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  • フォーラム「ゲノム編集食品~新たな育種技術のリスコミ」

    2020年6月28日、食のリスクコミュニケーション・フォーラム2020「消費者市民のリスクリテラシー向上を目指したリスコミとは」第1回「ゲノム編集食品~新たな育種技術のリスコミ」(主催:NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS))が開かれました。東京大学農学部フードサイエンス棟に関係者が集まり、オンラインで無観客シンポジウムを行い、60余名が遠隔参加しました。

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    プログラム

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    アクリル板の間に座るフォーラム演者たち

    「ゲノム編集作物の開発状況と規制状況について」

    農研機構 田部井豊先生

    1. 品種改良とは

    店頭では多様なトマトがみられるが、これは原種のトマトから様々な性質をもった品種を作り出してきたもので、これが「品種改良(育種)」の成果。品質向上、日持ち向上、病害虫や環境ストレスに強い、高栄養などの性質が付加されてきた。このように目標を決め、遺伝資源を探し、様々な技術で変異を創りだし、選抜して品種として固定する。これには数~十年かかるが、果樹だと数十年かかることもある。
    DNAの1-数塩基の変化で形質が変わることもある。例)イネの脱粒性
    生物はDNAが切れると修復する力があるが、修復ミスで変異体が出てくることもある。ゲノム編集はクリスパー・キャス9というタンパク質とRNAの複合体が狙ったところを切る技術で、低コストで設計もしやすく、現在、最も広く利用されている。タンパク質を導入するケースでは遺伝子組換えに該当しない可能性がある。
    ゲノム編集にはSDN1(標的変異 目的の所が切れて自然修復過程での修復ミスに期待する)、SDN2(標的組換え 目的の所を切るのは同じだが、修復を促すDNA断片を入れておく)、SDN3(標的組換え 数十~数千塩基のDNA断片を導入して、それを組み入れる)がある。

    重要な用語
    「ヌルセグリガント」:組換え生物としての規制対象外となるためには、最終作物で導入遺伝子が除去されているかどうかが重要だ。外来遺伝子が除去された生物をヌルセグリガントという。戻し交配や自殖などによる遺伝分離で、外来遺伝子が抜けたものを選ぶ。
    「オフターゲット」:目的以外の場所を切ってしまうことをオフターゲットといい、安全性に懸念をもたれる方が多いが、自然突然変異や人工的な変異誘導でもオフターゲットは起こっている。育種技術の中ではゲノム編集技術はオフターゲットが起きにくい技術だともいえる。

    2. 開発状況

    日本では、芽が出ても安心なジャガイモ(天然毒素ソラニン、チャコニンの蓄積が激減)、シャインマスカットの果皮色改変などの研究が進んでいる。
    アメリカでは、高オレイン酸ダイズが商品化されている。
    アフリカでは、在来イネの4つの遺伝子を改変し、粒を大きく穂を長くし増収を確認されており、褐色条斑病抵抗性キャッサバも開発されている。

    3. 規制状況

    総合科学技術イノベーション会議は、2018年度にゲノム編集の扱いを決めると決定。2019年2月に環境省がカルタヘナ法上の取扱に関する基本方針を示し、続いて、文部科学省、経済産業省、農林水産省が方針を定めた。ゲノム編集食品については、厚生労働省が食品衛生法上の取扱方針を示した後に、実際の申請に関する手続きを示して事前相談窓口がスタート。
    カルタヘナ法上の遺伝子組換え生物の定義は、細胞外で合成したDNA断片やその複製物があるものなので、SDN3は外来の比較的長いDNA断片を入れるので遺伝子組換え体となる。事前相談で規制対象外かどうかを相談し、それによって届け出る。外来遺伝子を組み込んだか、外来核酸がないことがわかる場合、セルフクロ―イングやナチュラルオカレンスは規制対象外となる。食品衛生法では、タイプ1(SDN1)とタイプ2(SDN2)の一部が規制対象外となる可能性がある(ただし、手続き完了までは「組換え体」との法的扱いになることに要注意)。自然界で起こりえる遺伝子の変異は規制対象外の可能性がある。
    ヌルセグリガントは、PCR、次世代シーケンサーやサザンブロットで証明することになる。最近、次世代シーケンサーで解読後、20塩基ずつ切って、ベクター配列と比較することで残存性を調べる方法が報告され、重要な技術ではないかと注目している。
    遺伝子組換えには、表示義務と違反した場合の罰則がある。ゲノム編集食品で届出たものには表示義務が課せられないが、開発者の努力目標として消費者向けにもできるだけ情報提供するように示されている。

    4. 海外の状況

    米国:農務省はヌルセグリガントで植物病害性、雑草性を示さなければ規制対象外。FDA(食品医薬品局)は、カリノオイルのコンサルテーションを完了している。EPA(環境局)は農薬成分規制で、ゲノム編集によってつくられる作物内保護物質が規定に該当するか検討中。
    アルゼンチン:日本とほぼ同じ。遺伝子組換えに該当しなければ公表は不要で情報は出てこない。
    オーストラリア:日本と全く同じ方針。鋳型DNAを使わないときは対象外。
    ニュージーランド:世界で最初にゲノム編集を遺伝子組換えとして規制した国。HSNO法(危険物質及び新生物法)によって規制される。
    EU:ゲノム編集技術は環境放出、食品として利用する場合は共に規制する。
    2019年11月 欧州理事会は欧州委員会に、NGTs(New genomic techniques)の研究を行い、2021年4月30日までに報告せよといっている。

    5. まとめ

    社会実装では、規制対応、開発コスト、国民理解の3つが必要で、それぞれの対応が個々で進んでいる。

    「ゲノム編集トマト緒開発社会実装委ついて」

    筑波大学生命環境系 江面浩先生

    1.はじめに

    ゲノム編集でつくられ、直接、食べる作物としてはトマトが世界初になるだろう。品種改良は必要とされ重要な作物で進む。大根、カブなどに比べえるとトマトの歴史は200年と短いが、それでも世界中で生産されている作物になった。トマトは体によく、短期間で普及し、嗜好性が多様化した(要望が多数かつ多様)。ペルーが原産だが、多様な気候で栽培できること、病気に強いことが求められている。
    ゲノム編集で私が開発しているのはGABA(γ-アミノ酪酸)の含量が多いトマト。実験系トマトはGABAが少ないので、15倍になったが、今、食べられているトマトの4倍くらいのGABA含有量であることを確認。農業協同組合新聞に前向きに取り上げられ、生産者の関心も高い。

    2.ゲノム編集による高GABA蓄積トマト

    日本は超高齢化先進国。生活習慣病への税金投入が大きいことは課題。日頃の食事の改善が重要。食を通じ健康を追求する日本の食事が世界のロールモデルになれるといいと思う。
    GABAは全ての生物が持っている重要なアミノ酸で、TCAサイクルでできたグルタミン酸がGAD酵素により変換されて合成される。発酵食品に多く含まれ、リラックス効果、血圧上昇抑制、ストレス緩和、睡眠改善などの働きがある。高血圧は7人に1人。良質な睡眠への関心も高い。
    世界中のトマト(野生種、生食用、加熱用など)を集めて栽培し、GABA含有量を調べたら1-2倍の差があった。GAD酵素は5種類だった。GADはGABAを合成する本体と抑制するしっぽ部分で構成されている。しっぽ部分を働かなくしたら、GABAが多く蓄積すると仮説をたて、遺伝子組換えで尻尾を切ったらGADの酵素活性が向上しGABAが多く蓄積した。クリスパー・キャス9を使ったら、GAD3に一塩基の変化が起き、ストップコドンで止まり、10-15倍にGABA蓄積量が増加。今のトマトはF1品種。GABAの多い性質は優性形質と考え、優良なトマトとのF1で中玉トマトを作出した。
    トマト果実は緑熟期、催色期、赤熟期と熟していく。各時期でGABAを比較。F1で緑熟期に200倍までGABAが増え、赤熟期になると分解したが、それでも4倍だった。
    20㎎のGABAは大きいトマトひとつで摂取可能。ゲノム編集ミニトマトなら1日3個でよい。他の成分の変化をみると、GABA以外のアミノ酸では有意差なし。トマトの代謝系への大きい変化は起きていないようだ。
    毎日20㎎のGABAを2週間とれば血圧は下がるはず。食による高血圧予備軍対策になるのではないか。

    3.高いGABAと後の上市へ向けて

    ゲノム編集作物取り扱いルールの明確化
    規制については内閣府の第1期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP1)に関わった2014年から2018年にはまだ明確化されていなかったが、2019年から整備が進んだ。GABAトマトはSDN1を使っているので、環境影響評価で組換えに該当するかの判断を仰ぎ、食品安全性についても情報提供していく。2019年にルールが整った。拙速という意見もあるが、2010年ごろから議論は行われていた。この仕組みの中で提示されている情報を届け出る予定。GAD3にストップコドンをいれたことが明らかになっていて、他の代謝系への影響はないこともわかっている。環境影響などのコンサルを受けているところ。表示を求める消費者多い。表示は任意だが、我々は情報開示していくつもり。
    機能性を科学的エビデンスで強化
    GABAの機能に関するエビデンスは多い。GABAの機能性をしっかり示す。機能性表示食品の中にGABAの有効性を示すエビデンスはあり、特に発酵乳のGABAの文献はある。
    フルーツゴールドギャバリッチという、交配育種で開発されたGABA高蓄積トマトの苗がホームセンターで10年前位から売られている。動物実験試験結果もでている。GABAによる睡眠の質向上の機能性表示食品も売られている。
    ゲノム編集技術に関わる知財の取り扱い
    知財はコストに関係してくる。大学と会社で一緒に進められるといいと考え、サナテックシード(株)を設立し、コルテバと産業利用ライセンスを取る話し合いをし、商業利用ライセンスについて整理がついたところ。
    社会受容
    正しい情報発信をたくさんすること!去年は52回やりました。今年も頑張ります
    トマトはイネについで研究が進んでいる作物。トマトの遺伝子は野生種も栽培種もほぼ同じ3.4万で、種類もほぼ同じ。野生種のGAD3と栽培種のGAD3を比べると、変異が6か所あった。これは、トマトは自然突然変異が急激に集積された作物であることを示している。
    まとめ
    農作物の改良には自然突然変異と、化学物質や放射線による変異の誘発、遺伝子組換技術、ゲノム編集などのターゲット変異を狙うものがある。自動車のニューモデルと旧モデルに例えると、品種改良をしてもタイヤやライトなど部品の種類は変わらないが、それそれの部品の性能が上がってニューモデルは全体性能が上がっているようなものではないか。
    トマトの遺伝子は約34,000個。ゲノム編集は、34,000+1-1=34,000で、遺伝子組換えは、34,000+1=34,001と一般の方に説明している。ゲノム編集では遺伝子の数は変わってない、遺伝子組換えでは増えている。これが大きな違い。ピンポイント改良で品種改良が高速化できる時代が到来!新技術をいかに使うかが重要。

    「ゲノム編集 消費者の受け止め方」

    くらしとバイオプラザ21 佐々義子

    1. 消費者の認識といろいろな意見

    アンケート結果をみると、期待もあるが、理解できないための不安、予期せぬ影響などがあげられ、遺伝子組換えと似た考え方の傾向がみられる。遺伝子組換えに慎重であったグループからはゲノム編集に対しても慎重な意見書などが公開されている。
    安全性確認への不安の理由をみると、育種で遺伝子が変化していることが知られていないことがわかる。行政で進めてきた議論がよく見えていないために、届出制はノーチェックなのか、議論が拙速すぎるという意見がでてきるようだ。従来育種でもオフターゲットは生じるが、それを回避して実用化されること、ヒトと農林水産物では考え方が違うことの説明が不十分ではないかと感じた。表示義務はないが、日本のゲノム編集食品の開発者らは十分な事前相談と自ら表示を望んでおり、消費者の知る権利は守られるだろう。

    2. リスクコミュニケーション

    情報が十分に与えられると受容が低下することが知られているが、その理由として、最近話題になる「確証バイアス(人には自分の信念にあった情報を根拠として集める傾向がある)」があるのではないかと考えている。また、リスクリテラシー測定尺度の研究で、ゼロリスク、リスクとベネフィットのトレードオフ、リスクとリスクのトレードオフ、リスク認知バイアスなどへの理解が要因として挙げられている。これからは確証バイアス、リスクリテラシー測定尺度を踏まえたリスクコミュニケーションを考えなくてはならないと思う。

    3. ステークホルダー会議

    くらしとバイオプラザ21では、ゲノム編集に関係するサイエンスカフェを50回余り開いてきたが、まだ存在しない食物に対しては不安が先立ち、どんなに新しい技術の期待が語られても、消費者としてはとりあえず様子をみるというような消極的なまとめになってしまうことが多かった。そこで、参加者に生産者、加工食品メーカーなどに役割を分担して(ロールプレイ)、グループディスカッションを行い、ゲノム編集ジャガイモを利用するか(食べるか)の意見を(Yes/No)グループごとにまとめて、発表してもらうワークショップを企画した。結果をその場でパソコンに打ち込んで可視化した。3回のワークショップでは、YesとNoは15:9になり、意見の幅が広がることがわかった。

    4. まとめ

    キーワードは、共考、協働、共創であることを意識し、専門家も非専門家も対等に、課題を自分に引き付けて考え、話し合えるワークショップをこれからも企画していきたい。

    質疑応答(◦は質問、→は回答)

    山崎毅 食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長の司会で、質疑応答を行いいました。

    • 自然放射能と原子力の説明がわかりやすかった。
      →自然放射能の説明を理解しても嫌な人もいる。一方、自然界でも組換えは起こっていると聞いて、理解が進んだという人もいた。
    • GABAはグルタミン酸から作られるが、トマトのグルタミン酸はへっていないのか。 →トマトのグルタミン酸の量に有意差はなかった。
    • 気候変動の影響はどうか。
      →高温に強いトマトの遺伝子がわかってきたので、ゲノム編集で気候変動対応できそうだと思う。東南アジアと共同研究中。
    • GABAの多いジャガイモはできるでしょうか。
      →トマトとジャガイモの遺伝子は似ており、ジャガイモのGABAも増やせるのではないか。
    • ゲノム編集にむいている作物はなにか。
      →ゲノム編集の方法は増加中、利用できる品種も増えるだろう。
    • 江面先生のトマトは機能性表示食品として登場するのですか。
      →今、売られているトマトを100g食べないといけないが、私の開発したトマトは20gくらいでよいと思う。GABAを添加した機能性表示食品がでているので、期待出来ると思う。
    • ミニトマトを生鮮で流通したときに海外に種をとられないか。
      →GABAトマトは世界の種苗会社がやっている程度の防御をしつつ、更に新しいものを開発していく?
    • メキシコには緑で食べるトマトもあるが、GABAは多いのでしょうか。
      →赤いトマトは緑のときにGABAが多いが、毒素トマチンも多いので食べない方がいい。緑で食べられるトマトのGABAは測定したことがない。
    • 保育園の保護者など、意見が決まっていそうな団体でのワークショップのやり方の注意
      →立場を変えると多様な意見が出るが、長く付き合っているグループでは、ゲーム感覚で参加し、発言内容をワークショップの外まで持ち出されないように、初めに説明している。
    • 学校教育でゲノム編集の理解を進められるか。
      →副読本での情報提供などを考えている。
    • 地方自治体発でトマトを商品化できないか。
      →よく理解した相手がわかるような流通で、小さいスケールで販売を始めるのがいいのではないか。近畿大学マグロのように、筑波大学発だから信用できるといわれたい。
    • 農協はどうなのか。
      →農業従事者の作業を楽にするという利点もあると思う。農協は不特定多数への販売を目指しているので、初めはもっと小さいスケールで始めるのがいいのではないか。全農でも勉強会は行われており、関心はある。トマトの実用化が影響を与えられるかもしれない。
    • 届け出をしない開発者はでないだろうか。
      →日本発は事前相談で決まった情報を基に相談、届出をするので問題ないだろう。輸入される物は不安がある。行政とうまく連携し、海外の届け出のない国にも協力してもらいたい。
    • ゲノム編集の解説DVDはできるか。
      →前向きに検討する。今もスライドは公開している。
    • 作りたい農家はどこで種子を買えるか。
      →農水・厚労省の届け出が終わると、販売が始まるはず。普通の種子と同じ扱い。

    最後に、山崎毅SFSS理事長より、全パネリストに質問がありました。

    「エンドユーザーへのリスクの説明をどうしたらいいか」
    (田部井)コミュニケーションをとること、お客さんに応えることが重要。伝える内容は開発の必然性、メリット、規制、義務的なリスク評価がないことの理由を説明し、経済的なことも含めて地道な情報発信していく。

    (江面)普通の作物との違いを伝える。普通の農作物と同程度のリスクであること説明しながら、理解が広まっていくように。

    (佐々)そもそも食べ物とは、というようなことを説明する。学校教育でもこの内容を扱えるといいと思う。

    田部井・江面両氏のお話より、環境影響評価と食品としての安全性の規制も整い、高GABAトマトは舞台袖まで来ていることを実感したフォーラムでした。消費者が納得して選択できるような情報環境を創り出していくために、サイエンスコミュニケーター、リスクコミュニケーターは豊かな想像力をもって取り組んでいかなくてはならないと思いました。

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