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リスクコミュニケーションセミナー「食・安全・危機管理」レポート

2009年6月15日(月)、毎日新聞ホールにて表記セミナーが開かれました。

基調講演「BSE問題から学んだこと」
          ㈱吉野家ホールディングス 代表取締役社長 安部修仁さん

はじめに
BSE発生の一連のできごとから、私は、魔女狩りになると当事者は抵抗できないもので、疑いをかけられた人は周囲が守らなければならないと考えるようになった。世論を正しく導くのは、国民のマジョリティを知り、風上にいるメディアしかない。今日は私達が遭遇した3つの事例をもとにお話したい。

I.3つの事例
フードサービス協会(JF)でもBSE問題は扱っていたが、当初、情報蓄積も少なく、不適切な報道に対して「攻撃に対する攻撃はしないこと」を原則として対応した。国産牛と米国産牛のと畜処理を比較対照として説明に使いたかったが、結果として国産牛への不安を生む可能性があるので行わなかった。王道をつらぬき、かけられた誤解にひとつずつ対応し、説明に徹する。
しかし、初動対応のまずさから今も、全頭検査が安全対策だという盲信が続いている。

第一の事例:米国でBSE発生、牛丼販売中止
2002年12月米国ワシントン州でBSE感染牛が見つかり、米国産牛肉の輸入禁止が決まった。年末・年始に一部の店舗で休業したり、2003年1月からは豚肉や鮭をつかったメニューの販売を開始した。2月からは米国産牛肉の在庫がなくなり、牛丼の販売を中止。2月11日には最後の牛丼に多くのお客さんが集まった。

第二の事例:牛の脊柱が混入
2006年、20ヶ月齢以下の牛の輸入が解禁になった。サンプルで輸入したビール(12ヶ月以下の子牛)に脊柱が入っていて再び半年輸入停止になった。米国では、12ヶ月以下の牛(ビール)と12ヶ月以上の大人の牛(ビーフ)は流通・工場も別。ビールを扱う会社はBSEには無関係・無頓着。このビールを扱う会社のコンプライアンス違反だが、安全が脅かされたと報道された。
脊髄は粘着性で解体のときに、飛び散ったりするものではない。洗浄の水が散っていたのに、脊髄が飛び散って肉に付着したと書いた記事もあった。日本では1施設で処理するのは1日せいぜい10体、ホースで手洗いする。米国は処理頭数が多く、洗車機のような構造の中を通過させながら高圧の水とお湯で洗浄する。10体を丁寧に洗う日本は安全で、米国は多くを処理するので安全でないと主張したところもあった。

第三の事例:吉野家工場で20ヶ月未満のビーフで骨が見つかった
2008年、吉野家工場でビーフの骨が見つかった。箱には決まった数の肉の固まりを入れてFDAのシールをして冷凍したまま、専用のコンテナで海を渡り、通関後、吉野家の工場に運び込まれる。骨のそばの部位が入っていたと届けた吉野家は被害者で、海外のコンプライアンスの問題なのに、危険部位が混じっていたと民放からNHKまで報道され売り上げは落ち込んだ。特定危険部位(SRM)という用語についても正しく用いられていない記事が散見された。

II.問題提起
全頭検査の神話
食品安全委員会の中間とりまとめが、2004年9月に発表された。
20ヶ月齢の線引きの意味は失っている。世界標準30ヶ月齢に対し、日本では21、23ヶ月齢の異例の若齢牛が出たことが根拠になっているが、この2頭に感染性はなかった。
3年間、国は経過措置として全頭検査を助成し、2008年4月、助成は終了したが、全自治体が全頭検査を継続した。アンケート(食の信頼向上を目指す会実施)では、安全の問題ではないと回答している自治体が多かった。
盲目的な安全・安心の神話を引きずっていることは、世界の衛生・安全の議論の輪からはじき出されて孤立化してしまうだろう。欧州中心の食品の安全・衛生議論において、日本は特殊な国として意見聴取してもらえなくなる恐れがあると思う。

リスクの考え方を広める
危険率(リスクを確率として捉える)の考え方をどうしても広めなくてはいけない
業界より社会の利益を優先していくというのがJFの精神。今は、生産者と消費者市民というような二項対立になることが多いが、リスクの考え方を広めることで、単純に対立させて考えるのをやめなくてはならない。

継続しているダメージをとりもどすこと
輸入契約条項の制約により牛肉が十分に供給されず、焼肉協会、ホテルのシェフをはじめステーキを扱っているところが困っている。量では、制限される前の1割くらいしか供給されていないし、価格、品質の点で、十分な供給がいまだにできていない。


質疑応答 
  • は参加者、→は安部氏の回答

    • 質問1 6月3日北海道新聞の社説のような記事への対応について
      →テレビ、新聞で、吉野家を名指したもので間違った報道には、すべて反論を送った。自ら番組プロデューサーに会いに行ったこともある。誤解を放置すると、誤解は確信に変わってしまう。日本の食の安全について軌道修正がなかなかできないが、個別企業で声はあげにくい。頑固な人も丁寧に説明すればわかってもらえると思っていたが、結論ありきのグループとの議論は不毛だった。反論するよりシンパを広げる方が大事だと今は考えている。
      質問2 メディアに対応すべきはだれか
      →協会、団体がすべき。JFはマスコミ懇談会を行っている。誤った見解をのべることは恥ずかしいことだと思うようにしてほしい。


    「食品報道」   毎日新聞東京本社 生活家庭部編集委員 小島正美さん

    全頭検査が安全確保に役立っているという嘘を信じている市民が多い。全頭検査1年後に記事を書いたときには「本当か?」という問い合わせが多かったが、書き続けていたらそういう反応は減ってきた。メディアがいっせいに20ヶ月齢月以下の検査は安全確保にならないと書いたり、食品安全委員会委員長が発言すれば、全頭検査の神話は消えるはずなのに、タイミングをみて行政は動かない。いったん決めたことに行政は間違いを認めにくい。
    科学的な説明が世論や政治に負けている。選挙の支持率をあげるために、一般市民に心地よい政策をとってしまう。科学が政治の奴隷になっていると思う。
    豚インフルエンザでは、WHOが養豚業者を守るために「新型インフルエンザ」と名づけようといえば、メディアはちゃんと書いた。鳥インフルエンザのときにも店頭での「茨城産でない」との鶏肉表示に農林水産省が警告を与えたときはメディアはそれを支持した。行政が毅然とした情報提供をすれば、メディアはちゃんと書くものだと思う。


    「フードディフェンスと食品安全のための新しい課題 〜冷凍ギョーザ事件と食品防御(フードディフェンス)」
              奈良県立医科大学健康政策医学講座教授 今村知明さん

    フードディフェンスとは
    冷凍ギョーザ事件では、初めは残留農薬の問題であるように報道されたが、検出された農薬濃度は栽培に使用したとは考えられないほど高かった。このような事態に対応できる食品防衛(フードディフェンス)という考え方そのものが、日本には存在しなかった。
    通常の食品安全基準で対応可能な範囲(0.1ppmのオーダー程度)の「事故」や「ごまかし」ならば抜き取り検査で対応できるし、警告や処罰を行うことで今後の改善が期待できる。しかし悪意をもった攻撃はその方法や使用される毒物などの種類、量といった全てのことが予想外であってもおかしくない。フードディフェンスは、そういった犯罪行為を未然に防ぐことを目的とする。米国では食品防御についてバイオテロリズム法で対応しており、テロを素早く見つけるためサーベイランスシステムを活用している。ECの対応は日本と同じくらいのレベルである。

    食品には様々なリスクがある
    身近な食べ物であるタマネギでも、犬には害になることがある。芽の出たジャガイモは5個もあれば成人中毒量を超えてしまう。ダイズに大量に含まれているイソフラボンには、内分泌攪乱物質と同様のホルモン活性がある。長期に食べて死者が出ていない、というデータでしか食品のリスクは証明できない。ダイエット食品は健康食品といわれることもあるが、何もしないで体重が減るというのは、食べ物としては不自然だ。
    リスクをどう捉えるか、といった点についてはまだまだ課題が多く残されている。日本ではBSE騒動の際に自殺者が5名出たが、vCJDによる死者はいない(世界での死者は約200人)。また発ガン物質のアクリルアミドの報道は日本では1回だけだった。

    フードチェーンの脆弱性を探る
    食品メーカーを実際に調査すると、建物の入り口はチェックされていても、荷物を受けとるための専用ゲートがノーチェックだったり、倉庫の裏に死角があったりする。悪意ある攻撃は無防備な箇所を狙うものだ、という視点が大切だ。海外では「身内の犯行」を警戒し、採用時に従業員の詳細な身元確認を行うことが多い(日本では法律で禁じられている)。
    出入り口の管理でも、鍵の暗号を5年以上変えていなかったり、訪問者チェックの際に宅配業者の制服を着ている人はフリーパスだったり、IDカードが職員の退職時に回収できていなかったりするケースがみられた。また敷地がフェンスで囲まれていない工場も、出入り口の管理という点からは問題があるといえる。
    納入時の品数チェックをきちんと行っていても、数が足りない場合には相手側に連絡を入れるが、多く納入された場合には特に何もしない場合が多い。誰かが悪意で有害な物を紛れ込ませた可能性を全く考えていない行動で、とても危険である。
    また脆弱箇所が判明しても手が打てないことがある。テロ対策をとったことが売り上げに直接繋がるわけではないので、企業としてはこの分野に積極的に投資するのが難しいのだ。

    フードディフェンス対策とPMM
    医薬品では市販後調査(PMM:Post Marketing Monitoring)で売り先の確認が行われているが、食品の場合このようなモニタリング調査がなく、問題が生じた際に対策が立てにくい。現在、企業と共同でモニター調査を行ったり、ICカードでの購買データによる追跡調査を試みている。このような調査の結果を今後さらに発展させていきたい。


    「危機における消費者への情報提供とリスクコミュニケーションの難しさ」
             元全国消費者団体連絡会事務局長・雪印乳業㈱社外取締役 日和佐信子さん

    30ヶ月以上の検査で十分ということだったのに、最後に全頭検査実施になり、全頭検査は安全確保と誤解されてしまった。 正確な情報は少数派だと受け入れられない。メディアも市民も危険情報に飛びつき(安全を求めていても危険と言われるのが好き)、相乗効果が出る。
    食の信頼向上を目指す会が調査した自治体へのアンケート結果を見ると、全頭検査継続の理由は消費者の要望、次に他の自治体と異なる判断をしたくないとし、自主的な判断力のなさが見える。また、全頭検査を続ける理由についての丁寧な説明が積極的には行われていないのが現状。業界にも横並びの取り組みが見られる。
    5月にOIEで日本は管理されたリスクの国と認められ、行政、事業者、市民が他人のせいにせずに取り組むべき時期がきた。


    「科学者が科学を語る現場からの情報発信」
              リテラジャパン代表 西澤真理子さん

    多様なステークホルダーが問題意識の共有のために顔をあわせてコミュニケーションすることが大事。企業などの生き残りのための解決策としてコミュニケーションは大事。
    リスク意識の共有が重要だが、一方的に説明するだけではだめで、アカデミア、行政だけでなく、企業や業界団体にも関心を持って取り組んでもらいたいと思う。



    「情報伝達の難しさ」        元国立感染症研究所所長 吉倉廣さん

    リスクコミユニケーションは言葉通りなら単なる情報伝達である。しかし、それで達成したいのは、正しい世論をどうやってつくるのかということではないかと思う。
    そこで世論とは何かをよく考える必要がある。しかし、世論は単に情報が伝えられることで出来上がるものではない。一旦出た情報が人から人へ伝わり、他の情報と相互作用をしつつ世論は出来上がる。

    情報伝達を難しくしているもの1
    電報ゲームでわかるように、情報は伝わりながら単純化され変形し結論直結型になる。リスクの本質に関わる確率の概念は消えてゆく。このような特性が正確な内容の伝達を困難にしていく。

    情報伝達を難しくするもの2
    安全を意識しないことが安全(安心)の本質である。意識させられる事で心配が増加する傾向がある。

    情報伝達を難しくするもの3
    いわゆるリスクコミュニケーションは、情報の受け手の反応を考えながら行われる。例えば、テレビや新聞は、視聴率、販売部数を考えずに報道することはない。政治家は、選挙を考える。政治家はメディアを意識し、メディアによって反応する市民を意識する。政治家の発言は、メデイアに流されるが、メデイアは政治家の反応を予想しつつ報道する。このようにして錯綜した情報伝達の連鎖反応が起こる。
    まとめ:情報はそれ自体生き物であり、その影響は予想出来ない。多くの情報はねじ曲げられるか、ただ死ぬか、誰かに利用されるかである。リスクコミュニケーションは、いかに情報発信者が誠実であっても、その目的を達し得ない事がある。



    スピーカー全員と会場参加者による話し合い

    全頭検査決定の経緯
    安部:BSEでは相互に連携、影響しあいながら、ひとつの流れが生まれてしまった。日本だけが違う動きになった根本は日本文化の特徴でもある。
    吉倉:自治体も消費者も横並びで考えるだろう。その場合、出てくるのはよく考えられたものではなく、W. リップマンの言うようなステレオタイプであることが多いだろう。
    小島:記者にとって、ステレオタイプの思考を利用すると消費者が好む記事を短期間で効率よく書ける利点がある。論文をいちいち検証していては、記事の大量生産はできない。
    今村:BSE騒動の際には、ちょうど米国でのテロ事件が発生したこともあり、初動に油断があった。その後は科学的かどうかよりも、国内の混乱の早期終結が政策の最優先課題になってしまったように思える。
    また行政が記者会見する前には準備に時間をかけてはいるようだが、少数の説明者で数十名の記者を相手に3〜4時間も会見を行っていると心身ともに疲労困憊してしまい、質問者が全て悪意を持って攻撃しているように感じ、ついには自分の信念にさえ疑問を感じてしまうような事態に陥ることも珍しくない。

    リスコミはタイミングが重要
    小島:行政だけの説明は無理で、専門家の集団が落ち着いて正論をいうべき。正論はバッシングにあうので、これに耐えられる環境づくりが大事。
    日和佐:消費者はそんなに報道に振り回されなくなってきていると思う。新型インフルエンザで実際に外出を控えた人はそんなにいない。行政や企業は気を使いすぎ。
    今村:新型インフルエンザの発生で、厚生労働省内では検疫所を始めとする対策チームに人員が臨時で投入され、それによって人数の減った部署も通常の業務を滞りなく行わなくてはならず、結構大変だ。その甲斐もあってか国民全体としては、今回かなり落ち着いた行動がとれたように感じる。しかしマスクの着用にみられるような、行政側の指導内容と国民の行動との間に存在するギャップへの対策は、今後の課題だと思う。
    安部:正論をいう人には勇気がいるのに、当事者だと悪だと見なされる悔しさ。吉野家の中はストレスはなかったが、社会とのストレスが大きかった。全頭検査が長引くと経過措置解除は難しくなる。
    吉倉:長期化すると一般の人は議論にあきてくる。行政の間違いを正すのは難しい。

    どうすればいいのか
    小島:ステロイドバッシングに対してある医師が毎月、ステロイドの説明会を続けた。記者会見にも勇気を持って臨んでいた。やがてバッシングがなくなった。継続的な説明会が必要。
    安部:テレビ番組ではできるだけライブに絞って対応する。特別な意図をもって申し込んできた取材には応じない。信頼感を持ってもらうためには愚直に続けていくしかない。
    日和佐:企業も危機管理体制を構築しておくべき。何事もなくても模擬で記者会見やシミュレーションを行う。謝るときには形式的に並んで頭を下げるのでなく心からきちんと謝る。日常的にマスコミと企業がいい関係をつくる(対等な立場で情報提供、意見交換をする場をつくる)
    吉倉:自分の発言がどう使われるかを考えて発言すべき。
    小島:情報開示のルールも組織内で決めておくべき。
    参加者:日本のために何をすべきかを決め、業界団体は団体の在り方を再検討し、発言すべき。安心主導の政策は続くと思う。
    西澤:社会が長期的に取り組み、相互理解の促進し問題意識、責務(Burden)の共有するようになれば、対立のステークホルダーの間にWIN―WINもありうる。