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バイオカフェレポート「遺伝子診断で分かるガンの種類」

2009年1月16日(金)、茅場町サン茶房にてバイオカフェを開きました。お話は東京慈恵会医科大学病院 武山浩先生による「遺伝子診断で分かるガンの種類」でした。 初めに岡さおりさんによるバイオリンの演奏がありました。「愛の挨拶」「トロイメライ」など親しみ深いメロディに参加者は聞き入りました。

バイオリンの演奏 武山浩先生によるお話

お話の主な内容

はじめに
私は、乳腺内分泌と甲状腺にかかわる悪性のガンを専門に扱っています。
甲状腺ガンは5種類あり、採取した組織を顕微鏡で見て判断する。

  • 乳頭ガン 甲状腺ガンの中で最も多い。病理組織でみると濾胞細胞が柱状に増殖し、鍾乳洞などで見かける鍾乳石が上にのびた状態(乳頭状)になる
  • 濾胞ガン
  • 未分化ガン
  • 髄様ガン 甲状腺ガンの2-5%。髄様とはびっしり詰まってしまった様子をさし、病理組織の写真でみると、細胞が詰まっているように見える。
  • 悪性リンパ腫

甲状腺は甲状腺ホルモンを分泌しているところで、甲状腺ホルモンが多く分泌されると寒い所にもいられるようになる。甲状腺ホルモンは甲状腺の濾胞細胞から分泌される。
濾胞細胞の異常で起こるのが、濾胞ガンと乳頭ガン
傍濾胞細胞(C細胞)の異常で起こるのが髄様ガン
C細胞には、カルシトニンという血中のカルシウムをさげる物質を分泌する。機能があるカルシトニンが不足しカルシウムが増えると、筋肉にカルシウムが過剰に入り込んで過収縮(震え)が起こり、時には心臓も止まることもある。髄様ガンになると増殖したC細胞よりカルシトニンが多量に分泌されます。しかしながらこのカルシトニンは物質構造が一部変化しているため、ほとんど血中カルシウムの調節には影響はありません。

髄様ガンとは
髄様ガンには、遺伝性と非遺伝性がある。非遺伝性は片側(片葉)に、遺伝性の場合は両側(両葉)にでき多発する。臨床の特徴は、1)血中のカルシトニンが高値となる症例が100%近くある。2)頚部にしこりがある、3)CEAという腫瘍マーカーが. 髄様ガンの7割で高値となる。非遺伝性の髄様ガンの方が圧倒的に多く、遺伝性は2割。非遺伝性の理由はわからない。
遺伝性の髄様ガンとは、常染色体の優性遺伝によって起こる。家族に2人以上甲状腺ガンの人がいるときには遺伝性を疑ったほうがいい。
遺伝性髄様ガンは多発し、いくつも腫瘍ができる。血中にホルモンを分泌する甲状腺、副腎などを内分泌臓器というが、髄様ガンは、多発内分泌症(Multiple Endocrine Neoplasia:MEN)のひとつ。
(1)タイプ1の髄様ガン
さまざまなタイプのホルモンが下垂体、副甲状腺、膵臓(Langerhans島)から分泌されている。これらの臓器に腫瘍や過形成(細胞が増える過ぎること)が起こる。例えば、副甲状腺ホルモンが出すぎると、骨粗ソウ症かと思っていたら、タイプ1の甲状腺ガンで骨がぼろぼろになってしまったり、尿中のカルシウムがふえて結石ができて治りにくく、痛みを伴う(尿結石)ことがある。
インシュリン(すい臓でできる、血糖を下げる働き)が出すぎてしまい、低血糖の発作をよく起こす。
(2)タイプ2Aの髄様ガン
甲状腺、副甲状腺、副腎に腫瘍や過形成ができ、アドレナリンとナルアドレナリンが出て慢性的な高血圧になる。
(3)タイプ2Bの髄様ガン
甲状腺、副腎、粘膜神経に腫瘍ができる。手足が長くて背が高くなり、皮下に腫瘍ができる。リンカーン大統領はこの病気だったといわれている。
タイプ1とタイプ2は遺伝子が原因で起きる。タイプ1は、第11染色体のMEN1という遺伝子の点突然変異(一部分の塩基の並びが変わり、できるタンパク質が違ってしまう)による。タイプ2は第10染色体のRETという遺伝子の変異によって起こる。タイプ2のような遺伝子の変異があると、発症の時期はいろいろだが、髄様ガンは100%発症する。タイプ1の場合は、副甲状腺に腫瘍(ほとんど良性です)ができるのは50%。

ガンはなぜできるのか
ガンは細胞が新しく生まれ変わっていく。年齢を重ねるたびに細胞周期(セルサイクル)をくりかえすうちに、間違いが起こるが、それを生体が殺してくれなくて、年を取ると異常な細胞になる
ガンは40代以降におこるが遺伝性ガンは20-30代から発症する
遺伝性のガンは変異を持つ細胞が多くあるために多発することになり、甲状腺、リンパ腺の両側を切除しなくてはならない。切除すれば起こらないし、一方が発症すると両方とらないといけなくなる。

甲状腺の予防的切除
家系的に2人以上、甲状腺ガンの人がいたら、細胞に変異があると考えられる。カルシトニン分泌を促進してみると(カルシトニン誘発試験)、値が大きくあがり、変異があることがわかる。こういうときには、100%発症し、治癒率も50-60%と低いので、両側の甲状腺をガンになる前にとる(予防的切除)を行う。
ガンは、ガン発生を抑制する遺伝子がおかしくなってもおきる。
欧州は甲状腺ガン、副甲状腺、副腎にガンができるタイプ2が多い。
1998年より英国、カナダの報告が小児外科の雑誌に掲載されていて、MENタイプ2Aでは、ガンになる前(5歳までに)甲状腺を全摘出するといいと報告されている。
タイプ2Bの場合には、進行性があるために生後6ヶ月以降の早い時期に切除したほうがいいという研究報告もある。

日本でもMEN研究会が2008年に立ち上がり、私もメンバーになり、研究している。

乳ガンはなぜ起こるのか
日本の女性の罹患率(かかる率)が胃ガンをぬいて一番になってしまい、増加中で欧米を追いかけている状況。欧米では、減り始めているのに、日本では死亡率があがってきた(以前は乳ガンになってもそれで死ぬことは余りなかった)
ガンは遺伝子がおかしくなって起こるわけだが、環境要因もあり、欧米型の食事のせいだろうといわれている。根拠は、ハワイに沖縄から移住した人と、沖縄でそのまま暮らした人を比べると、ハワイ移住者に乳ガンが多く、欧米型の食事のせいだという疫学的なデータがある。
乳ガンは、BRCA1、BRCA2という第17番染色体にある大きな遺伝子(ガン抑制遺伝子)に変異が起こると発症する。
BRACA1とBRACA2は常染色体優性遺伝なので、家系内に2人以上の乳ガンがいるときには、変異を疑ってみる。普通のガンは45-55歳に起こることが多いが、家族性は50歳以下で、両側に出る。卵巣ガンの発症リスクも高くなる。
髄様ガンと違うのは乳ガンの発症率は80%でやや低いこと。
BRCA1、BRCA2に変異がある場合は、50歳までに予防的切除も考えられる。変異がある人は60歳までに7割が発症している。
米国のモルモン教の家系で乳ガンが多発する家系があり、BRCA1,BRCA2の変異が見つかった。発症には人種による差があり、アシュケナージと呼ばれるユダヤ系、オランダ系の人にやや多く、変異が認められる。日本は遺伝性乳ガンは1%に満たないといわれていたが、平均よりやや多いと言われ始めている。
乳ガンを疑って来院した人に、家族に2人以上乳ガンがいるか聞くと、濃厚家系だったりする。50代で片側を手術した人に、発症してない反対側も術後1年半で切除した例がある。今は、半年に1度にマンモグラフィ、エコーを受ける人が多いが、米国では切除してしまう人が多い。

乳ガンになっていない人への対処
  • フォローアップ検査をする
  • 予防的に乳腺や卵巣を切除する(切除することで9割以上発症を予防できる。卵巣もとったほうがいいという研究報告もある)、
  • 卵巣から出るホルモンが乳腺に働きかけて乳汁がでやすくなる。エストロゲン、プロエスタに感受性があるガンでは、女性ホルモンをブロックして乳腺に届かないようにして遺伝性乳ガンを予防する。
  • 手術治療 乳ガンになっていないが、遺伝子に変異がある人(483人)のうち乳腺を全摘した105人の中で乳ガンになったのは2人。とらなかった378人のうち、184人が乳ガンを発症。遺伝子の変異がある人においては、乳房切除は乳ガンの予防として有効であるといえる。
  • ホルモン治療 タモキシフェンはイギリスでできた薬。BRCA2変異がある女性の乳ガンの発症を62%低下させ、BRCA1とBRCA2両方の遺伝子変異がある人では50%の発症を低下させたとの報告がある。ホルモンを作らせないようにする薬もある。

ホルモン治療は限定的なので、予防的切除がいいだろうといわれている。
実際に、全く乳ガンが発症していないひとで両側乳房切除、卵巣切除は現実には難しい。
75歳まで生きて10人中8人がガンを発症するが、発症していない人では99%が切除を拒否する。



会場風景1 会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 前立腺ガンの遺伝性はどうですか→前立腺も男性ホルモンの標的器官なので、男性ホルモンを少なくするという治療法があり、効果がある。下垂体から出る精巣に働きかけるLH-RHというホルモンを少なくする。前立腺ガンは骨転移しやすい。前立腺ガンはおとなしいガンで、他の病気でなくなった方を解剖するとうち1割が前立腺ガンだったりする。
    • 術後の予防にホルモンを使うか。女性ホルモンのブロッカーをのむと副作用はあるのか→ホルモンで子宮頸ガンでなく赤ちゃんが着床する場所(子宮体)のガンが、できやすくなる。100人に1人くらい。
    • 遺伝子に変異がある人の100%が発症するといっても20〜30代の発症時期の幅があるが、時期と環境要因の研究は→乳性脂肪(主に生クリーム、牛乳は大丈夫)、たばこ、肥満(カロリーとりすぎ)が多変量分析から要因としてあがっている。
    • ガン抑制遺伝子がおかしくなるとはどういうこと→遺伝子は1対あるので、一方がおかしくなっても、もう一方がおさえている。両方、おかしくなると抑制がきかなくなる。
    • 乳ガンの変異が遺伝子で見つかった時の切除手術に保険は使えるのか→原則的には通常はつかえない。
    • 甲状腺ガンは100%発症することがわかっていても、予防的切除には保険が使えないのか→使えない
    • 常染色体がふたつともこわれると発症するのか→家族性の場合は、一方の染色体がはじめからこわれていて、残りの染色体に変異が起こると発症する
    • 成長期に甲状腺を切除すると身長などで成長に障害はないのか→ホルモン、ビタミンD、カルシウムをずっと投与して補う。身長は成長ホルモンなので、背が伸びないことはないが、寒くて仕方なかったり、うつ病のような症状が出たりする。
    • 甲状腺ガンにおいて遺伝子治療の可能性はないのか
    • 先天的にある酵素ができないような遺伝子の欠陥に対してはそういう治療の可能性があるが、発症してしまった後では有効でないようだ。
    • 日本では→ガンは細胞周期の中で、年をとると起こりやすくなる。
    • ガンと仲良くしてQOLを高めることはできないか→免疫療法だとT細胞を使ってガン細胞を殺す。放射線、抗ガン剤などもある。ガンが厄介なのは転移することで、うまくつきあうというのは難しい。乳ガンで片側を手術した場合でも放射線、抗ガン剤、ホルモンの治療は行う。それでも再発したときには免疫療法も選択肢の一つとなる。
    • ガンは加齢とともに増える病気なので、どこまで治療してもきりがない気がする。どこまで治療するのがいいのだろうか。
    • 遺伝子診断のマーカーを標的にした抗体医薬に期待できないだろうか→乳ガンの2割にはハーセプチンという抗体医薬が効く。これは乳ガンになると過剰発現する受容体を持っている人の場合、その受容体をブロックするモノクロナール抗体をくっつける方法で、効く人には画期的に効果がある。EGFR(epidermal growth factor receptor ) という大腸ガンなどに過剰発現している増殖因子なども知られている。製薬会社は抗体医薬の候補をいくつも持っている。抗ガン剤はDNAやRNAの増殖を抑えるので健康な細胞にもダメージが出るが(副作用)、抗体医薬は増殖因子を抑えるので、有効な治療ができ副作用が少ない利点がある。
    • 抗体医薬を使っていると、耐性ができて効かなくなったりするのか→現在は抗体医薬があってもどのくらい効くのかを検討している段階で、耐性が生じて2番手の薬を作るという段階ではない
    • ガンになるのは人間の宿命だという気がする。生活習慣でガンの発生を遅らせるために武山先生がなさっていることは→それが分かれば教えます。タバコに発ガン性があること、強いお酒が食道ガンに影響することはわかっている。
    • ガンには前向きな考え方がいいと聞いているが→サイトカイニンが出るとよいことがわかっていて、笑う療法がある。
    • ガンの告知は武山先生がなさるのですか→人間対人間だから、自分で説明する。自分もいつガンになって説明を受けるようになるかわらかないという気持ちを持っています。
    • ガンの家系と関係した結婚の相談を受けることはあるか→そのときには事実を述べる。そういう方は何度も相談にこられるが、感情的にならずに丁寧に説明する。
    • 遺伝子検査はどういうタイミングで行うのか→遺伝検査は10割自費負担だから8-10万円くらいかかる。費用面も含めてよく説明してからでないと検査はできない。タイミングとしては、家族の中でガンが多発しているときに、遺伝子の検査があることを説明する。
    • 高速で分析できるシーケンサーができると検査は安くなるのか→企業の経営方針によると思う
    • 人間ドックにも遺伝子検査は加わるようになるのだろうか→多分そうなるだろう。DNAチップを使うなどして、腫瘍マーカー(ガン細胞特有の分泌物がないかを調べる)、住商は血液だけを送って調べてもらうマーカーの通信販売をしている。
    • アルツハイマーの遺伝子診断もできるようになるのか→アルツハイマーを起こす遺伝子も特定されつつある
    • 欧米の方が日本より予防的切除が多いのはなぜか→国民性の違いではないか。例えば、日本で進まない薬の治験も米国では盛んに行われており、データも正確。