あいちサイエンスフェスティバル サイエンストーク「新たな品種改良法「ゲノム編集」とは? 〜健康によいキャノーラ油の作出をモデルとして」
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    「新たな品種改良法「ゲノム編集」とは?
    〜健康によいキャノーラ油の作出をモデルとして」

     2017年10月23日、名古屋市にあり三井住友銀行SMBCパーク栄にて、あいちサイエンスフェスティバル サイエンストーク「新たな品種改良法「ゲノム編集」とは? 〜健康によいキャノーラ油の作出をモデルとして」を開催、玉川大学農学部生産農学科の奥崎文子さんにお話いただきました。

    植物の育種の歴史

    人類は、食味が良い・日持ちする・健康に良い・収穫しやすいなどの、より高品質な作物を求めて品種改良を重ねてきた。品種改良の方法にはいくつかの種類があり、それらを使い分けたり、組み合わせたりして望む性質の品種を得てきた。
    例えばトウモロコシは約6,500年の長い時間をかけて、自然突然変異と交配育種を重ねることで穂1本あたりの粒の数を増やし、今私たちが食べている大きく柔らかく甘い実のスイートコーンの品種ができた。また、青いバラにおいては遺伝子組換え技術によって、今までバラの花びらで合成不可能だった色を創出できた。この青いバラは開発を始めてからおよそ20年で販売を開始することができた。さらに、新しい技術であるゲノム編集技術を利用すると、紫のアサガオから850年かけて作られた白いアサガオを人為的に1年で創出することができる。
     
    DNA、遺伝子、ゲノムとは
    DNAとは、細胞内の核の中にある物質。遺伝子とは、DNA上にある遺伝情報で、たんぱく質の設計図を示す暗号である。ゲノムとは、ある生物の持つ全ての遺伝情報(設計図)のセット。遺伝子はプロモーター(転写開始用のスイッチ)とターミネーター(転写を止めるストッパー)で両端を囲まれている。
    遺伝子はDNAからメッセンジャーRNAへとコピーされ(転写)、その情報を基にタンパク質が作られる(翻訳)。
    多くの生物は、細胞の核の中に染色体が2本ペア(相同染色体、父と母から1本ずつもらう)で入っている。2本ペアの同じ位置にある遺伝子はそれぞれ少し異なる性質を持つことがあり、両方存在した時に生物に現れる性質を持つ遺伝子を優性、性質が現れない遺伝子を劣性*と呼ぶ。例えば、花のある色を決める遺伝子がペアで劣性だと、色素合成することができずに、白い花になることがある。
    生物の遺伝子の数は生物種によって異なっていて、トマトでは約35,000個、イネで約32,000個、ヒトで約25,000個と見積もられている。一般的に動物より植物の方が遺伝子の数が多い。
    (*:最近、優性・劣性という表現は誤解をまねくとの理由により、顕性・潜性と表現するように変更することを遺伝学会が提言している)
     
    農作物はナチュラルフードなのか?
    例えば、約3,000年前のトマトの原種は小さく、固く、美味しくなく、中には毒性を持つものもあった。たまたま遺伝子変異を重ねて実が大きいもの、柔らかいもの、より美味しいものができると、人はそれを選んで長い時間をかけて繰り返し交配することにより、その性質を併せ持つ品種を手に入れた。
    イネの野生の原種は脱粒性(種子が穂軸から外れやすい)があり、種子自体も小さかったが、栽培種では種子が外れにくくなって収穫しやすくなった。さらに、大粒で、美味しいコメとなるように品種改良もなされてきた。パンコムギは原種タルホコムギ(染色体14本)とエンマーコムギ(染色体28本)が自然に交配し、ゲノムセット6個分染色体42本になり、それが現在作物として利用されている。
    メンデルの遺伝の法則が解明されたことに始まる遺伝学の発展により、品種改良の手順は効率的になったが、それでも交配を繰り返す手法にはよい品種の選抜を含めて時間と労力がかかる。
     
    品種改良方法の分類
    品種改良の方法には、ある作物が持っていない遺伝子を導入するものと、持っている遺伝子を改変するものと2つに分けることができる。(下表参照)

    表
     
    品種改良の具体例1 交配育種
    交配を繰り返すことで、望む形質の作物を得る方法。例えば、「おいしくて病気に強いトマト」は「おいしいトマト」と「病気に強いトマト」を交配して作る。これは、おいしいトマトのゲノムに、病気に強いトマトの1つの耐病性遺伝子を導入することにより作ることになる。ただし、35,000個のトマトの遺伝子のうちの1つだけを交配でうまく導入するのは難しい。1つだけでなく周辺の遺伝子も同時に導入されてしまうことが多く、交配で作られた多くの個体から狙った性質の個体を選び出すのもとても労力のかかる作業である。
     
    品種改良の具体例2 遺伝子組換え技術を利用した育種
    土壌細菌であるアグロバクテリウムは、植物に感染すると、自らのDNAの一部領域を植物ゲノムの中に取り込ませる。この性質を利用して、目的の遺伝子をアグロバクテリウムのDNAに組み込んだうえで、植物に感染させることによって、遺伝子の導入を行うことができる。最近、アグロバクテリウムDNAの一部領域がサツマイモのDNAに丸ごと含まれていることが発見された。サツマイモが栽培化の過程でアグロバクテリウムに感染し、そのDNAの一部を持ったまま栽培化されたと考えられている。これは自然に遺伝子組換えが起こっていた証拠であるとも言える。
    遺伝子組換え作物の環境(生物多様性)への影響については、カルタヘナ法*で定められている。食品としての安全性は食品安全法、飼料として使う場合は飼料安全法の下で安全性を確認し、それがクリアできたものだけが海外から輸入され、利用されている。日本では、遺伝子組換え技術で作出した青いバラの栽培は行われているものの、遺伝子組換え作物の商業栽培は行われていない。ただし、およそ20年前から日本は遺伝子組換え作物を輸入し、利用している。この20年で、世界の遺伝子組換え作物の作付面積は1億7,520万ヘクタール(2013年)で、それは日本国土の4.5〜5倍に相当する面積にまで広がっている。
    代表的な遺伝子組換え作物の一つがトウモロコシ。トウモロコシの害虫であるアワノメイガの幼虫による食害を防ぐために開発されたもの。殺虫効果のある微生物由来のタンパク質の遺伝子を組み込んで、殺虫剤散布の手間やコストを大幅に軽減し、これまでに虫食いで出荷できなかったトウモロコシが出荷できるようになったため、結果的に収量増の傾向にある。また、食害痕から発生するカビを抑えることから、海外出荷時のカビ発生が低減しているという指摘もある。この殺虫性のタンパク質は哺乳類には無害なので、人間や家畜が食べても毒にはならない。
    ハワイではウイルス病に抵抗性のある遺伝子組換えパパイヤが栽培されている。ハワイの島々で順々にウイルス病が広がり、様々な方法で品種改良しても抵抗性パパイヤを作ることができず、最後に遺伝子組換え技術を使って品種改良を試みたところ、耐性品種ができた。その際、病原性ウイルスのDNAの一部をパパイヤに導入、ワクチンに似た仕組みでウイルス耐性にすることができた。
    青いバラや青いカーネーションは見たことのある人もいると思う。自然には創出できない花色を遺伝子組換えによって作ることができた例である。青いバラは、バラの遺伝子にペチュニアやパンジーの青い色素を合成するタンパク質を作らせることで、青い色が現れるようになっている。
    遺伝子組換え植物の最後の例として、ナタネを紹介する。現在、カナダにおけるナタネ全作付面積の97.5%、収穫量にして233.2万トンが遺伝子組換え品種となっている。日本ではサラダ油(キャノーラ油)の原料として輸入しており、そのうちカナダからは全量の96.8%にあたる。遺伝子組換え原料を使っていても油にはDNAは含まれない。、。そのため、食品表示のルール上では、遺伝子組換え原料を使って製造していても遺伝子組換え食品である旨の表示義務はない。よって、遺伝子組換え作物を自身が利用しているのだと気づいていない人も少なくないようだ。
    以上のように、日本においても遺伝子組換え作物はすでに必要不可欠なものになっている。
     
    品種改良の具体例3 変異育種
    細胞にガンマ線等を照射することによって、DNA内にランダムに変異を起こさせ、その中から狙った部分の改変ができた個体を選抜する。したがって最初から狙った位置に変異を起こせる訳ではない。日本では、茨城県常陸大宮市にガンマーフィールドという世界最大規模の野外照射施設があり、ここ50年間で、黒斑病に強いゴールド20世紀ナシや水色の宿根アサガオ等々、61作物(イネ、コムギ、ナシ、リンゴ、バラ、キクなど)、180以上の品種を作出し、実用化している。
     
    品種改良の具体例4 ゲノム編集技術を利用した育種
    ゲノム編集とは、遺伝子の狙った部位を改変する技術として開発された。とくに2012年発表されたCRISPR/Cas9(クリスパー キャスナイン)という遺伝子を利用する方法がとても優れており、様々な分野の研究の進展を促している。
    どのような方法かというと、狙った遺伝子を見つけて目印をつけるガイドRNAとガイドRNA に結合して近くのDNAを切断するはさみの役割を担うCAS9をセットにして細胞に導入することにより、標的とした遺伝子のみを改変できる方法であるの。本来、生物には切れたDNAを修復する機能があるが、その過程で数塩基の欠失や挿入が起こることが多い(変異)。遺伝子に変異が起こると、それに基づいて作られるタンパク質の形が変わったり、作られなくなったりする。これにより、生物の性質が変わることがある。
    そこで、目的の性質の作物を作りたい場合、どの遺伝子のどの部分に変異を起こさせれば良いのかが分かっていれば、ゲノム編集技術を用いれば狙った遺伝子を的確に指定して改変できる。よって、従来よりも新品種の作出期間を大幅に短縮することができる。
    現在、ゲノム編集技術を利用して、受粉しなくても実のなるトマトやGABAを高濃度に含むトマト、おとなしいマグロ(養殖施設で回遊する際、施設にぶつかると傷つくので、それを防ぐ)、食中毒の原因となるソラニンを作らないジャガイモ、多収性のイネなどの開発が進められている。


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    健康によいキャノーラ油の原料となるセイヨウナタネの開発
    我々はアブラナ科の作物にゲノム編集技術を適用することを試みた。今、取り組んでいるのはアブラナ科のセイヨウナタネの種子に含まれる油の成分を変えること。従来方法を使う場合、変異原処理を行ってよい品種を選抜することに時間と労力がかかる。
    セイヨウナタネの種子から取れる油は、通常オレイン酸を60〜65%含む。セイヨウナタネの種子では、オレイン酸はFAD2という酵素によりリノール酸に変換されてしまう。健康によいと言われているオレイン酸を増やすためには、リノール酸合成酵素の働きを止めればよいことが分かっている。
    そこで、ゲノム編集技術でそのFAD2遺伝子に狙った変異を起こさせた。さらに、できた変異体と野生型を交配し、ゲノム編集に用いた目印とハサミの役割をする遺伝子を取り除いて変異FAD2遺伝子を持つ個体を得ることができた。
    得られたセイヨウナタネの種子から取れた油は、オレイン酸の含有量が有意に増加し、リノール酸はその分減少していた。これらの変異体は約1年半で作出することができたが、従来の変異原処理を利用した育種を行うともっと時間がかかると考えられる。
    海外では、同じアブラナ科のケールに似た品種でゲノム編集に成功したとの報告もあり、現在は自分たちもゲノム編集技術による育種が他のアブラナ科の作物でも可能かどうか、ブロッコリーも材料として研究をすすめている。
     
    まとめ
    ・人は数千年かけて農作物の品種改良をしてきたが、それはゲノムを改変したことに他ならない。
    ・現在は、様々な品種改良方法により、高品質な作物が作出されている。
    ・遺伝子組換えでしか出来ない機能を付加した有用な品種改良もある。
    ・ゲノム編集は短期間で狙った遺伝子の改変を実現できる画期的な技術である。ただし、現在は第一ステップとして遺伝子組換え技術で目印やハサミとなる遺伝子を導入する必要がある。しかし、これらの遺伝子は除去することが可能であり、ゲノム編集をした痕跡が残らないため、その作物はこれまでの交配や突然変異で作られた品種と同じ扱いで良いのではないかとの意見もある。この点について議論がなされているところであり、まだ結論が出ていない。
     

    質疑応答

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

      • 狙った遺伝子が狙い通りに改変できたかどうかを調べる方法は?  → 狙った遺伝子に目印、マーカーを付けておいて、それを調べることで分かる。
      • 植物のゲノム解析方法は?  → 狙った遺伝子の部位を増幅して、それが狙ったように改変されているかは、研究室レベルで確認できる。さらに、目印やハサミとなる遺伝子が除けているかを確認する全ゲノム解析は、それが可能な機器を有する研究施設に依頼して分析してもらう。
      • ゲノム編集技術は、DNAの一部を切るだけ?  → 人口制限酵素でDNAを切って、修復する際に起こる修復ミスにより数塩基の文字の置き換えや欠損、追加などを施すことができる。動物などでは切った部分に他の遺伝子を入れるような技術も可能になっている。
      • ゲノム編集技術で、どこでDNAを切って変異を入れるのか、場所の指定は的確にできるのか?  → 切りたいDNAの近くにある、目印となる塩基配列を指定する。改変したい部分に適した目印を指定することで狙った部分を改良できる。
      • 変異を入れる位置について、その遺伝子の役割は分かっているのか?  → 役割が分かっているからこそ、その遺伝子に変異をいれる。今は様々な生物のゲノムの解読が進み、基礎研究により役割の分かった遺伝子も増えてきており、それらの情報とゲノム編集技術を組み合わせた形で応用が進んでいる。ただし、動物、特にヒトへの応用は、遺伝子病治療などの必要性はあるものの、倫理的に良いか悪いかの線引きが必要であり、その議論は始まったばかり。
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