アクセスマップお問い合わせ
第5回拡大談話会 コンシューマーズカフェ「食品安全委員会におけるリスクコミュニケーションの取組」

 2012年2月13日(月)、くすりの適正使用協議会にて、拡大談話会“コンシューマーズカフェ”を開きました。食品安全委員会 小泉直子委員長より「食品安全委員会におけるリスクコミュニケーションの取組」のお話をいただき、講演後、北池隆勧告広報課長、電話対応を担当されている小林協子技術参与も加わり、参加者全員でグループディスカッションを行いました。

写真 写真
小泉委員長のお話 会場風景


お話の概要

ヒトに有害ということ
ヒトの体内には、自然由来のものであれ、合成化学物質であれ、有害物質は微量ではあるが存在します。したがって、ヒトにとって「有害物質の存在=有害」ではありません。ここに持ってきたのは、99.9%のカドミウムの棒、比重8.66で約1kgです。重金属の一種なので鉄や亜鉛同様、金属の棒のように見えると思います。カドミウムというと、皆さん、猛毒だと思って大騒ぎされますが、硝酸などに溶かして飲めば毒ですが、触れるだけでは人体に有害ではありません。また、例え食品中に有害物質が存在しても誤った摂り方や有害に達する量を摂らない限り、ヒトに健康被害を与えることはありません。
一般に、毒性が小さいものは摂取量が多くても毒になりませんが、毒性が大きいと少ない摂取量で健康に害がでます。EPA(米国環境保護省)の毒性カテゴリーでは、経口的に摂取した場合のLD50(半数の動物が死亡する量)で、50mg/kg以下ならば強毒性としています。(体重50kgの人なら2.5gで半数が死ぬというレベル)
自然界にも毒のものがあります。例えばボツリヌス菌の産生する毒、ふぐのテトロドトキシンは強毒です。弱毒性のベンゼンは鼻から吸うと毒性が強く発がん性がありますが、腸管から吸収された場合の毒性は低い。つまり、自然界のものであろうと合成化学品であろうと摂取量、暴露経路、体内存在量が問題なのです。
また、有害なものでも有用性があれば、上手に薬として使っている例もあります。例えばヒトにとってなくてはならない水だって、大量にとれば低ナトリウム血症を起こし水中毒になって死亡します。これは人の体内の水処理能力を超えるためで、細胞内に水が入って膨化したり、電気伝導が伝わらなくなったりするためです。逆に水の摂取量が少ないと脱水状態となり死ぬこともあります。食塩も毎日大量にとれば、高血圧のリスクは高くなります。熱中症で血液が濃縮されると痙攣発作が起きることもあります。銅はヒトにとって必須元素ですが、ウイルソン病のように肝臓や脳に多量の銅をためる人では銅を排泄する治療をしないと痙攣発作が起きます。そのために、金属イオンのキレート剤を治療のために使用し銅を排泄させる治療が行われます。水銀、鉛、カドミウムなどは有害とされていますが、産業分野では有益に活用されています。例えば爆薬にするニトログリセリンが狭心症の治療に使われたり、無機ヒ素は発がん性がありますが、有機ヒ素は過去に梅毒治療薬として使われたりしています。サリドマイドには催奇形性がありますが、近年では多発性骨髄腫の抗がん剤になっています。覚せい剤の中毒では幻覚・妄想が発生しますが、覚せい剤類似の物質は、抗うつ剤として使われています。

健康影響
リスクは、確率と影響(程度)を掛け合わせたものです。
例えば、メチル水銀(高濃度で水俣病)は、起れば重篤な症状や死亡に繋がりますが、発生する確率は極めて低い。一方、食べ物による窒息は死亡率は高くありませんが、発生する確率が高く、毎年多くの方が亡くなっています。そう考えると、集団のリスクを下げるには発生確率を下げる対策を講じた方が、影響の程度を減らすより重要で有効と思います。BSE(ヒトではvCJD)は、死に至る深刻な影響の程度に着目されがちですが、発生する確率を減らす対策やその効果に着目することが大切なのではないでしょうか。

暴露経路
有害物質のヒトへの暴露経路には、口、皮膚からがあり、それぞれ、入ってくる経路で健康影響も異なります。
・経口:多くの食品健康影響評価対象物質
・経気道:ベンゼン アスベスト ホルムアルデヒドなど 経気道暴露では、肺胞に直接達し血液に入りやすいので、体内への吸収率が高いため有害性が高い。
・経皮:4エチル鉛は皮膚から吸収されやすい。(例えば、船底の掃除人が死亡したボストン丸事故。)
しかし、体内に入ったものは体から出て行きますので、増え続けることはありません。人体中に存在する有害物質の量は、体内への吸収量から排泄量を引いたものとなります。 
経口による摂取では、メチル水銀は腸管からほぼ100%吸収されますが、金属水銀などの無機水銀は大部分便から排泄されてしまいます。血圧計や体温計などの金属水銀を誤って口の中で割って飲み込んだとしても、腸管吸収率が低いため、便とともに排泄され毒性は殆どありません。
メチル水銀では、健康障害の現れる臓器(標的臓器)は中枢神経であり、歩行困難や視野狭窄などの中枢神経障害が起こります。一方、カドミウムは殆ど吸収されませんが、微量でも一旦体内に入ると排泄されにくい特徴があります。
また、意見交換会などで、微量でも毎日摂り続けるといつかは人体に有害な影響がでるだろうとよく質問されます。しかし、そんなことはありません。有害物質を大量に毎日摂り続けると、人体障害を起こす量に達しますが、微量ならば毎日摂り続けても、体内での存在量は無害なレベルで一定になります。その理由は、体内から排泄される時間を生物学的半減期といいますが、例えばある化学物質の半減期が1日の場合、1日たてば体内から半分が出て行くということを意味しています。スライドで示すように、ある化学物質の腸管吸収率を100%(すなわち口から摂ったものが腸管からすべて吸収され血液に入る)、1日10g、その物質の生物学的半減期を1日とした場合を例に示しています。初日に10gとると翌日は半分の5gになっていますが、さらに新たに10gを摂ることになります。翌々日は2日目の半分量(7.5g)にさらに10g摂ることになります。これが繰り返されるわけですが、図でわかるとおり半減期のほぼ5〜10倍の日数が経過すれば、体内存在量は一定となり、それ以上体内で増え続けることはありません。

一般に化学物質の生体影響は、摂取量が多くなれば人体の影響は強くなることがわかっており、量と影響の関係を「量・影響関係」と言い、量が多くなれば障害を起こすヒトの割合が増えることを「量・反応関係」といいます。動物実験で「量・反応関係」を調べ、色々な実験結果から、まったく動物に毒性がみられない量であるNOAEL(無毒性量)を決めます。さらに、一般的にこの動物実験結果のNOAELの100分の1をADI(ヒトの一日摂取許容量:一生涯毎日摂取しても安全な量)としています。食品安全委員会は諮問された物質について、リスク評価を行いADIを決定し厚生労働省へ通知します。農林水産省や厚生労働省はこのADIを基に、作物ごとの使用基準や食品中の残留基準を決めています。

一方、農薬などの化学物質のような「量・反応関係」を示さないものがあります。例えば、
ミネラルなどは多すぎたら中毒となり、少ないと欠乏症になります。すなわち図のような「量・反応関係」を示します。したがって、欠乏量と中毒量の間が無毒性量であり、言い換えれば生体にとっては必要量となります。

人体に明らかな障害が見えない遺伝毒性発がん物質とその発がん性
有害性が明らかなレベルの量では、ヒトへの影響の程度を示すことができますが、それ以下の微量の暴露では実証できないものがあります。放射性物質について食品安全委員会では、一生涯の被ばく線量が100 mSv以下ならば、人体影響は他のタバコなどのリスクに隠れてしまって、障害が見えてこないという結論を出しました。
消費者の不安の要因には、①ある・なしはわかりやすいが、リスクの確率という概念はわかりにくい、②見えにくいものは不安、③科学者の著書は真実だと思う、④メディアは不安感情を捉えて報道しやすい などの原因があると思います。
1回暴露などの急性毒性は比較的わかりやすいが、食品から微量の有害物質を長期間摂取した場合に、代謝、排泄過程を検討した上で安全性を科学的に理解するのは難しい。ここにリスコミュニケーションの必要性と重要性があります。リスクコミュニケーションを行うことによって、不安から生まれる新たな危害要因の発生、例えば風評被害などを防止することができます。

消費者の不安の要因とその発生源
残留農薬 食品添加物 遺伝子組換え食品が不安の御三家ですが、3つとも、食品安全委員会では適切に使用される限りにおいては極めて安全としている。国民の方々は食品の安全性に関する情報の多くをメディア情報から得ており、メディアの情報提供の責任は極めて大きいと考えています。
BfR(ドイツ連邦リスク評価研究所)は、「一般人は、①専門家より化学物質を危険視していて、②安全のための費用を惜しんではいけないと思っている、③天然化合物の方が合成化合物より安全だと思っている」と、一般人のリスク認識は直感的であるとしている。EFSA(欧州食品安全機関)では、市民が最も信頼する情報源は消費者団体からの情報だとアンケート結果で報告をしています。
一般消費者と科学者の安全と安心に対する考え方は異なっていると思います。消費者の不安要因には、専門用語がわかりにくいなどの情報発信の面と、行政の発信情報は信用できない、過去の体験などによるこだわりなどの個人の感じ方による面があります。したがって、消費者は消費者団体で情報を共有し、自らの知識を深め、冷静に総合的に判断してもらいたいと思います。そして、事業者は決められた規則は必ず守り、管理機関は適切な管理をしっかりと行い、消費者の感じ方や世論に流されず、わかりやすく科学的な情報を伝え続けなければならないと思います。

健康維持・増進に最も重要なことは
近年低体重児(2500g以下)が増えていることは、日本の将来の子供の健康面から大問題と思いますが、母親になる女性はこの問題に対する認識は高くありません。国民は誤った科学情報に惑わされずに、科学的情報を理解し、行動する能力が必要です。
・トランス脂肪酸の摂取量より、総脂肪の摂りすぎに注意すること。
・子どもを大切と思うなら、低体重児童出生を防ぐために妊娠中のダイエットは、しないこと。
・日々のバランスのよい食事に心がけ、安定した精神の維持に努めること。

若い世代へのアプローチ
食品安全委員会では、ジュニア食品安全委員会(クイズと講義など)、サイエンスカフェ、マスコミとの懇談会などを開いています。
メールマガジンなども発行していますので、是非登録していただきたい。

最後に
医療の現場では、Informed Consentが浸透し、納得した上で治療の方法に同意するということがよく理解されています。一方、食品は薬よりその内容がわかりやすいにもかかわらず、与えられた情報を理解しようとする努力が少ないように思います。食品こそ、情報をしっかりと理解し、納得した上て選んでいただきたい。すなわちInformed Choiceが重要であり、そのために、情報提供は十分に行うべきと考えています。


写真 写真
北池課長 小林技術参与

質疑応答
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 消費者団体はARALAの法則を主張しているが、放射能を可能な限り下げるとしたら、放射能を含む温泉はいけなくなるのではないか。→現在の科学的知見では、生涯で100mSvを超えると影響が出そうとしかいえない。(小泉)
      →厚労省は我が国の食料供給上、大きな支障を生じない範囲で規制値の低減をしていると説明している。(北池)
    • 安心をPeace of Mindと訳されましたが 外国では安全と安心はどう考えられているのか→安心は英語にない。科学的に安全なら安心というのが海外の発想のようだ。私は食品安全委員会では安心ということばを使うべきでないと思っています。科学では安全を論じるべきであり、安心は国民の意思や感じ方なので、自分の意志で行動するしかないと思います。(小泉)
    • メディアの影響が大きい。小泉委員長のようなお話をうかがいたいのに、そういう機会がない→科学についてテレビで語るのが効率的だが、広告費が足りない。事業者も工場見学などで、安全だから安心してくださいといっていただきたいと思う。(小泉)
    • 冷凍食品の会社の者。厚生省が4月から基準値を100mSvからさげると、事業者、生協はどんどん値をさげていくだろう→厚労省のやることに口をはさめないが、厚労省が基準を下げると、さらに厳しい独自基準を決めざるをえない。ホットスポットがでると、基準が緩いせいだとなる。動物実験をして安全率100倍をみているし、人は野菜などから、体内で8000近く暴露されているのに。
    • 事業者の反省をこめていうと、はじめはマスコミも「でも大丈夫です」を繰り返していた。保安院や東電が漏れてしまっていたと発表すると不信感をもち、安心できなくなった。事業者間では、ライバルが国より低い基準を売りにするから、こういう状況が混乱を招く。国の情報は信頼しない、国はどうでもいい。事業者であるお宅はどうなの?と言われてしまう→規制値以下の微量の放射線のことで不安になったり、いつかは身体に悪影響を及ぼすのではないかと思っている人がいます。水道水から検出されたというと、ペットボトルが入手しにくくなって、赤ちゃんに水分の補給が減り脱水になる方がよほど危険ではないか。安全と安心の区別が大事。測定値の意味が理解されていないのではないだろうかと思います。(小泉)
    • 大学生にその情報源を尋ねたら、メディアと家庭科の先生、母親だという。家庭科教師や母親への食品安全教育が重要でないか→重要だと思います。頭が柔らかい子どもの教育に取り組むことは非常に有効と考えています。副読本にはひどい内容のものもあったので、夏の教員研修にも委員が出向いていって講演をしています。(小泉)→冊子を作って、各県に配布し、各県での増刷をお願いしている。(北池)
    • ゲルマニウム半導体の測定器のばらつきがある。測定者の能力も関係する。測定は生産ロットで行っている。測った事実が信頼されているようだ。分析技術、精度、方法は理解されていない。
    • 消費者団体に期待したいということだが。→EFSAで消費者団体が信頼されているように、日本の消費者団体に頑張ってもらいたい。(小泉)
    • 食品安全委員会は消費者団体とサイエンスベースで話し合う取り組みは→意見交換をしました。拡大していってほしい分野。批判だけでなく共に学ぶ姿勢を消費者団体にもってもらいたい。ヒトは自分も社会の批判をしている人も加害者だと認識してもらいたい。車に乗っているかぎりあなたも加害者だと気づいていない。電気を使い、交通手段をつかって有害物質を排出しているのに、自分だけは他人に迷惑をかけていないと思っているのはおかしい。ゼロリスクを求めるのならば、コスト負担も含めて考える消費者になってもらいたい。わが国のように高学歴の人が多いはずなのに科学的に考えず、知識の応用力がないのは残念に思います。(小泉)


    グループディスカッション

    第1グループの発表
    地域ごとのリスクコミュニケーションに地域差がある。九州や東京は「こどもを守る」を一番に考え、被災地は「農業を守る」が一番となるように。
    EFSAの消費者団体と日本の消費者団体をみると、生協は国と違った独自路線をだすところがあり、国との基準の違いを説明できるのだろうか。ペットボトルのリユースみたいに流通を巻き込んでうまく動けば、生協の考え方はうまく広まるかもしれない。この他に「安心とは何か」で活発な意見交換を行った。

    第2グループの発表
    自分の思い込みで考えができあがっている人たちがいる。人の心を変えるのは難しい。
    研究機関ではGMOの啓発をしているが、最初から否定的な人の考えを変えるのは難しい 。電話対応をされている小林さんのご経験では、電話で人の考えを変えるのは特に難しいという。製造業は少しずつ、消費者とのコンタクト強化につとめている。
    個人的に印象的なのは不安な人を科学で安心させるのは難しいということ。それは信頼だろうが、一番難しい。行政の機関にリスコミをがんばってもらいたい。一定のノウハウがあると思うので、ノウハウの共有が出来るといい。

    第3グループの発表
    食品安全委員会で「食の安全ダイヤル」で相談担当されている小林さんの話しをうかがった。相談件数は8年間で8,500件だが、2011年3月は放射能関連の相談が殺到し、450件になった。
    リスク評価の考え方について農薬や食品添加物など量を管理することによる安全性の評価については、消費者の理解はかなり進んできていると思うが、その他の管理(BSEや遺伝子組換えのような同等性の評価、生肉の食中毒菌などの管理措置によるリスク低減を図ることによる安全性の評価)についての理解は進んでいない。
    お客さんの理解レベルに差があり処方箋作りが難しい。自分だけがよいという考えが根底にある。
    安心と安全はぜひとも、切り離して理解してもらえるように工夫していくべき。
    消費者の状況をみていると情報過多と情報欠如がある。重要な情報が少ない。企業や有識者は情報を出し続けるということが大事。

    結びのことば       食品安全委員会 勧告広報課長 北池隆氏

    食品安全行政の仕組み(消費者庁、食品安全委員会、農林水産省、厚生労働省の関係)についても未だ充分に伝わっていないことを認識いたしました。 
    リスコミについて、どういう体制でどういう方法で対応していけばいいか、いろんな意見をいただき、これからも検討していきたい。
    放射能に関する情報については、食品安全委員会だけでなく関係省庁、関係者(消費者団体、メーカー)が一致団結して行うべき課題と認識しておりますので、そのような方向に向けて皆さんの知恵も借りながら進めていきたい。