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バイオカフェレポート「えん下障害の方の食事〜添加物の役割」

 2010年3月12日(金)、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は三栄源エフ・エフ・アイ株式会社船見孝博さんによる「えん下障害の方の食事〜添加物の役割」で、実験や試食を伴った楽しいお話でした。初めに、池澤卓朗さんのバイオリンの演奏がありました。

池澤卓郎さん 船見孝博さん

主なお話

はじめに
私たちは食品添加物を開発して、食品メーカーに使ってもらう会社で、「食品をおいしくする部品」を作っているのだと思っています。
食べ物をミキサーにかけて目隠しをして、鼻をつまんで食べると何を食べているかわからなくなる。これは、私たちが何かを食べるときは、目で食品の形や色を見て、においをかいで、食感(噛み応え、口当たり、咽ごし)を楽しんで、何を食べいるのか認識しているため。食感はこのように重要なもの。
高齢者にのみやすい、食べやすい食品とは何か、そのために役立つ食品添加物の開発・研究をしている。

増粘安定剤とは
増粘安定剤は、みつまめのゼリーなどに使われたり、ドレッシングやマヨネーズに適度なとろみをつけるのに使われている。分離せずに均一な状態を維持させる働きがある。
私たちは市販されている食品を食べながら、含まれる増粘安定剤のお世話になっている。
増粘安定剤の原料は オレンジ、レモン、ライムなどの果実の皮に含まれるペクチン、海藻から作る寒天、種子のグアーガム、樹液に含まれるアラビアガム、樹木のセルロース、サツマイモ、ジャガイモなどの根茎類の中のデンプン、カニの甲羅に含まれるキチン類など。すべて、天然に存在するものを利用している。
オレンジ、レモンを煮詰めてジャムを作っていると、ゼリーっぽくなってくるのは、皮のペクチンが溶け出てきているから。

そしゃく・えん下困難者用食品
そしゃく・えん下困難者用食品を使うのは、次のような人たちである。
・噛むのが困難な人→ミキサーで細かく刻んだ食品、例)きざみ食、ブレンダー食
・飲み込む(えん下)のが困難な人→ゼリー状のもの、とろみ調整食品(お茶などにとろみをつけてのみやすくするもの)を加えてとろみをつけた食品、例)水分補給ゼリー、とろみ調整剤食品、デザートベース食品
・総合栄養食品、食事代替食品として一日の栄養が取れるようなもの、例)濃厚流動食(食品)、経腸栄養剤(医薬品)。

えん下のメカニズム
食品を飲み込むとき、どんなことが起こっているのか。
口の中で塊の食品を歯で噛んで小さくし、唾液と混合して飲み込める状態にすること、これをそしゃくという。えん下は、飲み込める状態になった食品(食塊)を舌で押し出して、食道に送り込むこと。
食道と気管は喉で交差しているので、ものを飲み込むときには、肺に通じる気道が閉じていないといけない。このふたを喉頭蓋(コウトウガイ)という。喉頭蓋が閉じて、気道が閉じて初めて食べ物は食道に入る。これがえん下。病気で脳に障害がある人、年をとって反応が遅い人は、喉頭蓋が閉じるのが遅れ、食べ物が気管に入る。肺にたまって起きる肺炎(誤嚥性肺炎)は高齢者の死因の第一位。

とろみのある食品の働き
うまく食道に入って行く食品の物性、喉頭蓋の閉じるのが遅い人でもちゃんと飲み込める食品の食感、物性は何か。これが研究テーマ。
飲みにくいものとは、水のようにさらさらしているもの。普通の人にはさらさらして、ごくごく飲めるものが、のど越しのいいものとして好まれるが、喉頭蓋の閉じるのが遅い人にはこれが危険。
液状食品に適当なとろみをつける(とろみ調整食品を加える)と、のどを通る速度がゆっくりになり、無理なくやさしくのみこめるようになる。
厚生労働省の特別用途食品制度の中に「えん下困難者用食品」がある。かたさ、凝集性、付着性の客観指標をもとに、飲み込みやすさの区分分けを決めている。
一方、ユニバーサルデザインフード(UDF)という業界の自主規格では、かたさや粘度の客観指標をもとに、噛みやすさの区分分けを決めている。日本介護食協議会に加盟した企業がUDFマークをつけて販売できる。

ユニバーサルデザイン
国の基準は飲みこみを、業界のユニバーサルデザインフードでは噛みやすさを基準にしている。製造元が異なっていてもユニバーサルデザインのマークを見ればその食品のかみやすさがわかるようになっている。

区分かむ力の目安飲み込む力の目安卵料理で言えば
1.容易にかめるかたいものや大きいものはやや食べづらい普通に飲み込める厚焼き玉子
2.歯茎でつぶせる かたいものや大きいものは食べづらいものによっては飲みこみづらいことがあるだし巻き卵
3.舌でつぶせる細かくまたはやわらかければ食べられる水やお茶が飲みこみづらいことがあるスクランブルエッグ
4.かまなくてよい 固形物は小さくても食べづらい水やお茶が飲みこみづらいやわらかい茶碗蒸し(具なし)

〜ここで試食〜
「 これから、試食するプリンは、市販されているプリンよりもやわらかく、のみこみやすいです。次に、粉と水を混ぜてゼリーも作っていただきますが、熱を使わずにベッドサイドでゼリーができるので、お年寄りや介護者にやさしいです。」
私たちは食品を食べる楽しみを一生持ち続けてもらいたいと思っている。口から食べないと生きる活力が出てこない。点滴などで栄養を入れることが一時的に必要なときもあると思うが、できれば口から食べ続けていただきたい。増粘安定剤による食感の調整でQOLの向上に貢献することができる。人間らしく生きるためには食べ続けることが重要。全ての人が食べる喜びを感じられる食品開発を目指し、食感の設計に活用すべく、増粘安定剤の研究を進めていく。



水を加えて混ぜるだけで グレープフルーツゼリの出来上がり!

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 国の規格はえん下、業界は咀嚼(そしゃく)にしていて、ずいぶん違うと思う。なぜか→食べやすいものは飲み込みにくい。口に優しい物と喉に優しい物は違う。国はリスクの大きいえん下に焦点をあてている。食品業界では介護食に限らず、一般食品でも食感に変化をつけるためにかたさの調整をしてきた。そこで棲み分けがなされたのだと思う。
    • えん下困難者用の食品の特徴は→みつ豆のゼリーは噛むとばらばらになりやすく、まとまりにくいことがある。ばらばらにならずにまとまって、均一な状態で喉を通りぬけるものが一般的にはよい。
    • 昔から食品でえん下困難の方にむいている食品は→ヨーグルトと言われている。より食塊(汚いが「ゲロ」)に近い物性をもつ食品が一般的にはよい。ただし、飲み込みやすいからといって単にすりつぶすだけでは不十分。例えば魚のすり身であればあれば、魚の形にした方が食べる気持ちが起こるので、ゼリー剤で魚の形にするなどの工夫が必要。
    • えん下困難者の数は→30-40万人と推定。
    • 介護食の市場は→そしゃく困難者食品が約50億円、えん下困難者用食品は約150億円、総合栄養食品は約500億円とそれぞれ推定。
    • 餅を喉に詰まらせて死ぬ人がいるが、他にこういう食品はあるか→コンニャクゼリーや餅は口の中で壊れにくく、噛むと元に戻る力がある。噛んだ後、のどで元の形に戻ると気管をふさぐことがある。壊れやすさが必要だが、ばらばらにならずにきれいにこわれるものがよい。
    • 餅やこんにゃくゼリーはどうしてよくないのか→噛んでも壊れにくく、元に戻りやすい。餅は付着性もある。細かくすれば安全に食べられることもある。いろんな食感を楽しむのが大事なので、危ないから餅を食べないのでなく、リスクを低減するための形や大きさの設計や食べ方・食べさせ方の工夫が必要。
    • とろみ食品ばかりとっていると、噛むのを忘れてしまわないか。とろみ食品に慣れて、水を飲んでもむせるようにならないだろうか→リハビリ目的で使用するのがよいと思う。機能の回復に応じ、徐々に常食に戻していくのがよいと思う。
    • でんぷんのとろみはどこに使われていますか→ キサンタンガム、ドレッシング、マヨネーズなどに増粘目的で使われている。
    • キサンタンガムを作る微生物はどんな種類→本来は植物の葉に生息するキサントモナス属の微生物。
    • 介護食はどんな会社で作っていて、どこで入手できるか→例えば乳業会社など。介護食専門コーナーや通信販売、薬局で入手できる。
    • 米国にインスタントヨーグルトがあると聞いたが→日本にも水や牛乳と混ぜて使うゼリーのもとやプリンのもとがあり、そのようなものだと思う。
    • 子供ときに、菓子を食べると気持ちが落ち着くので安定剤というのだと思っていた。→食品の状態を安定に保つのが安定剤。おいしいものは心を落ち着かせる。そういう意味では精神的な安定剤ではある(余談)。
    • 食品添加物の認可のために準備は大変ですよね→食品添加物は世界的な評価機関で安全性試験をしたものしか認めらない。新規指定の場合は費用と時間がかかる。
    • ヒアルロン酸やCMC(カルボシキルメチルセルロース)はどこに分類されるのか→CMCは増粘安定剤に分類。ヒアルロン酸は増粘目的にも使えるが、増粘安定剤には分類されない。
    • えん下障害は姿勢によっても飲み込み方が変わると思う。宇宙空間だとどうなるのでしょう→無重力状態でもえん下できる。寝た人でも食べやすい食品物性や形態はあると思う。
    • 増粘安定剤では剤と書き、着色料では料と書くことの違いは→剤と料の違いはわかりませんが、とろみ調整食品の場合は剤、料というより、食品(補助食品)として認識されているようである。
    • 普段の生活でとろみのある食品をとったほうがむせたりしなくていいと考えると、コンソメよりはポタージュを選び、ところ天よりお汁粉を選んだほうがいいと解釈していいか→とろみという点ではコンソメよりもポタージュの方が高く、ゼリーととろみは一概に比較できないがどちらが飲みこみやすいかは個人によって違う。
    • これはいくら位で買えますか→100円くらい。介護食コーナーにある。
    • 開発段階では実際に人が食べてみるのですか→硬さや粘度の測定だけでなく、実際に食べてみる。
    • 常温保存が介護者には助かる。ベッド回りにおいておきたい。→ユニバーサルデザインとは高齢者だけでなく、普通の人も病気のときに利用できる。
    • 災害のときに、増粘安定剤を使った甘いものを食べたら、被災した人も救助の人もほっとできていいと思う→自衛隊にも卸していたりする。こういうご意見は初めてです。励まされます。
    • えん下障害用食品は国連、国際機関で標準化すべきだと思う→とろみ調整食品は欧米にもあるが、欧米はでんぷん系で、糊っぽい食感。日本人は粉っぽくて好まず、キサンタンガムを使ったものが中心。
    • でんぷんだとカロリーがあるので、病人食ではその分を計算しないといけないのではないか→っそうですね。デンプンだと唾液の酵素で分解するので、使ったスプーンを置いておくとそこから溶けてしまう。
    • 増粘安定剤はFDAのfood additive(食品添加物)に入っていますか?→国際的に流通しているものはFDAのfood additiveとして認められている場合が多い。
    • えん下障害は加齢で必ず起こるのか→必ず起こるというわけではない。喉頭蓋が閉じるのは反射であり、人によって障害程度は違う。健常人でも不注意でむせることがある。
    • 喉頭蓋の開閉のトレーニング法はないか→普通食に戻す訓練で、辛いもの、冷たいもので刺激を当ててえん下を起こしやすくする訓練がある。
    • 介護食の開発は大学でやっているのですか→企業が中心で、大学ではあまりやっていない。家政系学部で研究されているが、今は栄養や生理の方が主流になってしまっているのではないか。
    • これからはどんなことをしたいですか→食べやすい食感、のみこみやすい食感の評価系を、歯医者、医者と連携してつくりたい。脳生理や心理学分野との連携も大事だと思う。「全ての人に食べる喜びを」が目標。介護食に力を入れている会社は他にもあるが、食感の研究に幅広い分野で関わっている会社はあまりないので、先頭となって進めていきたい。


    会場風景 実験したり試食したりしたゼリーやプリンなど

    実験

    お茶にとろみ調整食品(粉末2.5g)を入れて スプーンで30秒混ぜると手ごたえが出てきて、とろみが生じた。このとろみは維持される。
    この粉末は炭酸水、味噌汁、スープ、牛乳、お酒にもとろみをつけられる。100ccに2.5gで同じとろみになる。増粘剤は低カロリーで消化されずに排泄される。

    試食

    ○インスタントゼリーミックス(粉末)は、酸っぱい系のゼリー(フルーツ味、イオン飲料など)に向いていて、冷やしたり、温めたりしてもゼリー状のまま。
    グレープゼリーの素2.5gを水100ccに加えて30秒、混ぜる 
    ○レトルトプリンは「かまなくてよい」(UDFの区分4)に相当。普通のプリンは高温で加熱殺菌すると硬くなるが、このプリンはレトルト殺菌してもなめらかな食感をキープできる。6か月常温保存可能。災害用にも使える。