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北陸研究センターにおいて教員研修会が開かれました

 2009年6月23日(火)、(独)農業・食品産業技術総合研究機構中央農業総合研究センター北陸研究センターにおいて、新潟県高等学校教育研究会理解部会化学教育研究会が開かれました。昨年の下村先生のノーベル賞受賞で話題になった緑色蛍光タンパク質(GFP)を使った研究に興味を持った化学の先生方15名が参加しました。同日の午前中、高田高等学校2年生の公開授業、化学の課題について指導法検討会が行われた後、同センターで講義と実習が行われました。

研修会会場1 研修会会場2

講義「北陸研究センターでの遺伝子組換え技術開発研究」
          稲遺伝子技術研究北陸サブチーム 矢頭 治先生

イネの育種
北陸研究センターでは水田作を中心とした研究を行っていて機械部門や栽培部門もあるが、育種部門(品種改良)もあり、私達はその中でバイオテクノロジーを利用する育種を担当している。
イネが食用のために初めて栽培されたのは約7000年前の東南アジアと考えられていて、それまでイネは水辺や湿地に野生していた。イネは、人が介入して遺伝的に変化して作物になり、人手で世話されて育っている。私達が水田でみるイネは野生植物ではない。イネの人工的交配は約100年の歴史がある。それまでは自然突然変異や自然交配でみつかった優良なイネを人が選んできた。
品種を交配すると子孫では両親の遺伝子の組み合わせが変わり、両親に似てはいるが同じではない子孫ができる。新潟県のコシヒカリBLは、いもち病抵抗性品種にコシヒカリを何度も交配して、コシヒカリにほとんど近いけれど、いもち病抵抗性遺伝子だけは持っているように育成した。
現在ではイネの細胞に人為的に遺伝子を導入でき、これから植物を作って新しい品種にすることができる。これが現在のバイオテクノロジー。

DNAとその働き
イネの染色体は24本12対だが、顕微鏡で見えるようになったのは20年ほど前からで研究の歴史は浅い。染色体の中に遺伝情報が書かれたDNA分子がしまいこまれている。DNA分子は4種類の塩基が並んだ長い鎖で、文字で書かれた文章に文法と意味があるように、4種の塩基の並び方の法則によって遺伝子の情報が書かれている。遺伝子本体の情報の直前部分はプロモーターと呼ばれていて、ここに遺伝子が働くときのスイッチの情報が書かれている。
放射線を利用して作成した突然変異品種「LGC1」は米粒の中のグルテリンというたんぱく質が減り、消化されないプロラミンというたんぱく質が増えている。この遺伝子を調べたところ、グルテリンの合成に関係する1つの遺伝子が欠けて失われていたことがわかった。

遺伝子組換え技術とは
突然変異では働く遺伝子を減らす場合が多いが、遺伝子組換え技術では働く遺伝子を増やす。微生物の酵素(DNA配列の特定の位置を切る酵素が100種類以上見つかっている)を使ってDNAを切り、別の酵素(リガーゼ)を使ってDNAをつないで計画した遺伝子を作り、微生物(アグロバクテリウム法)、空気銃(パーティクルボンバードメント法)、電気ショック(エレクトロポーレーション法)などを使って植物に入れる。
アグロバクテリウム法は植物に寄生する微生物の働きを利用したもので、現在、最も広く使われている。タバコ、トマト、ナスではこの技術は初期からうまく働いたが、イネで自由に使えるようになってまだ10年ほど。イネの遺伝子は全部で3万ほどあるが、現在、1度に導入できる遺伝子は1〜4がやっと。このため導入する遺伝子に工夫が必要。

遺伝子組換え作物の作出と評価試験
世界の遺伝子組換え作物の栽培は1996年に始まり、2008年には1億2千万ヘクタールまで増加した。近年は発展途上国での栽培が増加している。もともとの組換え品種を利用して、新たな交配などで世界各地に適応した品種が次々と作られている。
遺伝子組換え作物は、基礎研究→実験室内研究→隔離温室→隔離ほ場栽培実験→一般試験ほ場栽培実験→一般ほ場栽培実験の順に開発が進められ、食用作物の場合は更に食品安全性審査を行う。
遺伝子組換えはこれまでの育種よりも短期間でできるとも言われるが、すぐれた品種にまで仕上げて商品化するまでには10年はかかると考えている。組換え操作と隔離温室での評価・選抜で4〜5年、隔離ほ場と一般試験ほ場で3〜4年、一般ほ場栽培実験を合計すると10年はかかる。組換えで改良した特性だけでなく、あらゆる点で優れて、また欠点の無いイネでないと品種として商品化できない。栽培対象地域での評価試験に年数がかかる。ただし、遺伝子組換え技術を使うと、的確な目的をもってイネを作り出せるので、大規模な評価試験も的を絞って行なうことができると考えられる。
ほ場栽培試験で農家,流通業者、消費者から商品としての評価を得て品種登録をすることになる。バイオテクノロジー技術がどんなに進んで実験室でいろいろな試験ができても、ほ場栽培による実験と評価は非常に重要。
現在、国内では組換え品種の栽培は行われていないが,約60品種で一般栽培の許可がとられている。栽培の計画がなくても加工などの目的で輸入される品種も一般栽培の許可がとられている。
農林水産省は組換え品種育成の行程表が作っていて、バイオマスエネルギー、環境耐性(耐冷・高温耐性など)、機能性食品(健康食品、花粉症緩和米)、環境浄化(汚染土壌に植物を植えて浄化する)など、幅広い特性の遺伝子組換え作物の開発をしている。

耐病性・耐虫性の必要性
いまどき耐病性や耐虫性を問題にしなくても水田をみれば病気は無いし害虫もいないという声もあるが、実際は費用と手間をかけて病気や害虫を抑制している。1種類の植物を大規模に栽培すれば、いずれは寄生する微生物や昆虫が発生するのが自然。何年かに一度は大きな被害が発生する可能性がある。1993年には異常気象で国内の米の生産量が約25%減少した。約75%の生産量は確保されていたにもかかわらず米の流通はパニックになった。食料の安定供給は,生産量を上げたり、おいしい作物を作ったりすることと同じように重要。
病虫害の耐性は既存の品種も持っている。しかし組換え技術によって、一つの遺伝子で複数の病気へ耐病性を持たせたり、既存品種に見られないほどの強い耐病性・耐虫性を持ったイネを作りたい。ここに遺伝子組換え技術のメリットがあると考えている。

北陸研究センターの研究成果
北陸研究センターでは、1998年からいろいろな遺伝子を利用して耐病性イネ開発の研究を行ってきた。導入する遺伝子には作物の遺伝子を利用し、遺伝子が働くスイッチになるいプロモーターにはイネの葉で働き食用部分で働かないイネのプロモーターを使った。組換え細胞の選別のためにも、通常使われる抗生物質耐性遺伝子ではなく、イネの薬剤耐性遺伝子を使った。カラシナのディフェンシン遺伝子を使ったイネは隔離圃場栽培実験も行なった。
今後、新しい遺伝子の開発だけでなく、様々なプロモーターを開発したい。植物が病気にかかったときにスイッチの入るプロモーターを感染誘導性プロモーターという。このようなプロモーターの利用はイネの自然な耐病性反応を活用することになる。

質疑応答

  • 海外の種子メーカーはライセンス料で利益をあげていくのか→企業が付加価値のついた商品を販売しビジネスを成立させるのは当然の企業活動。種子の場合は、種子メーカーと種子利用者(農家)と消費者の共存共栄でビジネスモデルが実現する。私達公共研究機関は農家・消費者が特許の利益を利用できるために特許を取得する(防衛的特許)。
  • 温暖化で「米どころ」が新潟から北海道に移るのか→新潟が稲作に適しているのは温度だけではない。しかし北海道や西南暖地などで研究開発が進み各地の米の品質がよくなり、新潟の米の強敵になってきている。新潟はコシヒカリブランドが強い。これからは新潟のコシヒカリをさらに改良するか、コシヒカリより良い米を作るかしてコシヒカリブランドを越えなければならない。イネを使っての米粉、バイオエタノール、家畜飼料などの開発で、休耕田から利益を生む方策も必要。
  • 米の染色体が近年みえるようになったのはなぜ→イネのDNA量は他の作物より少ない。染色体も小さく、染色しにくい。進歩した職人的技術のおかげでイネの染色体も見られるようになった。しかしこの技術を持った人は少ない。学校で見るのは難しいだろう。

実験

イネの葉からのDNA抽出
コーヒーミルにイネの葉とドライアイスを入れて粉砕し、界面活性剤を加えて細胞を壊す。クロロホルムを加えて細胞のタンパク質と脂質などを除去。水溶液部分に溶けだしたDNAとRNA(実はRNAの方が量が多い)がエタノールを入れると析出してくる。DNA分子は長いので棒で巻き取ることができる。同様にして他の植物でもDNAが取れる。実験をした先生から「DNAを初めて手で触れて感動した」という声がありました。


エタノールをゆっくり注ぎ入れる DNAは棒に巻きとることもできる

緑色蛍光タンパク質の観察 イネがいもち病にかかると、イネの耐病性反応を誘導するPBZ1という遺伝子が動き始める。この遺伝子のプロモーター(スイッチ部分)を切り出してGFP(オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質)遺伝子につないでイネに入れた。PBZ1遺伝子プロモーターの機能でGFP遺伝子が働くようになっている。このイネの葉にいもち病菌を接種して蛍光顕微鏡で観察した。そうすると、いもち病菌が侵入してできた病斑の周りでGFPが光っているのが見えた。これを見ると、病斑の周りの細胞でPBZ1遺伝子のプロモーターのスイッチが入ったことがわかる。


イモチ病に感染させたイネ 同じ葉に紫外線を当てると、GFPの光る斑点が見える
(森野和子氏撮影)
いもち病でところどころが枯れたイネの葉
(森野和子氏撮影)



イネの展示ほ場

同センターでは気候的に日本中のイネを栽培できるため、多種類のイネを栽培しており見学できるようになっています。9月初めの研究センター公開日には、毎年、小学5年生が総合学習で見学にやってくるそうです。2日間で1000人もの見学者が訪れ、稲にもたくさんの品種があって、葉の形、草丈、葉の色、穂の形など、稲のすがたが品種ごとに様々なので驚いて帰っていきます。アジアの稲作で緑の革命の引き金になったIR8という品種やアフリカに緑の革命をもたらそうと先進国が開発したネリカという品種も植えられていました。「緑の革命は品種だけでなく、ほ場管理、機械、農薬、経営などの農業の総合技術です。技術全体が揃ったときに食料生産の革命がおきます」と矢頭先生は言われました。

160種以上のイネが展示栽培されている。
そのうち27種はこのセンターで生まれた
今は見分けがつかないイネも収穫の
頃には草丈、色など様々な姿になる
ほ場の説明をされる矢頭先生



事前に寄せられた質問より

参加希望の先生方から寄せられた質問とその回答の主なものは次のとおりです。

  • 細胞融合を用いる研究の状況は→2種の植物の遺伝子が全部混ざってしまうので変化が大きすぎて育種ではほとんど使われていない。遺伝子組換え技術の方が目的の操作を正確に行える。
  • 新潟県で行われているイネ以外の遺伝子組換え作物の研究は→生物系・農学系のほとんどの大学でこの技術を用いた研究をしている。新潟県は花の品種を開発中。
  • 遺伝子組換え食品の安全性評価の基準と方法について知りたい→食品となる従来の品種にもさまざま変異があるので、組換え品種も従来の品種の安全性の範囲に入るかどうかということを基本として審査されている。
  • 現在のイネの品種改良の第一の目的は何か。→すでに優れた品種が開発されているので、新しい品種はこれらの水準をクリヤーした上で、更なる付加価値が求められている。食味はコシヒカリ以外の新しい食味もある。高温耐性・耐冷性など環境耐性は従来以上に求められ、直播適性・耐病虫性など低コスト栽培適性も必要。新しい加工食品適性も開発中。バイオエタノール用や飼料用品種も開発中。
  • イネゲノムが解析されどこをどうすればどんな性質のイネが作れるかわかっているのか→イネの持つ3万の遺伝子の働きはほとんどわかっていない。遺伝子間の相互作用もある。遺伝子機能の詳細な解析には遺伝子ごとにを一つ一つ確認していく。
  • 植物でも遺伝的な調節因子の働きは濃度の影響で決まったりするのか→必ずしも動物の胚発生のような機構ばかりではない。遺伝的な調節因子の有無で決まる例も多い。
  • 植物には免疫機構があるのか→動物のような免疫機構はない。最近は「植物の免疫反応」という用語が使われることもあるが、これは植物の全般的な耐病性反応のことで動物の免疫とは異なる。


北陸研究センター(http://narc.naro.affrc.go.jp/inada/)では2009年9月4〜5日に研究所公開を行います。見学の申込も受け付けています。