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TTCバイオカフェレポート「植物のストレス応答〜私が植物に学んだこと」

 2011年11月25日(金)、東京テクニカルカレッジ(TTC 東京・東中野)にて、TTCと共催でバイオカフェを開きました。NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員 佐々義子による「植物のストレス応答〜私が植物に学んだこと」で、司会進行は当NPO専務理事 真山武志でした。はじめに杉本安雄TTC校長より、「TTCではEco Cafe、Arch Cafe、Web Cafe、Bio Cafeの4つの分野でOpen Caféをしている。それぞれに参加者が増えてきてい嬉しく思っている。これからもBio Caféも、継続して開いてきたい」という開会のご挨拶がありました。

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杉本校長の挨拶 会場風景

主な内容

植物のストレスとは
 ストレスというと私たち人間の「ストレス」が思い浮かぶが植物にもストレスがある。
 植物と動物の違いは、光合成、細胞壁(繊維質)の有無、恒常性の有無などがあるが、最も大きな違いは、動けるかどうか。動くことができると、好ましくない環境から逃れたり、餌を取りに行ったりできる。動けない植物は、寒くても旱でも逃げ出すことができず、水や栄養は日照や土壌から得られるものに限られている。
 そこで、温度(高温、低温)、乾燥、塩害、傷害(害虫に食べられる)、病害(病原菌やウイルスに感染する)は植物にとって「ストレス」になる。

ストレス応答
 例えば、病原菌が来ると、植物は生体防御反応といって、病原菌が来たことを、伝達物質をかけ廻らせて知らせる。ジャスモン酸、エチレンなどが伝達物質となって、シグナル伝達を行う。シグナルを受けた生体防御遺伝子は、次にまたシグナルを伝えたり、ストレスタンパク質をつくって対抗する。病原菌が来た時には、PRタンパク質(Pathogen Related Protein)といって、感染に特異的なタンパク質が合成される。

植物のストレスの種類
 低温ストレスには、chilling(0度)とfreezing(凍結)がある。凍結では、氷の結晶が細胞の内外でできるときに細胞は水を失う。乾燥でも水を失う。塩害でも水をとられる。これらの3つのストレスは、植物にとってもどれも浸透圧のバランスがくずれるという同じストレスとなる。
 さらに、Chillingでは、低温で光合成の系をこわし、過剰な光は活性酸素を生み、植物の組織を壊すようになる。同じ低温でも暗所より弱光のときに植物には大きなストレスを受ける。
 キュウリの葉に低温処理を行うと、処理直後よりも日数が経つほど、葉の緑色は退色する。これも低温処理で光合成の系が阻害され、葉緑体がこわれていくから、退色は日数が経るとひどくなる。
 乾燥すると植物は気孔を閉じて乾燥が進まないようにするが、気孔から二酸化炭素を取り入れられないから光合成ができない。雨が続くと気孔も閉じるので、これも光合成が進まない。乾燥と降雨は人間に逆の現象だが、光合成阻害では植物にとって同じストレスになる。
 乾燥ストレスのときに、そのシグナルを伝えるアブシジン酸(ABA)は、乾燥ストレス時も活躍するが、種子(植物の生涯の中では乾燥した状態)の時代を司る役目を担う。
 以前、砂漠緑化プロジェクトに加わった建設会社の研究者が、「どんな乾燥に耐える品種を遺伝子組換えでつくるだけでなく、真水ではないが、薄い海水で育つ品種を遺伝子組換えでつくり、土木技術で灌漑や海水の塩分を減らす施設などと併用する、総合的な方法が現実的ではないか」といわれたことが印象に残っている。TTCはバイオも建築もなさるので、こういうディスカッションをしていただきたいと思う。
 このように、私たちは植物にストレスを与えたときに生じる伝達物質や、ストレスタンパク質にストレスに関連した名前をつけて扱うが、植物の身になってみると、異なる名前のほうが適しているのかもしれないと思う。

イネのキチナーゼ
 大学院のとき、私はイネの培養細胞という、植物体の形をしていない細胞の塊を培養液で育てていた。そこに、短い糖の鎖を添加すると、イネは病原体が来たと感じてキチナーゼという溶菌酵素を出す。イネの細胞は、オリゴ糖で病原体の体の一部を察知する。培養細胞を入れたフラスコをいくつも用意し、オリゴ糖を加えると1-2時間でキチナーゼが出始め、時間差をつけてサンプルをつくって、キチナーゼの細胞内でのでき方を活性染色という方法で調べた。培養液の活性染色を行ったら、できたキチナーゼが培養液にどんどん蓄積して増えていくこともわかって興味深かった。キチナーゼといっても、オリゴ糖に誘導されて発現するキチナーゼ、加える前からあるキチナーゼ、発現量が増えるキチナーゼなどがあることがわかり、キチナーゼにも感染以外、成長などの役目があるかもしれないと思った。
 今回、調べてみると、イネのキチナーゼの遺伝子を組み込んで灰色カビ病に強いキュウリが開発されていて、市場に出回ったら嬉しいと思う。

植物ストレスの克服にむけて
 世界の人口は100万年前から徐々に増え始め、ここ100年で急増した。100万年前は採集、狩猟の道具の発明や改良などで食料を増やして、人々は食物を得た。1万年前くらいから、家畜を飼ったり、作物を育てたりして安定して食料が得られるようになった。人口が急増したこの100年は、科学・技術、そして産業の貢献が大きかった。日本では、篤農家の努力が大きい。機械が開発されたり、ストレス(寒さ、病気など)に強い品種がつくられたりしたお陰で、収量は2倍半に、手間は8分の1になった。
 北海道をみると、100年前には函館の一部でしか稲作はできなかったが、寒さの強い品種が開発されるたびに、栽培できる地域が段階を追って東に広がり、今では東端を除いて、北海道のほとんど稲作ができるようになった。これも寒さというストレスの克服によるといえる。
 筑波大学では、乾燥に強いユーカリを遺伝子組換え技術で開発し、隔離ほ場栽培を続けている。初め、温室の中で数センチだった苗が今では、背が伸びて、温室の屋根を取っ払った状態で栽培されている。このユーカリは低温、乾燥、塩害に強い事がわかっている。
 12月1日に輸入が解禁になる、リングスポットウイルス(RSV)に強い遺伝子組換えパパイヤ「レインボー」も、病害に耐性を持ったパパイヤ。RSVで壊滅状態になったハワイのパパイヤ産業を救済し、今では、半減した生産量が8割にまで回復している。ハワイを訪れる日本人を含む世界から来た観光客は、レインボーパパイヤを楽しんでいる。高品質で、ハワイのパパイヤ産業を救ったレインボーが、日本の人たちがどのように捉えられていくか注目している。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 中国の砂漠緑化事業に関わっている。組換えユーカリを植えると解決できる気がした。複数の遺伝子を入れているのか→筑波大学の組換えユーカリは、乾燥に強い遺伝子を組み込み、塩害と低温の耐性が得られたと報告されている。
    • 組換えたものを再度組換えるというようなことはあるのか?→再度というのは異なる遺伝子を導入していくということだと思うが、開発当時は1種類がやっとだったが、今では複数の形質を組み込むことはできるようになった。
    • 筑波大学で、乾燥耐性をユーカリに付与するのに、マングローブの遺伝子の研究を行っていた。さらに、耐性ユウカリが油を含むことから石油の代替ができるのではないかということで、アフリカ銀行と連携しようとしているようだ。
    • 遺伝子組換え技術はスピードはあるが、ウイルス等はすぐに耐性をつけてしまうのではないか。100〜1000年という長期で見た場合、本当に良いのかを考えて作っているのか。遺伝子組換え技術をすぐに活用することは短期的には良いと思うが、長期的には「イタチゴッコ」になるようで疑問に思う→害虫や病原菌が耐性を持つことは、遺伝子組換え作物だけでなく、殺虫剤、ヒトの医薬品でも同じ。いかに耐性が出るのを遅らすかが課題。農薬でも散布の仕方を工夫したり、複数の品種を栽培したりするなどの耐性害虫の発生を遅らせる方法は研究・開発・実施されている。それを遺伝子組換え作物でも同じように行っていくことになる。
    • 審査機関・基準等はどうなっているのか→遺伝子組換え作物は研究から、試験栽培、商業栽培、植物工場として利用するまで、食品、飼料、医薬品のそれぞれの段階で、文部科学省、農林水産省、環境省、経済産業省、厚生労働省が所管する法律や指針で規制されている。それぞれのHPで、安全性確認の終わった、作物、食品、食品添加物などのリストが公開されているので、見てください。日本が世界で最も厳しい審査基準を用いていることもわかると思います。
    • イネの培養細胞には、オリゴ糖を入れたのか、菌体か→オリゴ糖を加えていた。
    • 組換え技術で収量が2倍になるようなことはあるのか?→素人考えですが、明治の初めから今日まで進めてきたイネを見ても、2.5倍なので、遺伝子を組換えるだけで2倍は無理ではないかと思う。栽培期間を短縮して、温暖な気候の場所で2期作、3期作行って収量を増やす方法もあるのではないか。
    • 連作障害はどうか→水田は、肥沃な土壌が流亡せずに連作障害なしにイネが栽培できる、素晴らしい栽培方法だそうです。
    • 日本では「遺伝子組換え」は嫌われているようだがそれは何故だと思うか?自分の周囲には「賛成」と「反対」の両極端に分かれ中間がいない。 3月11日以降は放射線に対しても同様な反応があり、遺伝子組換えが嫌いな人と放射線に敏感な人は一致しているような気がする→日本で嫌われている一番の理由は「遺伝子組換え」という名前が気持ちが悪いという印象を与えていると思う。「遺伝子組換えでない」と表示があちこちで見られること、遺伝子組換えを避けたい理由としてあげている人もいる。一方、不分別(遺伝子組換え原料が含まれているかもしれない)と表示されて、非組換えより安いマーガリンや食用油が生協などではよく売れている。アンケートで尋ねられると嫌いでも、実際には購入している人も多い。
    • 放射能、遺伝子組換えは、こだわりがある人にとっては、同じような先端技術で、長期利用の歴史がないという共通点があるのではないか。また、反論することを業としているライターにとっては、市民の不安に訴える同じ構造になっているように感じている。
    • 日本と外国では「食べ物」に対する事情が全く異なる。日本では(自分は)生まれてきてから「食べるもの」に困ったことはない。日本は裕福だから お金がありさえすれば非組み換えでも何でも買えた。しかし、今は不景気で事情が変わってきているように思う。「食料自給率40%」についてどう思う→手間がかかる非組換えを好む日本より、組換えを含めて多く買ってくれる中国などと商売したいという輸出国が出てくることは考えられる(買い負ける日本という報道もある)。休耕田を活用するなど、まだやることはあると思う。上海などに、日本のおいしい高級な果物や野菜を売る戦略もあると思う。
    • 米国ではサイエンスに対する信頼感が高い。日本では不信感を持ったり、危険視したりする人も多い→米国は安全性確認に対して毅然としているからではないかと思う。
    • 震災・津波の影響で大平洋側の農地がかなり破壊されたが、耐塩性の稲を植えるような事がなされているか?
    • 農林水産省系の研究所では、すでに持っている耐塩性イネが使えないかどうか調べている。
    • 日本の耐塩性の遺伝子組換え植物は、アフリカでの利用が検討されている。組換え作物はほ場試験を経ないと実際に使えないが、日本ではまだそういう動きはない。
    • ハワイの組換えパパイヤはいつ頃から市場に出回るのか?日本では売れる地域と売れない地域が出ると思うがどう思うか?→12月1日に輸入解禁になるが、出回るようになるかどうかは別。
    • 組換え技術を食料としてではなく別の分野で活用していることはあるか?→医薬品では使われている。遺伝子組換えカイコを群馬の農家が飼育している。光る糸、極細の糸、人工血管などに利用されるべく、開発が進んでいる。
    • 今TTPの問題で賛否が分かれているが、自分の実家は青森県で友達に農家がいて心配している人が多い。この問題はどう思うか?→個人的には、日本の芸術品のような果実は日本の売りになると思う。
    • 遺伝子組換え作物とTTPは関係があるのか?→直接は関係ない
    • 日本では170何種類組換えが認可されているようだがTTP加入後認可されていないものが入って来るようなことはないか?→TPPと食品表示は無関係。表示は日本国内
    • の行政の問題。
    • 非組換えの新品種ができたときに、組換え作物に行うような安全性審査はしているのか→していません。
    • 遺伝子組換え作物が輸入で日本に入ってくるが逆に日本から輸出するとした場合、どのような事をアピールするのが良いか→高品質の京野菜を上海に輸出したら、大きい利益が得られるだろうという農学の先生はおられる。日本の果実など、高価格のものを輸出するのなら、ビジネスとして関心を持つ、日本の生産者もいると思う。