アクセスマップお問い合わせ
サイエンスアゴラ2014シンポジウム「身近になった遺伝子検査〜みんなで付き合い方を考える」

 2014年11月9日、サイエンスアゴラ2014で標記シンポジウムを開きました(於日本科学未来館)。テーマは、テレビや新聞で取り上げられることが多い「消費者直販型遺伝子検査(DTC検査、DTCとはDirect-to-consumerの略)」をとり上げました。立ち見が出るほど、多くの方においでいただきました。

写真 写真
パネリストのみなさん パネリストのみなさん
当日のプログラム


話題提供「身近になった遺伝子検査〜みんなで付き合い方を考える」
          東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 教授 武藤香織さん

はじめに〜今日のテーマ
最近は遺伝子検査がよく話題になる。きっかけになったのは、アンジェリーナ・ジョリーさん。遺伝性乳がんの家系に属する彼女は、遺伝子検査を受けて、将来がんになる確率が高いことを知り、がん予防のために、乳腺切除手術を受けた。彼女が受けた検査は専門外来で相談するもので、消費者は直接買えない。ただ、同じ遺伝子検査でも、遺伝性の病気以外の病気になるリスクを調べる商品は、未だ研究途上ながらも、既に販売されている。病気の予防に関わる医療関係者にとって、遺伝情報を調べ、それに基づいて健康指導を行い、予防に生かしたいというのは切なる願いだが、消費者が直接買って、自分で役立てるのは時期尚早との声も根強い。また、DTC検査は医療行為なのか、情報提供サービスなのか、結論は出ていない。一般の人はどう思うのか。
 
海外の状況
DTC検査の取扱いについて、アメリカでは、州によって状況は異なっている。フランス、ドイツ、韓国では、遺伝子検査を医療行為とし、DTC検査を認めていない。イギリスは、政府と業界が議論し、適正な枠組みのもとでの実施を容認している。
また、アメリカでは、FDA(食品医薬品局)が、23andMe社によるDTC検査に対し、本来、専門外来で実施すべき検査を販売しているとして、販売禁止措置を出すという出来事があった。
 
個人遺伝情報とデータベースの扱い
「法律で規制するのがいいのか」
DTC検査だけでなく、ゲノム研究でもゲノム医療でも、個人の遺伝情報を利活用しないと実現できない。だが、重過失や悪意のある利用に対して、不利益を被らずに済むかと問われると、万全な体制とはいえない。私たちの実施したアンケートでは、個人遺伝情報を勝手に取られたり、勝手に使われたりするのが嫌だと7割が回答している。差別禁止をしてほしいという声よりも強い。
「データベースの扱い」
DTC検査の向こうには、データベースを使った研究や事業が見据えられているが、一般の人々にはよく理解されていないと思われる。23andMe社は、顧客とともにゲノム研究を進めるという事業も開始しており、同社の個人遺伝情報データベースには、DTC検査の顧客から得られた90万人分のデータがある。ただ、同社へのデータ提供を同意した顧客は、研究計画に意見を述べたり、研究計画を提案したりして、主体的に研究に参加しているように見える。まさに「市民の科学」がスタートをしているともいえる。
以上をまとめて4つの論点を提案する。
 
論点1  研究途上の検査技術を売ってもいいのか? しかし、市民には知る/買う権利もある?
論点2  DTC検査は、医療行為? 情報サービス? 医療であるならば、検査キットも国の審査を受けるべきではないか?
論点3  日本でも個人遺伝情報利活用と保護を同時に促進する法律をつくる運動を!
論点4  市民とデータベースの距離をもっと近く!
 
最後に〜DTC検査について10項目
DTC検査を買おうとする方へ、買う前に確認してほしい10項目をまとめたので紹介したい。
1 これは診断ではありません
2 会社によって答えはバラバラです。まだ研究途上だからです
3 研究が進めば、確率は変わります
4 予想外の気持ちになるかもしれません
5 知らないでいる権利の存在を知りましょう
6 知った後は戻れませんが、忘れてしまってもいいのです
7 血縁者と共有している情報を大切に扱いましょう
8 強制検査・無断検査はダメ、プレゼントにも不向きです
9 あなたのDNAやゲノムのデータの行方に関心を持ちましょう
10 子どもには、大人になって自分で選べる権利を残しましょう


写真
「身近な方がDTCを受けたことがある方は青い紙を
掲げてください」
10箇条のパンフレット


「身近になった遺伝子検査」
              生活協同組合コープこうべ 伊藤 潤子さん

私は全くの素人です。健康に限定して、DTCと付き合うに当たっての問題点を話したい。検査会社に対して検査を売る人と検査を受ける人の意識の間にギャップがあると思う。評価はどのくらい確かなのだろうか。事業の確かさが重要。一方、ビジネスチャンスであることも理解できる。
規制より、「枠組み」が必要。
健康食品販売規模の現状を思うと、検査ビジネスも同じようにチャンスがあると思う。
 
消費者の立場で
個人が持つ遺伝子への抵抗感は減っている。入手は簡単で、興味もあるし、そんなに高くない。しかし、取り消しの難しさが伝わっていない。
この40年間にあった消費者問題と比べ、DTCでは対象になる消費者が広がるだろう。検査結果をどう受けとめるのかが難しい。クーリングオフはできても、人生に影響を与える情報を知ることへの覚悟が求められることになる。はたして自己責任を貫けるだろうか。
これから、ビジネスに参入される事業者には、人々によりより貢献をして頂きたいし、被験者の長い人生に大きな影響を与えるものを販売するという覚悟を持っていただきたい。


「ゲノムリテラシー教育の必要精」
              埼玉県立蕨高等学校 菅野 治虫さん

卒業後に生物の教科書から離れて、DTCなどの問題と向き合っていくことになる高校生と、遺伝の授業でロールプレイを取り入れて勉強している。目的は「遺伝子を用いる技術が身近な話題だと気付いてほしい」「当事者の気持ちをわかってもらいたい」「異なる立場の人の気持ちを想像できるようになってほしい」という3点。
ロールプレイとは役割を演じて疑似体験をすることで、孝之という青年(幸子と結婚を考えている)、幸子(プロポーズされたが、自分にはアルツハイマーの親がいるので、自分は遺伝子検査を受けて陰性であることを確かめたい)、孝之の母(家系に傷がつくので結婚に反対)の3人が登場する。
孝之の母は一般社会のことばを代弁している。母を納得させても、社会を納得させるわけにはいかない。若いカップルはどうするのだろう。
ロールプレイをして、振り返り、またロールプレイをして、振り返る。
アンケートをみると、「本人の意思だけを考えていたが、将来の子どもを考えるとそうもいかない」「病気や遺伝子は自分だけのものではない」「考えはひとつでない」「自分の意見を持つことが大事」「知らないでいる権利もある」「医療技術がマイナスになることもあるとわかった」などの意見がでてきた。


「DTC検査をどう伝えるか」
              共同通信社・科学部 佐分利幸恵さん

 入社10年。姉の子どもが重篤な遺伝性の疾患を持って生まれたことから、遺伝の分野に関心を持つようになった。これまで遺伝病の家族や患者・医師のほか、特定の遺伝性の病気に悩んでいる人にも取材した。

アンジェリーナ・ジョリーさんが受けた遺伝性乳がん・卵巣がんの遺伝子検査はDTCとは違うが、「遺伝子検査」というキーワードが広がるきっかけになった出来事だった。ジョリーさんが乳腺切除を決めた背景である、リスク87%の科学的側面を題材にした記事を書いた。科学部は検査の内容や科学的根拠をとりあげる。DTCは発展途上であって、会社によって出てくる結果が異なることをよく考えて慎重になってほしい。

本当にDTC検査を受けたいのか、正しく判断してもらえるように記事を書いている。懸念されることは、今後ストックされる膨大な検査結果をどう取り扱っていくのか。

人材が少ない遺伝カウンセラーが優先すべきなのは、DTCを受けた人ではなく、遺伝性疾患の患者さんや家族であるはず。遺伝カウンセラーが健康な人のDTC検査の説明に駆り出されることを心配している。良い遺伝子、悪い遺伝子という安易な二極化の考え方が先行し、悪い遺伝子を排除しようとする傾向も恐れている。

新たなサービスも増えて行く中、消費者が正しい判断ができるような情報提供をしてきたい。


「消費者向け遺伝子検査の状況〜適切な利用環境のために」
               経済産業省生物科学産業課 柳沼宏さん

 遺伝子検査の流れは、①説明をきいて検査を受けることに同意する。②サンプル送付。③会社側で遺伝子の配列を読む。④読んだ配列が何を意味するか解釈する。⑤検査結果の報告とフォローアップ、となる。遺伝子配列が何を意味するかの解釈(④)は研究途上にあり、会社によって異なる。このため、同じサンプルを送ったのに2社から異なる結果が届くこともある。
遺伝子配列が正しく読めて、現時点の知見に基づく妥当な解釈が行われれば、健康管理に役立つかもしれない。けれど、結果をみて不安を抱えてしまう人もいるかもしれない。
「知らないでいる権利」も大事。不利益なども考えて検査をうけるかどうか、結果を見るかどうかを判断すべきで、利用者側の心構えが重要。解釈は研究途上であり、将来変わることも踏まえて覚悟を持たないといけない。
経産省では、個人の遺伝情報の保護や適切な取扱いのために「個人遺伝情報保護ガイドライン」(※1)を公表しているほか、遺伝子検査ビジネス実施事業者に参考にしていただくための遵守事項(※2)、利用者向けの事業者選定チェックリスト(※3)なども公表している。是非これらを参考にしていただきたい。
※1 http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/Seimeirinnri/H19guideline.pdf
※2 http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/zyunshu.pdf
※3 http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/pdf/leaflet.pdf


「遺伝情報の特性と医療分野での遺伝子検査」
               個人遺伝情報取扱協議会 堤正好さん

個人遺伝情報取扱協議会では、(http://www.cpigi.or.jp/
事業者向けの自主基準を策定し、今年改定した。(http://www.cpigi.or.jp/jisyu/index.html
これを守って検査を提供しているかを調査し、今後認証制度にすべく検討している。
ここ1-2年で急激に消費者に直接、病気のリスクなど重要なメッセージ(個人遺伝情報の分析結果)が届くDTC検査が購入できる時代になってしまった。私は、1985年から遺伝子検査や個人遺伝情報保護関連のこと関わってきたが、ここ2-3年は年ごとに状況がどんどん変わっていくのを感じている。
遺伝情報の特徴は、①一生変わらなくて、②孫や子に伝わる情報であること、などであり、相当慎重に遺伝子検査や遺伝情報の取扱いの枠組みを作ってきたので、医療の枠組みの中で行われている遺伝子検査の実態も紹介しておきたい。
これまでの医療分野での遺伝子検査の使われ方は、2012年の調査では、(http://www.jrcla.or.jp/info/info/info_99.html)①感染症の検査(約480万テスト;ウイルスや結核菌などの細菌の遺伝子検査)、②白血病(約22万テスト)や遺伝病の診断(約4000テスト)、などである。そして、遺伝子検査が広く実施される条件としては、①患者数が多い、②病気の診断に利用できる、③治療方法が確立され、その治療状況のモニタリングに利用されるような場合などがあげられる。また、C型肝炎の場合だと、ウイルスがいなくなったのかを確認する、白血病の場合であれば白血病細胞がどの程度減ったかなどを調べるので、同じ患者さんが何度も検査をうけるので、検査数は多くなる。
参考サイト 「経済産業分野のうち個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン」(平成16年10月 経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/bio/Cartagena/seimei-rinri/files/keisanshoguideline.pdf


「データベースの科学的意義」
               東京大学医科学研究所 井元清哉さん

 私は統計学が専門で、15年前からゲノムデータ解析をしている。今日は、ゲノムデータがいかに活用され、明るい未来につながっているかを話したい。
健常人のデータベースと病気の人のデータの比較は有意義。適切な同意をうけたうえでDTC検査が行われ、データが蓄積できると、日本に住む人々の遺伝的多様性がわかる。
その結果、効かない薬を無駄に飲まなくなり、患者さんの心の負担を少なくできるのではないかと思う。病気になる前の健康な状態の背景にある多様性がわかってくるだろう。ゲノム情報を用いると、個別化医療の基礎データができることになる。
人には、そのゲノムにちょっとした故障があるもので病気のリスクに関わっているものがある。さらに生活習慣でそのリスクが変わる。たとえば、ある2つの遺伝子に多型があると食道がんのリスクは数倍になるが、加えて飲酒と喫煙習慣があるとリスクが約200倍に上昇することがわかっている。
最近の論文によって、9万人の遺伝子を調べたら、健康な人も200くらいの遺伝子で片方(1対のうちの一つ)は不活化していて、両方が不活化している遺伝子が20個くらいあることがわかった。でも、その方々は健康に生活できている。不活化していることで良い影響を与えている遺伝子も見つかっており新しい薬の標的として注目されている。
データを集めるのはこのようによい成果がでることもあるが、そうばかりとは限らない。データが蓄積されると意味が生じてくる。DTC検査をしている会社のデータが統合されればシナジーが生まれる。社会のために利活用できたらいいと思う。


写真 写真
会場風景1 会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→ 名前はパネリスト

    • 私には生活習慣病があるので、3社のDTC検査をやってみた。質問内容が会社によって異なっていた。病気に関係のないことも含めて、とにかく質問数が多い。主治医に検査結果を見せたが、わからないと言われ、検査会社もフォローしてくれない。年収まで尋ねられて当惑した。
      → 井元:統計学者としては、行動変容につながる可能性がある項目として年収をきくこともあるではないかと思う。
      → 堤:結果を医療機関にもっていって医療に活用する仕組みはまだない。検査会社に問い合わせをして、知識のある医療機関を紹介してもらうのが現実的ではないか。同意書の中に医師、カウンセラー相談の連絡先を明示しているところもあるようだ。
    • 病院の遺伝医療専門課程の学生。病院にDTCをめぐる相談を持ってくる人もいる。自分の家族の遺伝への不安があるときの窓口は、病院ではないのではないか。DTCを行う企業に窓口をつくって、クライアントはそこに相談してほしい。
      → 佐分利;病院では胎児の相談などが優先されるべきだと思う。
      → 武藤:健康な人が興味本位で受ける場合でも、その背景に、遺伝の不安が隠れているかもしれない。かかりつけ医も近隣の遺伝カウンセラーを紹介するくらいはしてほしい。提携先の医療機関が示されているDTC検査を選ぶという方法もあるのではないか。
    • DTC検査に関係して得られた個人遺伝情報はどこまで管理されているのか。統計的に扱うのか。情報量が増えて、データとしての価値が出てくるのではないか。データベースとしての商業価値が出てきたら、倫理は業者に依存することになるのか。
      → 柳沼:個人遺伝情報は個人情報保護法や関連のガイドラインに沿って取り扱われる。個人情報の扱いに不備があると大きな問題になるので、事業者側も個人遺伝情報取扱審査委員会を設置して事業内容を審査するなど、気を使っている。
    • 会社が倒産したり、合併したりしたとき、データはどうなるのか。
      → 柳沼:経産省が作成した事業者向けの遵守事項では、倒産などの会社の経営状態が変わった場合の個人情報の取り扱い方針などは、検査の前にあらかじめ説明してその上で同意を受けるよう求めている。
      → 堤:OECDのガイドラインではバイオバンクが閉所のときの扱い方についても触れられている。また、匿名化して情報をどこまで使うのかも検討が必要で、ビッグデータとしての扱いについても今後議論も出てくる。例えば、JRのSuicaデータのビックデータとしての利活用に対しての社会の拒否反応などは参考にすべき。
    • 武藤:皆さんの発言を聞いて、10カ条を改善し、ビッグデータの利活用についても盛り込むべきだと今、考えている。日本のDTC検査企業は、データベースまで計画ができているかどうかわからない。同意撤回の権利があること、一定期間しか撤回できないこと、これらのことを顧客がいつまでも覚えていられるような工夫も必要。
    • 医療関係者です。DTCは未熟な分野だと感じた。医療の検査は治癒を目指すから同意して行う。例えばアルツハイマーの検査を受けても、治療法はない。同意してもらえれば、データベースは構築できるが、本人にメリットはないだろう。同意書を含め仕組みが整っていない印象を受けた。
      → 武藤:診断のための検査の同意書でも、最近は、よく読むと、研究や精度管理の目的に使っていいかという項目は入っていると思うが、わかりづらいのは事実。
    • 20年前、出生前診断に関わる研究をしていた。陽性を伝えられたときの受け取り方が大事で、どう説明できるか、自分で考えなさいというのか。ルールが整わないうちに一般の人が遺伝子検査を使えるようになるのはいかがなものか。生命科学の教育が必要。企業には責任をもっていただきたい。
    • 医療と非医療の交通整理が必要。それは、遺伝病の話と生活習慣病のリスクをみて行う生活改善の交通整理ということだと思う。
      → 堤:アカデミアの先生に考えてもらう時期が来ている。アカデミアにもこの現状を理解してもらいたい。
      → 武藤:アカデミアも意見がまとまっていないのが現状。
    • DTC検査で得られた民間のデータベースの共有はどうなっているのか。医療のデータの統合がないのはなぜだろうか。民間の場合、メリットがないのに、データシェアリングすることはありえないと思う。
      → 堤:医療用データはマイナンバー制度が整理されていき、電子カルテの情報の吸い上げで有効利用が始まるだろう。
      → 井元:ゲノム情報のデータベースは社会の財産という認識が広まってほしいと思っている
    • 菅野:学校教育の場ではゲノムリテラシー教育はまだまだ発展途上だと思う。学校ではヒトの遺伝を扱うのはタブーだった。ロールプレイの後、生徒からはもっと知りたいという意見が多かった。ナイーブな内容だが、知識だけでなく遺伝情報との付き合い方を考えるように深める学習が必要であると思う。
    • 伊藤:DTC検査を販売する企業は、人生をかかえた生身の人間をイメージして事業をしてほしい。消費者が選ぶときの基準があるといいと思う。従来の商品には消費者契約法がある。今すぐできることとして、キットの中に武藤先生の10項目を入れてほしいと思う。


    本事業は、東京大学医科学研究所、個人遺伝情報取扱協議会と共催で、日本サイエンスコミュニケーション協会、東京テクニカルカレッジ バイオ科のご後援を頂いて行いました。