アクセスマップお問い合わせ
バイオカフェレポート「もうひとつの生物多様性 Win Winの関係」

 2010年9月10日(金)、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は(財)バイオインダストリー協会 渡辺順子さんによる「もうひとつの生物多様性 Win Winの関係」でした。初めに、横山由布子さんによるフルート演奏がありました。フルートと小さいピッコロフルート(ピッコロと呼ばれることが多い)を対比して演奏され、フルートには小さいピッコロフルートだけでなく、大きくて低い音域を受け持つ種類があると話されました。

珍しいピッコロフルートの演奏 渡辺順子さんのお話

お話の主な内容

遺伝資源と生物資源
 遺伝資源と生物資源の定義はあるが、今日は「私たちの周りの生きているものすべて」と考えてください。私たちの身の回りで生物資源を利用した代表的なものに発酵食品(納豆、味噌、醤油、酒など。お酒をつくる麹菌は古来よりわが国の豊かな食文化に貢献し国菌といわれている)があります。また、南米のベニノキからはアナトーという色素がとれ、食品や口紅などに利用されています。微生物から得られた脱色酵素はストーンウォッシュのジーンズに利用され、抗生物質のペニシリンはアオカビから得られたなど、私たちは生物多様性の恩恵を受けているのです。

資源と科学技術(人類の歴史との関わり)
15-17世紀 大航海時代、人々は羅針盤と航海術をたよりに金銀、香辛料を求めた。
18世紀 リンネが活躍した植物学の黄金時代と言われ、プラントハンターが有用植物求めて世界各地で植物を探索した。
19世紀 産業革命では石炭・石油が近代化を支え、人々はエネルギーを求めた。
20世紀 市場経済、グローバル化の中で遺伝資源、情報が価値あるものとなった。

交渉の歴史的背景
 第二次世界大戦後、植民地が独立していく中で、先進国の多国籍企業が植民地だった国の石油などの天然資源を使うことに反対し恒久主権が主張された。不正義、不平等をなくし、自国の資源を自国で管理・開発するという「資源ナショナリズム」が起った。
 1980年代、先進国では経済の発展とともに環境破壊が起り、地球環境の保全が呼びかけられた。ソ連が崩壊して世界はひとつの気運が生まれる中で、1992年、地球サミットで生物多様性条約(CBD: Convention on Biological Diversity)が誕生した。国連のほとんどの国が加盟しているが、アメリカは未加盟。CBDは、同じ地球サミットで誕生した気候変動枠組み条約と双子の条約といわれている。

条約の目的
 条約の目的は、①生物多様性の保全、②持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生じる利益の公正・衡平な配分の3つ。CBDは環境条約と捉えられているが、この③により経済条約的側面を有している。一般に遺伝資源が豊かであるとされる開発途上国に対して、先進国による途上国の遺伝資源の利用から得られる利益を還元し、経済的インセンティブと引きかえに、保全の措置をしてもらうという仕組みになっている。

アクセスと利益配分(ABS: Access and Benefit Sharing)
 ABSの国際交渉は南北問題とされる。提供国(主に開発途上国)、利用国(主に先進国)の関係は、気候変動枠組み条約の交渉に似ている。

条文にみるABSとTK(伝統的知識: traditional knowledge)
アクセスと利益配分(ABS)はCBDのABSに関する基本規定である第15条に書かれている。
・自国の遺伝資源に対してその国が主権的権利を持つ
・提供国と利用者の間で、事前の同意が必要
・相互に合意する条件で公正・衡平に利益配分をする
また、CBD第8条(j)では、伝統的知識(TK、traditional knowledge)を尊重し、その利用から得られた利益を公正・衡平に配分することが奨励されている。伝統的知識とは何か、この条約では定義されていないが、例えば身近なものとしてドクダミ、ゲンノショウコなどを考えて見れば理解できる。薬草の探索は人類の始まりから続いているとされる、そこには口頭で伝えられてきた情報などが重要な役割を果たしている。世界には古来より、中国の漢方、インドのアーユルベーダなどで、伝統的に使われてきた薬物がある。バファリンの成分(アスピリン)の由来をたどってみる。その利用の歴史は古く、ヒポクラテス(紀元前)はヤナギの葉の抽出物を熱や痛みの軽減に使っていたとされる。1800年後、ヤナギの葉のエキスからサリシンが単離され、その後バイエル社がアセチルサリチル酸の合成を確立しアスピリンをつくった。現在でも利用されている医薬品である。

利益配分の考え方
 利益配分には金銭的利益配分(アクセス料金、ロイヤリティーなど)と非金銭的利益配分(共同研究、教育訓練、能力開発など)があり、利益配分は提供者と利用者の二者間の契約で決まる。
利用者は提供者に利用の同意を事前に得る。そして、利用から得られた利益は相互に合意する条件で公正・衡平に配分する。

ABSの留意点
・遺伝資源だけでなく伝統的知識(TK)に対しても適用される。
・商業用だけでなく学術研究にも適用される。
・植物資源、微生物資源などの保存機関にある資源にも適用される。
・遺伝資源を直接収集しない人も責任を問われる。
「バイオパイラシー」とは、生物資源の海賊行為といわれるが確立した定義はなく、多様な意味(提供国の国内法に従わない行為、特許取得、等々)で使われている。そういう行為に対し、NGOなどが、先進国企業等にクレームをつけ糾弾するという状況がある。

COP10の事前交渉
 現在、実効性のあるABSを確保するための国際レジーム(利用のルール)策定について交渉しているところ。
生物多様性条約は枠組条約で、ABSを確保するための措置は各国の裁量に任されている。自国でABS国内法を作っても、他国の国民にその法律は適用されない。そこで、国境を越えて不正に資源を持ち出された場合、持ち出された国の主権が利用国に及ぶようにすることを途上国は主張している。

付加価値はだれのものか
 通常、原材料の価格は取引価格できまる。例えば、石油の場合、石油から作られた付加価値のある製品から得られた利益を原産国に配分せよとは要求されない。石油の購入は原料としての支払いで決着される。一方、生物資源の場合、本来の使用目的(例えば食料)で使うことには特別問題はないが、それ以外の使い方(付加価値を付けた製品開発など)をする場合には、その製品から得られる利益の配分を求められることがある。これは原料として購入する者にとって、なかなか理解しにくいところである。レモンにアオカビ(遺伝資源)がつけば、普通の人は捨てるだけ。フレミングは知恵と知識、鋭い観察力でアオカビからペニシリンを発見し、その後アメリカでファイザー社が工業化・量産に成功した。知識や技術がなければアオカビはただのカビで医薬品開発には至らないだろう。

資源をめぐる国際競争
 国際交渉では、遺伝資源の扱いは食糧安全保障、環境保護、貿易体制と深く関わる。また遺伝資源は国家間競争の材料となり、その政策的取り扱いは、国内法や国際法が関係し非常に複雑となる。
多国間レベルでのABS国際レジーム交渉は難航しているが、遺伝資源提供国との2者の関係では、私たちは一方のみが損をするのではなく、両者が得をするというwin-winの関係を築くことを目指したいものである。

最後に、日本は南北に長く、海に囲まれ豊かな資源を持つ国です!自国の資源も意識しましょう。


会場風景 当日の配布資料

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • アメリカが加盟しない理由→当時の交渉官から聞くところによると、①知的財産権の弱体化、②市場メカニズムに条約が介入するのはおかしい、③CBD独自の基金設立に反対、ということだったそうです。 
    • CBDにおける日本の所管大臣は→環境大臣。
    • アメリカは条約に加盟しなくて自国以外の遺伝資源を利用できるのか→二者(国)間の契約で海外遺伝資源を利用しています。CBDを遵守し二者(国)間で契約を結ぶ。国際交渉と二国間の関係は別なものと考えます。
    • 日本もアメリカのように二国間契約で進めればいいと思うが→それは可能です。現に、日本にはCBDを遵守して、二者間の契約によって海外の生物資源を利用している企業があります。
    • 森林資源から薬を開発したときの利益と、材木で売った場合の利益の差は→わからない。遺伝資源は石油やダイヤのようにそのものが即価値を生むものではなく、潜在的価値を有するもので、製品開発ができたときに利益を生むことになります。例えば、遺伝資源を利用して薬となる確率は非常に低く、現在では100万分の1で、17〜18年かかるとされています。 
    • 途上国はCBD-ABSでお金以外にどのような利益を受けるのか→非金銭的利益配分として、教育などの人材育成や能力開発などがあります。
    • 多様性保全の基準で、日本が熱帯雨林を伐採するのはだめだが、ブラジルの人が焼畑をするのはどう違うのか→質問は、先住民が焼畑をするということなのだろうか。ブラジル国内のことであればブラジルの国内法に従っていると思います。どのような国内法を作るのかはブラジルの主権的権利なのです。
    • 日本ではワシントン条約のように見える動物保全の話ばかりなのはなぜか。保全と利益配分の両方が重要なのに、発展途上国は利益配分だけに関心があるように感じた→条約の理念は環境の保全と持続可能な利用なのです。保全のための資金として利益配分が必要ということです。
    • 大きな動物を駆除すると小さい動物が増えて保全は簡単だと思う→食物連鎖のピラミッドを考えてみれば、全体が必要です。大きい動物を減らせばやがて小さい動物も減ることになる。
    • 利益配分のあり方について→資源を提供しただけで、例えば利益の半分を要求するということには無理がある。製品開発にどれだけ貢献したかなど、利益配分には貢献度が反映されなければならない。
    • 家庭菜園でつくっているヤーコンはCBD違反か→1993年(CBD発効)以前に日本に入ったものはCBD対象外です。
    • 今、議論に難航しているのは、成熟してまっとうな理論をするために必要な議論だと思う。対象になる生物の範囲は?海洋のような境界がないものの所属は→遺伝資源の範囲については現在交渉中。これも難航しています。公海は範囲外。国境を越え飛んで来る種、移動する動物、などの扱いはなかなかクリアにならないだろう。
    • バクテリアも対象か→はい。 
    • 南北間の富に差があることが問題なのだから、まっとうな関係ができるまで時間がかかる→条約を知らずに問題を起こすことのないようにすることが大事。日本では自分の庭のものは自分のものと言えるが、例えば中国では土地はすべて国家のもの。まずその国の国内法を遵守することが大事。契約先の国内法をよく調べてそれを守らなければならない。
    • 南極の資源の利用はどうするのか→南極条約に従うことになる。FAO(国連食糧農業機関)の食料農業植物遺伝資源条約の対象とされる64種の遺伝資源は、CBDの適用から除外しようとしている
    • CBDは一般の日本人は知らないが、企業には知られている。→JBAでは1998年からCBD-ABSのセミナーを続けており、その参加者は企業や大学の研究者、知財関係者。すべての人がCBDを知っているとはいえない。
    • マスコミがCOP10について書いているが、わかりにくく複雑だ。
    • 各国の国内法の足並みをそろえる動きはあるのか。→EUはスタンダード(国際アクセス基準)を提案したが、途上国はABS国内法を策定するのは自国の主権的権利だとしてEU提案に反対している。EUは生物資源へのアクセスを規制せず、国内法を遵守すればいいという立場。日本も同じ。
    • CBDは枠組みだけの条約か→はい。CBDではABSの具体的な義務が国際規定になっているわけではない。実効性のあるABSの国際レジームを作ることになったが、途上国と先進国の意見の隔たりが極めて大きく、交渉は延々と続きCOP10まで来てしまった。
    • 絶滅危惧種保護、里山保全はどれだけ効果が出ているのか→直ちに効果を求めることは難しいと思う。気長に粘り強よく取り組むことが必要なのではないだろうか。