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サイエンスカフェみたか「土のサイエンスのエトセトラ」

 2015年4月9日、三鷹ネットワーク大学で「サイエンスカフェみたか」を開きました。お話は、Food Watch Japan編集長 齋藤訓之さんによる「土のサイエンスのエトセトラ」でした。齋藤さんは生産者など現場の人たちに長く取材してきた蓄積をもとに「有機野菜はウソをつく」という本を出版しました。

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会場風景 著書とお土産の葉の形のクッキーを持つ齋藤訓之さん

主なお話の内容

はじめに
有機野菜と聞くと、いいと思う人は多い。20年近く食や農に関わる取材をしてきたが、有機野菜の作り方と普通の野菜との違いをすぐに説明できる人はほとんどいない。有機野菜を作っている人にも説明できない人がいる。
実際にどうやって作っているのかわからなければならないと思い、「有機野菜はウソをつく」という本を書いた。刺激的なタイトルは出版社の意向で決めたものではあるけれども、多くの人の理解にウソがあるのは事実。
私は函館生まれで、実家の裏は100m×200mのジャガイモ畑だった。6月に収穫する。ボールを取りに畑に入ったりするとひどく叱られて、農家の人は怖いと思って育った。1990年、農業通信社に入社し、農家の人と接するうちに話がうまい人が多く、仲良くなって、畑を見せてもらえるようになった。
 
土壌分析
ごく少数だがかなり熱心な農家の人がしていることに、「土壌分析」がある。50-60cmの竪穴をほり、縦穴の地層を観察することで、サンプリングして研究所で分析してもらうこともある。分析を依頼しなくても、土地がどこまでが軟らかく、どこから硬くなっているかを知って畑作をすることは意味がある。この堅穴を1枚の畑につき四隅など複数箇所を掘って調べる。
 
土とは
泥遊びを思い出すと、土はいろんなものが混ざっていて、場所で組成が違うことがわかる。
土は、次の4要素からできている。
・造岩鉱物  砂や石が細かくなっていく過程で、成分は変化していない状態。
・粘土鉱物  造岩鉱物から組成と性質も変化した物質。
・腐植  植物や動物など生物の死骸から出来る有機化合物などの物質。生物とは異なる性質に変化している。
・生物  微生物から手で触れられるような虫などまで、生きているもの。
土とは、ごはんに納豆をまぜてねばねばになったようなものだと思う。粘土、砂、腐葉土を買ってきて混ぜても土にはならない。
 
土の性質
土の粒(土のコロイド)は、アルミニウムとケイ酸(ガラスやシリカゲルの原料としておなじみ)の板がくっついているイメージ。アルミニウムはオーストラリアやアフリカからボーキサイトを輸入して精錬しているが、実は日本の土にはアルミニウムが多く含まれている。ただしアルミニウムだけ取り出すのに向いた状態でないので、ボーキサイトを輸入している。
土を水に溶かすと、土の粒のケイ酸の表面は負に帯電し、アルミニウムの面は正に帯電する。ケイ酸の面には陽イオンが、アルミニウムの面に陰イオンがつく。植物が必要な成分はある例外を除いていずれも金属イオンでみなプラスだから、雨が降ってもケイ酸の面からはがれない。
粘土鉱物と腐植が失われると、砂漠になってしまう。砂地の農地では毎年、腐植を入れていく。ニンジンや芋のように砂地に合っているものもあるが、粘土がないと耕作しにくい。
アルミニウムをケイ酸でサンドイッチしている黒土とよばれる土がある。これはロシアの黒土地帯(チェルノーゼム)、北アメリカのプレーリー、南アメリカのパンパにある。アルミニウムから悪影響が出にくく、ケイ酸の面腐植が付きやすい。腐植も負に帯電する。黒土地帯には一度も肥料を入れたことがない土地もある。
日本には黒土はなく、日本の土は作物が出来にくい。そういう土で頑張っているから日本の農家はすごい!
土の粒は水の中でコロイドになる。コロイドとは、土をビーカーで水に溶かしたとき、造岩鉱物が沈み、ずっと浮いているのがコロイド。土のコロイドは負に帯電していて、陽イオンが付く。
土のコロイドに付くイオンのうち、作物の栽培で重要なものはとくにカルシウム、マグネシウム、カリウムなど。
土のコロイドは座席数が決まった円卓のようなもので、その空席には水素イオンが着席するイメージ。ところが作物にとって水素は意味がないし、土を酸性化することになる。だからカルシウム、マグネシウム、カリウムをしっかり入れてコロイドにしっかりつくようにした方がいい。
 
有機農業
有機農業の有機とは有機物(炭素化合物)がいっぱい入っているから有機農業と理解している人が多い。ところが、実際に作物が取り込めるのは分子量が小さな無機栄養が主体。ほとんどの有機化合物は分子量が大きすぎて植物は吸収できない。
食品リサイクル法ができ、残飯を堆肥にすることが奨励され、堆肥の使用が奨励されている。これは有機化合物を大量に含んだものだが、植物は有機物なしで生きていける。
油粕を畑に入れても有機物の分子は大きすぎて根に吸収されない。油粕が発酵して出来たより小さなアミノ酸の分子は、根にある小さい孔から吸収される。
 
栄養週期
植物はどういう栄養がいいのか。ヒトの成長と栄養を考えてみると、母乳の組成は鯛のうしお汁に近くアミノ酸が豊富で、お粥の組成は澱粉があり、授乳期、離乳期で必要な栄養が違う。育ち盛りになればまた異なる。
巨峰を作ったのは富士山が見える静岡に研究所を持つ大井上康氏。巨峰とは富士山のこと。石原センテニアルというのがこのブドウの品種名。オーストラリア起源の品種から交配してつくられた。農林水産省に戦前、品種登録をしようとしたが、一般農家には栽培が難しすぎるという理由で、登録は拒絶された。
そこで、「巨峰」を商標として登録し、育種者の権利を守ろうとした。しかし、現実には日本中でなしくずしに巨峰が作られ商標は守られていない。あまりに広まり、一般商標となってしまった。
いずれにせよ、このブドウ栽培にはマニュアルが必要で、この根拠となっているのが、大井上博士が提唱した栄養週期理論。植物の必要な栄養は生長段階で異なっているが、この方法が広まると肥料をムダにせず節約することができる。
赤苗(見るからに頼りないひょろひょろの苗)を作り、栄養がない田んぼに植える。苗は栄養を探して一生懸命に深く広く根を張る。根が張ったところで窒素をあげると体の中に窒素化合物を作り始める。窒素で植物の細胞の中身(アミノ酸)が充実する。
一方、植物細胞には細胞壁がある。細胞壁には炭素が必要になる(つまり有機化合物)。細胞壁に必要な糖質は肥料ではなく、光合成で作られる。光合成のためにはお天気が大事。窒素をあげた後に天気が悪いと細胞は増えても細胞壁が貧弱になる。だから、天候を見ながら窒素を上げる時期を遅らせることもある。
そして、花芽がつく直前に窒素を切って、リン酸とカリウムを与える。これが授粉期に入った信号として働く。
花が終わって果実を充実させる段階ではカルシウムを与え。それは細胞壁をしっかりさせるため。たとえば、カリカリ梅はあくにつけてから梅干しにして作る。これはペクチンとカルシウムはペクチン酸カルシウムという硬い物質になるから。巨峰の実がなるときにカルシウムを与えてペクチン酸カルシウムを作らせるから、良質な巨峰は食べた時パキッと音がする。
生長段階に合わせて気を配って作るのが農業だが、これは毎日畑を観察できる専業農家でないとできない。
一方、戦後の高度成長期の政策として、農家が兼業して工場で働けるように、初めに肥料をどんとあげておいて、そんなに気をつかわなくていいスタイルの農業が考案された。
栄養週期論に従えば、気を配りコストダウンを図りたい農家は有機農業である必要はない。
 
白砂青松
白い砂と緑の松の景色。日本の海岸を表すことば。
現在、日本中で多くの松林が枯れている。行政で松くい虫の防除の対策が進められ、薬剤散布が行われている。しかし、陽樹である松を密植させているから枯れるのであって、薬散布は不要という説もある。
さらに、松は栄養過多だと育たない。落葉を根元にたまったままにしておくので栄養過多で枯れるという説もある。昔は、松の落葉は農家が拾って行って、堆肥にしていたので落葉はほとんどなかった。白砂青松は自然が作った景色でなく、落葉をひろって松が栄養過多にならないようにして、保たれていた景色だったのではないか。
例えば、江戸時代は下肥が肥料として重要だったから、その結果として江戸の町は当時の世界でもっともきれいな街だった。そこには人の働きがある。
 
リービッヒとテーア
昔ドイツでは、農家から税金を取るときに、収穫が多い所には多く課税しようとした。課税するためにどういう畑がよくとれるか調べた。
テーアは有機栄養説を唱えた(植物には有機物が必要)。リービッヒは実験室で無機成分だけで植物が育つことを証明した(無機栄養説。ただしリービッヒは植物は窒素を空中から取り込むと思い込んでいた)。
テーアとリービッヒは有機化合物が必要かどうかで論争していた。ふたりの論争は長く続いた。
 
シュタイナーとヒトラー
シュタイナーは世界全体を考えて、人間や教育、芸術などを考えた人。ドイツで人気者だった。ヒトラーはシュタイナーに嫉妬したようだ。
シュタイナーは畑の中で物質を循環させるために、畑の中で穫れたもので堆肥もつくるように教えた。シュタイナー農法はヒトラーに禁止された。
白砂青松では、海岸の松葉をそばの畑にまく。江戸の下肥で江戸の人々に供給する作物を育てるというのは、まさにシュタイナー農法が目指した世界だったと思う。
 
有機とは
有機野菜の定義は、化学的に作ったものは使わないということだが、世の中の物質はすべて化学的に出来ているので、矛盾している。化学メーカーが作ったものは使わないということらしい。リン鉱石を使うのはOKだが、化学メーカーが化学反応を利用する形で手を加えたらだめ。リン鉱石に熱をかけるだけなら化学的に物質変化はないからOKというのが、有機JAS(認証団体によっては認めていないところもある)。
有機JASの条文を読んでも、それが何を言いたいのか、科学的に理解しようとしてもよくわからない。これは、1960年代の世界の自然志向のムーブメントに源を発している。
手をかけない、燃料を使わないと言いながら、費用をかけて二酸化炭素も排出しながらタンカーで国内に材料を運びこむのは環境によいことか。
1990年ごろ、欧米で有機の基準がたくさん出来た。多くの団体が認証を始めた。食品業界は混乱した。
貿易の適正を欠くということで、FAOとWHOが有機農業の基準作りに着手し、10年がかりで行われた。農林水産省ではこれに準拠して有機JASの基準を作り、認証団体を国が認可する形を取った。
有機JASにより、特定の肥料を使うことで有機JASがとれるようになり、ある意味では有機農業への参入がしやすくなり、それで有機栽培を始めた農家もある。
ところが、ここ数年、有機栽培であることににこだわって材料を集めることをやめているレストランも増えているのが現状。また、JAS有機の基準と異なる基準の農業を推奨している団体もある。有機JASのシールがあれば高品質と見なす風潮は徐々に消えつつある。
 
フィボナッチ数
どのように野菜を選んだらいいか。考え方の一つを紹介する。
フィボナッチ数の数列は、0、1、1、2、3、5、8・・・と前の2つを足した数を並べた数列。ひまわりの種の並び方や、さまざまな植物の枝のはり方に、フィボナッチ数による規則性を見出すことが。栄養のバランスがよく、無理なく健康に育った野菜の形は整っているもの。だから、野菜を選ぶ時は見た目にきれいなものを選ぶのがいいと思う。生長段階で栄養状態が悪かったり、生命力が弱く害虫などに食害されたりすれば、曲がったり、ゆがんだりする。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 元素の3要素N(窒素)P(リン酸)K(カリウム)は無機。有機はなぜ必要なのか。 → 細胞壁をつくるときにCが必要。植物が取り込めるのは一種類の原子から出来た分子のように小さなものだけ。大きくてもアミノ酸まで。
    • Cはどこからとりこむのか。 → 堆肥は水分が抜けてアミノ酸も分解され窒素成分が失われ、多く残るのは炭素成分。これが完熟堆肥。主に腐食の材料となる。作物を収穫した後、不要な茎や葉を埋め戻すとこれも腐植の材料になり、ここに炭素は残っている。
    • 水耕栽培には有機はないのか。 → 水耕農家は植物の栄養に詳しい人たちで、栽培が上手な人が多い。ただし、有機JASでは最初から水耕栽培を有機農業の範疇から除外してしまっている。