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  • 第12回ヒトゲノムを使う実験教室「私たちのDNA」

     2017年10月7日、東京テクニカルカレッジ実験室で第12回「私たちのDNA」を開きました。初めての会場での開催でしたが、教員、生協、芸術家、一般市民などいろいろな人が参加され、にぎやかに楽しく実験を行うことができました。

    時間割
    10:00 開会・実験教室 午前の部
    講義1 実験概要説明  東京テクニカルカレッジ 講師 大藤道衛氏
    同意書作成
    実験1:ゲノムDNA抽出とPCR開始、ゲノムDNA観察
    12:45 昼食・昼休み
    14:00 実験教室と講義 午後の部
    講義2 「遺伝子検査」
     個人遺伝情報取扱協議会・株式会社DeNAライフサイエンス 取締役 城戸忠之氏
     株式会社DeNAライフサイエンス 博士(生命科学) 石田幸子氏
    講義3 「Alu配列と人類の進化、ゲノムリテラシー教育」
    実験2 アガロース電気泳動、ゲノムDNAの加水分解(試料の処分) 
    16:00 実験のまとめと結果の説明、アンケート記入
    17:00 閉会・解散


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    会場の様子1
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    同意書作成
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    大藤道衛さんのお話
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    城戸忠之さんのお話


    講義概要

    講義1「ゲノムから見た私たち」 大藤道衛氏

     今日は、うがい液の中の口腔粘膜細胞を集めてゲノムDNAを抽出しAlu配列の分析を行う実験と、粗抽出したゲノムDNAを目視で観察する実験のふたつを行う。
     DNAはその塩基配列によってタンパク質の作り方の情報を持っている化学物質で、すべての生物のすべての細胞の中にある。ゲノムとは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から作られた造語で、その生物のDNA一式セットをさす。DNAの長い鎖の上には特定にタンパク質の作り方を示す部分(塩基配列)があり、これを遺伝子という。動物や植物を比べると一般に動物の方が遺伝子の数が少ない。これは遺伝子を効率的に利用する仕組みがあると考えられる。Alu配列は、ヒトゲノムDNAに多数存在する。今日、検出しようとしているAlu配列は、16番目の染色体の92番地(PV92 ローカス)にあるもので、PV92 Aluと呼ばれている。Alu配列の大きさは300文字(300塩基対)で、Aluという名前の制限酵素で切れる配列であるため、「Alu配列」と呼ばれるようになった。この配列は、特定のタンパク質の作り方をコードしているわけではない。


    講義2「Alu配列と人類の進化、ゲノムリテラシー教育」 大藤道衛氏

     霊長類の共通祖先が約5500万年前に出現して以来Alu 配列もゲノムDNA上に存在してきたと考えられる。現生人類の進化の歴史では、アフリカで生まれたホモサピエンスは大陸を移動して世界中に移り住んできた。これを人類の旅にたとえて”The Great Journey”ということがある。現在、世界の人々のPV92のAlu配列の有無を調べると、地域によってこの配列を持っている人が異なっている。
     ヒトは両親からゲノムDNAを1セットずつ、合計2セットもらう。各ゲノムDNAセットの同じ場所を見てみると父または母から受継いだ塩基配列(アレル)を持っている。例えば、あるアレルに着目するとヒトが100人いると200アレルが存在する。一般にヒトの集団では、ゲノムDNA上のある場所の塩基が一文字違っているアレルが、全アレルの1%以下だと「変異」、1%以上だと「多型」と呼ぶ。今回の実験では、両親から一つずつもらっている第16染色体のPV92という場所にAlu配列が入っているかどうかを調べた。アジアではAlu配列を持っている人は多く、欧州は少ない。一方、多民族の国であるアメリカは半々くらいというデータがある。
     DNAはこのように両親からもらうので、「自分(私)のDNA」を調べることは、両親やご先祖のDNAあるいは子孫のDNA、すなわち「私たちのDNA」を調べることでもある。これが、この実験教室の名称の由来である。
     病気の発症には遺伝因子ばかりでなく環境因子が複合影響しているように、同じ遺伝子を持って生まれても環境因子によって遺伝子の働き方は異なってくる。
     このように塩基配列に関わらない遺伝子発現の仕組みをエピジェネティクスという。体内の組織で働いている遺伝子のプロモーターDNAにメチル基がつく(メチル化)と、その遺伝子は働かくなる。DNAのメチル化は、環境要因の影響を受けるので、病気になったりならなかったりすることにDNAのメチル化が関わることもある。DNAのメチル化による発がんメカニズムはよく研究されている。一卵性双生児は同じゲノムを持って生まれるが、加齢とともにメチル化などが起こり、双子の遺伝子の働き方はちがってくる。体質にはひとつ、または複数の遺伝子と環境因子が影響を与える。
     遺伝子にはタンパク質の作り方の情報がコードされている。この暗号を解読する(デコード)する速度が次世代シーケンサーの登場で劇的に速くなった。1996年、1台のシーケンサーで一人の人のゲノム解読すると5000年かかるといわれたが、今は数分で解読でき、価格も安くなった。
     スティーブ・ジョブスはすい臓がんになり、自分のがん細胞と正常細胞を使って、どの遺伝子が原因でがんになったかを解明しようとした。かれのがんは直せなかったが、この取り組みがオバマ大統領が2015年の一般教書演説で発表したprecision medicine initiative (個別化医療に向けた精密医療)につながっている。
     1980年代から、アメリカの高校ではDNA教育が始まった。1990年代になるとクリントン大統領がIT(情報技術)とBT(バイオテクノロジー)の研究とそれを受容するための教育に力を入れた。今日使っている実験キットを開発販売している米国のグローバル企業であるバイオ・ラッド ラボラトリーズ社の社訓は「Helping Science Serve Mankind」。教材開発をすることで、教育を通じて社会に貢献している。今日の実験教室もバイオ・ラッド社が協賛してくれている。

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    石田幸子さんのお話
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    実験風景1

    講義3「DTC遺伝子検査サービスについて~正しく活用するために」
        城戸忠之氏・石田幸子氏

    1. DTC遺伝子検査の実態
     消費者直結型の遺伝学的検査をDTC遺伝子検査(direct to consumer genetic testing)といい、いくつかの会社が検査キットを販売している。それぞれお客様の試料から網羅的に200-300の病気や体質項目を調べ、根拠になる論文を選び、分析結果についてコメントを返す。
     DeNAライフサイエンスが販売しているMYCODEという検査キットの場合は、WEBで申し込み、キットを送り、唾液を返送してもらう。WEBで分析結果を返し、生活習慣病などのリスクや予防に関する情報も伝える。不安を感じた人へのサポートも行う。
     一塩基多型とは、DNAの配列における1文字の違いのことで、SNP(Single Nucleotide Polymorphism)という。これが体質の違いにつながる。DTCでは30-100万か所のSNPを調べる。
     病気の背景には遺伝要因と環境要因がある。DTCでは両方の要因に関係あるような病気を対象としている。具体的には一般的ながん、Ⅱ型糖尿病など。
     アンジェリーナ・ジョリーが遺伝子診断から遺伝性の乳がん・卵巣がんのリスクが高く、乳房切除手術をうけたことで注目が集まった。しかし、乳がんの中で家族性は5-10%で、残りは散発性。
     DTCでは散発性がんのリスクをゲノムワイド関連解析(GWAS)論文に基づいて調べる。GWASは、病気の人と、病気でない人のDNAの違いの比較を何万人に対して行う、日本人によって開発された手法。GWASカタログには3,000以上の論文、5万以上のSNPSが登録されており、GWAS論文を用いて、疾病リスク予測ロジックを構築する。
     例えば、論文の中から、日本人対象、東アジア人対象の研究を優先的に参考にし、各疾病について日本人の平均的なリスクの何倍の確率で病気になりやすいかを知らせる。2倍のリスクについては次のように説明する。平均的にみて日本人100人の非患者に対して3人がかかる病気のなりやすさが2倍であるということは、あなたと同じ遺伝子型では、100人の非患者に対して6人が病気にかかるリスクということになります」と伝える。複数のSNPが関係しているときは、そのことも伝える。しかし、SNPによる疾患予測はまだ研究途上である。同じ結果でも各社の根拠になる論文は異なるので、コメントは違ってくる。
     それでも分析結果を知ることは意味があると私たちは考えている。
    ・自分自身の健康をみなおす機会とし、生活習慣病について知ることができる。実際にDTC受けたことで、禁煙を始めた人が1割いるなどの成果は現れている。
    ・病気とその自覚症状について知っていると、早期発見や予防に役立つ。
    ・DTCを受けた人で、希望する人は医学研究に参加することができる。研究同意をすることで、医学の発展や公衆衛生の向上に貢献できる。
     これまでに、同意した会員(被検者)のゲノム情報などを使って腸内フローラの研究、歯磨きと歯周病予防の研究、血中アミノ酸検査と遺伝子検査の組み合わせによる行動変容に関する研究などを、企業と共同研究している。会員には、このような共同研究に参加できることをメリットととらえてもらいたい。このようにして、「DTCの価値」を作り出していきたいと思う。
     しかし、初めてDTCを受けるときは、DTCチェックリスト10か条(武藤香織先生 作成)もみてよく検討してほしいとも思っている。そしてDTCを理解してから使ってもらいたいと思う。
     
    2.個人遺伝情報取扱協議会(略称:CPIGI)
     安全安心なサービスを届けるために、2006年に設立されたNPO法人。33社の遺伝子に関わる非医療分野の民間企業が会員になっている。消費者に対する情報提供、会員向け研修会の実施、検査内容・普及開発、自主基準を設けて認定を行っている。
     協議会の発足の背景には、IT技術の進歩に伴い、非医療分野における民間企業の活力を利用するべき時代になってきたこと、消費者へのサービスの妥当性や情報提供の方法に懸念があることがあげられる。そして、CPIGIでは、倫理的・法的・社会的観点で、個人情報保護法とゲノム研究に関する厚労省・経産省・文科省が制定の倫理指針(三省指針)、個人情報の保護に関する経済分野を対象とするガイドラインなどをもとにして自主的なルールを作る必要性を認め、DNA鑑定(親子鑑定)、体質遺伝子検査分野、受託解析分野に関する自主基準を作成した。
     自主基準の概要は、自主基準の基本的な考え方を示したうえで、購入前にどんな商品かをわかってもらえるようになっているか、匿名化のための安全措置が整っているか、科学的根拠、精度管理、消費者への対応などの関する自主基準が守られているかを確認し、協会の考えに従っているときに認定する「CPIGI認定」を2016年に開始し、これまでに11社が、2年の有効期間をもって認定を受けた。
     CPIGIには委員会があり、自主基準策定とその認定制度運営のほかに、広報活動もしている。例えば、報道向け勉強会を開いてDTC検査への理解を深めるようにしたり、広告ガイドラインを制定したり、消費者向け窓口(ホットライン)を設けたりした。この実験教室「私たちのDNA」も個人遺伝情報への理解を深める活動として応援している。

     
    質疑応答
  • は参加者、 → はスピーカーの発言
    • 医療機関でDTCを行うのはどういうことか→医療機関が行う遺伝学的検査は診断。  DTCをクリニックで販売したり、医者のアドバイスが得られたりする。
    • 280の検査項目から150疾患の中の生活習慣病を対象としているということだったが、対象でない疾病はどうするのか→対象外の病気については早期発見を目指す。
    • 個人遺伝情報のセキュリティはどうなっているのか→同意した人の試料はよく匿名化して保存する。対応表を残す。ハッキングがないようにシステム構築し、セキュリティの認証を受ける。DTCを受けるときは、その会社のセキュリティシステムもみて選んでください。

    参考サイト
    「遺伝子検査を受けようか迷っている人のためのチェックリスト10か条」

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    実験風景2
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    実験風景3

    実験

    Alu配列の検出
    0.9%食塩溶液10mLで30秒間、うがいし、うがい液から卓上遠心機を使って口腔粘膜の細胞を集める。
    DNA分解酵素が働かないように抽出試薬を加え、56度10分、100度6分間処理し、DNAを抽出する。
    DNAは熱処理しても分解しないので、耐熱性DNA合成酵素を用いて反応温度を上げたり下げたりすることで知りたい断片を増幅させる。この技術はPCRと呼ばれ、米国のキャリー・マリスによって発明され、彼はノーベル賞を受賞した。
    タンパクを取り除いた上澄にPCR反応のプレミックス溶液(緩衝液、PCRの材料、DNA合成酵素など)を入れて、サーマルサークラー(温度を上げ下げできるPCR反応槽)にて2時間半反応させる。Alu配列を増幅させた試料を電気泳動で分析する。
     
    DNAの目視観察
    綿棒で口腔粘膜を集め、DNA抽出液に浸し、静かにエタノールを加えるとDNAは繊維のように集まってくるので目視観察できる。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言
    • 電気泳動をやってみたかったので、今日はこれができてよかった。アメリカの学校ではやっているのに、日本で広まらないのはなぜ → 学習指導要領になかなかDNAがとりあげられなかった。大学進学を目指すアメリカの高校生にとって自己推薦書が重要で、インターンシップや大学の先生と高校生の共同研究がそこに書かれることが多い。アメリカは違ったことをすることが評価されるが、日本は違ったことをやりにくい。
    • DTCは有料で研究に参加している感じがする
    • 医療の一部である遺伝学的検査と、医療でないDTC遺伝子検査があるので一般の人々にとってDTC遺伝子検査の存在は混乱させるだけに思えた。DTC遺伝子検査を受けたい人には病気や遺伝を気にする人が多いので、彼らにとっては混乱を招くのではないかと危惧した。
    • 病院で診察を受ける前のセルフメディケーションとしてDTCは役立つのではないか。

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    実験風景4
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    集合写真
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    受付

    「私たちのDNA」は次のような皆様のお力添えを頂き開催することができました。
    心から御礼申し上げます。
     
    共催:専門学校東京テクニカルカレッジ バイオテクノロジー科
    協賛:特定非営利活動法人個人遺伝情報取扱協議会、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社、特定非営利活動法人 日本バイオ技術教育学会

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