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サイエンスアゴラ2013シンポジウム「メディアとともに考える〜くすりの副作用」

 2013年11月10日、サイエンスアゴラ2013(お台場、産業総合科学技術研究所臨海)においてシンポジウム「メディアとともに考える〜くすりの副作用」を開きました(後援:くすりの適正使用協議会)。サイエンスアゴラに集う学芸員、サイエンスコミュニケーター、メディア、製薬メーカー、一般市民、いろいろ立場の人が参加し、会場はいっぱいになりました。くらしとバイオプラザ21にとって初参加のサイエンスアゴラでしたが、皆さまのおかげで、サイエンスアゴラ賞をいただきました。
  サイエンスアゴラ賞のサイト

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中山建夫教授の基調講演 会場風景


基調講演
「副作用情報を含めた情報の成熟を目指して」     京都大学医学研究科教授 中山健夫氏

1. 初めに
  会場参加者に質問します。「頭痛でつらい場合、二つの薬のどちらが良いですか? よく効く薬ですか? 穏やかな薬ですか?」挙手をしてよく効くくすりがいい人と穏やかな薬いい人は、およそ9:1だった。
 「手術ができないがんのとき、よく効くが副作用が多いくすりがいい人は?あまり効かないが副作用のないくすりがいい人は?」ほぼ半々だが、副作用があってもよく効くくすりがいい人の方が若干、多かった。自分の病気の場合、そして家族の場合、くすりの価格など、薬との付き合い方はいろいろな場面で変わってくる。
 
 2. 疫学とその歩み
  良く使われる下剤の酸化マグネシウムで2人の方が亡くなった。酸化マグネシウムは広く使われている薬で、その時期、延べ1億5000万人に処方されている。亡くなった方は、腎機能の落ちた高齢の方に長期間、処方されていた。分数で考えると、どうしても分子、この場合で言えば亡くなった方のことが注目されるが、分母も意識する必要がある。
 酸化マグネシウムのリスク区分について、安全対策調査会が開かれたが、議論の末、「比較的安全な薬」を指す第3類の区分で変わらなかった。
 疫学とは、リスク分析の基盤で、一人ひとり見ていては分からない人間に生じる健康や疾病に関する現象を解明しようとする科学。疫学では治療の有効性はどう考えるのか。たとえばA群では、100人中20人死亡。B群では100人中30人死亡では、絶対リスクは100分の20と100分の30で、相対リスクは3分の2。このように「二つの分数を比べる」ことが疫学の基本!
 約30年前、疫学の認知がまだ低かった当時、たばこの健康影響をめぐってたばこの会社との長く厳しい戦いがあり、たばこ会社は疫学を厳密さに欠ける学問とネガティブキャンペーンをし続けてきた。
 しかし「保健医療の意思決定に最も適切な科学」として疫学が基盤となり、1991年、EBM(エビデンスに基づく医療)が誕生した。
 2010年に発表された薬害肝炎の検討会の最終提言でも「医療情報データベースを活用した薬剤疫学的手法」が重視されている。
 
3. リスクコミュニケーション
 リスク分析の全過程で様々な関係者の間で情報および意見を交換することをリスクコミュニケーションという。リスクコミュニケーションのテーマは様々で、ワクチン、食品、放射線、感染症などがある。米国ではFDA(アメリカ医薬品食品局)などの公的組織もリスクコミュニケーションを重視することを宣言している。
 ある病気の際に、選択肢として、①くすりAを使う、②くすりBを使う、③何もしない、の3つがある。「くすりAに副作用がある」と「Aのリスク」ばかりが見えて、Aをやめたくなりやすい。実際には、くすりBに代えてもBに別のリスクがあるかもしれず、「何もしない」を選んだら、そもそもの病気自体をそのままにすることになる。
 近年では、リスクばかりを強調するのではなく、「ベネフィットリスクコミュニケーション」「リスクべネフィットコミュニケーション」と欧州医薬品庁でいっている(EMA2009より)ように、リスクとベネフィットの両方を考えなければならない。
 オックスフォード大学のリスクコミュニケーションの教科書によると、リスクが過大視される場合は、人為的な原因で起こる、将来の世代に影響を及ぼす、信頼できる情報源から矛盾する報告がでているなど状況が重なる時とされる。
 関東で放射能を恐れて乳児を外に出さず、その子がくる病を発生した事例(2013年9月)がある。メディアを騒がせるリスクを恐れて、そこから逃れようとした結果、別のリスクに曝されてしまったともいえる。
 FDAの「エビデンスに基づく提言(2011)」には10のリスクベネフィットコミュニケーションの重要項目が示されている。以前、はしかの予防接種を受けていない人の特性を調べたことがあった。予防接種をうけていなかったのは、「知識を持って恐れている人」より、「知識がなくて恐れている人」であった。ヘルスリテラシーが重要性と言えるだろう。

4. 情報コモンズカナダのサスカチュアン州(人口100万人)の健康データベース(住民台帳、がん登録、入院記録などの情報をつかってデータベースが迅速につくられていて、それを社会に還元している)によって、多くの医薬品有効性・安全性に関する論文が発表されている。世界にはこのように活用可能な大規模な健康・疾病に関するデータベースがある。近年では、台湾、韓国の発展が目覚ましい。「携帯電話を使いすぎると脳腫瘍になりやすいか?」という問題に対して、デンマークから国民を対象とした大規模な疫学研究が報告された。この研究は、診療情報と携帯電話の契約記録という異なる情報源を国民に一つずつ与えられた個人識別番号で結合して、両者の間に明らかなら関係は無いことを報告した。個人識別番号は、すなわち「マイナンバー」である。日本では長く国民背番号とネガティブな印象を持たれて導入されていなかったが、多くの国がさまざまな形でこのような番号を活用している。国内でも2013年にマイナンバーが法制化され、医療以外の領域での利用から実現されることになった。それらの経験を蓄積し、健康や医療の領域でもこのような個人識別番号の適切な利用法を検討していくことが、大きな社会的課題と言えるだろう。

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パネリストのみなさま 会場からの質問


「利用者の幸福と科学をつなげるレギュレトリーサイエンス」
           慶応義塾大学薬学部 教授 黒川達夫氏

レギュレトリーサイエンスの定義
  定義はいろいろあり、内山充氏(医薬品研究機構)は、規制ではなく科学技術と人間の間を調整する「評価科学」としている。薬学会では、「予測・評価し、行政を通じて国民の健康に資する科学」と定義し、レギュレトリーサイエンス学会では、「管理調整する科学」。レギュレトリーサイエンスはどのように社会に貢献するのだろうか。技術の成果としてのリスクベネフィットを受ける国民が決めることが大事で、情報に振り回されずに皆さんが考えることがレギュレトリーサイエンスだと考える。
 
レギュレトリーサイエンスの役割
 製薬企業、医師、薬剤師は副作用が少ない薬を使いたいと思っている。しかし、現場とメディアにはかい離がある。
重要なことは、自分の身体にとっていいか悪いかをよく考えることで、「薬学」とは透明で価値判断はないバリューフリーなもの。
 皆さんは「ヒトの生命機能」に「あなたの物語」をのせて判断してほしい。医師、薬剤師にできるのは生命機能の評価だけ。医薬品に副作用情報ばかりが折り重なっていくと医薬品の将来に影響をうけてしまう。レギュレトリーサイエンスは、「科学と社会をつなぐ科学」として育ってもらいたいと私は思っている。
 正解がないケースでは、立場で結論は異なってくる。科学が発達すると、要素還元論的なアプローチとその限界のために、生命には知らないことが多いことが明らかになってくる。

副作用について
 副作用には多くの原因があるのに、世の中でひとくくりに扱われる。有効成分に毒性があった場合と病原菌が混入した場合では、考え方が違う。
生命や人間存在にはまだ分からないことがいっぱいで、我々は謙虚であるべき。だから、レギュレトリーサイエンスにも、国民・社会の視点が重要。
2002年、イレッサ(抗肺がん薬)の副作用で200人以上が死亡したという報道があった。マスコミの影響力は大きく、副作用が出ないように肝機能を調べながら使えば肺がんを抑えることはできるのに、これらの報道をみて患者の3分の1が使用をやめた。
 英国では、避妊薬で静脈血栓の副作用があり(30万人使用して30人で発症)、「キラーピル」といわれて妊娠・出生が一時的に増加したこともある。このように、マスコミの副作用に関する報道が社会に明らかな影響を残した事例が少なくない。
 冷静な判断のために必要な信用できるデータが足りなければ、パニックはより大きくなる。
 「可用性ヒューリスティック」といって、繰り返し暴露され、思い出し、記憶に残ると、それが判断に影響を与えてしまうことがある。また、人にはひとつの考えに集中すると、判断するときにその考えの影響をうけやすくなる傾向もある(グループ・ポラリゼーションという)。
 
テレビやインターネット情報
 高い視聴率やインターネットの高いヒット数をみると、これらの情報を受け取っている人が多いことがわかる。TVでは取材からオンエアまで3-4時間のケースもあり、正確でない情報が提供されることもある。しかし、テレビ局に意見を述べると、「娯楽番組だから」といわれる。そして、テレビやインターネットをやめることはできない。
  患者・国民も安全で有効な医薬品が使えるうようになるための大事なメンバー。レギュレトリーサイエンスにもみんなの声が必要!

「副作用報道の読み解き方」
          毎日新聞 小島正美さん

報道の傾向
  新聞記者は庶民の視点で記事を書いている。ニュースになりやすい切り口を選んで記事にする。しかし、週刊誌は買わせるために記憶にのこる見出しをつける。
 例えば、子宮頸がんワクチンで痙攣する患者さんの映像がインターネットで繰り返し流された。大変にお気の毒なことだと思う。取材にいったら、学校生活を普通に送ることができているようだった。
子宮頸がんワクチンは、15種類の原因のうち2種類にしか対応しないというが、その2種類が5-7割の子宮頸がんの原因になっているので、予防効果は大きい。
 子宮頸がんの患者さんは、子どもが産めなくなったり、手術後も厳しい状況だったり、苦しんでいるが、それはあまり報道されない。
 映像は、人々に映像がすべてだと錯覚を起こさせる。その結果、みなさんに届くのはワクチンで副作用が出た状況だけになってしまう。
 
脳には2つの働きがある
  脳には2つの働き方があり、これをシステム1とシステム2とする。
○システム1の思考:熟慮・努力せずに直感的に処理される近道思考 単純思考であるが、いいところがある。しかしニュースをすぐ鵜呑みにする弱点がある。
○システム2の思考:複雑な思考で、これは疲れる。
システム2が必要な問題でも、世の中がシステム1になってくるとみんなが考えるのが面倒になり、専門家も聞かれないなら説明をやめてしまうかもしれない。
  自戒をこめてお願いしたいことは、専門家は記者に自信をもって統計学者になったつもりで記事を書くように言ってほしい。
 
ニュースの方程式(小島論)
  ニュースになりやすい出来事には、特異性、物語性、アクションという特徴があると考えている。アクションというのは、研究者が除染活動を行ったなどの行動を伴うということ。このような「ニュースの特徴」を知って記者会見を開くと、それはニュースになりやすいということであり、読者もこの特徴を意識して読んでほしい。

メディアの間違いを正すべし
  FSIN(食の安全情報ネットワーク)やメディアドクターは、不正確な記事などに対して意見書を送ったり、情報提供をしたりしている。記者に、間違いに気付いてもらうことが必要で、これらの活動は成果をあげている。私の最近の提案は「メディアのメディア」。記事に不正確な記述があるときには、それを正す情報が掲示板などで公開されていて、同じ間違いを後続の記者がおかさなくなるような仕組みを考えている。

「メディアとともに考える くすりの副作用」
          日本医学ジャーナリスト協会会長 水巻中正氏

医学ジャーナリスト協会には、約300人のメディア、医薬品関係者が会員となっている。いくつかの提言をしたい。
 
提言1 医薬品には有用性と副作用が同居している
  ジャーナリストすべてがくすりの有用性と副作用について知っているとは限らない。新聞社には部署がある。社会部は副作用を事件と考え、犯人を探してしまう。10万人に処方され、20人が亡くなっても、20名死亡の事故として大事件になってしまう。理系出身記者もいるが、文系が多いし、全員がよく勉強しているわけではない。
副作用にも、種類、誰に起こったか、患者の特殊性、頻度など、いろいろなことが関係している。
 
提言2 エビデンスを考える
  社会部の記者にはエビデンスが理解できないこともある。副作用が少ないから安全ともいえないし、副作用があるから危険ともいえない。副作用があるからといって、医薬品を否定するわけではない。エビデンスを考えることが大事。
提言3 製薬メーカーと医師の責任は重大
 多くの医師はMR(medical representative 製薬企業の営業担当者)から聞くことが中心で、すべての薬を深く理解しているわけではない。しかし、医師にはプロ意識をもってやってほしい。
 スモンは効果が大きいので過剰使用されて起こった薬害。医師と製薬メーカーの責任は大きいことを認識してほしい。
 
提言4 安全性の確認と使用方法は徹底的にかつ慎重に
  薬の副作用にはわからないこともあるから、最小用量から使い、慎重に進めることが基本。
 
提言5 副作用情報、市販後調査の実施と患者の救済制度の確立
  臨床試験はデータ数が少ないので副作用は発生する可能性が十分にある。
 どんなによく効く薬も初めの安全性調査の段階から慎重に進められる。国は副作用の被害者の救済を図らなくてはならない。企業は副作用のあった医薬品の回収と被害者救済を行わなくてはならない。そして、ジャーナリストは冷静な報道をすべき!医学ジャーナリスト協会では、公開講座を行うなど、副作用問題も含めて情報共有を行い、どういう報道がいいかを考えていきたいと思う。


質疑応答
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 「私は薬剤師です。メディアはすぐに変わりそうもないと思うが、よりよい薬ができるように、国民背番号制(マイナンバー制)のデータベースを少人数からでいいので、すぐに始めてください」 →マイナンバーに対しては、30年前ほどにあったような強い反対の動きは減ってきている。 →マイナンバーに対しては、マスメディアも強い否定の論調ではなく、むしろ賛成している印象を受ける。医療における適切な利用の在り方は、医療関係者だけでなく、社会的な議論が大切だろう。 →私もマスコミはマイナンバーに反対していないという認識。
    • 「マスメディアに求めるだけなく、消費者が変わらないといけないと思う。薬には、「いい」「悪い」で決められない問題が多い。そこでヘルスリテラシーが必要となるが、私たちは短絡的な考え方に偏りやすい。データベースは自分や子孫に還元されるものだが、日本人の公共性はそこに達しているだろうか。消費者を巻き込む方法はないか」
      →エビデンスに基づくヘルスケアには灰色の部分が多い。限られた資源(リソース)、すなわち「ヒト、モノ、カネ、ジカン」という条件の中で新たな価値を生んでいくために何をすべきか、日本社会はこれからさらに悩む必要があるだろう。個人情報の過剰な保護意識の中で失われた公共性を、どのようにして回復していくか、私たちは問い直すべきではないか。
      →私の若いころは、がん告知はしない時代だったが、今は信頼関係をもってがん登録も行われている。がん登録がマイナンバーの突破口になるのではないか。
      →情報をどう見極めるかが難しい。抗がん剤を否定する本を読んですぐ染まるような思い込みを避け、どれだけ多くの情報を得たかで、考え方は変わるのではないか。
      →私は薬剤師を育てる学部にいるので、わかりやすく説明したり、正しく薬を使ってもらえるように努力する薬剤師を育てたい。
    • 「海外の人たちは副作用の情報に対して、統計的な見方はできているか」
      →国民性と、ある意味では「慣れ」と関係がある気がする。日本人もシステム2の考え方に慣れる仕組みが必要。
    • 「統計学が流行っている。日本でも統計学が広まり、定着することを期待したい。記者に統計的な見方をお願いしたいと思うが、記者には統計学を学ぶ機会があるのか。」
      →新聞記者は独学が多い。朝日新聞でジャーナリスト養成講座はやっている。国立がん研究センターではメディアセミナーが数年前から開催されており、統計学・疫学のレクチャーがされている。
       毎日新聞だけで2000人の記者がいるが、統計学の勉強は社内では実現しない。外から言ってくださるのもいいかもしれない。全体的に、記者も勉強をするようになってきていると思う。
      →記者会見でも、記者が統計的な質問が出てきている。先輩記者も統計をふれるようにしている。
      →統計データから因果関係について述べるのは難しい。たばこを吸ってもがんにならない人もいるし、いいくすりができても効かない人もいる。現実には例外があるのが難しいところ。
    • 「統計学を知っていたら、いい記事が書けるようになるか」
      →科学的、統計学的に正しい記事のモデルをつくって、これを示すような研究が行われるといいと思う。


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    2013年12月26日、毛利衛 サイエンスコミュニケーションセンター長よりサイエンスアゴラ賞をいただきました。