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  • 第4回がんに挑むバイオカフェ「がん治療の今までとこれから」

     2015年11月22日 三鷹ネットワーク大学で第4回がんに挑むバイオカフェ「がん治療の今までとこれから」を開きました。4回シリーズのまとめとして東京医科歯科大学医学部附属病院腫瘍センター長の三宅智さんにおいでいただきました。


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    三宅智さんのお話
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    スピーカー紹介をする大藤道衛さん

    お話の主な内容

    はじめに
     私は1987年に東京医科歯科大学医学部を卒業しました。最初は消化器外科医としてスタートしましたが、卒後9年目から3年間の基礎研究者としてのアメリカ留学の後は、がんの基礎研究に専念しました。計9年間の研究者として過ごした期間の後に、再び臨床医としての活動を再開しましたが、今度は外科医ではなく、がんの化学療法および緩和ケアを専門とするようになりました。2010年からは緩和ケアのみに専念し、2012年に東京医科歯科大学に戻ってからも、緩和ケア医としての活動を継続しています。
     
    緩和ケアの歴史と現状
     患者さんのみならず医療者にとっても、「緩和ケア」という言葉のイメージからは、終末期医療やターミナルケアといった、ネガティブな印象を受ける人が多いのが現状です。がんに対する積極的な治療ができなくなったら緩和ケア、という考え方です。緩和ケアの分野で、シシリー・ソンダースの存在は欠く事ができません。1967年にイギリスにセントクリストファーホスピスを設立し、近代ホスピスの母と呼ばれています。彼女は医療の在り方を治療からケアも含む概念に広げました。彼女の唱えたホスピスの5原則は現在の医療現場でも重要なことばかりです。
     緩和ケアという言葉については、WHOによる定義があります。日本では、緩和ケア病棟やがん対策基本法との関連で緩和ケア体制が整備されてきた経緯がありますが、この定義では、がんのみならず、生命を脅かすすべての疾患に対して、さらにそれらの疾患の早期から、そして患者のみならず家族に対しても提供されるべきと記されています。日本における緩和ケアの発展に関わってこられた先生として、医科歯科の先輩である故鈴木荘一先生、柏木哲夫先生、山崎章郎先生を挙げさせていただきます。
     以前、緩和ケアは治療が終了してから初めて導入されるというイメージがありましたが、最近では、治療と並行して、さらには診断された時から同時に緩和ケアを提供する必要性が指摘されています。緩和ケアの目標は、QOL (quality of life)の向上ですが、最近ではQALYs (quality adjusted life years 質調整生存年)という考え方が紹介されています。これは単に生存期間が延長するだけではなく、QOLを維持することが重要であるという考え方です。また、病の軌跡 (illness trajectory)という概念があり、がんの患者さんは比較的ADLが保たれた状態で過ごし、最後の数か月で急速にADLが低下するという指摘があります。また、亡くなる1ヶ月前には様々な症状が出現し進行するとも言われています。最近の研究では、緩和ケアをがんの治療と並行して行うと、より生存期間が延長するということも示されています。まとめると、緩和ケアは今までは、特にがん治療が終了した後に姑息的に行われるものというイメージでしたが、現在では、がん治療と並行して行う、むしろ包括的ながん治療の一環としての位置づけに変わろうとしています。
     海外では、最近、“whole person care”という考え方が広まってきました。今までの医学は治療に焦点を置き、患者さんを一人の人間として見る視点に欠けていた部分があります。そこをcare(治療)に加えてhealing(癒し)の部分を重視するという考え方です。東京医科歯科大学のミッションは「知と癒しの匠を創造する」ことですが、whole person careの考え方と通ずるものがあります。また、最近では、EBM (evidence-based medicine 根拠に基づいた医療)が重視されていますが、同時に、NBM (narrative-based medicine 物語に基づいた医療)も同時に考えなければならないと言われており、これらはすべて、従来の医療者が主体となった医療提供体制から、医療者と患者さん・ご家族が一緒に作り上げる医療を目指した動きと言えるかもしれません。  
     東京医科歯科大学では、2012年以降、がん診療の体制を整備してきました。腫瘍センターを中心として、緩和ケア、化学療法、がん登録、がん相談支援、がん診療連携の各部門の活動を充実させ、2014年には改訂された要件で、がん診療連携拠点病院に指定されました。中でも歯学部との連携と緩和ケア提供体制の整備は重点課題となっています。緩和ケアについては、2012年来、緩和ケアチームの活動、総合がん・緩和ケア外来の開設などを行い、現在は年間300名以上の患者さんに対応しています。先にも述べたように、2017年には緩和ケア病棟の開設も予定しており、関連する施設を協力して、診療、研究、教育の体制整備を行う予定です。
     
    緩和ケアのこれから
     今後の緩和ケアの方向性として、「地域連携」と「コミュニケーション」という2つのキーワードがあります。連携としては、病院内での連携、病院と病院の連携、病院と地域(診療所、訪問看護ステーション、調剤薬局、介護システム)など様々な形態があります。どのような形の連携にしても、コミュニケーションがしっかりとれていることが大前提になります。最近、従来の患者中心の医療から、患者もチームに加えた「コンコーダンス(調和)」という考え方が提案されています。もちろん、医療は患者さん中心であるべきなのですが、医療者と患者の関係のみならず、さらに患者さんとご家族、医療者同士など様々な関係性をそれぞれの場面で考えることも重要なことです。さらに、アドバンスケアプランニングといって、早いうちに医療チームと患者さん・ご家族が一緒に今後の医療や介護などについて考えるプロセスを重視する考え方も広まりつつあります。
     いずれにしても、大切なのは、医療者も患者さん・ご家族も同じ「ひと」であり、多くの部分は共有できる(すべきである)ことを忘れないことだと考えています。



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    会場風景1
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    ナビゲーター 松田偉太朗さん

    体験談

    患者さんやご家族から体験談が語られました。
  • は参加者、 → は三宅先生の発言

    • 私は抗がん剤をつくる仕事をしていた。2013年7月、病院から電話があり「本人しか伝えない」といわれて家族がびっくりした。そしてがんの告知があり、告知の難しさを感じた。担当医師は若くて話しやすく勉強家だった。BCGを膀胱にいれる免疫療法に成功した。しかし40%再発があると聞いたが、60%は治ると理解し気が楽になった。それから3か月に一度、きつい検査を受け続けている。2月に再発があったが、切除できた。このとき、自分がつくった薬が使われて、とても嬉しかった。
      うつ気味になるので、自治会長を引き受けたり、病気のことを忘れるように心掛けている。社会貢献の自負心もでてきて、全体的に活性化されている気持ちがする。社会貢献は社会のためでなく、実は自分のためにやっていると感じている。
    • 私は13年前に乳がんの手術を受け、今は経過観察からも卒業した。
    • 主人は腎臓がんで、4回の手術をうけた。積極的な治療はしないと話し合って決めた。がん相談室を通じて私たちの考えが尊重されている。分子標的薬をやめた理由は、旅行や食べる趣味を続けるため。今は、腸に転移し、医師から人工肛門のリスクとベネフィットの説明をきき、人工肛門を選択した。トイレの回数が増えて時間も長くなり、大変だが、旅行もできる。私たちは病気とちゃんと向き合ってこられた。医師ともよく話し合い、できなくて当たり前の中で、できることをみつける。がんのためにQOLが低くなったと思ったことはない。選択肢の幅を狭めないために、知る努力もしてきた。今は、ホスピスという選択肢に入ってきた。要介護2だが、よい介護チームに恵まれ、自分で看取りたいと思っている。力を借りられる場所もたくさんある。自分たちがどう生きたいかが大事で、それを周りが理解して支えてくれている
      → 最近はがんのリハビリテーションの重要性が認識されつつある。がんの患者さんは徐々にADLが低下するが、その場合でもQOLを保つことががんリハビリの目的である。

    話し合い

  • は参加者、 → は三宅先生の発言
    • 緩和ケアの費用は → 緩和ケアは保険対象。緩和ケア病棟に入院する場合、ベッド数の半分以上は無差額ベッドという規則がある。医科歯科大学付属病院では、2017年4月を目指して、緩和ケア病棟の開棟の準備を進めている。
    • 緩和ケアはどんな形で行われるのか → 外来、入院、在宅など、場所に関わらずに提供される体制を目指している。
    • 放射線治療はきちんと患部だけにあてられるのか → 固定されていない臓器(胃など)は難しい。
    • 薬物療法での根治は無理か → 白血病や精巣腫瘍など、よく効くものがあり根治もありえる。
    • 緩和ケアの印象が変わった。緩和ケアはみとりだと思っていた。40-50代で緩和ケアといわれると動揺する人が多い。その年代は子育て、住宅ローン、介護で忙しいから。そういう患者さんにも知らせたいと思った。
    • セカンドオピニオンに同席する人は身内でないと難しいといわれたが、このごろは友人が力になることもある。こういうところが改善されるといい。
    • 家族へのケアが重要。ことに男性は抱え込んでしまうようだ。ご家族の話を聞くしか、サポートできることはないと思う。このバイオカフェのような機会はありがたい → 私は患者のキーパーソン(患者が頼っている人)の話を聞くようにする。夫のキーパーソンは妻。これはらは家族が引受人でないケースが増えてくると思っている。
    • 肺がんの放射線治療を33回受けた。検査は痛くない。3割負担でも医療費がかかる → 医療費が高くつく。国が払ってくれるということは我々が払うこと。コンセンサスを得るようにしていかないといけないと思う。
    • 緩和ケアというものを知らなかった。患者を精神的にサポートできる看護師か医者になりたい。私はパキスタン生まれで、叔母ががんだったが、子ども心に精神的なサポートはあまりよくなったと思う。

    松田偉太朗さんのむすび

     知らないことが多かったので、新しい検査や治療方法に驚かされた。一般の人が学ばないといけないことは、教えてもらわなければならない。この4回シリーズで知ったこともあったでしょう。これからも知るチャンスがあるはず。たとえば、私は「おくすり教育」(中学・高校)に携わってきたが、がんについてもおくすり教育と同じように、学校教育の中で、専門家から学べるチャンスが増えるように願う。そして、自分の気持ちをしっかり持つことも大事だと感じた。4回シリーズがみなさんのお役にたてたら嬉しく思います。
     早期発見で治るといっても、ふたりにひとりはがんと診断される経験を持つのが現実。チャンスをみつけてセミナーをやってほしい。

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    会場からの発言
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    会場入り口


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