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ヒトゲノムを使った実験教室「私達のDNA」

 2008年11月29日(土)、東京農工大学遺伝子実験施設にて、標記実験教室を農工大学遺伝子実験施設と共催で、以下のようなプログラムで行いました(協力 東京テクニカルカレッジ、㈱日本製粉、バイオ教育学会)。今年は、ヒトゲノムについて学び考える市民向けの企画として、くらしとバイオプラザ21で作ったオリジナルプログラムの3回目でした。
初めに、東京農工大学遺伝子実験施設 丹生谷博先生より開会の挨拶があり、一日のプログラムの概要が説明されました。この実験教室では、大きくわけてふたつの実験が行われます。ひとつは、自分のALDH2というお酒の代謝に関係する遺伝子の検出で、もうひとつは、口腔粘膜細胞からDNAを取り出して観察することです。

同意書の作成
 ヒトゲノムや個人遺伝情報の意味について学び、自分のゲノムを使って実験するにあたり、事前学習を行い、実験後抽出(使用)したDNAは、塩酸で分解して個人遺伝情報を保護することへの同意書を作成しました。個人遺伝情報は従来の個人情報に比べて、本人以外の家族や子孫の将来の健康に関わる情報が含まれるという特徴があります。このために、保険加入、就職において差別が生じないようにする必要があり、まず、ヒトゲノムについて知ることが大切です。

実験室風景 TA(teaching assistant) の須田さん
TAの瀧屋さん TAの藤沼さん

実験I 口腔粘膜細胞採取とDNAの観察
大藤道衛先生の指導とTA(ティーチングアシスタント)の補助を受けて、食塩水を口に入れ口をモギモグさせて口腔粘膜細胞を採取しました。
食塩水中の細胞を集めて、破壊し、エタノールで沈殿させてDNAを観察しました。

実験II ALDH2遺伝子の検出
口腔粘膜細胞のDNAを取り出し、PCR(ポリメラーゼチェインリアクション)により、調べたいDNA断片を増やした後、電気泳動しました。


操作を説明する 微量の試薬を扱う

講義タイトル「生まれと育ち〜ゲノムそれとも環境?」
1.ゲノムDNAの働きと環境
 私たちは両親からゲノム(遺伝子と染色体ということばをあわせた造語)を1セットずつもらって生まれてきました。ゲノムは物質としてはDNAであるため、ゲノムDNAと呼ばれます。
ゲノムDNAには、タンパク質を合成する情報がコードされている遺伝子ばかりでなく遺伝子の読み取り(遺伝子発現)を調節する領域があります。これらの情報は、DNAの4種類の塩基(A,G,C,T)配列で表されます。
(遺伝子はゲノムの中のタンパク質を合成する情報のコードされている部分のことですが、ゲノムの中には遺伝子の発現の調節に関わる情報をコードしている分部分もあります。)
体細胞が分裂するときには、DNAとヒストンタンパクがコンパクトにまとまり、染色体となってそれぞれの細胞にひとつずつ受け継がれます。
しかし、生物の姿形、性質はすべて生まれ持った遺伝子の働きで決まるのではなく、生まれた後の環境の影響も受けます。
多くの病気は、生まれ持った遺伝子の働きと環境要因が影響して起こります。
ネクタイを1対の染色体に見立てて タコ糸は二本がよれているので、DNAのモデルとして使います

2.ゲノムと体質
今日の実験で検出したALDH2という酵素の遺伝子はお酒のアルコール代謝に関係がある遺伝子です。この遺伝子の塩基配列のひとつが異なっていると、アルコールが代謝されてできたアルデヒドがたまってしまい、気分が悪くなったりします。このようにゲノムDNAの塩基配列の違いは体質などに影響を与えます。
DNAの研究から人類の祖先はアフリカで生まれ、数万年(現人類の誕生が10-20万年前と言われています。)もかけてユーラシア大陸を横断し、アジアと南北アメリカに分かれていったことがわかってきました。アジアの人にALDH2がAA型(アルデヒドがたまりやすいタイプ)の人が多いのは、ある時代にAA型であることで何か生存に有利なことが起こり、AA型を持つ人がアジアに残ったためかもしれません。
一つの塩基配列の違いが病気や体質に関係している例として鎌形赤血球症があります。アフリカに住む人に多い鎌形赤血球は、貧血を起こすが、赤血球の寿命が短いために、赤血球に住み着いたマラリアの原虫は増えることができず、増えるまえに寿命を向かえ、マラリア発症を阻害します。一方、鎌形赤血球をもつ人々の分布はマラリアの発生地域と重なっています。このことから、鎌形赤血球がマラリアから人々を守る役目を果たしてきたことが推測できます。

3.ゲノムDNAの修飾“メチル化”
おなじ遺伝子を持っていても、体質などが生後異なってくるときには、遺伝子の読み取りを調節する領域(プロモーター)のメチル化という修飾に変化が起こることがわかってきました。
例えば、女王蜂と働き蜂(メス)の遺伝子配列は同じですが、ロイヤルゼリーを餌とした蜂はゲノムDNAのメチル化に変化が起こり女王蜂になることが最近の研究でわかってきました。ロイヤルゼリーでメチル化酵素が阻害され、結果として脱メチル化により遺伝子発現の変化がおこるのです。(Science 2008)
また、一卵性双生児は、生まれたときのゲノムDNAの塩基配列はまったく同じだが、成長するにつれて、環境要因により二人の間でメチル化の状態が異なり、両者の違いが表れることを示唆する研究もあります。つまり、一卵性双生児も持っている遺伝子配列は生まれたときは同じですが、大きくなるにつれて、異なったメチル化を起こすために、二人には環境によりそれぞれの変化が生じるようになります。

ラボツアー
丹生谷博先生のご案内により遺伝子実験施設を見学しました。


塩基配列はこの装置で読みます 同施設内で最も効果な機器である電子顕微鏡
温室の植物 バイオカフェ風景写真

バイオカフェ
  • は参加者、→はスピーカーの発言

  • 1日の長い実験を終えて、参加者全員で話し合いをしました。参加者のほとんどが今日の講座は「面白かった」というご意見でした。参加者のご意見は次のとおりです。
    • アルコール分解の遺伝子については疑問が解けた。個人識別はどうやって行うのか→塩基の繰り返しの部分を調べる方法がある。また、ミトコンドリアの配列は母親から受け継いでいるので親子関係を調べるのに使うことができる(大藤)。
    • 「自分自身のDNA」分析は初めて。大藤先生が作ってくださったテキストは非常に充実している。
    • イマジネーションを引き出すよい実験だったと思う。
    • 自分は科学の分野は苦手であったが、友人に紹介されて今回参加した。興味を持つことが大事。今日は自分でやってみて面白かった。難しいことをたくさん言われるかと思っていたが、テキストもあり、分かりやすかった。
    • 今日のような実験を子供の頃に受けていれば「理科大好き人間」が増えると思う。
    • 抽出したDNAを見てもいま一つピンとこなかった→もう少し精製して電気泳動にかければバンドがもう少しはっきりする(大藤)。
    • 「東洋医学」「西洋医学」といろいろあると思うが、先端のバイオでは、このような操作が行われているのだと思った。
    • 準備を十分にやっていただいていたので楽しく実験でき、わからなかった部分もわかってきた。
    • 文系の人間からすると以前は「言葉(用語)」の意味、読み方もわからなかったし、「遺伝子」「DNA」という言葉も異なる文脈で使ってきていたのがわかった。
    • 自分は2卵生の双生児であり、遺伝子は別だという説明を受けたが、私自身も双子を産む遺伝子を持っているのでしょうか?→それはありません。
    • 「左利き、右利き」「絶対音感」は遺伝的要因ですか?→関係はないとされているが現在研究もされているようだ。
    • 実験教材に仕事で関係しているが、今日のような実験を学校がする時にどのような事を注意してやるべきだと思うか教えてください。
    • 実験は誰でもできると思うが、誰が解説するかによって成果が全然違ってくると思う。今日のような専門家がやってくれるとだいぶ違う。
    • 今日の実験は経費がだいぶかかっていると思います。その割に参加費が非常に安いと思う。
    • 今日の講座でしたことは遺伝子検査ではなく、あくまでも「実験」。検査の時は普通2サンプルを使って行い、全く同じ結果が出た時にOKとする。異なる結果が出た場合には再検査する。したがって、今日の電気泳動の結果をそのまま受け入れられるものではない(大藤)

    ゲルを読む 全員集合!

    大藤先生が実験終了後、右利き、左利き、絶対音感について調べてくださいました。
    「気になりましたので、終了後、PubMedで調べたところ「左利き、右利き」については、Oxford大学のグループが2007年に関連する遺伝子(LRRTM1)を同定していることが分かりました(Mol Psychiatry. 12:1129-39, (2007))。
    ニュース:http://news.nationalgeographic.com/news/2007/08/070801-left-gene.html
    絶対音感(perfect pitch)については、遺伝的要因ではなく幼児期の訓練との説が有力ですが、遺伝的要因説の論文もあります」