郎氏(名城大学総合研究所教授・総務省コンプライアンス室長)による「企業におけるコンプライアンスのあり方について」でした。

郷原信郎氏の講演 講演後の歓談風景

お話の主な内容

はじめに
コンプライアンスは法令遵守と訳されるが、社会の要請に応えることを意味し、社会の環境変化に組織が適応することでもある。例えば、震災という変化に適応していくのがコンプライアンスで、このような危機の今こそ組織のコンプライアンスが求められている。
お世話になった検察を批判してきたのは検察への恩返しだと思い、「検察が危ない」を書いた。大阪地検の検察不祥事(2010年秋)に、検察のあり方を検討する委員を務め、検察対応の誤りを指摘した。検察は特殊な領域の業務を行う組織で、検察の問題は官公庁、企業にも共通する。組織が環境変化に適応できなかった結果が不祥事になった。

組織のベース
犯罪を起こす人を処罰するだけでなく、違法行為の制裁強化が求められてきた結果、検察に、法律の執行力を高めるための制裁の機能を強化することが求められた。これは、伝統的犯罪の処罰(相撲に似ている。限られた手法で狭い組織の中でやればいい。悪いことを証拠で立証して処罰するのは押し相撲と同じで一方向性)とは異なる方向性を持っている。相撲の世界も特殊な領域で完結している間はよかったが、世界が広がってくると問題が生じてくる。
普通の人がしないこと(殺人、強盗、放火など)をした人を処罰するのは、特捜の狭い世界でのこと。一般社会から隔絶され干渉・介入されない。内部だけですべてが決められる。そして、マスコミがその閉じた世界を守ってくれた。
経済、政治に検察が影響を及ぼすようになり、領域からはみ出してきて、大阪地検の不祥事となった。村木さんが政治案件の首謀者だったというストーリーにはめようと、証拠改ざんまでしてしまった。検察への信頼は回復していない。
社会的対応を求められてこなかった検察が、組織が社会の要望、求めに対応できないまま、報告書も周知されないうちに震災になった。だから報告結果が社会に問われていない。
大震災、大津波、原発災害は不連続の変化で、社会に激変をもたらした→想定を超えた変化→想定の範囲内の組織体制ではなく、全く違った対応(平時の対応と異なる)を求められる。こういうときに力が試される
震災においても省庁は、平時の対応の範疇を出られない。基本的、根本的な視点から考えて対応することができず、原発・被災に対応できていない。国と社会のコンプライアンスは全くだめだったということが露呈した。
震災を境にした急激な社会の変化に対応できる組織をつくり、方向転換ができるかどうか。 震災時に既存の組織がまともに対応できなかった失敗事例を活かせるかどうは、組織が生き生きと社会をリードしていけるかどうかにつながっていく。

法令遵守とは
「コンプライアンス=法令遵守ではない」の意味は「法令を遵守するだけでは不十分。規範や倫理もあらゆるものを遵守しろ」と思われているが、そうではない。「遵守」は「つべこべ言わずに守れ!と受け取られ「なぜ守らないといけないか」と質問したり、考えたりすることができなくなり、思考が停止状態になる。
震災をめぐる社会の動きの中で遵守をめぐる問題が浮上。
単純な世界では一度決めたことを守っていけばよく、決めたことを守ることにメリットがあった。実際の世の中には多様性、複雑さ、変化があり、そのまま適応するだけでは役に立たない。どういう条件で何のために作られたルールなのかを考え、守ることの自己目的化から脱却して行かなければならない。
また、法令は時間と共に実態に合わなくなるが、特に震災のような急激な変化では実態と大きく乖離しり瓦礫化していく。混乱した社会で秩序を守るためには、実態に即したルール作りが必要。法令を遵守するだけでなくルールの創造へ進化しなくてはならない。

注意をどこに向けるのか
平時、人の注意は基本領域にある。しかし、法令ができ、法令遵守を求められると人の注意は細かいことへと向い、基本の領域への注意が薄れる。
自分のやることを説明して、社会に理解してもらうことが大事なのに、細かい基準やルールを守ったかどうかに注意が向かい、根本から離れる。問題が解決されないまま、細かいルール守りに注意がいくと、基本問題はそのまま残り、形を変えて問題が再発する。

社会的要請と法令遵守
国の法令を正面から破ってはいけないが、社会の要請を遠景でみながら目の前の法令を守ることが重要。
「組織に向けられた社会的要請にしなやかに鋭敏に反応し目的を実現していくこと」こそ、コンプライアンス。人が社会の中でやるべきことがあるように、社会の中で組織が取り組まないといけないことがある。組織の存在が社会で認められているのは、社会の要請に応える組織として信頼されているから。
組織には多様な人がいて、社会の要請に当たり前に応えることもなかなか難しい。
社会の変化が急激になるほど、社会の要請を捉えることも難しくなる。コンプライアンスには、しなやかさと鋭敏さが必要。社会の要請に鋭敏に応えられる組織とは、互いにコラボできる組織であり、社会の要請に応えるパワーが出てくる。

社会的要請への適応としてのコンプライアンス
コンプライアンスには5つの要素(フルセットのコンプライアンスと呼ぶ)がある。

  1. 組織の方針を明確にする
    社会の要請を知り、バランスよく要請に応える。方針を明確にし、共通認識を持つ。
    情報への対応、環境への対応、労働問題などを含めてコンプライアンスの方針を明らかにする。
  2. 組織体制をつくる
    企業組織が社会の要請に応えられるバランスのとれた体制になっているか。
  3. 予防的コンプライアンス
    組織が実際に機能して方針を実現できる。方針が周知され、内部監査(経営者から執行機関へ)、内部通報(従業員から経営者へ)で社会の要請に鋭敏に応えられる。
  4. 治療的コンプライアンス 社会要請に応え、再発を防止する
    事実関係を深く幅広く明らかにする。真の原因を究明する。再発予防のための是正措置をする。
  5. 環境整備コンプライアンス
    これは非常に重要。組織をとりまく環境に問題があるときは、組織内だけで努力してもだめ。環境是正のために、社会に向けたアプローチが必要で、方針の実現を阻止する社会的環境を見直す。今ある条件の下で規則さえ守っていればいいと考えていては、コンプライアンスは崩壊する。

違法行為の2つの型
違法行為には2種類ある。
ムシ型違法行為:害虫のようなもの。個人利益が目的。小さくても意思で動く違法行為で単発的。対策は個人に厳しいペナルティを科すこと(殺虫剤をかける)。
②カビ型違法行為:カビのようなもの。組織の利益が目的。継続的 恒常的に起る。
一般に日本の違法行為はカビ型、アメリカはムシ型。
日本の違法行為に対しては、カビの生えている場所を知り、原因を調べ、原因を除去しなければならない。例)談合問題
原因は単年度型予算にあることが多く、根治治療が難しい。組織の中のカビ的因子を見つけながら進まないといけない。

安全・安心とコンプライアンス
昔は専門家に任せておけばよかったが、今は、安心に独自の意味ができてきた 
記録を開示し、問題に対してどんな活動をしたか。問題が指摘された場合の十分な情報開示と説明をする。
「安心」が重要。客観的に安全であることだけでは、消費者・ステークホルダーの信頼を確保できない。

事例1 花王のエコナ問題
CSRの優良企業である花王は、エコナを販売停止、出荷停止にした。
ドイツで動物実験について発表された。欧州で指摘されたときには問題にならなかった話なのに、花王は安全性に自信があるが、不安を持っている人がいるから安心のために販売自粛したと発表した。「安心か不安か」は企業側の説明で使う言葉ではない。
窓口対応などから不安を訴える声が多かったと思うが、花王は安全にこだわり続けるべきだったのではないか。安全と危険の根拠を示し続けるべきでなかったか。
安全と安心の関係に対する「基本ルール」が必要。こういう時代だからこそ、意見を求め、社会の要請を知り、対応したら、花王は信頼を得られたかもしれないと思う。
花王の失敗例を教材にするなら、実態にあった基本ルール対応の習慣をつけていけば、いいのではないか。

事例2 島根原子力発電所 点検不備問題
機器の一部について定期点検をしていなかったり、点検時期を超過して使っていたものがあったりしたことがわかった。超過していた511の機器の確認をした。この問題の本質は安全でなく、安心であったが、これを分けて考えるのは難しい。
2002年の東電原発点検データ改ざん問題から自主的な点検ルールを作るようになり、過度に詳細な点検計画ができていた。点検の書類は、法令に基づいて511個の機器に対して511種類方法を決め、行なわなければならない。現場の状況とルールに乖離があることがわかっていなかった。組織の中でキチンを問題をあげていかなければならない。

事例3 福島原子力発電所
想定を超えたマグネチュード9の地震。本当に津波による機能の喪失は想定外だったのか。「絶対安全」の神話が想定を阻んでいた。これは「検察の正義」の神話と共通性がある。
原発の安全は「停める」、「冷やす」、「閉じ込める」の3つがそろわなければならないのに、「停める」だけで安全だと単純に思い込まされていた。福島は「冷やす」で失敗して今に至る。万が一の時の対応の基本ルールは何もできていなかった。

基本方針
・原子炉の客観的な危険の防止と最小化
・原発の経済的価値の保存
・地域住民の安全
・地域住民と国民全体への情報開示
どんなときに「廃炉」にするのか、情報の開示の方法、基本ルールを決めることが大事。
賠償スキームがまとまらない。原発の賠償義務は第一次的には東京電力にあり、国の支援には国民の了解が必要。今回、3条の但し書き(天災としてあきらめろ)は認められない。東京電力はあるものをすべてを投げ出し、送電施設を国や機構に投げ出して、電力を自由化して賠償責任を果たすべき!これまでの東電の対応は国民に不信感をもたれており、国が支援して東電を救済することコンセンサスが得られてない。震災で日本の社会は激変した。震災前の組織の在り方を根本的に見直さなければ、震災前の社会の状況を維持できない。経済の弱小化は避けられない。日本は先人の果実を食べ尽してしまい、新しいものを作り出さないといけない。

まとめ
①ルールを作る、②ルールを活かす:コンセンサスを得ながら、③ルールを改める:ルールの創造
企業が社会の要請に鋭敏に応えられるようにルールを創って活用していけば、金融、自然、競争、業務、情報、安全、労働などのあらゆる環境への適応が可能になるのではないか。