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バイオカフェレポート「宇宙でも死なない生物っているの? 〜ネムリユスリカの不思議〜」

 2012年2月9日、星と風のカフェ(東京都三鷹)http://www2.bbweb-arena.com/hshcafe/でバイオカフェを開きました。お話は(独)農業生物資源研究所 黄川田隆洋さんによる「宇宙でも死なない生物っているの〜ネムリユスリカの不思議」でした。黄川田さん持参の顕微鏡カメラで、乾燥したネムリユスリカが生き返る姿を撮影、その様子を見ながらお話を聞きました。

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お話の主な内容 参加者からたくさんの質問

お話の主な内容

宇宙で生物は生存可能か?
火星は、もしかしたら生物がいるかもしれないという星。だけど表面は硬く、大気圧もなく、ほとんどが二酸化炭素。人間はすぐ死んでしまうけれど、このような過酷な条件で生きることができる生物が本当にいるのか?自分たちの持っているデータからすると極限微生物がいてもおかしくない。

宇宙を旅したネムリユスリカ
ネムリユスリカの幼虫は乾燥状態から生き返ることができる。では、乾燥した状態で宇宙でも生存可能か?これを確認するには宇宙に送り込めばいい、ということで国際宇宙ステーションのロシアモジュールにネムリユスリカを乗せることにした。
一回目は2005年。プログレス補給船に乾燥したユスリカの幼虫を乗せ、宇宙ステーションのモジュールの中に持って行き、210日間おいた。地球に戻ってきてから水で戻したら、ネムリユスリカの幼虫は生き返った。
2回目は宇宙空間に出してみた。ガーゼに包み、さらに専用容器に入れ、宇宙環境にダイレクトに曝露させた。13か月、18か月、31か月後とそれぞれ地球に戻して確認したら、きちんと生き返った。小麦やバクテリア、ミジンコも一緒に曝露させたが、これはバイオリスクというテーマのプロジェクトでの研究だった。実際に生き返るかどうかの実験は、星の町として有名なテスククの研究所で行ったが、かなり過酷な状況においているので、幼虫に何が起こっているのか、どんな変化が起こっているのかわからないので、万が一に備えてバイオセイフティの部屋の中で、白衣・手袋をして容器を開けて、実験した。
宇宙船は90分間で地球を一周して100℃の日なたとマイナス100℃の日陰を通過する上、宇宙線もとても強いので、プラスチック容器は解けて原型をとどめていなかった。そんな容器に入っていた乾燥幼虫は、長いあいだ宇宙空間にさらされていたにも関わらず、見事に生き返った。
ネムリユスリカの乾燥幼虫はただの真水に入れるだけで生き返る。ある程度戻ってくると、水をごくごく飲むような様子が見える。赤く見えるのはヘモグロビンの色が透けて見えるから。最初はヘモグロビンが体内に偏っているので、赤い色の濃淡が見える。だいたい60分ぐらいで戻るが、早く戻すには、お湯で戻せばいい。
乾燥していると2、3mmだが、戻ると7〜10mm程度の大きさになる。宇宙にいた最長31か月というのはだいたい2年半でこれは火星と地球の往復の時間とほぼ同様の期間。実は1月に落下してしまったロシアの火星衛星(フォボス)探査機にも載せていた。フォボスの土をとってくる予定だったのだが、まさに星くずになってしまった。次は3年後に再度チャレンジする予定。
このようにネムリユスリカは乾いていると強い。まるで宇宙にふき飛ばしても死ななかった、“ジョジョの奇妙な冒険”というマンガに出てくる究極生命体の敵キャラクターのようだ。一切の代謝を止めている乾燥ユスリカは、物理的には生物と言うよりは鉱物に近い存在といえる。この仕組みを明らかにすることは、生と死という状態の違いを考えるきっかけとなり、ひいては生きている人間の生命の根源にも迫れるのではないかと思っている。

どういうメカニズムで生き残ったのか?
地球では水がなければ生き物は死んでしまう。生物は体の6から9割が水であり、乾燥はどんな生物にとっても極限状態となる。進化の過程で生物が海から陸へ上がったとき、乾燥に耐えられるような戦略をとった。生物の乾燥耐性には2つの戦略をとっている。1つは乾燥回避型で、体内の水分量を一定に保とうという方法を指す。陸生昆虫は堅いカラで乾燥から身を守る。ハイギョは乾季には泥と自分のだ液で作られた繭にこもることで乾燥から身を守る。その繭を含んだ土を使って日干し煉瓦を作ってしまうと、雨が降ったときに壁からハイギョがでてくることがある。
もう1つは乾燥許容型、アンヒドロビオシス。乾燥状態となると無代謝(休み)となり、再吸水で生き返る。生と死、だけでない、生でも死でもない状態がある。ドラゴンクエストの“アストロンの呪文”というのがあるが、鉄の塊になって攻撃を無効にする、自分も行動できなくなる欠点もある。まるでこれと同じ!
そもそも、アンヒドロビオシスは1702年、江戸時代、顕微鏡をつくったレーベンフックが発見していた。彼は在野のアマチュア研究者で、イギリスのロイヤルアカデミーに観察記録を手紙としてよく書いていた。その中で、雨どいに溜まった土の中にいたワムシが水で戻るのを見つけたことを書いていた。ワムシ、クマムシ、センチュウもアンヒドロビオシス。みんな1mm以下の小さな生物で、ネムリユスリカはアンヒドロビオシスする最大の生き物。
ネムリユスリカのアンヒドロビオシス現象は1958年にイギリスのヒントンが発見した。本来はアフリカの半乾燥地帯、サバンナの岩盤の小さな水たまりにいる。ライフサイクルは卵で2〜3日、幼虫で3〜4週間、蛹で1〜2日、成虫で2〜3日。8か月間の乾季、4か月間の雨季を通して、ネムリユスリカは戦わずして平和に生き残る。幼虫は他の昆虫にすぐに食べられてしまうので、天敵の来ない乾燥しているところ、浅い水たまりにいる。体を揺するように動かすので、“ユスリカ”と呼ばれていて、20〜30cmは移動できる。この距離は人間にとっては大した距離ではないが、彼らにしたらかなりの長距離になる。また、昆虫だがエラ呼吸をする。ちなみに、ボウフラは水面にお尻を出して呼吸する。とても平和的で抗わず、餌は口の中に入ってくる微生物や有機物、幼虫の時だけ食べていて、成虫に口はない。先ほど、お湯で戻せば早いと言ったが、お湯が大丈夫とわかったのは、アフリカの岩盤の上の水たまりが熱かったから。

乾燥したネムリユスリカは先ほども話したように放射線にも強い。人は7〜10シーベルトの放射線量を一度に浴びると死んでしまうが、昆虫は比較的強くて、ユスリカは9,000シーベルトでも死なない。また、カイコは環境→脳で感じて体を動かすが、ネムリユスリカは首より上を取ってしまっても死なずに、乾燥状態から生き返ることができる。これは生きるのに脳はいらない、個体ではなく、組織・細胞レベルで応答していることを示している。このメカニズムが解れば、乾かしても生き返る、丈夫な培養細胞を作れるかもしれない。

〜ネムリユスリカの蘇生の観察〜
黄川田さんが乾燥したネムリユスリカの幼虫の入ったシャーレにお湯を入れ、ネムリユスリカが生き返る様子を顕微鏡で観察しながらのお話が始まりました。


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ネムリユスリカを生き返させるため、シャーレにお湯を入れます ネムリユスリカぬいぐるみを作成して小学校などでもお話しているとのこと

乾燥耐性のキーワード 〜 保護と修復
アンヒドロビオシスのメカニズム、キーの1つは糖、特にトレハロース。通常、糖が大量に体に溜まると糖尿病になったり、細胞が壊死してしまったりするが、トレハロースは溜まっても壊死しない。昆虫は乾燥しても体内のトレハロースの割合は変化しないが、乾燥したネムリユスリカの幼虫はトレハロースが20%ぐらい溜まっている。まるで砂糖漬けの状態。アンヒドロビオシスする昆虫でも、センチュウはトレハロースを溜めるが、クマムシ、ワムシは別のタンパク質で乾燥耐性になる。ちなみに人間はトレハロースを作れない。
これら生物は水が無くなってもガラス化して細胞膜を保てる。トレハロースとタンパク質につけて室温保存も可能。細胞を乾燥して送れる技術が作れるかもしれない。
もう1つのキーはLEAタンパク質というタンパク質。LEAタンパク質は1980年代に植物の種子から見つかった。乾燥に強い植物の種子もアンヒドロビオシス状態でいる。植物にしかないと言われていたLEAタンパク質だが、センチュウでも見つかり、自分たちはネムリユスリカにもあることを見つけた。
ネムリユスリカの細胞内では、水分子の代わりにトレハロースとLEAタンパク質が細胞膜のまわりをびっしり埋めることで、乾燥に耐えられるように保護していることがわかった。この現象をうまく使って、5年以内に常温で、乾燥した状態でタンパク質や細胞を輸送する技術の実用可能だと思っている。
もう1つのキーは修復。乾燥の途中、体内で活性酸素が発生し、DNAがバラバラになるがネムリユスリカは大丈夫。活性酸素とそれが引き金になってトレハロースも作られ、蓄積されるようになる。そして水和で戻るとき、DNAも修復されるのではないかと考えるが、ネムリユスリカは特に修復力が強いと思われる。放射線に対する耐性メカニズムは高崎にある原子力研究所と共同研究中で、まだユスリカ特有のメカニズムはわかっていない。
このように、アンヒドロビオシスには保護と修復が大事。
最後にネムリユスリカはアフリカの小さな虫だけれど、放射線、保存、宇宙生物などたくさんのキーファクターを持っている。いわば“宝の山”だが、その能力を人間はまだ引き出せていない。ユスリカは小さいけど、夢は大きい。こういった研究ができるのはレーベンフックやヒントンのお陰だが、40年間誰もやってこなかったことだった。それはおそらく、ネムリユスリカが“小さいただの虫”だからだろう。
ネムリユスリカのいるナイジェリアは、現在政情が不安定なので採取には行けない。しかし、最近は大量に培養できるようになったので研究はできる。病害虫でもなく、動物も刺さないので、輸入の際には防疫許可がでればOK。大量に培養したものを魚のエサとして売ろうか、教材として売ろうかと思案中。外来生物に相当するので、放射線を当て不妊化し、成虫にならないようにして販売するつもりでいる。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 植物のイワヒバもトレハロースを溜めてるの? →イワヒバはシュクロース、トレハロースをいつもためている。
    • ネムリユスリカは死んだ細胞を捨ててるのでは? →ネムリユスリカにはアポトーシス遺伝子がなく、細胞死が誘導されない。
    • オオムギ、ミジンコやバクテリアを宇宙に持って行ったというが、ウイルスは? →ウイルスは宇宙ではハンドリングが難しいし、船内で増えても困るので持って行かない。
    • 宇宙に行ったオオムギ種子発芽したのか? →岡山大・サッポロビールの共同で研究していた。宇宙に行った孫世代のオオムギで“宇宙ビール”を作って、販売していた。
    • どのくらいの期間、乾燥しておいても生き返るのか? →今のところの記録は17年間乾燥状態で保存しておいたものが生き返ったということはある。
    • 何回ぐらい、乾燥と生き返るのを繰り返せるのか? →餌を与えなくても、6回ぐらいまでは繰り返せることがわかっている。乾燥する際、体内のグリコーゲンをトレハロースに換えているので、繰り返すと蘇生率が低くなる。