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TTCバイオカフェ「健康予測からご先祖のことまでわかる遺伝子診断」

 2010年11月26日(金)、東京テクニカルカレッジ(東京・東中野)にて、同校と共催でバイオカフェを開きました。お話は日・米認定遺伝カウンセラーの田村智英子さん(木場公園クリニック)による「健康予測からご先祖のことまでわかる遺伝子診断」でした。初めに川久保典彦さんによるジャズ・ピアノ演奏が行われました。130回を超えるバイオカフェでジャズ・ピアノの演奏が行われたのは初めてでした。
 遺伝病についてどのくらい知っているか、会場参加者全員でクイズをしてからお話をうかがいました。

川久保紀彦さんから曲の紹介 演奏する川久保紀彦さん
会場風景 田村智英子先生


お話の主な内容

はじめに
 米国ジョンホプキンス病院で、200例の遺伝カウンセリングの実習を経て遺伝カウンセラーになった。お茶の水女子大学の遺伝カウンセラー養成講座で教えていたが、今は木場公園クリニック、順天堂大学病院などで患者さんの相談にのっている。

DNAからわかること
 遺伝子やDNAを調べたら何がわかるのか。一つの遺伝子の異常が原因で起こる病気についてはわかる。少しだけわかるものもあれば、全くわかないものもある。身長、薬の副作用、芸術性、運動神経、太りやすさなどは遺伝子の情報から少しわかってきたところ。

検査キット販売
 男性のあるタイプの脱毛症を遺伝子検査キットは12,600円で購入でき、治療薬とセットで販売されたりし、健康食品とタイアップした肥満関連遺伝子検査キット5,250円が販売されたりしている。
 米国には、“23 and me”、“ナビジェニックス”、“ディコードミー”という3つ会社があり、うがい液や口内をぬぐった綿棒を郵送する数万円でDNAを調べるサービスを行っている。これらの検査は、病院に行かなくてよくて、インターネットで購入できる。しかし、もてはやされている割に利益が上がっておらず、倒産しているところもある。FDA(米国食品医薬品局)では、このようなネットでのキットの販売の規制を始めたところ。

遺伝要因と環境要因
 単一遺伝子によって起こる病気には、筋ジストロフィー、血友病、脊髄症変性症の一部、ハンチントン氏舞踏病などがあり、1990年代に多く発見された。日本で有名なのは難聴の一種で親が保因者同士のときに起こるものがある。東南アジアのサラセミア、米国の鎌形赤血球なども遺伝病。
 シンガポールでは、高校時代に遺伝子を調べて、保因者との結婚を避けたりしている。
生活習慣病のように遺伝要因と環境要因の両方の影響で起こる病気の研究が進んでいるが、原因遺伝子はなかなか見つからない。

遺伝子の有無と発症
 KCNQ1遺伝子を持っていると2型糖尿病になる確率は1.4倍になるが、発症率がそもそも1%だから、KCNQ1遺伝子が変化したところで98%の人は発症しない。糖尿病関連遺伝子も20個くらい解明されているが、実際になるかどうかはなかなかイメージできない。
 一般の人が74歳までにアルツになるのは1%。これが関連遺伝子を持っていると2倍になる。調べても2%しかならない。それでもアルツの遺伝子診断を受けるだろうか。
 心筋梗塞に関連している遺伝子13か所調べて、それらを総合的に用いて、発症確率を算出する方法があるが、総合的な解析方法は診断会社各社で異なり、結果も違ってくる。発症予測には根拠があるが、確かめるのは難しい。遺伝子診断結果と生活習慣の改善はどこまで、その人の生活に影響するのだろう。確率が低いからといって喫煙を勧める医者はいない。がんの遺伝子診断結果により生活習慣を改めるかどうかアメリカで心理実験をしたが、余り改善されなかった。遺伝子診断が盛んになっても、生活を改めるとは限らないことが想像される。

いろいろな方面での利用
 オーダーメード医療といって、効き方、副作用を遺伝子診断で予想して、薬を選べるが、効果と副作用の組み合わせから考えるのもなかなか大変。
 DNAを調べて、自分がマリーアントワネット、ジンギスカンなど有名な人のDNAにどのくらい近いかを調べたり、自分のルーツ(アフリカ系、アメリカ土着が○○%など)調べが3万円くらいでできて、プレゼントなどに使われている。マイノリティの人種に貰える奨学金の申請に自分のDNA検査結果を使った人もいる。
 犯人を逮捕してみたら、目撃情報より現場に残されたDNAの診断の方があたっていた例もあった。しかし、このときは、アメリカ人類遺伝学会が「だからと言って、DNA診断だけを重視しないように」との報告書を発表した。

DNA検査を体験した人の話
 フランシス・コリンズ先生(ヒトゲノム解読の中心的な役割を果たした研究者)は、3社に偽名を使ってDNAを送った。配列の解析結果は一緒だったが、総合的な確率は異なっており、生活への指導はどれも同じだったそうだ。
 ハーバード大学のスティーブンピンカー先生(心理学者)は、学内でマスター以上の人を対象にした、全塩基対を調べることの影響に関する調査協力者募集に応募した。彼は解析された体験をニューヨークタイムスに「マイゲノム・マイセルフ」として寄稿した。そこで、彼は「遺伝子解析結果をみたときに、自分が既に知っている自分の姿と結果を比べて解釈していることに気付いた。全くあっていないのも、確かにあっていると思うものがあった」という示唆に富んだコメントを寄せている。

まとめ
 DNA診断が子どもの将来を決めたり、就職で健康診断の血液が悪用されたりすることは起こってはならないと思う。一方、占いのように、DNA診断を楽しんでいる人たちがいることについてご紹介しました。


学生さんが飾り付けたクリスマスツリー 大江宏明先生から閉会のことば

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言
  • 上海の遺伝子診断ブームは日本に上陸してきているが、科学的根拠はあるのか→数学処理能力については根拠が全くない。体格についてはある程度予測できる。運動能力は怪しい。ソ連の時代ボリショイバレエ団の試験では両親をみて太っていたら合格させなかったという。両親の体格と合わせて調べることは医学的に無意味とはいえない。
  • 上海の企業の日本代理店はあるのか→ある。
  • 日本人は賢いからそんなキットには飛びつかないだろうと思う。
  • 日本人には中途半端な知識を持っている人がいて、飛びつくのではないかと思う。  
  • 数万円なら、子どもの姓名判断で支払う人もいるから、そのくらいの金額なら払うのでは。
  • 遺伝カウンセラーは現場でどんな仕事をするのか→私は妊婦さん中心。家族に病気(血友病、筋ジストロ、がんの1割は遺伝性がんなど)の人がいるケース、妊婦が高齢のとき、上の子の遺伝病があり下の子も発症するだろうかなどいろいろ。成人になって発症する遺伝病の相談(神経難病、クロイツフェルトヤコブ病の1割、脊髄変性症など)もある。
  • 私は高校で生物を教えている。医者と遺伝カウンセラーの協力の現状はどんなか→うまくいっていない。例えば、子どもで発症する病気に対しては小児科のみで対応。小児の遺伝病の専門医は少ない。アメリカでは、普通のドクターが希少疾患(例えばフェニルケトン尿症は医者が生涯で一人の患者を診るかどうか位少ない)に出会うと、小児科の遺伝病の専門医がいて、わからないときに送ればいい。それは恥ずかしいことではない(日本ではわからない時に他の医者に訊くことを恥ずかしいと思う人もいる)。このために日本には放置されている希少疾患の患者が多い。専門医も増えず、教育もされない。お医者さんの遺伝学のリテラシーは余り高くない。病気のDNA診断の知識は知っていても、珍しい先天的代謝病や遺伝病に気づくことが少ない。よくある病気から勉強するので、珍しい病気を見落としても、医師を責めることはできない。
  • 産婦人科での遺伝カウンセラーはどんなことをするのか→一般に、男性のカウンセリングの方が難しい。女は泣いたり、ぐちったりして吐き出せるので、精神的なセルフケアが上手。ある意味でカウンセリング不要。男性は誰にも言えずに落ち込む人がいる。女性は心の回復能力を持っているので、カウンセラーに気持ちの整理の仕方を習うともっとよいと思う。その点、アメリカではカウンセリングが大流行。
  • どんなカウンセリングを受けても、病気の不安はゼロにならない。不安と上手につきあえるようにすることが大事。ひとりでそれができる人もいる。 
  • 臨床心理士としてアルツハイマーの方のお手伝いをしている。アルツハイマーの遺伝子診断結果を患者さんに返しているが、医師は数分しか話さない。医師には研修制度もないから、自分から勉強しないと患者さんへの話し方も習えない→臨床心理士は大事な仕事で、医師と重なる部分と医師と臨床心理士の一方にしかできない部分がある。臨床心理士は悲しみを受け止める。例えば、流産のトラウマから逃れられない人には、臨床心理士が悲しみを受け止める。けれど、遺伝カウンセラーは流産の起こるメカニズム(5人に1人起こるもの、染色体の組合せで起こるものがあり、妊婦のせいでないなど)を伝える。その知識で元気になる人もいる。臨床心理士は3万人いるが、医療現場で働いている人は少ない。臨床心理士も医療の知識が増えると、医療の説明もできるようになってよいと思う。
  • 日米のクライアントの違いは→妊婦、ガン、子どもの親などのカウンセリングにおいて、日米の違いはない。アメリカ人でもグズグズする人もいるし、日本人でもはきはきしている人もいる。アメリカで200件、日本で3000件してきたが、その人に合わせて行ってきた。日米でひとつだけ違うとすれば、日本人は親が子ども(成人)に替わってカウンセリングを受けに来るなど、親が口出しをする。米国の親も心配するが、米国は子どもには黙っている。子ども問題で辛くなると、親は子供の問題で苦しむ自分のためのカウンセリングに出かける。
  • 子どものインフォームドコンセントは何歳から署名するのか→年齢制限はない。インフォームドアセントといって口頭で同意をとることがある。7歳が境目。7歳は個人差が大きい。7歳以下の子どもで、マジカルシンキングと言って、親にいえず、親の想像を超えた不安を抱いていることもあるので、7歳以下でもきちんと話す。3歳でもこどもの立場を尊重する。
  • 日本には遺伝カウンセラーが少ないそうだが、欧米ではどのくらいいるのか→アメリカで2,000人、50州に割ると多くはない。ジョンホプキンス病院では科ごとに数名いた。アメリカには遺伝カウンセラーの歴史が30年くらいあり、病院での地位も確立している。カウンセラーの時給は医者より安いので長く患者の対応をしたりする。2005年以降、日本で有資格者は100人ほど。日本では医師が30年前から担当していて、日本の遺伝カウンセラーがやることがなくなってしまう。ドイツ、フランスも医師が行っている。英国、オーストラリアでは制度をつくったが、余り増えない。カウンセラーは全体的な情報提供やケアやサービスを担当する。私の場合は知っていることすべてを解説する。
  • 単一遺伝子による遺伝子病は間違いないので、複数の遺伝子が原因になる疾病について、多くの人は遺伝子診断を誤解しているように思う→同感。かつて骨粗鬆症の薬を開発していた。帝人では、ビタミンDの受容体の遺伝子の多型を使って予測をしているが、否定する論文もある。牛乳を飲んで日に当たって運動している人の骨密度は高い。ビタミンD受容体に関する古い論文を根拠にして遺伝診断ビジネスはずっと続けられている。これに反論はできない。現実に当たらないDNA診断は自然にすたるのではないかと思う。
  • 例えば、糖尿病は関連遺伝子についてだけ研究者はみていて、自分の知識を都合のいいように考える傾向があると思う。
  • 自分のルーツを調べると言う話で、星占いだと考えれば3,000円ならやってもいいが、30,000円は高いのでやらないと思う。
  • ボーイフレンドの将来は知りたくないから、DNA診断はしたくないと思う。
  • 遺伝子診断の限界は→単一遺伝子病が限界だと思う。病気に関連する遺伝子の研究は病気の解明や治療法開発には有益だが、健康予測にはどうだろうか。遺伝子と環境の相互作用の研究に対して、ここ数年に大きな投資がされ、遺伝情報で健康予測はできないことがわかった。環境の分析は本当に難しい。身長・体重と遺伝子の関係から、筋肉の発達と遺伝子の関係は少しわかる。
  • 先生は星占いが好きですか→昔は好きでした。今は普通です。