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ヒトゲノムを使った実験教室「私たちのDNA」開かれる

2009年9月26日(土)、NPO法人くらしとバイオプラザ21主催、東京農工大学共催で、標記実験教室を開きました。私達は、ヒトのDNAに対する理解が進むことも、私達が科学・技術と上手につきあっていくために必要だと考えており、このオリジナルのプログラムを開始し、今年で4回目になりました。今年は、東京国際科学フェスティバル(TISF)の一環として行われ、フェスティバル事務局カラカメラマンも参加しました。初めに、同大遺伝子実験施設丹生谷博教授から、開会のご挨拶がありました。

同意書の説明を聞く参加者 大藤先生の実験指導


同意書の署名

ヒトゲノムにはその人の遺伝情報が含まれており、この解明は医科学の研究のために重要ですが、情報がわかったために不平等が生じないようにするための配慮が必要です。そこで、本実験教室の計画は同大学の倫理審査委員会の審査を受け、参加者は、個人遺伝情報の特徴や自分のDNAを使って実験をすることの意味を理解し、同意書に署名してから実験を始めました。


実験1 「口腔粘膜からのDNA抽出」

大藤道衛博士のご指導で、実験は進められました。
食塩水でうがいをして口腔粘膜の細胞を剥離させ、遠心分離機で細胞を集めてから、細胞を壊してDNAを取り出します。取り出したDNAを使って、①お酒の代謝に関係がある酵素の遺伝子を検出する実験と、②集めた細胞からDNAを粗抽出して肉眼で観察する実験とを行いました。


実験風景1 実験風景2
実験風景3 実験風景4


講義 「Nature とNurture(生まれと育ち)」 大藤道衛博士

DNAとは何か
我々人間を含めてすべての生き物はDNAという化学物質を持っている。DNAは、A、T、G、Cという4種類の塩基が並んだ鎖のような構造をしており、その一部はタンパク質を体内で合成するときの情報が書かれている遺伝子。この情報は4種類の塩基の並び方によって、異なるアミノ酸、タンパク質をコードしています。一方、その生き物が生きるために必要な遺伝子全部のセットのことをゲノムという。

人類の進化とSNP
10万年前に生まれた人類の祖先が、世界の大陸に渡り、今の私達になった。長い人類の歴史の中では遺伝子の上に1塩基の突然変異が起こることがあった。このような違いがあっても、病気などとの関連が低く生きていく上で問題ない場合には、1塩基の違いを持つ人が多数出てくる。この1塩基の違いをSNP(スニップ:1塩基多型)と言う。我々はゲノムDNAの中にSNPを数百万箇所以上持っていることが分かっている。このように人類はゲノムの上に多様性を持っている。
マラリアの多い地域に発生する鎌形赤血球症は、1塩基の突然変異による病気で悪性貧血を起こす。しかし、鎌形になった赤血球の寿命が短いため、赤血球に住み着いたマラリアの原虫は増えることができず、マラリア発症を抑える。これは、1塩基の違いが、その人たちが置かれた環境により、陰陽の両面を持つ例。

ALDH2の検出
ALDH2はエタノールの分解に関わる酵素。ALDH2タンパク質をコードしたALDH2遺伝子のあるSNPの塩基配列がAかGかで、アミノ酸が異なると酵素の活性が変わる。私たちは、遺伝子を両親から貰っており、GまたはAの塩基配列も両親から貰うので、G/G, G/A, A/AのSNP型があることになる。
G/Gの人は活性型:気をつけないとアルコール依存症
A/Aの人は不活性型:赤くなり、気持ち悪くなる。お酒を飲めない人が多い
G/Aの人は十分に分解されないので、後から気持ち悪くなったりする
3万年前ごろ、人類の移動中にバイカル湖付近で突然変異でG/A型。A/A型が生まれたらしい。今も一塩基多型(SNP)として今も残っている
人間にはSNP(塩基配列が1箇所異なっている)が400万箇所(or 数百万箇所)あることがわかってきており、Hap Mapプロジェクトという研究以降、当初の予想(300万箇所)よりも多くなっている。

女王蜂はどうして生まれるのか
蜂のゲノムプロジェクトは、すでに終わっていてゲノムDNAの全体像が分かっている。同じメスである働き蜂と女王蜂のゲノムは同一。両者の違いは、エサに依存している。ローヤルゼリーを摂取した蜂が女王蜂になることが知られている。
ところで、DNAのメチル化(遺伝子を読むために必要なDNAのプロモーターにメチル基がつく)が起こると、遺伝子が読めなくなり、そこにコードされているタンパク質が合成できなくなる。ローヤルゼリーをエサにすると蜂のゲノムDNAのメチル化に変化が起こり、実験的にメチル化を阻害すると女王蜂になる報告がある。このようにエサの種類という環境変化によりDNAのメチル化状態が変化し、女王蜂が生まれることが分かってきた。
一卵性双生児のゲノムは全く同一だが、どの遺伝子が使われているかで、違いが出てくる。例えば、一卵性双生児でも指紋や静脈パターンは異なっている。
一卵性双生児(赤さんと緑さん)の染色体の遺伝子で、赤さんが使っているところは赤、緑さんの使っているところを緑、両方が使っているときは黄色に染色間でDNAのメチル化状態の違いを調べた研究がある。生まれたばかりの一卵性双生児の染色体では両者のメチル化の状態は共通だが、50歳になった一卵性双生児では、両者のメチル化の状態が変わり、異なる遺伝子が使われていることが推測できる。このように加齢や環境によってメチル化に変化が起こることがわかる。

健康とゲノム、がんと遺伝子
病気には遺伝だけで起こるもの、環境だけで起こるもの、両方に関係するものがある。外傷は環境的要因の代表、多くの病気は遺伝的要因と環境的要因の組み合わせで起る。
英国で、たばこと肺がんの関係を20年間、34,400名を対象に追跡調査を行った報告がある。また、「食生活と大腸がん」の関係で、肉を多く食べると大腸がんになる率が上がり、米国に移住した日本人は、国内にいる日本人より大腸がんになる率が高いという報告がある。がんになるには、いろいろな遺伝子の変異が関連している。
例えば、大腸のポリープができその周辺からがんが発生する病気(家族性大腸腺腫症)では、どんな遺伝子に変異が起きるとがんになるのか、その原因遺伝子がわかっている。
家族の中にがんの人が多いと遺伝性のがんと思われがちだが、次のような事例もある。
米国大統領になったジミーカーター氏は3人の姉と両親をすべてがんで失っているが、遺伝性とは確定できなかった。家族は、ピーナッツ畑に囲まれた地域に住んでいたため、ピーナッツにつくカビ毒(アフラトキシン)が原因ではないかとの推測もある。
緑茶をよく飲む人、よく運動をする人のメチル化の見つかる率が低いという研究結果がある。これから、食生活や運動でメチル化を抑え、がん予防に結び付くかもしれない。

これから
次世代DNAシーケンサーを使うと、2010年には約2分で全配列を単純に調べることはできるかもしれない。実際に、2007年に米国では3,500万円で全配列を調べるビジネスもあるが、ゲノムで人間の性格から病気まで全てが決まるわけではない。


東京国際科学フェスティバル(TISF)
からの取材記者
丹生谷先生のご案内でラボツアー

実験2  電気泳動

丹生谷博先生のご案内で、同施設のツアーをしました。吹き抜けのホールを囲むように、電子顕微鏡室、温室、分析室などが、配置されていました。


ラボツアー

PCRが終わったサンプルの電気泳動を行いました。DNAはマイナスの電気を帯びているので、調製した寒天(ゲル)にサンプルをのせて電気をかけると、プラス極の方に移動します。小さいDNA断片ほど、障害物競走で小柄な人が得意なように、遠くまで移動します。その原理を使ってその人がGG型か、AA型、GA型を調べます。 電気泳動の実験で試料を注ぐ(アプライ)ときは最も緊張のとき。30-40分の泳動後、ゲルに254ナノメーターの波長の光をあてて写真をとります。


実験を終えて話し合い 集合写真

話し合い 
  実験の後、質疑応答や話し合いをしました。
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • PCRを細胞分裂の仕組みの類似点から説明して頂けると分かりやすかったのではないか。
      →ご意見ありがとうございます。PCRは、細胞分裂に際してDNAを複製し、量を2倍にする DNA合成酵素を利用しているが、PCRは、特定のDNA配列を増やすことができ、細胞分裂の仕組みとは少し違っている。PCRは少ない量のDNAを解析できるようにDNAの一部を増やす実験技術(大藤先生)。
    • PCRで、プライマーにはどのようなものを使うのか。
      →分かっているDNA配列から相補的なDNAを人工的に合成して使用します。実験ではプライマーとしてDNAを使いますが、生体内でDNAが複製する時のプライマーはRNAです(大藤先生)。
    • 参加して、今日の実験でマイクロピペットを使うときに手が震えたが楽しかった。
    • 今日は同意書の説明、同意書にサインしてから実験教室が始まったが、自らの経験から云えば、医療現場における場合、遺伝性失調症の方の同意書を作るのが難しい。アルツハイマーの人から同意を得るにも難しい。CBT(認知行動療法)による認知症の改善も難しかった。代諾人が行う場合もある。
    • 小学校の子どもと自分のDNAも調べられる親子のサイエンスに参加して、遺伝の情報が分かってきた。「背が高い、低い」とか「目が良い、悪い」は遺伝によるのか、環境によるのか教えていただきたい。
      →一言で答えるのは難しいですね。身長に関係する遺伝子は数多くありますが、身長は遺伝のほかに栄養や運動などライフスタイルによる環境にも影響されます。ところで、塩分を多く取ると胃ガンになりやすいということが知られています。代々、味噌汁や漬けものなど塩分の多い食事の家では、遺伝性のように胃がんに罹ることがありますが、他方、遺伝に基づく胃がんもあり、遺伝性か環境によるかは一概には言えません。右利き、左利きについても関係する遺伝子は見つかっていますが、それだけですべての説明はつきません。
    • アスペルガー症候群(言語障害がみられない自閉症様の症状を、あるいは、知的障害がみられない発達障害の症状を示す病気)も遺伝子が関与しているかどうか今のところよくわかっていません。
    • 様々な体質や病気に関連する遺伝子は存在するが、遺伝要因ばかりでなく環境要因が重要であります(大藤先生)。
    • 子供の科学教室等に参加し、DNAのストラップを作ったり、バナナからDNAを取り出したりして子どもと一緒に学んでいる。遺伝子組換えに関して、植物であるタバコを使って実験するメリットは何か。遺伝子組換え大豆不使用と書かれている納豆、不分別表示、化粧品にDNAが入っているとか、良く分からないことばかりで混乱している。
    • 植物であるタバコを使って、植物抵抗力がある使えそうな遺伝子(例えば病気に強い遺伝子)を探すためのモデル植物として使っている。例として、「パパイアウイルスリングスポット病耐性の遺伝子をパパイアに導入してハワイでのパパイアの栽培が復活した」ように。因みに、今後、組換えパパイアは日本でも承認され、栽培ができることになる。
    • 遺伝子組換え作物は商業栽培されて10年以上が経過し,組換えが原因となる健康被害が証明された例は一つもない。私は安全と信じている(丹生谷先生)。
    • 京都から参加した。教科書作りに関わっている。どのようにしたら興味を持つか、分かりやすく教えられるかを学ぶために参加した。
    • 双子の研究をしている。本日、実験教室に突然首をつっこんで面白かった。グレートジャーニー(フジテレビジョン系で不定期に放送されるドキュメンタリー番組。人類の足跡を南アメリカ・チリナバリーノ島からタンザニアまで(北ルート)逆ルートから遡って行く旅の過程を、探検家・関野吉晴が歩く)を楽しく見ている。
    • PCRを10何年ぶりに行った。
    • 1塩基多型の例として鎌状型赤血球の話をうかがったが、別な例はあるか。
      →新川詔夫先生が研究された耳垢の乾湿はABCC11遺伝子での1塩基変化による(佐々)。
    • 酒を飲めば飲むほど強くなるというが、何故か。
      →アルコールを分解するのはADH、ALDH2の代謝経路だけではなく、別の経路もある。ALDH2でいえば、G/G型の人はアルコールが分解してできたアルデヒドを分解する活性は強いが、G/A型の人は、ALDH2は4個のサブユニットからなることから、分解する活性は強い人から弱い人まで様々。ちなみにA/A型の人は、お酒が全く飲めない(大藤先生)。
    • 私は悪性リンパ腫から胃がん、治癒して異なった部位に胃がんと、異なるがんができた。どうしてこのようなことが起きるのか?
      →一般的な話だが、転移ではなく複数の臓器にがんが発生する重複がんといわれるものがある。重複がんは変異が起きたDNAを修復する酵素の遺伝子異常に関係したがん。DNAを修復する酵素の遺伝子とはミスマッチ修復遺伝子を指す。(大藤先生)。
    • 本実験講座を1年前から受講したかった。
    • 遺伝病の人が不利益にならないようにしてほしい。
      →遺伝病に対して、正しく理解することが大切だと思います(大藤先生)。