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バイオカフェレポート「抗がん剤の今後の動向〜抗体薬について」

 2013年3月8日、くらしとバイオプラザ21会議室でバイオカフェを開きました。お話は中外製薬㈱松崎淳一さんによる「抗がん剤の今後の動向〜抗体薬について」でした。ムービーが入ったホームページを次々に開きながら、抗体とは、抗体医薬品とは、とわかりやすくお話されました。質問の時間を多くとっていただき、活発な話し合いができました。

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松崎淳一さん 会場風景

話の主な内容

抗体薬のしくみ
がんを抗がん剤が攻撃すると、正常な細胞も攻撃するので、血液、毛根、胃粘膜細胞などの増殖が活発な場所も影響を受けてしまう。だから、髪が抜けるなどの副作用が出る。そこで、がん細胞だけをやっつけるという視点から抗体薬が開発された。
正常な細胞にはなく、がん細胞の目印となるタンパク質を見つける。いくつかのがんの目印にあわせた抗体をつくる。
悪性リンパ腫の場合、がん化した細胞のCD20という目印のタンパク質につくCD20抗体をつくった。抗体がくっついた場所を免疫細胞が攻撃する。
攻撃の仕方はいろいろで、抗体が結合してがん細胞を自殺させる(アポトーシス)。NK(ナチュラルキラー)細胞は、がん細胞に穴をあけてこわす。マクロファージ(貪食細胞)はがん細胞を異物だと認識して食べてしまうなど。その結果、がんが死滅する。
このようながん細胞だけを識別して標的とする分子標的薬で副作用が減り、効率よくがんをやっつけられるようになった。
参考サイト
 がん情報 http://www.gan-guide.jp/
 抗体医薬品 http://chugai-pharm.info/hc/ss/bio/antibody/index.html


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松崎さんのお話

抗体ってなーに?
体の中で病原体や異物をやっつけるしくみが免疫。免疫反応で活躍する役者のひとりがY字型の抗体である。抗体は異物に結合し、他の免疫のプレーヤを活性化する。
がん細胞には特定の目印がある。そこだけにつく抗体をつくればよい。ひとつの目印につくから、モノクローナル抗体と言い、1種類のB細胞からつくられる。
ペットボトルをがん細胞だと考えると、キャップにつく抗体、びんの側面につく抗体、底面につく抗体などがある。体の中では複数の抗体があるから。ポリクローナル抗体の状態であることになる。しかし、医薬品として製造、品質管理するには、モノクローナル抗体がいい。
抗体は短い鎖と長い鎖がペアになって、Y字形を成している。Yの上部で目印にタンパク質に結合し、下部をみて免疫反応の役者たちが集まり、免疫反応を起こす。

免疫の役者
抗体:B細胞からつくられ、異物に結合する。
ヘルパーT細胞:T細胞からつくられる。直接異物に働きかけたり、免疫の役者に異物排除の指令を出す。
マクロファージ:異物を食べる。
キラーT細胞:異物に刺激を与えてやっつける。
モノクローナル抗体:単一の細胞から作られる抗体

抗体医薬品1
乳がんになると、HER2というたんぱく質がつくられ、癌細胞に増殖の命令が出る。抗体がHER2につくと、増殖命令を止めたり、HER2をやっつける免疫の役者を動かす。HER2が多く出るタイプの乳がん(乳がんの約2割)に抗体医薬品は有効。
今までの抗がん剤は、正常細胞とがん細胞の増殖の差を利用するだけだったが、今は、分子標的薬がHER2をねらいうちすることで、効果が高く、他の細胞に作用せず、副作用が少ない。

抗体薬品2
キャッスルマン病にかかると、発熱、発疹、関節がはれて生活ができない。小児に多い。
IL(インターロイキン)6というタンパク質が発熱などの命令を細胞にだしている。IL6受容体に選択的に結合し、発熱などの命令を止める。
慢性関節リウマチの患者にも使える。リウマチは難病だが、普通の生活ができるようになった患者さんも多く、画期的な病状改善がみられている。
リウマチ http://chugai-pharm.info/itokrashi/ra/
 
その他の働き
抗体医薬のメカニズムはいろいろある 
・がんは栄養を得るために自分の周囲に血管を張り巡らす。血管をつくる因子をブロックして血管を作らせなくする。
・免疫システムの活性化をブロック
TNFアルファは、免疫活性化因子のひとつで、これをブロックして自己免疫疾患をなおす。自己免疫疾患はクローン病、膠原病、乾癬などが該当。IL6(免疫活性化因子のひとつ)があがるタイプの疾患も、IL6をブロックすることで同様に有効。

研究中の抗体医薬品
ウイルスや感染症、アレルギー、ぜんそく、クローン病などの研究が進んでいる。
抗体医薬品に放射性元素をくっつけて、その場所だけで放射線治療を行ったり、抗がん剤を結びつけて抗がん剤が、がん細胞に入りやすくする。
ポリクローナル抗体の研究も行われている。がん細胞の多くの目印に結合し、投与量を減らせる。まだ実用化に至っていない。モノクローナル抗体の混合になるので、安定した品質で患者に届けるのが難しいというデメリットがある。
抗体は病気の原因になっている分子を選択的にねらってやっつける。目印(標的分子)があるかどうかを調べる。目印の細胞だけでなく、癌細胞の増えろという命令が伝わる過程が多様で、伝わり方が個人で異なることから、伝わり方に目をつけた個別化医療も研究中。

ゲノム情報を応用した治療
同じがんの患者のグループにもいろいろな症状がある。我々は、薬がよく効くかどうかの目印をさがしたり、副作用の出やすさがわかる目印をさがしたりする研究をしている。効果もあるが、副作用があるグループ、効果がないのに副作用があるグループ、効果も副作用もないグループがあり、効果があって副作用が少ない人にあった薬を届け、効果を大きくしたい。今まではいろいろな抗がん剤を次々に使ってみて、薬を変えて効くものを探すやり方だった。体質とくすりの関係を研究している。
遺伝子診断で発症の可能性もわかってきている。病気の原因になる遺伝子が見つけ、生活習慣へのアドバイス(食事療法、運動療法)をして病気を予防する医学を目指している。

がんの情報をどうやって集めるか
がんの疑いがあるとき、治療中のとき、がん情報のコーナーで情報が得られる。
がんの治療には、外科的療法、薬物療法、放射線療法の3つがある。外科と薬物療法を一緒に行って、再発を抑えるようにしている。
以前は1mmの乳がんでも乳房切除していたが、いまでは腹腔鏡のようなものを使って、最小限の切除をしたり、薬物で小さくしてから小さく切除して乳房を保存できるようになっている。
化学療法では、細胞に毒になるものを与える。従来の抗がん剤治療はこれにあたる。正常細胞にも作用するので、毛根細胞、骨髄細胞、粘膜細胞などに影響がでて毛が抜けたりした。副作用は薬によって違っている。
ホルモン療法は、乳がん、前立腺がんなど、ホルモンががん増殖に影響している場合に使える。
免疫賦活剤:体の免疫を高めてがんをやっつける。
分子治療薬:代表は抗体医薬。標的になる分子に目をつけて治療する。
製薬会社は、情報を開示し解説するコーナーを各社とも設けているので、情報をとることができる。グーグルやヤフーの検索で得られる情報の質はいろいろ。製薬会社は精査した内容の情報を提供している。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 分子標的薬は先進医療の病院だけしか使えないのか→一般的にどこの病院でも使える。新薬の場合、半年か1年は厳密に管理できる特定の病院だけで使うこともある。2000年頃から抗体医薬は出ている。町のクリニックでは扱えないものもある。患者さんのがんの状態や性質とくすりがマッチして効果が出るので、主治医と相談して使う。
    • 私はPET(ポジトロン断層法)検査で偶然、甲状腺がんが見つかりすぐに手術を受けた。自覚症状は全くなかったが、再発が嫌だから、副作用をがまんし、健康食品などに手を出す人もいるのだと思った→がんの鉄則は早期発見、定期健診しかない。年に1度は検診を受けたほうがいい。ある年齢になったらカメラをのむ、マンモグラフィなどがん発見を目的とした検診項目を加えるといい。
    • 通常の健康診断に含まれていないが、内視鏡で大腸検査をすると、その場ですぐ切除できる。がんも生活習慣病のひとつだから、生活習慣を規則正しくすることが大事で、高血圧、糖尿病と同じように適度に食べて運動して、濃い味のもの、刺激物を控えるのがいいではないかと思う。これをすればがんにならない!というものはないと思う。
    • がんの検診ではいろいろなマーカーがあるが、どれをすればいいのかわからない→すべてを網羅するバイオマーカーはない。状況に応じてということになると思う。
    • 乳がんの体臭、肺がんの呼気などに対する「がん探知犬」の訓練が千葉で行われている→標準的検査も実験的な検査もある。誰でもアクセスできるものと特殊なのものがあり、状況によって判断するしかない。
    • がん検査のランクはどのようになっているのか。検診を一生懸命した友人ががんで死んでしまい、まよっている→たくさんのがんの検査(腫瘍マーカーを含め)をすると費用が高い。検診はやらないよりはやったほうが見つかる可能性はあがる。早期発見は治療も楽で、予後もよくなるから重要。
    • 日本で使える抗体医薬品の分野と、ごく未来で使えそうな抗体医薬は何か→日本で使える抗体医薬品は30種類くらい。最も使われているのがリウマチ治療薬、次が抗がん剤(たとえば血管新生阻害剤は固形がんに共通でがん種をこえて使える)。手術と薬剤の併用で予後がよくなっている。
    • 一部の分子標的薬でも副作用が重い場合もあるというが、分子標的は副作用がないのではないか→大腸がんの場合、薬が効いてがんが急に小さくなり、がんでふさがれていた腸に穴があいてしまうケースなど。それぞれの薬のメカニズムに基づく副作用がある。リウマチのくすりは自己免疫を抑制するから、もともと持っている免疫を低下させ、体の抵抗性が落ちて感染症になりやすくなったりする。抗体医薬は病院で管理された環境で使われるべきだということを御理解いただきたい。肺がんのくすりで、アジア人だと間質性肺炎がおきるなど。
    • くすりを開発するときには、治験でヒトに投与して試験するのに、5-10年かかる。まず、健康な人に投与して顕著な副作用がないか(P1:第1相)、つぎに、数百人の患者に投与して予想した効果がでる量を決める(P2:第2相)、そして、数千人の患者に投与して副作用をみる(P3:第3相)。その過程で添付文書に書き込まれる重篤な副作用が見つかる。さらに、市販後、10万人に投与して初めて見つかる副作用もある。これまでの患者さんの治療の履歴、体質などに依存する。50万人に投与してみつかる副作用もある。命にかかわるような副作用もあるのが医薬品。副作用が少ないといっても、そこには、このようにいろいろな状況が考えられる。店頭で買える薬は、一般的に副作用は小さいとされているが、それでも、患者によっては原因がわからない副作用がまれに発生することもある。重篤な副作用がでる可能性があるくすりは、お医者さんの管理のもとで使うことが重要。
    • 細胞の表面にある目印にくっつくのが抗体医薬品というが→基本的には細胞の表面や血中を流れる因子(ホルモンなど)を目印にする。抗体は分子量が16万のタンパク質。従来の抗がん剤は分子量が数百の低分子。最近、細胞の中で働き、特定の因子に作用できるような低分子の分子標的薬も開発されている。HER2は細胞の中にシグナルをおさえる低分子の抗体医薬もある。化学合成のくすりもグレードアップしてきている
    • 抗体医薬品の費用対効果はどうなのか→抗体医薬品は開発も、治療費も高価。効果をどう評価するか。費用対効果を指標に評価するのが世界の主流。欧州では費用対効果をみて利用を制限する動きもある。日本は適応症にはフリーで使える環境で、治療にかかるお金、生存率、QOLをみている。何年生存できるかの価値は病気や状況によって異なると思う。欧州はがんなどに関係なく、費用対効果を一律に算出しようとしている。半年の延命に100-150万円をかけるのか。QOLをみて、半年の価値の評価が難しい。高額治療には国にしくみがあり、自分で毎月払う上限を超えると国(健康保険)が負担する。自分のはらった医療費は確定申告で十万円をこえた分は控除の対象になる。そういう情報は製薬会社のHPや市役所での教えてくれる。
    • 花粉症の抗体医薬品はがあるか→アルツハイマーの抗体医薬品は臨床試験中で、花粉症の抗体医薬品はすでにでている。
    • 抗体医薬品を使っていると耐性はできて効かなくなるのか→普通の抗がん剤に、がんは耐性をもつ。リウマチなど長く使う抗体医薬品を異物として患者さんの抗体が攻撃し、くすりの効果が下がることはある。抗体医薬品の投与時に蜂さされのようなショック症状がでることもありうる。抗体医薬品に対する抗体ができていないかを調べる検査ができるので、他のリウマチの薬を使えばよい。
    • 遺伝子診断と抗体医薬品の関係で、くすりの効き目を遺伝子診断で知ることはできるのか→免疫染色をしてHER2をたくさん出しているかを調べて、陽性の人だけにハーセプチンを投与する。肺がんの増殖の受容体からのシグナルに関連して増殖をコントロールする細胞の中にあるたんぱく質の変異を調べ、それによって、この抗体医薬を使うかどうか判断する。
    • 抗がん剤と制ガン剤の違い→同じ。一般的には抗がん剤という。
    • 工場のタンクで抗がん剤をつくるといわれたが、抗体は馬に抗原をうって、血清から作っていたと記憶しているが→馬の血清に含まれるのはポリクローナル抗体。一番いい抗体をつくるB細胞だけを取り出して、モノクローナル抗体をつくる遺伝子をチャイニーズハムスターの卵子の細胞に組み込み、10000-15000リットルのタンクで培養する。ヒトの細胞も培養できる。抗体の中に糖鎖がある。酵母より高等な生物では、たんぱくに糖鎖がついている。哺乳動物の細胞でつくられた糖たんぱくでないと拒絶反応を起こすので使えない。CHO細胞(チャイニーズハムスターの卵細胞)でつくった抗体はヒトに安全ということが経験的でわかってきた。抗体医薬品をつくるベースの技術が確立したが、経済産業省で日本初の技術をつくろうとしている。保険制度の問題もある。抗体医薬や抗体をつくる技術開発の両方を進めている。リウマチの抗体医薬品の開発している。例えば、1995年には1ℓから取り出せる抗体医薬品は100mg。今は工場では1ℓ当たり数gとれるようになった。同じタンクからとれる量は10倍以上。コスト削減努力をしている。抗体の反応性を高め、微量で効き体内で抗体を長持ちさせる工夫をしている。新しい抗体関連技術として、抗体医薬品が抗原(標的分子)に結合するとは細胞の中に引きこまれるが、新技術で作製した抗体では、細胞内で抗原と離れ、抗体はまた血中にでてくる。これをリサイクル抗体といい、半減期が伸びる。Y字の下部分のデザインをかえて免疫細胞に働きかける強さを100倍にする技術を開発し、投与量を減らすこともできる。大量につくる。安くつくる。効き目を長持ちさせる。投与量を減らす(リウマチの投与が月に1回から半年に1回になる)。その結果、入院期間が短くできる。がん治療は入院しなくてもできるようになり、乳がんは外来治療が一般的になっているQOLが高まった。昨日まで諦めていたものが解決されていく。科学技術の進歩、抗体医薬品の進歩はすばらしい。