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教育目的遺伝子組換え実験支援者グループ 第8回日本植物学会賞 特別賞を受賞

 2011年9月18日(日)、第75回日本植物学会において、教育目的遺伝子組換え実験支援者グループ(代表 筑波大学 鎌田博氏)による「遺伝子組換え植物に関する研究基盤構築と理解増進に関する貢献」に対して、日本植物学会賞特別賞が授与されました。くらしとバイオプラザ21も取材、協力してきた活動です。受賞者グループメンバー笹川由紀氏より報告がありましたので、ここにご紹介いたします。

参考サイト:理科教員・農業科教員のための組換えDNA実験教育研修会アドバンスト・コース

日本植物学会長の福田裕穂先生から表彰状を手渡される
鎌田博先生
表彰状と記念のトロフィー

教育目的遺伝子組換え実験とは

 2002年から施行された文部科学省「組換えDNA実験指針」(*)により、現在は中学校や高等学校でも大腸菌や酵母を利用した簡単で、安全性の高い教育目的での遺伝子組換え実験が実施されていることは、みなさんもご存知かと思います。これは、
・実際の遺伝子組換え実験を通して目に見えない遺伝子やDNAのことの理解を深める
・組換え技術の正しい知識を身につける
・得られた知識をベースにして、私たちは生活の中でバイオテクノロジーをどのように利用していくべきか、授業の中で考えるきっかけをつくる
という授業展開をしたい、という理科教員の先生方の要望に応えるものです。このように、実験を体験しながら遺伝子やDNAなどの基礎知識をリテラシーとして身につけようという教育は「遺伝子(リテラシー)教育」と呼ばれています。
(*:指針は2004年より「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」の関係省令となっています。)


授賞式

 現在のように中学校や高等学校の理科室で、学校の先生方が生徒に遺伝子組換え実験を教えられるようになったことに大きく寄与し、できるだけたくさんの生徒たちが実験を経験できるような支援を10年間継続してきたことにより、学校教育における遺伝子教育推進に大きく貢献したとして、活動の中心的メンバー9名が教育目的遺伝子組換え実験支援者グループ(代表者・筑波大学・鎌田博教授、メンバーは下記の通り。以下、支援者グループ)が日本植物学会第8回学会賞の特別賞を受賞しました。東京大学駒場キャンパスで行われた第75回日本植物学会大会において、9月18日に受賞式があり、さらに19日には受賞の対象となった10年間の活動を受賞メンバーである筑波大学・小野道之准教授が1枚のポスターにまとめ、他の研究者へ紹介もしました。
 今回はコアのメンバーとして9名の名前が挙がりましたが、実際にはその他にも多くの研究者や学生、企業の人々が関わってきました。この多くの人々の協力も含めて、今回の受賞となりました。


教育目的の実験ができるようになるまでの道のり

 今回の活動のきっかけとなったのは、今から11年前。当時、文部省と科学技術庁が統合するにあたり、「組換えDNA実験指針」の改定作業が行われていました。それと同時期、教育現場で遺伝子組換え実験が行われている米国の遺伝子教育の現状を知った大藤道衛氏と齋藤淳一教諭が、日本の教育現場でも簡単で安全な遺伝子組換え実験が出来るようにならないものだろうか、と鎌田教授に相談されました。
 米国では、安全性の高い実験系についてはアメリカ国立衛生研究所(NIH)の示している組換えDNA実験ガイドラインの範囲外であり、特別な措置は必要なく、科学館でもオープンスペースで誰でも簡単に実験を体験することができます。高校では1990年代中頃から遺伝子組換え実験教材キット(注)を使用した授業も行われていました。しかし、日本では文部省(当時)の指針で定められていた安全委員会の設置が教育現場では非常に困難であり、当時は遺伝子組換え実験を学校で実施することはできませんでした。

注:GFP遺伝子を用いた教育用遺伝子組換え実験キット(pGLO kit :Bio-Rad Laboratories)

 「組換えDNA実験指針」は文部科学省の中でも科学・技術を担当している部署で作成されていましたが、学校教育の事となると学校教育を担当している部署の了承も必要です。そこで、学校教育を担当している部署から現場の意見を聞きたい、と声をかけられたのが佐藤由紀夫教諭をはじめとした生物教員の先生方でした。そこでの了承も得られたのち、東大中島春紫教授が指針の教育目的実験に関する改定案を作成し、それを踏まえて2001年夏に筑波大では小野准教授が、農工大では丹生谷博教授がご尽力されて教員向け研修会が開始されました。また、正木春彦教授はそれまでも学校教育への働きかけをされており、その経験を活かした多くのアドバイスが支援グループの活動を支えてきました。
 さらに、偶然にも米国で販売されていた教材キットが日本での発売準備が開始されており、その企業の当時の担当者だった笹川も支援活動に加わり、これまで活動が続けられてきました。
 その後は支援グループとしてだけでなく、メンバーや関係者は全国の高校や中学校に出向いて出前授業を行ったり、教員研修会の講師を務めたり、他の学会での教育支援プログラムを企画・運営するなど、様々な形で遺伝子教育の支援活動を継続してきました。
 それも今年で11年目。これまでに筑波大・農工大が開催した合計29回の教員研修会に約650名の遺伝子組換え技術に興味を持つ教育関係者が参加しました。家庭科や社会の先生や給食メニューを作る栄養士の方も参加されており、その様子はくらしとバイオニュースでも紹介されています。
 研修会を実施する1つの大きな目標は、参加した先生方が学校に帰って、実際に生徒たちに実験を教えることです。そして、そのための支援をするための教員と大学等とのパイプ作りもあります。ですから、単に先生方が実験を経験するだけでなく、遺伝子組換え実験を行うための法律の解説や遺伝子組換え作物・食品はもちろん、食品の安全性の考え方に関する幅広い情報提供、学校で実験をする際の注意や工夫、授業の進め方、実践紹介などとなっています。もちろん、研究者が学校に出張授業をしに行けば実験はできますが、それでは実験を体験できる生徒の数に限りがあります。しかし、1人の先生が実験を教えられるようになれば、数百人、数千人の生徒たちが実験できるようになるのです。

実験を実施した生物教員の反応

 授業などで遺伝子組換え実験を生徒に体験させた先生方の中には、「学校で遺伝子組換え実験ができるようになるとは思わなかった!」と新しい生物実験ができるようになったことを喜んだ先生も少なくありません。また、 “文系クラス希望だったけれど、理系クラスに希望を変更したい”、“考えることが楽しかった!将来研究者になりたい”、“生命科学の研究を大学でしたいので勉強頑張ります”、という生徒もいたということで、数は決して多くはありませんが、将来の研究者を増やすことにも貢献できています。そういった意味でも、教育効果の高い授業ができる実験だと言えるでしょう。

教育目的遺伝子組換え実験の今後

 その後、SSHやSPPなどの理科教育支援の制度が開始され、学校と研究機関との連携や予算面での支援が増え、理科教員の先生方の努力もあり、実験を通した理科教育の機会が増加しました。バイオテクノロジー分野についても、遺伝子組換え実験がきかっけとなり、電気泳動実験やPCR実験などの分子生物学の実験が教育現場で広まりました。
 教育現場で実験が可能になって10年経ちましたが、問題もあります。学校の通常予算では教材キットなど実験試薬が購入できない、準備や授業の時間が充分でないことが壁となっています。また、一時は全国的に広まった教員研修会の数が減少し、全国の先生方が充分な経験と勉強ができない現状もあります。
 しかし、近年の指導要領の改訂により、理科(生物)ではより多くの生徒が遺伝子やDNAについて学習するように変ってきました。教科書にも大腸菌を利用した教育目的遺伝子組換え実験が掲載され始めています。これを機に、多くの先生方があらためて教育目的遺伝子組換え実験の有効性などに目を向けて、実験を体験できる生徒が増えると良いと思います。
 法律を守り、安全で、かつ効果的な授業を受けることができる生徒が1人でも増えるよう、そしてそれが、多くの生徒たちが遺伝子組換え技術を正しく学ぶことはもちろん、生命科学やバイオテクノロジーへの興味を持つきっかけになるよう、今後も支援活動は続けられることを願います。

受賞者:教育目的遺伝子組換え実験支援者グループ
 代表者 鎌田 博(筑波大学)
   小野 道之(筑波大学)、丹生谷 博(東京農工大学)、大藤 道衛(東京テクニカルカレッジ)、
   中島 春紫(明治大学)、齋藤 淳一(東京学芸大学附属国際中等教育学校)、
   佐藤 由紀夫(東京都立新宿高等学校)、正木 春彦(東京大学)
   笹川 由紀(農業生物資源研究所)
受賞対象:遺伝子組換え植物に関する研究基盤構築と理解増進に関する貢献

受賞者と関係者が参加した祝賀会 ポスター発表を行った小野先生