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バイオカフェレポート「遺伝子組換えカイコについて」

 2011年3月4日(金)、くらしとバイオプラザ21事務所でバイオカフェを開きました。お話は農業生物資源研究所昆虫科学研究領域長 木内信さんによる「遺伝子組換えカイコについて」でした。はじめに福田徳子さんによるフルート演奏がありました。「春らしい選曲をしたのに、寒くなってしまいましたが」といわれて「早春賦」が奏でられたときには、会場から口ずさむ声も聞こえました。

福田徳子さんの演奏 木内信さんのお話

お話の主な内容

はじめに
 私の所属する農業生物資源研究所は平成18年に複数の研究所が集まってできた。前身は蚕糸試験場。幕末から明治の初め、絹糸の輸出は文明開化を支え、軍艦を買う資金にもなった。養蚕が最も盛んなころ、繭の生産量は40万トン近かった。昭和30年代 工業化が進むと繭の生産は減り、平成20年の養蚕農家は全国で約1000戸、繭生産量は380トン。海外からの安い絹の輸入が響いている。
 現在、遺伝子組換え技術をカイコに応用できるようになり、有用物質(タンパク質)生産など今までとは全く異なる使い方ができるようになった。
 カイコは完全に家畜化された昆虫で、野生のカイコはいない。今から5000年以上前の中国で野外のクワコを飼い馴らして家畜化したもの。イノシシと豚の関係に相当する。

昆虫の遺伝子組換え技術について
 植物の遺伝子組換えはアグロバクテリウムという微生物をベクター(遺伝子の運び屋)として使うが、昆虫ではトランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」を使う。トランスポゾンは勝手に染色体の上を動き回る遺伝子で、マクリントック(ノーベル賞受賞)がトウモロコシの粒の色が変る現象から発見したもの。ショウジョウバエの遺伝子組換えは1980年代にはできていたが、カイコなど、他の虫で遺伝子組換えができたのは2000年とずいぶん後のこと。
 ショウジョウバエではトランスポゾンのpエレメントという遺伝子を使って遺伝子の組換えをやっていた。カイコは遺伝学、生理学のモデル生物だが、遺伝子組換えが難しかった。ショウジョウバエの卵よりカイコの卵は大きいが、殻がとても硬く(ショウジョウバエの卵殻はセロテープの上を転がしてはがし、ガラスの細い針で注射する)、DNAを卵に注射できなかった。固い卵殻にタングステン針で穴をあけてから、ガラス針で注射する方法で組換えに成功した。
 カイコでは、ショウジョウバエで使われていたpエレメントというトランスポゾンがうまく働かず、ピギーバック(piggyBac)というヨトウムシで見つかったトランスポゾンを利用して初めて遺伝子組換えができるようになった。ピギーバックには転移酵素をつくる情報が書かれている。転移酵素には自分の遺伝子を切り出して、特定の塩基配列のところに入れこむ働きがあり、このため、染色体上を移動することができる。転移酵素はトランスポゾンの両側の対になった配列を認識して、真ん中の部分を切りだす。切り出した配列を、さきほど認識したのと同じ配列のある場所に入れる。
遺伝子組換えカイコを作るには、転移酵素の本体部分を目的の遺伝子に入れ換え、その遺伝子を、これとは別に作った転移に必要な末端配列を持たない転移酵素遺伝子と一緒に卵に注射する。カイコの卵に遺伝子を注射する仕事は、初めはすべて手作業だったが、今は装置を改良して効率があがった。当初、私達の研究所でできる人はひとりだった。今は4人いるが、器用な人でないと難しい。数100〜1000個の卵に針で注射。卵が死んでしまって3-4割しか孵化しない。さらに成虫になるのは約3割。

光る糸の誕生
 遺伝子が身体の中で発現する場所や時期をコントロールしているプロモーターという部分をうまく使うことにより、緑色蛍光タンパク質(GFP)を蛾の目で光らせるようにしたり、カイコの体全体を光らせたりできる。
カイコは後部絹糸腺で絹糸のもとになるフィブロインというタンパク質を作り、中部絹糸腺で繭を作るときに糸と糸を接着する糊の役目をするセリシンというタンパク質を作る。絹糸はフィブロインをセリシンが包んだ三角柱の形をしている。セリシンは絹糸を作る過程で溶けてしまうので捨てられていたが、保湿成分があり、最近では有用物質として化粧品に使われている。蛍光タンパク質の遺伝子を後部糸腺で発現するように遺伝子を組み換えると糸が光る。有用物質を作る遺伝子を中部糸腺で発現させると、セリシンの中に有用成分ができ、繭を水で溶かして、簡単に精製できる。このように、フィブロインの性質を変えて、絹糸の品質を向上させたり、抗体や検査試薬をカイコで作らせたりして、新産業の創出に役立てようとしている。
緑色蛍光タンパク質と赤色蛍光タンパク質を発現させた2色の絹糸を使って、ファッションデザイナーの桂由美さんがウエディングドレスを作った。

遺伝子組換えカイコの生物多様性への影響
 カイコは、完全に家畜化されているので、逃げない、飛ばない、自分でエサを探せないので野外で生存できない。大量飼育ができる。特定のタンパク質を大量に合成できる。微生物、植物の遺伝子組換えはできているが、カイコを使うと、動物がつくるものに近いタンパク質が作れるのも強み。

クワコとカイコ
 カイコの祖先は中国のクワコだが、日本にも野生のクワコがいる。メスのカイコを野外においておくとクワコが来て交配し、子が生まれ、次の世代も生まれる。遺伝子組換えカイコを農家で飼育したら、野外のクワコと交雑して生態系に影響するだろうか。カイコは弥生時代に中国から渡来。今までにクワコとカイコで遺伝子交流はなかったのか。クワコを野外で探してもなかなか見つからないが、カイコの雌をおとりにしたフェロモンでトラップを仕掛けたら沢山採れた。こうして、各地から大量のクワコの雄を集めて遺伝子の塩基配列を調べたが、これまで、カイコの遺伝子が野生のクワコに入った形跡は見つかっていない。
 わが国での2000年以上の養蚕の歴史の中で、カイコが野生のクワコに影響を与えたという形跡はない。遺伝子組換えカイコも基本的な性質はカイコと変わらないので、生態系に悪影響を及ぼすことはないと考えられ、今後、いろいろな利用をしていきたい。
〜遺伝子組換えカイコの繭と生糸を自然光、青い光と黄色のフィルターで比較観察した〜


自然光で見ると、遺伝子組換えカイコの絹糸は淡い色合い
光る遺伝子組換えカイコの絹糸

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • クワコの繭はどんなものか→黄色でカイコの繭より小さい。
    • 海外で繭を生産しているのはどこか→中国、ブラジル、インド。中国の養蚕地帯は上海周辺から内陸の山に移っている。ブラジルは日本人が教えたやり方で行っている。
    • 今後の研究と利用は→クモの糸をカイコに作らせようとしている。クモの糸は細くて強いのでアメリカ軍が研究していた。トビケラという昆虫は水中で糸をはく。トビケラの糸をカイコに作らせ水の中で使えないか、水中で使える糊も作れないか研究中。
    • この技術は日本初か→日本初だが、すぐに同じような研究は海外で始まっている。インドが盛んに行っている。
    • 特許の状況は→国際研究で行った部分は特許にできない。特許をとった部分もある。
    • タングステンで卵に孔をあける技術は特許にならないのか→そういうノウハウは特許になりにくい。組換えカイコができてしまってからは、そのつくり方は検証できない。
    • カイコの繭の色は調整できるのか→入れる遺伝子を変えることで、ピンク、みどり、オレンジ、青、群青ができている。同じ遺伝子でも発現量(できるタンパク量)で色が変化するが、自由に調節するのは難しい。GFPならグリーンに、オレンジとピンクは珊瑚の遺伝子。遺伝子は生物から持ってくる 人が遺伝子に手を加えて色を変えられる。
    • 桂由美さんのドレスは何色だったのか→GFPを使った緑とピンク糸の2色。
    • 赤の糸をはくカイコと緑のカイコを交配したら、色が混じるか→そういう研究は誰かやっていると思うが、興味深い話だと思う。
    • 薬への応用は?→医薬品の場合は作る成分は決まっている。実用化しそうなのは、臨床検査の試薬。病気になると発現する特有の酵素を調べるには、標準物質が必要。それを大腸菌や酵母でつくる。骨粗鬆症のマーカーになる酵素の標準物質はつくりにくく、ヒトの血液からとってつくっているが、これをカイコでつくろうとしている。
    • マウスの培養細胞や、大腸菌や酵母でできにくかった物質が組換えカイコだと大量にできる。厚生労働省の認可を受けたら、検査薬として認可されるだろう。カイコの幼虫の絹糸腺を取り出して抽出する。
    • 医薬品原料はカイコで作れないのか→医薬品原料は何トンも要らない。例えばコラーゲンは動物から抽出しているが、カイコなら大量に安く作れそう。血液製剤は献血から作っているので量的に制限があり、未知のウイルスが含まれている可能性がある。それをカイコで作れたら有用性は高い。
    • 糸にしないならカイコ以外の虫でもいいのではないか→カイコは大量に飼える。ヤママユの蛾は大きいが飼うのが難しい。完全に家畜化されていて思うとおりにできるのがカイコの利点。
    • クワコとカイコは交尾するが、DNAは交流していないというのはどういう意味か→ きちんと調べたいところ。野外のクワコとカイコは交尾して代々子どもが生まれる。野外のクワコからカイコに遺伝子は見つかっていない理由を考える。交配しても野外で雑種が育たなかったのではないか。カイコは生きたまま野外に出ることはない。捨てた枝にくっついていたカイコが蛾になったとしても、オスは飛べないので交尾しない。クワコのオスが飛んできてカイコのメスと交尾し、そこで卵を生むかもしれないが、ふ化した幼虫が自分でクワの葉にたどり着いて育つ確率はとても低い。数ミリの幼虫が餌のあるところまで移動できる距離もたかが知れている。人の手なしに、生き延びる可能性はほとんどない。だから、DNAが交流した形跡は今のクワコに見出せない。
    • クワコは野外で育つというが、野外の定義は→気象、日照、天敵との関係(カイコは白くて目立つのですぐに鳥のえさになってしまう)などが野外で生きることの条件となる。
    • クワコはどうして野外で生きられるのか→クワコは飛んで、餌を探す。クワコの成虫も桑に卵を産むが、色も目立ちにくく動き回るので鳥に見つけられにくい。
    • トランスポゾンはカイコ以外でも利用されているのか→ショウジョウバエでは、pエレメント、ピギーバックはカイコ以外の昆虫の遺伝子組換えにも使われている。
    • 哺乳類の遺伝子組換えはどうやって行うのか→ウイルスを使ったりする。豚の遺伝子組換えではクローン技術も重要。
    • 眼や体の一部が光るのはどうやるのか→光るタンパク質が発現する場所をコントロールする。すべての細胞はすべての遺伝子を持っているが、特定の遺伝子が特定の場所で働くようになっていて、遺伝子をどこで働かせるのかを決めるのがプロモーター。プロモーターを遺伝子の前の部分について働くので、眼で働くプロモーターに光るたんぱく質の遺伝子をつけると、眼だけが光る。
    • フィブロイン(後部絹糸腺でつくられる)やセリシンをつくる遺伝子のプロモーターを使うことで、作る場所をコントロールしている。プロモーターの解析も行われている。
    • 働きが強いと大量にものをつくることができる。
    • ニュースで群馬県で遺伝子組換えカイコを飼いたいという農家があると聞いた。遺伝子組換えの抵抗はないのか→今、残っている養蚕農家は養蚕に愛着がある人たちばかり。カイコを飼って収入があるなら、遺伝子組換えカイコも是非取り組みたいということだった。実際につくっているのは、免疫生物研究所(群馬県)の研究用試薬を組換えカイコでつくる事業を養蚕農家が受託し、県の施設を使っている。今後はカイコの協同飼育所(農協が持っている、小さいカイコを飼う場所)で行ったり、高くても売れる繊維ができれば、養蚕農家で組換えカイコを飼えるようにしたい。
    • 木内先生は子ども時代、虫好きでしたか→はい、昆虫は好きでした。

    参考サイト:  https://www.life-bio.or.jp/topics/topics430.html

     
    会場風景