アクセスマップお問い合わせ
バイオカフェレポート「宇宙でも死なない生物っているの?〜ネムリユスリカの不思議な世界」

 2012年11月3日、千葉県立現代産業科学館でバイオカフェを開きました。お話は(独)農業生物資源研究所 黄川田隆洋さんによる「宇宙でも死なない生物っているの?〜ネムリユスリカの不思議な世界」でした。
初めに、トリオローレ(松本宗雄さん、大方さん、松本さんの奥さまによる)バイオリン、チェロ、ピアノ演奏でした。いつも茅場町バイオカフェでビオラの演奏をする松本さんからの「今日は3人なので心強いです」という言葉どおり、厚みのある音色が響きました。

写真 写真
黄川田隆洋さん トリオローレの演奏


お話の主な内容

はじめに
私のいる農業生物資源研究所はつくば市にある。農作物、家畜、昆虫の研究をしていて、大わしキャンパスでは元は蚕を中心に、昆虫の研究をしていた。
虫は忌み嫌われることも多いけれど、役に立っているものもある。カイコは絹糸を作るし、ミツバチの巣からは蜂蜜が取れる。害虫を駆除してくれるテントウムシのような虫もいる。
私が研究しているのはこれからメリットが出てくるかもしれない、人間では為しえないことをする、「ネムリユスリカ」。幼虫の状態では干からびても死なない。(今日、持参した乾燥ネムリユスリカは)お煎餅と同じように、乾燥剤とともにパッケージされている。

干からびても死なないとはどういうこと
生物の細胞の6〜9割は水分で、通常は乾燥すると死んでしまう。なので、生物はある程度の乾燥に対抗する方法を身に着けていて、その方法は次の2つに分かれる。
・乾燥回避型 殻を作って体から水を抜けなくしたり、抜けた水を補給したりする。
・乾燥許容型 アントロビオシスと呼ばれている、乾燥しても耐えられる性質を持つ。
例えば、雨季・乾季の明確なアフリカに住む肺魚は、水分のない乾季を耐えるため、唾液で泥を固めて繭のような殻を作ってその中に籠る。その泥を作って人はレンガをつくるが、雨季になると固めたレンガから肺魚が出てくることもある。
ユスリカは口が無いので動物の血を吸わない。良くみられる蚊柱は交尾のための乱舞で、そのあとに水溜りに卵を産む。
私が研究しているアフリカのネムリユスリカの表皮が薄く、水分が無くなってもすぐに水が入るようになっている。いわゆる乾燥許容型の耐性。ちなみにオーストラリアのネムリユスリカは水分が飛ばないように、体を覆っているクチクラ層(キューティクル)を厚くした。こちらは乾燥回避型。許容型と回避型は体表の皮の厚さが違う。

アンビトロビオシスとは、乾燥して代謝がなくなる(呼吸がなくなる)が、水を戻すと生き返ることができる。それまでは「生」か「死」の2つしかなかったが、そのどちらでもない現象として、アンヒロドビオシスは1940年に定義された。まるで、「ドラゴンクエスト」にでてくる「アストロン」の呪文のように、体がカチカチになって相手を攻撃はできないが、外からの攻撃をはねのけられる、そのようなイメージ。
このような生き物は最近見つかったわけではない。1700年代、レーウェンフックが雨どいの乾いた泥に水を入れたら中から生き物が出てきたのを偶然見つけた。レーウェンフックは「微生物学の父」、「顕微鏡の父」と呼ばれているが、実は「乾燥耐性の父」でもある。
クマムシ、ワムシ、センチュウなども乾燥しても死なないが、その体のサイズは数十マイクロ(1ミリ以下)ほどで、肉眼では見えない。

ネムリユスリカはどんな昆虫?
ネムリユスリカはイギリスのヒントンが1958年に発見した。ヒントン自身はアフリカに行ったことはないのだが、ナイジェリア(イギリスの植民地)からおくってもらったサンプルの中に昆虫がいるのを発見した。ナイジェリアの他、ブルキナファソ、マラウイ、モザンピークなどのサバンナ地域にネムリユスリカはいる。岩の上の水たまりのようなところにいるが、幼虫の時期だけ、乾燥しても死なない性質がある。
乾燥すると17年間は生きていられる。温度はマイナス273(絶対零度)から100度、酸素がなくてもよくて、圧力は1.2ギガパスカル、放射線は9キログレイ(7〜10グレイで人間は即死)の条件でも乾燥していれば死なない。放射線にも強いので、放射線研究にも使っている。
今日は実際に、乾燥したネムリユスリカが生き返るのを見てもらおうと思う。45度ぐらいのお湯を入れたガラスシャーレに、先ほど見てもらった乾燥剤の入ったパッケージから幼虫を入れ、カメラでモニターしながら話を進めます。おおよそ30分くらいで生き返ると思う。

写真  
乾燥ネムリユスリカの入ったパッケージ  


 通常、虫は脳から、日照が短くなるとホルモンを作るように命令する。例えば、カイコも日が短くなるのを感じて、脳から休眠ホルモンを出して、休眠にはいる。
ネムリユスリカはどうか?脳のないネムリユスリカを乾燥し、水をいれたら生き返った。このことから、脳で感じているのでなく、細胞で乾燥に対応しているのが分かる。
 ネムリユスリカの脂肪体(肝臓にあたるもの)を取り出して干からびさせたら、水を与えたら、生き返った。さらに、細胞をバラバラにして乾燥させても生き返った。乾燥して生き延びる細胞にできる。干からびさせても死なない昆虫(3つの体節からなる、脚が6本)での唯一の乾燥許容型の生物である。
iPS細胞にネムリユスリカの遺伝子を入れて、乾燥しても保存できるiPS細胞での研究を始めつつある。

宇宙で生き残れるの?
 2005年、ロシアの国際宇宙ステーション (ISS) の、ロシアモジュールにて実験した。まず、無重力に耐えられるかを確認するために、船内に数ヶ月おいておいた。地球に戻ってきて水で戻したら生き返ったので、次にはズベスダの船外においてどうなるか、確認した。プラスチック容器に入れた乾燥したネムリユスリカ幼虫を2007年2月から最高2年半の間、宇宙空間にさらしてみた。ISSは、90分で地球の周りを一周する。この一周のあいだ、100度に45分間、マイナス100度に45分間、さらされることになる。これを2年半繰り返したネムリユスリカも、水を吸って生き返り、餌をやって成虫になった。SFの世界には良くあるけれど、ネムリユスリカは本当に宇宙空間で死ぬことも生きることもできず漂うことになる。

どうして死なないの? ポイントは「保護と修復」

 幼虫が乾燥する過程で増える物質を調べたところ、たんぱく質、脂質はほとんど変化がなかった。ところが、トレハロースの変化が著しく、体の成分の2割にまで増え、その分、水分は0%になった。通常、糖には還元性があり、体内のタンパク質の形を変えてしまうため、体内に大量に存在すると毒となる。人間でいえば糖尿病がその例。しかし、トレハロースには還元性がないので、毒にはならないどころか、水の代わりにタンパク質の表面について、守ることができる。この性質を利用して、化粧品や食品に添加されていることがある。また、トレハロースは天然に存在しているので、知らず知らずのうちに食べている。
 乾燥耐性には、このトレハロースともう一つ、LEAタンパク質が必要。乾燥したネムリユスリカの成分の1割がLEAタンパク質。乾燥するとコイル状の形に変化し、乾燥した細胞の骨格代わりになる。その骨格の隙間を埋めるようにトレハロースが溜まり、ガラス化することが分かっている。これがポイントの1つめ、「保護」のしくみ。
 2つめの「修復」は、DNAの修復のこと。乾燥状態にしてから48時間後、ネムリユスリカのDNAは傷ついていた。ところが、水で戻した後のDNAを調べると、傷ついたDNAが治っていることが分かった。DNAが放射線でこわれても、水を入れるとDNAをつなげてしまう。放射線への耐性のしくみを調べることで、放射線障害をなおすしくみがわかるかもしれない。乾いた状態のネムリユスリカは、数キログレイのイオンビームやγ線にさらされても、平気。

まとめ
 アンドロビオシスの状態では代謝が無い。ネムリユスリカは無代謝のしくみを持っている唯一の昆虫。乾燥しても死なないしくみは「保護と修復」。LEAタンパク質が骨格を作り、その隙間でトレハロースがガラス化すること。そしてDNAの修復。
それで宇宙空間にさらされても生きることができる。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 乾燥したネムリユスリカをご飯にかけて食べたら人に元気ができるだろうか。→マウスにトレハロースを摂取させると肥満にならない、肥大化した細胞が縮むという研究報告があるけれど、人間に効果があるかどうかは、まだわからない。トレハロースは腸で分解されてブドウ糖になるので毒素はないけれど、食べる気になるか、おいしいかどうか… そもそも、ネムリユスリカ1頭でだいたい1mgしかない、1万頭でやっと10グラム。生きた餌でないとだめな熱帯魚用エサとしても使えるけれど、それには熱帯魚の餌はキログラムオーダーで必要になる。どちらにしろ、現在は大量飼育の施設を作って、対応しようとしている。
    • 幼虫ではなく、卵ではだめなのか?→カブトエビやホウネンエビは卵でアントロビオシスを発揮するので大丈夫。ただし、孵化した後はだめ。ネムリユスリカは幼虫でないとだめ。
    • ネムリユスリカは幼虫であれば乾燥と水戻しを6回繰り返しても蘇生する。これは、雨期と乾期の境目、雨が降ったり乾燥したりするのに対応している。カブトエビやホウネンエビは、水田で水を抜いて冬を越し、また水が入った時に卵が孵るので、1チャンスで良い。
    • 乾燥と水戻しを繰り返しても蘇生率は変わらないのか。→蘇生率は低下する。だいたい7〜8回が限度。水戻しの時にトレハロースがグリコーゲンになるけれど、トレハロースをつくるときやDNA修復にグリコーゲンを使ってしまう。エサを食べたり、トレハロースを潤沢にしたりすれば蘇生回数は増えるかも。健常に蘇生したネムリユスリカの卵は残せると思う。
    • 宇宙にいった幼虫も子供は残せるのか。→宇宙に行ったネムリユスリカの乾燥したものはまだ少し残っている。その子孫もいる。乾燥状態で保存するには脱酸素、乾燥、遮光が必要。酸素が蘇生率を下げる原因。ちなみにネムリユスリカは我々のつけた和名。眠り姫のsleeping beautyにあやかった。ネムリ病の原因生物であると勘違いされたりするが、全く無関係。人間に害をなす生物ではない。
    • 水で戻る時、赤い色が偏っていたが、だんだん全身が赤くなっていく。→ネムリユスリカは尾にエラがあって、水を吸って体液をまわす。体が赤いのはヘモグロビンの色。低濃度の酸素でも呼吸できるようになっている。普通、昆虫はヘモシアニンを使うので青い血なのだけれど、ネムリユスリカは赤い。ボウフラは不快害虫といわれるが、セスジユスリア、アカジユスリカ、ヤモンユスリカは汚れた水中に住んで窒素、リンを食べて空中に飛散させているので、益虫といえるかもしれない。
    • ネムリユスリカの成虫のほうは?→ 口がないので飲み食いできないので、卵を産むだけ。成虫でいる期間は1日から2日。この間に水たまりに卵を産む。産まれた卵は水面に浮いていて、卵は2-3日で孵化する。幼虫は1ヶ月でさなぎになる。高温高湿という好適な状態が続けば、1年に生活環を10サイクル回すことが可能。
    • ネムリユスリカの幼虫の餌は。→幼虫の体長は4齢で、大きくて7mmぐらい。飼育するときのエサは金魚のエサを使っている。基本的に口に入るものは何でも食べる、共食いもする。牛乳寒天も食べる。飼育して増やす時、ある程度のスペースを確保する必要がある。よく見かける蚊柱は交尾前の乱舞で、これがないと交尾しない。ある程度カの数も必要で、10ペアで乱舞させると交尾するようになった。乱舞を上手くさせる条件に気が付くまで結構時間がかかり、最終的に人工的に卵をとる方法が出来上がるまで10年ぐらいかかった。ちなみに、幼虫は、ゆっくり2日かけて乾燥させる間に脱糞して体を綺麗にしてからガラスのような状態に変化する。 おそらく、蘇生するときに、口から水がすぐに入って体に行き渡りやすくするようにお腹を空にしているのだと思う。
    • ヤモンユスリカとネムリユスリカを交尾させたら?→今のところ、ハイブリッドはできていない。
      DNAの修復のメカニズムは、今研究中。しくみが分かれば寿命を延ばしたり、細胞のガン化を防いだり、遺伝病の治療に使えるかもしれない。私たち人間の叡智は、まだそれを解明できるに至っていない。小さなネムリユスリカの能力を解明して、役立てていきたい。