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  • コンシューマーズカフェレポート「新技術のリスクとどう向き合うか」

     2016年3月8日、コンシューマーズカフェを開きました。お話は東京大学公共政策大学院 特任教授 岸本充生さんによる「新規技術のリスクにどう向き合うか~ナノテク、ロボット、食品・・・」でした。食品関連以外の分野からも多くの参加者が来られ、安全性の確保、基準の決め方、リスクの捉え方と考え方の整理が進んだと言った参加者が多くいました。

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    岸本充生さん

    お話の主な内容

    これまで様々な安全はどのように確保されてきたいのか
     行政と事業者の仕事(基準の設定とその遵守)により安全は守られてきたが、東日本大震災と福島原発事故で行政や専門家への不信が強まった。行政に批判的だった専門家が信頼の対象(オルタナティブ)として求められた。その中にはふさわしくない専門家もいた。
     消費者に、もっと前向きな道はないのか。人が納得するにはふたつのルートがある。中心ルート(論理重視。専門家などがエビデンスをみて判断するルート)と、周辺ルート(信頼重視。行政・事業者を信頼しているから基準をいちいちみなくても納得するルート)。だからといって中心ルートをみんなが確かめないといけないわけではないが、消費者も中心ルートで考えてみたらどうだろうか。
     
    非専門家にできること
    以下の3つの提案をします。
    ⒈ 基準値や規制の根拠を知ろう!
    2. 根拠とエビデンスをたずねよう!  Ask for Evidence!(イギリスの運動)
    3.安全の意思決定に参加しよう!
     安全はだれかが決めてくれるという前提のもとに、オルタナティブ専門家探しは起こった。
     安全は科学だけでは決まらないのだから、非専門家にもできることがあるはず。安全は科学だけで決められていない事例を紹介します。
     
    〇事例1  成年とは何歳か? 
     たばこは20歳、酒は20歳、薬(表示されている成人の年齢)は15歳、選挙は18歳。
    なぜ、この年齢なのか?これらは「よい加減」で決められたスタンダード。科学で決められる部分とよい加減で決められている部分が混ざっている。
    たばこ:明治32年12月6日 幼者喫煙禁止法案制定
     喫煙で依存症になるとよい軍人になれない、健康によくないので幼者は禁煙。ここでは、医学的に検討されていない。まさに、Ask for Evidenceの対象。
    酒:大正11年3月30日 未成年者飲酒禁止法制定
     20歳になれば自分の責任を果たせるからお酒を飲んでもいい。欧米は21-25歳だったのに、20歳にした背景に、日本人は若くても精神的に成熟していて、平均寿命が短いからとなっている。20歳が「成年」だという科学的根拠がないまま、今日に至る。
    薬:医薬品の用量・用法の表示で、成人は15歳以上。15歳は体の組織が成熟しているから。
    選挙権:2015年に、20歳から18歳になった。
     
    〇事例2 飴の賞味期限
     消費期限(消費期限まではきちんと保存されていれば食品衛生上の問題は生じないと考えられる)と賞味期限(賞味期限までは期待される食品のすべての品質の保持が可能と考えられる)がある。
     消費期限が長いとその期間の食品の試験をクリアしなくてはならなくなるので、飴のように日もちのする分野では新製品は出せなくなるだろう。農水省の保存検査の結果を見ると、12ヶ月の賞味期限になるように保存試験をして、安全係数をかけているように思える。
     
    〇事例3 携帯電話
     「混雑時には電源を切る」から「優先席付近では電源を切る」になり、2014年7月より、「優先席付近で混雑時に電源を切る」となった。総務省は、1996年の試験結果をもとに、2013年 15cm程度離すことと決めている。
     
    〇事例4 防潮堤
     気仙沼の防潮堤は行政が提案した9.9mから8.1mに下げた。まず、過去の津波の記録を調べた(経験知による)。津波にはレベル1の津波(数十年から数百年に発生)とレベル2(数百年から1000年に発生)がある。ここではレベル1にしぼる。
    シミュレーションで5mの津波にせり上がりを加えて8.9mとし、安全係数1mを加えて9.9mという「必要堤防高」が算出された。これは科学的に決めた値。しかし、景観などの問題から住民の意見を取り入れて8.1mとなった。
     
    (前半のまとめ)
    ・「科学的に決めた」というときには、徹底的にエビデンスを尋ねよう!そして、そこに推論や判断が含まれていることを確かめよう!
    ・「科学的データに基づくこと」と「科学で決めた」は違うこと。安全を科学だけで決めるのは無理である。
     
    安全とは何か
     ある建物に入る時、設計図をみて安全を確かめてから入る人は少ない。ちゃんと設計図通りに建てられているだろうとみんな安心している。
     ISOのガイド51工学分野で用いられている「安全」の定義では「許容できないリスクがないこと」となっている。
     安全とはリスクがないことといわれるが、これは間違い。リスクはゼロにならない。「許容できないリスク」というのはいい定義だと思う。安全であることを示すためには、リスクを見積もる(リスク評価)が、そこには推論も含まれ、自然科学だけでは示せない。次に許容できるレベルを決める(安全目標)。リスクとベネフィットを比べる。リスクを減らす(リスク管理)。それでも残るリスクへの対策を考える(クライシス管理、事故調査制度、保険制度、補償制度など)。このときにエビデンスを示し、許容できるリスクを減らしていく流れをわかりやすく提示する(コミュニケーション)。
     「安全とは作法である」と私は考える。それは結果ではなくプロセスを意味する。30年無事故であったエビデンスより、30年無事故を担保してきたプロセスをさしている。これは著名な科学者が決めるものでもないし、自然科学だけでは決められない。
     
    新規技術のリスクにどう向かい合うか
     新規技術のリスクへの向かい合い方にはふたつある。
    〇事件衝動型(Event driven):事件に基づいて対応する。例えば、学校安全。学校に不審者が入ってきて傷害事件を起こしたので、不審者対策が始まった。下校時の連れ去り防止のために集団登下校をする。集団登下校は車の突っ込んでくるような交通事故には弱くなる。イベントがきっかけになって引き起こされる取組なので、事故が起きないと始まらない。
    これは、エビデンベースト(Evidence Based)に変えるべきであり、過去に例があるときは優先順位をつけてリスク対策を行う。
     
    〇恐怖衝動型(Fear driven):予防型。ナノチューブの場合は、イベントが起こらないのに注意しすぎて進めているうちに、扱う人が減ってしまった。
    これは、オールハザードアプローチ(あらゆるリスクを書き出してみて、リスクの予測をもとにする取組)に変えるべき。
     
     「なにかあったらどうすんだ症候群」と私は呼んでいるが、「なにかあったらどうするんだ」といわれて、新技術の開発をやめていたら、すべての技術開発は止まるだろう。次に「なにかあったらどうするんだといわれたら、どうするんだ」ということになり、誰も新しい取り組みをしなくなる。
    1900年代は、わからないものは安全とみなした。安全とみなした人が考え出し、開発者となっEvent Driven。自動車の事故からシートベルトができ、チャイルドシートが生まれた。原発は1900年代のカルチャーの中で生まれた。
    今は安全に対する世の中の考え方が違って、わからないものは危険とみなすようになった。1980から2000年がふたつの安全観の過渡期。
     
    〇ケース1 カーボンナノチューブ
     2000年以降の、わからないものは危険とみなす文化の中で誕生。2004年からナノテクブームがやって来る。ナノ〇〇と呼ばれる製品が多くできた。2008年、カーボンナノチューブでがんができるというニュースが出た。遺伝子組換えマウスのお腹に直接、ナノマテリアルをいれたところ、中皮腫ができたという実験。遺伝子組換えマウスの体内に様々na 物を入れて実験した結果、「まっすぐで長くて硬い小さい物は危ない」という仮説「カーボンナノチューブの有害性仮説(繊維病原性パラダイム)」ができた。15~20μmより大きくて硬いものはマクロファージが処理できず炎症が起こる。例えば、肺胞に入った異物はリンパの流れで排出されるものだが、排出に失敗するとつまってしまう。日本の事業者はナノマテリアルの安全性試験を2005年から開始。2008年、危機感が増した。
     化学物質は分子式が同じだと性能もリスクも同じ(分子的同一性)。化学物質は世界の基準値を守ればいい。「コンプライアンス文化(基準を守ればいい)」である点で、化学物質と食品は共通。
     ナノマテリアルは多種多様だから有害性も多様ということになる。行政には対応しきれず、ナノマテリアルの開発はとまってしまった。ナノの安全は化学物質としての側面(化学物質のコンプライアンス文化)と新規技術としての側面があった。
     
    〇ケース2 新規技術の代表 生活支援ロボット
     ロボットは、軍事用、産業用、サービス用に開発されている。生活支援ロボットの安全性技術の関する内外の規格が整備されていなかった。当時、デンマークなどで日本のロボットが利用されていた。平成21-25年度、整備され、生活支援ロボット安全性試験センターができて、走行試験、強度試験、対人試験をして認証するようになった。こうして、ロボットの規格ISO13482(日本主導でつくった)が2014年2月にできた。
     リスクは、危害のひどさと発生確率の積で表す。発生確率とは暴露の頻度と時間、危険事象の発生確率、危害回避または制限の可能性の和で表す。日本、アメリカ、ドイツでアンケートすると、日本は認証を確認する人が3割、ドイツは7割で、日本は認証マークを確認しない人が多い。
     
    〇ケース3  再生医療
     2012年 山中先生がiPS細胞を発見し、2013年、再生医療の法律が3つできた。それまで、医薬品は規制されていたが、再生医療推進法、再生医療等安全確保法ができ、再生医療という医療行為に対して初めて規制ができた。
     ハイプサイクル(Hype cycle)といって、新しい技術が誕生してからたどる時間軸にそった段階を示したものがある。技術が誕生すると期待が高まる(visibility)。やがて期待の頂点から落ちる(幻滅の窪地)。なかなか実現されなければ忘れられてしまう。地道に開発が進むときに啓蒙の坂をのぼりやがて平衡状態になる。
     幹細胞治療を自由診療としてすでに行っている医療施設もある。現在、iPS細胞の安全性、評価のガイドラインを2015年11月から厚生労働省は作成し始めた状況。
     
    (後半のまとめ)
    ・行政が規制基準をきめて事業者が遵守するには限界があり、事業者が自ら安全性を示さなくてはならない時期に来ている。
    ・消費者はどうむきあっていくか。例えば民間認証になれるのか。
    ・新規食品のガバナンスはどうあるべきか。欧州はノベルフードレギュレーション(新規食品規制があり、ナノフードも含まれる)があり、化粧品、食品、殺虫剤に含まれる化学物質名は表示しなければならないことになっている。日本の仕組みはそこまでできていない。これからの課題である。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 日本では民間認証へのアクセプタンスが低いのはなぜか → 日本にはお上を信じる傾向がある。ドイツはTÜVという民間認証会社が実力も影響力もあり信頼されている。アメリカにもある。日本の民間認証は行政主導で、自分たちで創っていく態度がなく、お上頼り。
    • 欧州はCEマーキング(規制)をつけてレギュレーションで最低条件を満たしたものを民間が認証している。
    • アメリカではボードをつくってエビデンスがある食品であることを示すのに何が足りないかを検討する。そのためにGRAS(Generally Recognized As Safe:一般に安全と認められる)の認証を使う。GRASの認証をとっても日本人は認めない。日本ではGRASなどの認証への関心が低いのではないか → 消費者庁の機能性表示食品も民間認証でやってみると、考え方に変化がおきたかもしれないと思う。
    • メーカーがGRASをとったといえば、食品専門誌には載るが、その情報は消費者まで届かない。ネットに出してもあまり読まれない。つまり有意義な情報を受け取ってもなぜ有意義なのかまで、消費者は調べない → GRASが外国の認証だからではないか。
    • 海外でGRASをとっても日本で適用するのかと行政にいわれたことがある → 日本の食の安全レベルは高いという意識があり、海外の認証を低くみているのかもしれない。
    • 遺伝子組換え食品への恐怖感は導入当初と変わらないと思う → ナノのルールを経済産業省が作ろうとしたが、日本だけ工業ナノマテリアルの規制がない。企業は行政を待たずにルールをつくって国際標準化まで進めないとだめだと思う。
    • 行政に企業が近づくと、行政の人は癒着しているといわれてしまう → 透明性のある手続きが大事。良く情報交換したりすることは重要でそれは癒着ではない。
    • 〇OECDは議事録も公開していて、当事者も関わっていることがわかる → 技術を熟知している当事者を巻き込まないと有効な基準や枠組みは作れない。
    • 行政の動きが遅いのは、事業者を信頼しないからか → 事業者が方法論まで提示したら、行政の対応も違ってくるのではないか。
    • 行政を企業が動かしたような例はないか。事故などがおきなくても導入される道をつくらないとだめ → フォーサイト(技術進歩を見越した)政策が必要。新技術が導入されたときにレギュラトリーギャップ調査をして法規制を見直す必要があり、欧米ではやっている
    • 労働倫理を信頼して人々は暮らしているのだろう。私たちも日本で労働している人を信頼しているから、安心して暮らしている。自分たちで動いて、おりあいをつけていくのだと思う。人類史として何もしないリスクもみるべき → 企業に当事者として動いてほしい。
    • グーグルが情報を集めて検索エンジンをつくるとき、日本では「なにかあったらどうするんだ」といってで何もできなかった → 一方、なにかあったらどうするんだに応える保険・保障制度、事故調査委員会などの環境整備も必要。
    • 許容できるリスクとは諦めではないか → 工学分野は残余リスクを提示し、注意喚起をする。それでも残るリスクは残るもの。食のリスクはゼロリスクを求めることになりやすい。
    • 薬品、日用製品は情報がとれるサイトがあるが、日本は製品の安全性情報は企業内にとどまっていることが多い。情報公開は科学でない合意形成のひとつではないか → 企業は経産省や消費者庁に事故データを集めて、事故を予測しようとするアプローチをしている。
    • 安全だけど安心できないとき、信頼を満たすひとつの方法が「公開」だと私も思う。PMDAは医薬品の有害情報を集めて公開している → 食品は因果関係を証明するのが難しいことも、信頼構築の難しさのひとつになっているのではないか。
    • 何かが起こったときにちゃんと対応していることが大事だと思う。安全目標は科学で示せるが。1%以下のリスクにどう取り組むかが大事 → 何かあったときにどうするか。くすりの市販後調査みたいに食品も使用後の情報を公開したらどうか。
    • 大体の企業の市販後調査にあたるものとしてアニュアルレポート、CSRレポートがあるが、知られていない。 → 消費者が尋ねることで、事業者の透明性ある姿勢が育ってくる。リスク評価の報告を何か起こった時に示す。
    • 安全部署は安全な状態を維持していると予算を削られ、事故が起こると叱られる。安全な状態は予防が実現していること。やらなかったらどんな事態になっているかを「見える化」しよう。安全確保活動の効果をストーリーとして表に出そう! → 「マンホールのふた」と私は読んでいる。あいていたマンホールのふたを閉めた人は、安全な状態の維持に関わっていて一番偉いのにほめられない。落ちた人を救った人がヒーローになる。
    • これがなかったら、こんなに経済被害があるという話は記事にしにくい → WHOが試算を発表したりするといいのかもしれない。こういう報告は第三者認証があるといい。
    • マスコミも安全の報告を出すと企業寄りといわれてしまうので出しにくい。
    • 業界が国の基準に従っていると人は安心する → 周辺ルートで納得している例にあたる。
    • メディア、コミュニケータの役割は大きいと思う。いろんな業界の話を扱えるメディエータが出てくることに期待したい。
    • アスクフォーエビデンスは事業者を活性化させる働きがあり、これは大事だと思った。
    • 消費者はリスクベネフィットを理解している、実際の相場観を消費者から伝えられるといいと思う → 利益が大きければ、リスクを指摘されても利用するもの。携帯電話の発ガンリスクが報じられても人々は動じなかった。
    • 事業者が守りに入ると市場が判断すると、参入者は退場していく → ナノでは、ものすごく便利な商品がでれば、ナノへのフアンはひっくりかえるだろうと思っていた。規制もない状況が続いている。
    • 花粉症治療米を温室で作りカプセルで売れば、リスクは過小評価されるのではないか

    まとめ

     消費者がアスクフォーエビデンスをしてこなかった歴史が日本の安全の歴史であると思う。これからはもっと、安全の根拠を示さないといけなくなる。そこで、レギュレトリーサイエンスが重要になってくる。

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