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  • サイエンスアゴラ2015 シンポジウム「国民病『がん』の治療を選べる時 代がやってきた」

     2015年11月15日、日本科学未来館7階会議室において、シンポジウム「国民病「がん」の治療法が選べる時代がやってきた」(後援 日本製薬工業協会・日本サイエンスコミュニケーション協会)を開催しました。このシンポジウムはサイエンスアゴラ2015の活動の一つとしてくらしとバイオプラザ21が企画したものです。
     今回のシンポジウムでは、遺伝子型の違いによりがん治療の薬や治療法を選ぶようになってきていることに注目し、そもそも遺伝子検査とはどういうものなのかということについて検査会社である株式会社エスアールエルの堤正好さんに、そして遺伝カウンセラーの視点から実際のがん治療についての現状や患者さんの様子など、米国での状況も踏まえたお話をFMC東京クリニックの田村智英子さんに、それぞれお話いただきました。その後、会場参加者のみなさんと話し合いをしました。


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    堤正好さん
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    田村智英子さん

    話題提供1「がんの遺伝子検査」   ㈱エスアールエル 堤正好さん

     遺伝子検査にはいろいろな種類があるが、今日とりあげるのはその一部。消費者に直接売られている消費者直販型(DTC)の検査、親子鑑定、生活習慣病の検査はとりあげない。ヒトに対する遺伝子検査には、出生前と出生後があり、今日は出生後のがんを対象とした医療で行う検査についてお話する。
    がんに関係する遺伝子検査には主に次の3種類がある。
    ・病原体の検査(外からはいってくる病原体を検出する検査)
    ・ヒト遺伝性のがんの検査
    ・体細胞の検査(がん細胞の異常をみるなどの検査)
    ヒト遺伝学的検査とは、単一遺伝子疾患、多因子疾患、薬物などの効果・副作用・代謝、個人識別に関わる遺伝学的検査などをさし、ゲノムやミトコンドリアの中の生涯変化しない個体が持っている情報。これらは個人遺伝情報を取り扱う遺伝子検査ということになる。
    (1)病原体の核酸の検査
    ヒトの疾病の原因になる病原体(ウイルスなど)の核酸を調べる。
    肝炎のウイルス検査:肝炎は放置するとがんになる可能性がある。
    パピロマウィルス検査:子宮頸がんワクチンの話で話題になることが増えた。このウイルスは培養できない。たとえば、結核患者の痰の中に結核菌がいるかどうかは、1か月くらいかけて培養して、菌を同定できる。ウイルスは培養が難しく、同定も難しい。
    (2)ヒト遺伝学的検査
    ヒトの生涯を通じて変化しない遺伝学的情報を調べる。単一遺伝子疾患、多因子疾患などの遺伝病が対象になる。血友病の検査などが該当する。この検査では個人遺伝情報を取り扱うことになる。
    (3)ヒト体細胞遺伝子検査
    がん細胞特有の遺伝子を調べる。病状とともに変化する。
    白血病の治療で利用されている例を紹介する。
     フィラデルフィア染色体といって、9番染色体と22番染色体の組換えが起こると、ある種の白血病になる。キメラ(9番と22番のあいのこ)の染色体異常が起きる。組みかわってくっついたところに構造異常がおきる。形態が変化しているか、構造異常はないかを調べる。白血病には1985年からから関わっているが、1990年から白血病の診断ができるようになり、治療方法の変化を実感している。今は、9番と22番のキメラの結合部分のポケットに入るくすり「グリベック」ができて、白血病の治療に効果をあげている。イレッサは、EGLリセプターの遺伝子の構造に異常があるかどうかで処方するかどうかを決める。どんな遺伝子の異常があるかを検査し、治療薬を選べるようになってきた。
    検査がどのくらい行われているかというと、白血病の検査は年間20数万件なのに対して、がんの検査は9万件くらい。感染症は450万件と飛びぬけて多い。感染症の検査で何に感染したかが早くわかれば早く治療を始められたり、ウイルスの有無を早期に把握できたりして、治療に役立っている。
     
    まとめ
    多くの遺伝子検査が行われているようになった。感染症の診断や、ウイルスが減ったかどうかを調べるモニタリングに使用されている。治療方法がみつかっている病気なら、感染症の検査によってすぐに治療につなげられる。
    2014年5月 アンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査で家族性の乳がんのリスクが高いことがわかり、乳腺切除の手術を受けた。がんには遺伝するがんと遺伝しないがんがある。こういうことが遺伝子の検査でわかるようになったことが、ショリーさんの判断に影響している。遺伝子検査の結果と解釈について考えさせられる出来事だったと思う。



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    会場風景

    話題提供2「遺伝するがんと遺伝しないガン」
                   FMC東京クリニック 田村智英子さん

    はじめに
    日本とアメリカの遺伝カウンセラーの資格をとり、遺伝カウンセリングを行っている。ヒトゲノムプロジェクトの時代、ジョンホプキンス大学に留学し、コリンズ先生のもとで勉強した。同先生はヒトゲノムプロジェクトの中心となった人で、今もオバマ大統領の政策に深く関わっている。当時、同大には遺伝のがんの専門外来があった。
    現在、主務はFMC東京クリニック。8-9割は出生前診断関連で、がんや神経難病の相談ももちこまれる。カウンセリングとは情報提供をすることと認識している。
     
    がんのできるしくみ
    すべてのがんは遺伝子の変化によって起こる。細胞増殖のブレーキの役割をする遺伝子、アクセルの役割の遺伝子がある。傷ついた遺伝子を修復する遺伝子もある。どれかに故障があるとがんになる。
    たとえば大腸がんのように、段階をおって、いくつもの遺伝子の機能が壊れると発症するがんもある。
    家族性大腸がんの研究成果は、家族性でない大腸がんの治療の研究に役立った。
    遺伝子の異常の修復が、加齢とともに追いつかなくなるので、がんは加齢とともに増える。
    がんや遺伝子を調べると、がんに種類があり、多様であることがわかった。抗がん剤の組み合わせ、治療方法も様々となる。このような研究が最も進んでいるのは乳がんで、抗がん剤やホルモンの関係もわかってきた。
    分子標的薬ができた。これはがん細胞表面の目印になる分子にくっつく。ハーセプチンという抗がん剤は、遺伝子HER2に異常がある患者さんの乳がんに効く。HER2遺伝子の変化を調べるなどして、がんの個性を診断することから個別化医療が可能になる。
    臨床遺伝子解析といって、手術時の切除組織から100以上の遺伝子を調べる。それで抗がん剤の効き方の関係がわかると、適した抗がん剤を投与でき、無駄なくすりの使用による患者さんの負担を増やさなくてすむ。
     
    遺伝性のがん
    がんの9割は遺伝性ではない。遺伝子に後天的に変化が生じる。これは子どもに遺伝しない。後天的ながんは加齢によって増えてくるので、今では家族にがん患者がいない人の方が珍しくなってきた。
    遺伝について調べることはこわいけれど、がんのかかりやすさを知っていることは無駄ではない。ストレスのせいでがんになったのではないとわかることもある。次になりやすいがんについてわかったり、兄弟姉妹や子孫のためになったりすることもある。
    判断は難しいが、一般的に40-50代前半までのがんは遺伝性で、年齢が高くて発症するがん遺伝性ではないと考えられる。そのポイントを知っているといいかもしれない。
    アンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査から乳腺切除されて話題になった。彼女は、ニューヨークタイムズに「乳腺切除については乳がん患者でも賛否両論がある。患者さんの選択肢が守られるように患者のための診療ガイドラインがある。専門家に相談しなくてはいけない」としっかり書いている。
    そのころ日本の新聞で、乳がんが親族に3人いたら遺伝性です!などと書いているものがあったが、これらはまちがい。遺伝性でも子どもには50%しか発症しない。けれど、ハイリスクへの対策はとしての検診は有効だと思う。
    通販で入手できる遺伝子検査(DTC)で病気について調べるのはお勧めできない。
     
    リンチ症候群
    リンチ症候群(HNPCC)は、MSH2やMLH1などの遺伝子に異常があって大腸がんと子宮体がんができやすくなる。この遺伝子の変化を修復するよい薬(免疫チェックポイント阻害剤)ができた。大腸がんになり、リンチ症候群だとわかると、この薬が使える。
     
    まとめ
    ミリヤード社の裁判から遺伝子の特許が認められなくなり、20-30万円でがんの遺伝子検査ができたり、遺伝性のがんに効く薬もできた。乳がんの原因遺伝子のBRCA1の発見物語の映画ができるなど、話題になりやすい(日本では上映されなかった)。筋ジストロフィーの遺伝子の研究も進んでいる。
    がんの遺伝子検査では、今、パラダイムシフトが起きている。誰でもカウンセリングを受けることができるようなガイドラインができたが、日本ではまだそこまでいっていない。「寝た子を起こすな」という人もいるが、それではもう通用しないところまできている。
    また、遺伝子検査していくなかで先天的な異常もわかってしまうことがあり、こういった時にどのように対応すべきか、課題として残っている。
    遺伝カウンセリングについても上手に使ってもらいたいと思っている。人材が足りないこともあり、病院のお医者さんがきちんと患者さんと話をできるようになることが大事だと思う。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 先天的な遺伝子異常、後天的な遺伝子異常の違いはどうしてわかるのか → 遺伝性のときは体細胞の変化をマーカーでみる。
    • 遺伝子は全細胞にあるというが、乳がんになるのを抑制している遺伝子がこわれると乳がんになるのか → YES。乳がんを抑制する遺伝子が傷つけばがんになる。
    • 腸の細胞にも乳がんを抑制する遺伝子はあると思うが、腸の細胞においても、その遺伝子が傷ついても乳がんになるのか → 乳がん・卵巣がんの患者さんに共通の遺伝子変異として見つかった。現象としてはそうだし、そのように思ってはいるが、その遺伝子が何をしているのかがはっきりわかっていないこともあり、本当のところはわからない。現在、そういった遺伝子の働きと現象の間を研究者が埋めている最中。
    • 遺伝子検査結果をアメリカではどのように受け取るのか?結果の表をもらうだけで終わるのか、セカンドオピニオンのように別の医師に相談してもその医師が結果を確認できるようなデータベースがあるのか? → アメリカでは、たとえば乳がんに関してはDTCのような手軽にできる遺伝子検査は禁止されている。科学的根拠が充分でなく、消費者を迷わすだけ。日本では、それとは別に自分のゲノム配列を調べて、その結果をデータベースに入れたとしたらどのように管理したり使ったりしたりすればよいかという議論は始まってはいる。しかし、何も決まっていない状態。
    • 厚生労働省でゲノム医療タスクフォースが来週から始まる。個人情報保護法が改正され、ゲノム情報を医療の研究でどのように扱うべきか議論が始まる。来週ぐらいから新聞記事などに出てくるかもしれない。
    • 個人のDNA配列の解析は210万円ぐらいでできるけど、データを解釈するところはわからないことがまだ多い。心筋梗塞の人がこの遺伝子が壊れたら命を落とすといわれていたのにピンピンと元気にしているケースもある。遺伝子変異をどのように解釈すればよいか、という議論は始まったばかり。
    • いろいろながんに関わる遺伝子があるが、関連でないが詳しく調べてみて、どれがどの遺伝子なのかわからなくなってきた。本当に関係する遺伝子はどれであるか、わかっていたり、わかっていなかったりしている。
    • アメリカはお金をかけてがんの制圧が進んでいる。日本も予算はつけているようだが遅れている印象がある → アメリカはデータを大事にする。検診でわかるがんの検診には予算をつける。日本はがん検診の受診率は1割。アメリカは7割。アメリカでは、検診率を上げることに注力していて、バスを出して検査を受けやすくしたりする。治らないがんには痛みがないような暮らしができるようにする。がんのサブタイプごとにきめ細かい治療をしている。日本の治療はレベルが高い。遺伝子検査でハイリスクだとわかった人は早くから検診を受けるように勧めるなど、日本でもだんだんに進むことを期待。
    • 原発不明がんについてはどのくらい解明されているのか → わからない。わかることも増えてきているが、そのがんが進行してしまうとわからない。ただ、今は薬の効き具合でわかることもある。
    • 診断、抗がん剤の保険適用はどうなっているのか → 分子標的薬のほとんどは後天的ながんのくすりなので、保険が効く。検査もできる。家族性がんはコンパニオン医薬といって診断薬と治療薬がセットになっている。末期がんにならないと生命保険が使えないのは悲しい。保険適用は36疾患だけ。患者団体から声を上げることが必要。
    • 例えば、慢性骨髄性白血病の治療は保険適用できるが、分子標的治療薬は80-100万円/月。確かに劇的効果がある。難病の関連遺伝子もわかってきた。遺伝子検査をどう扱うかが議論になっている。
    • 分子標的薬は特異的なタンパク質と結合してどうなるのか → 増殖のシグナルをブロックして、やがてがん細胞がなくなる。
    • 大腸がんは徐々に遺伝子が傷ついて段階的に進むというが、とってみたらがんでなかった場合は → 早期発見のために検診は続けたほうがいい。
    • 今日のお話をきいて、遺伝カウンセラーにはかなりの知識が必要だと思った → 遺伝カウンセラーが増えて活躍してほしいが、カウンセラーを増えることよりも、遺伝病やがんの患者の役に立つことが一番大事。アメリカのようにがんの専門的な医者が増えてカウンセリングが受けられたらよい。
    • 私は64歳です。妻を胃がんでなくした。当時はネットで調べたが、今日の話は、全く違う世界の話のようで仰天した。自分は何も検査も治療もせずにがんになったら寿命だと受容するつもりでいた。けれど、今日の話でそろそろ検診を受けようかと思った。医療、情報技術のコストは安くなっていくかもしれない。不満だからでなく、希望的に考えて声をあげようと思った。 → がんは死ぬ病でなくなってきている。20-30年は生きられる。遺伝子検査も安くなったので、うまく活用してください。
    • 親戚の中でがんの情報の共有をするようにということだった。自分ががんになったとき、心配してくれる人が健康によいからと不要な情報をくれることがあり、結果的には辛い思いをすることになった。ただ心配するだけでなく、きちんとした情報共有が大事だと今日、思った。
    • 友人をがんでなくし、自分もがんになり、今は情報共有の重要性を思っている。まずは友人たちの遺してくれた情報を活用しようと思った。
    • 医師とのコミュニケーションはとても大事。医師と患者にも相性がある。コミュニケーションのとれる先生を選んで、治療に希望が持てるようになってほしいと思う。

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