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TTCバイオカフェ「感染する?しない?植物とウイルスのミクロな駆け引き」開かれる

 2013年5月24日、東京テクニカルカレッジ(TTC)と共催で、国際植物の日にちなんで、TTCバイオカフェを開きました。お話は(独)農業生物資源研究所植物科学研究領域 石橋和大さんによる「感染する?しない?植物とウイルスのミクロな駆け引き」でした。
 始まりは黒木彩香さん、田中景子さん、芝原恭子さんによるクラリネットとファゴットの三重奏。モーツアルトの作品番号でおなじみのケッヘルは自身が植物・鉱物学者であることから、博物学の知識を応用して楽曲を整理したのだろうと考え、植物の日にちなんで、モーツアルトの作品が選曲されました。


TTCバイオカフェブログより

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クラリネットとファゴットの三重奏 三上校長先生のウエルカムスピーチ
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石橋和大さん 会場風景

主なお話の内容

ウイルスが見つかるまで
 植物ウイルスの世界で最初の記録は、孝謙天皇が詠んだ「夏なのに黄色い葉(ウイルスに罹患)を見つけた」という万葉集のなかのヒヨドリバナの歌であると考えられている。
 生物の分け方には、肉眼で見える動植物とその他とか、核をもつ菌類までとその他などの境界があるだろう。ウイルスはDNAやRNAがタンパク質で包まれただけの単純な構造をしており、細胞をもたない。他の生物体内でしか増殖できないウイルスは、そもそも生物かどうかも議論が分かれている。(参考 福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」)
 大きさをみると、赤血球は7-8マイクロ(毛髪の10分の1)、大腸菌は3マイクロ。しかし、インフルエンザウイルスは0.1マイクロで、ウイルスは非常に小さい。
 
ウイルスの発見
 1898年タバコモザイクウイルスの存在が発見された。モザイク病に罹った葉をすりつぶしてジュースにして元気な葉に塗ったら病気になった。ジュースを細菌濾過器である素焼きの器でこして葉に塗ったら、やっぱり病気になった。ウイルスはラテン語で毒液という意味。当時の顕微鏡では確認できなかったが、病気を引き起こすウイルスの存在が知られた。ジュースを希釈して葉に塗ると壊死する状況が変わることから、液の中のウイルスの量が関係するとわかった。
 1930年代 電子顕微鏡でタバコモザイクウイルス(TMV)が棒状にみえた。長いRNAが、らせん状になっていて一種類のコートタンパク質が巻きついた構造だった。
 ヒトのゲノムは30億塩基対、イネは4億塩基対。TMVは6400塩基対で、遺伝子は4つ。植物ウイルスの遺伝子は大体4-10個くらいで格段に少ない。
 ウイルスは宿主の細胞に入り込んで、宿主を利用して、宿主に頼って生きている。また、ウイルスには感染する宿主が決まっている。実はこれが私の興味の中心なのです!
 
ウイルス抵抗性
 ウイルス抵抗性遺伝子を持つ植物はある。そのウイルス抵抗性遺伝子を交配しながら、ウイルス抵抗性を持つ品種育成に利用する。たとえば市販のトマトの種には、いくつかの病気に強い遺伝子を交配で入れていると袋に書かれている。
 メンデルの法則で習ったように、遺伝子には劣性と優性がある。遺伝子は対になっているので、劣性遺伝子は1対そろわないと、その性質が表に現れないが、優性遺伝子はひとつあれば、その性質が表に現れる。植物の持つウイルス抵抗性遺伝子が劣性遺伝子のときとは、ウイルスが増殖に利用する因子が植物体にない状態で、ウイルスは生きられない。ウイルスが利用する因子が植物が生きる上で欠かせない因子であるとき、その因子がなくなると、ウイルスは増えられないが植物も死んでしまう。そこで、植物は遺伝子の能力をふたつに分けて、一方をけずると、ウイルスは生きられず、植物だけが生きられるようになるという戦略をとっている。優性抵抗性遺伝子があると、ウイルスが生きられない。
 試験管内に宿主細胞のすりつぶし液とウイルスを入れるとウイルスが、がんがん増える。抵抗性を持つトマトをすりつぶした液にウイルスを入れたら増えなかった。その抵抗性トマトの液を成分ごとに分けていき、抵抗性を示すタンパク質Tm-1をつきとめた。X線解析をつかって分子構造も解明した。
 
ウイルス抵抗性遺伝子の特徴1
 すべての作物に抵抗性遺伝子があるわけではない。Tm-1をもっているトマトはTMVには強いが、ピーマンのウイルス病防除には使えない。ウイルスが決まった宿主にしか感染しないということは、宿主以外の生物種は抵抗性を持っているということでもある。他の生物に着目すると、抵抗性因子を見つける可能性は無限に広がるのではないか。
 抵抗性の個体と感受性(抵抗性を持たない)の個体をかけあわせるとその遺伝子が劣性か優性かがわかる。植物の種類が近いと感染するウイルスの遺伝子も似ている。
 ウイルスは宿主の一部の遺伝子を利用して寄生する。ウイルスにとっては、宿主にはたくさんの使えない遺伝子がある。関係がない遺伝子に邪魔されないことも、ウイルスにとっては有利なこと。
 
ウイルス抵抗性遺伝子の特徴2
 ウイルスは変異(遺伝子の変化)が早いので、すぐに耐性を持つようになる。38億年の生命の歴史の中で生物とウイルスの戦いは続いている。トリ、ヒト、ブタで、感染するウイルスは異なっている。
 新しい生物に感染する能力を獲得するときに、ウイルスは以前の生物への感染能力を失う、「トレードオフ」が起こっている。ウイルスはコンパクトな体に多くの機能を持っているので、変異して何かを得ると、どれかを失う。実は変化に弱く、新しい形質獲得の代償を払っているといえるのではないか。
 Tm-1タンパク質の構造を解析したところ、ウイルスの変異している様子、変異に対抗している植物の姿がみえてきた。
 
まとめ
 トマトモザイクウイルスの研究から遺伝子産物を同定し、その働きがわかった。
 この成果を利用し、新しいウイルス抵抗性植物を作ることができるかもしれない。Tm-1と相手のウイルスのタンパク質の構造がわかってきたので、植物ウイルスに対する薬剤の研究を進めている。
 ウイルスと宿主の関係や組み合わせをさがしていきたい。遺伝子組換えの技術を使わなくても、このウイルス抵抗性遺伝子は育種で導入し、新品種をつくれる。
 非宿主は阻害因子の宝庫かもしれないので、ウイルスに感染しない生物の遺伝子解析もこれから、取り組んでいきたい。


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「タバコモザイクウイルスにかかった葉です」 会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 家庭菜園を行っているが、トマトの種がこんなにたくさんの病気に対する抵抗性を持っているとは知らなかった→F1は萎凋病、Tm-1はトマトモザイクウイルス抵抗性などいくつかの病気に抵抗性があることが種の袋に記号で記されている。トマトは病気にかかりやすいので、すごくたくさんの抵抗性遺伝子をいれてあることがセールスポイントになっている。
    • トマトのTm-1遺伝子をナスやピーマンにいれたら、抵抗性はできないのか→トマトの遺伝子をナスやピーマンに導入するのは遺伝子組換え技術を使わないとできない。本当にその病害で困っていたら、遺伝子組換え技術で抵抗性をつけることになるだろう。今はそこまで機運が高まっていない。
    • 遺伝子組換え技術が使えないのは消費者のせいですか→消費者と一緒に議論することが大事。
    • 同じ場所で同じ作物を続けて作ると、連作障害がおこるというが、その正体はウイルスなのか→ウイルスも連作障害の原因のひとつ。特にトマトモザイクウイルスは収穫後、土壌で10-20年、生き残るので、新しく植えた生物に影響を与える。連作障害には、必要な土壌の栄養素が使い尽くされてしまって、次の作物が育ちにくいこともある。
    • ウイルス抵抗性のあるトマトをうえたら連作障害はないか→ウイルス病が原因だった場合、同じウイルスについては、連作障害は起こらないはず。他の原因の障害は起こる。
    • 微生物の種類は膨大だと思う。ウイルスは作物を病気にするから悪いもののように考えられるが、いいウイルスはいないのか→感染したために甘くなる、感染していると塩害に強くなるという例はある。私たちは病気の症状が見えた時に、その原因のウイルスを見つけるので、悪いウイルスばかりが見つかってしまう。
    • 実験が大変だったと思いますが、遺伝子の地図はもっとすっきりできないものですか→遺伝子の地図は配列が似ているほど近い場所に書かれている。すっきりするためには、数学の方にがんばってもらいたい。
    • トマトを選んだ理由は→いろいろな偶然が重なった結果ですが、一番にはトマトが好きだから
    • Tm-1を見つけるのは何年もかかってすごく大変だったと思いますが→「この液体の中にウイルスに抵抗性のある物質がある!」とわかっていたので、解析していく時は宝探しの気分の3年間で、楽しかったです。
    • ウイルスが増えていくと植物は枯れてしまうが、宿主になる植物にあえないとウイルスはどうなるのか→土壌で10年くらい生きているものもあるし、昆虫に寄生したりするものもある。ほとんどすべてのウイルスが死に絶えても、どれかひとつが生きていれば、ウイルスは生き延びる。私はウイルスも宿主を殺したくないのだと思う。ある作物とうまく共存していたウイルスがいたとする。人がトマトを増やしたのでウイルスはたくさんあるトマトに入り込んできて、今まで付き合っていた作物のように共存しようとしたが、トマトとはうまくつきあえず、病気にさせてしまっているのではないだろうか。
    • ウイルスにくっついて邪魔する優性因子はどのように働くのか→植物にも免疫があり、過敏感反応でウイルスにやられた細胞は自ら細胞死をする。抵抗性遺伝子がウイルスの侵入を感知して自殺する指令を出しているらしい。
    • トレードオフの説明について→ウイルスが感染できる宿主を拡大すると、ある能力をなくすことをさす。即ち、どちらかの宿主を選ばなければならないという二律背反。
    • トレードオフは戦略なのか→ウイルスの気持ちになると、新しい宿主に入るとその場でウイルスは必死に新しい生き方をするようになる。だから元の宿主には感染できなくなることまで気にしていられないのではないか。それを我々がトレードオフと呼んでいるだけ。