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  • バイオカフェ「世界でひとつだけの花」開かれる

    2018年11月11日、千葉県立現代産業科学館でバイオカフェを開きました。スピーカーは農研機構 野菜花き研究部門 上級研究員の佐々木克友さんです。「世界でひとつだけの花~先端技術で創り出されるステキな新品種~」と題し、バイオテクノロジーを利用した花のつくり方についてお話を伺いました。トークの前には本郷海音さんと大和久加奈さんによるクラリネットとサックスの演奏があり、会場は和やかな雰囲気に包まれました。

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    千葉県立現代産業科学館 田中努さん はじめのことば
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    佐々木克友さんのお話

    お話の主な内容

    ● 農研機構の「花の研究」:3つの方向性

    1. 新しい花の創出:交配、突然変異、遺伝子組換え、ゲノム編集
    2. 栽培開花技術 :母の日のカーネーションのように「もの日」にあわせて開花を制御する。光や温度の管理、品種の使い分けなど。
    3. 品質保持技術 :花もちを良くするための研究。切り花の処理や、郵送時の条件検討など。

    私は①の研究に携わっています。多様な花の品種はどのように生み出されているのか「育種」をキーワードにお話しします。

    ● 育種の歴史は人類の歴史

    ヒトは作物の品種の選抜に、植物の遺伝子の変異(変化)を利用してきた。例えばトマトの祖先である野生種は小さくて美味しくない上に毒(トマチン)がある。芽は一斉には出ず、実もばらばらのタイミングで落ちてしまう。しかし、現在のトマトはすべて逆の性質。大きく、美味しく、安心して食べられる。芽は一斉に出て、すぐに実が落ちないため、育てやすく収穫しやすい。徐々に良いものを選んできて、現在のトマトに至っている。これが「野生種からの栽培化」で、その過程で遺伝子の書き換え(変化)が起こっている。これまで、その変化が「食べやすいもの」「育てやすいもの」に関するものをヒトが選んできた。さらにトマトも酸味だけでなく甘みが増し、色や形も様々なものが登場している。育種の方向性も「栽培化」から「多様化」へと移行している。

    ・自然突然変異のメカニズム
    遺伝子は生命の設計図。その一部が変わるだけで、色や形などの外見や、病気や害虫に対する抵抗性などの形質が変わる。細胞の核の中に染色体が格納されている。染色体を伸ばすと紐状のDNAになる。DNAはA(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)、4種類の塩基が連なったもの。DNA上には遺伝子が点在する。一つひとつの遺伝子はアミノ酸の設計図であり、アミノ酸が連なるとタンパク質になる。

    紫外線、放射線などでDNAにダメージが生じて、塩基配列の一部が抜けたり(欠失)、別のものに変わる(置換)ことで、遺伝情報の書き換えが起こる。これは自然現象として起こる。これまで、育種的に人間にとって都合よく変化したものが選ばれてきた。例えば、受粉しなくても実が大きくなるナスは、自然に生じた突然変異から得られた品種。

    ● 交配育種について

    交配育種とは:生物の2個体間で受粉(あるいは受精)を行うこと。

    実際には、民間の育種メーカーなどでは、「甘いトマトがほしい」といった明確な育種目標に対して、ピンポイントの形質を狙って、複雑な育種をしている。例えば「美味しく形も良いが、病気に弱い」Aという品種と「美味しくなくて形も悪いが病気に強い」Bという品種がある。Bの病気に強い形質をAに移したいが、1回目の交配では、見た目や、味などの特性がすべてばらける。その中から目的に合うものだけ選び、さらに交配を繰り返していく。そして数万から数十万の個体のバリエーションができた中で、ようやく1つ、目的のものに辿り着く。これが現在行われている交配育種。トマトは3~5年、果物では50年かかることも。

    交配育種では、親選びが重要。リソースは、例えば農水省のジーンバンクを利用することが可能。農水省の種子庫には22.5万個の種子がある。イネは3万、コムギは1.8万、トマトは1000種類もの種子がある。私はキクの遺伝資源を管理している。キクは種子で形質を維持できないので、現在は800種類の遺伝資源を維持するために3年に一度のペースで植え替えをしている。

    ・交配育種でつくられた「日持ちするカーネーション」
    農研機構が開発したカーネーション品種「ミラクルシンフォニー」は、老化ホルモンのエチレンを作らないので、従来の品種より3倍長持ちする。「カレンルージュ」という赤いカーネーションは病気にも強い上に、従来の品種より3倍長持ちする。「カレンルージュ」の交配育種では、病気に強い形質を移すのに15年かかった。交配は1年に1回しかできないので月日もかかる。その後、愛知県との共同研究でピンク色のカーネーションでも日持ちする「ドリーミーブロッサム」が誕生し、今年売り出された。

    ● 突然変異育種について

    DNAは放射線や紫外線などによって切断されるが、切れても大体は元通りになる。ただ、10万~100万分の1の確率で「遺伝子配列の修復ミス」が起こる。塩基配列AGCTの一部が抜けたり、違う塩基に変わったり、他のところから、まとまった配列が挿入されたりする。塩基配列が変化することで、その情報をもとに作られるタンパク質が変わってくる。たまたま修復できなかったところが、生物の性質にとって重要な遺伝子であれば、形が変わるなど何らかの変化が生じる。突然変異はランダムに入るので、運まかせ。バラと見間違える八重咲のトルコキキョウも、もとは突然変異により偶然に生まれた品種。

    ・重イオンビームの照射
    DNAに変異を生じさせる要因となるものとしては、活性酸素(通常の代謝から生じる物質)、発がん性物質、紫外線、X線やガンマ線など波長の短い電磁波(放射線)が挙げられる。そして、重イオンビームも放射線の一種で、現在、これを利用した育種の技術が広がっている。

    埼玉県にある理化学研究所(理研)も重イオンビームの照射施設のひとつ。X線は電磁波であり粒が小さいためにDNAにあたる確率がとても低く、また、細胞を通過するのでレントゲンなどに使われているが、重イオンは粒が大きく、エネルギーも強い。細胞に当たり、その細胞を破壊することができる。ある程度のエネルギーをもってDNAを切断、もしくはDNAの近くを通すことでDNAを切れやすくする。

    私たちの研究チームは重イオンビームの照射によって、トレニアの色、形、模様を変えることができたことを報告した。また、キクにおいても試した。キクは切り花の出荷本数の4割を占める商業的にも重要な花。「広島紅」という品種に照射して約2500株を成育したところ、その中には、花びらの数が増えたり、縞模様が入ったり、花びらの形が変わる形質変化がみられた。キクは6倍体(父母から1セットずつ遺伝子をもらうと2倍体。キクは3セットずつもらう6倍体)のため変異を入れるのも2倍体の植物より難しくなるが、最近になって、キクでも重イオンビームで効率よく育種する研究成果がでてきている。

    ● 遺伝子組換えについて

    遺伝子組換え:ある生物のゲノムに対して人為的に新しい遺伝子を導入すること

    遺伝子組換え作物を栽培している国は2016年の時点で26カ国あり、遺伝子組換え作物の作付面積も増えている。増えている理由としては、除草剤耐性のある作物など、生産者にとっての扱いやすさがあるため。日本でも遺伝子組換えにより作られた青紫色のカーネーションが販売されている。
    遺伝子組換えの植物は、国内で厳密なルールに従って、生物多様性への影響を評価し、許可されたものしか販売されない。生物多様性に関する評価項目としては、競合における優位性がないか(遺伝子組換え生物が周辺の野生生物を駆逐しないか)、有害物質を出さないか(他の生物にとって害となる物質をつくらないか)、交雑性(近縁の野生種と交配し、新たな植物体ができないか)。これら全てにおいて、問題ないと確認された花が商品化されている(食用の作物や野菜に関しては、さらに厳しいルールがある)。

    ・「青いバラ」「青いキク」が青い理由
    本来バラやキクには、青い色の遺伝子がないので、遺伝子組換え技術により青い色素の遺伝子を入れている。遺伝子は“切り貼り”ができる。切り貼りをするツールとなるのはタンパク質。

    農研機構では、2017年に「青いキク」の作出に成功。青いキクにするために、2つの遺伝子を導入している。ピンク色のキクに1つめの遺伝子(カンパニュラに由来)を導入すると、青紫色になる。そこに、さらに2つめの遺伝子(チョウマメに由来)を入れることでさらに青色になる。

    参加者の質問:
    (遺伝子組換え植物の樹脂標本を見て)樹脂を割ったら植物体にできるのか?
    →ドライフラワーにしてから樹脂標本にしているので、植物体は増やせない。

    ・遺伝子組換えで作出した「光るトレニア」
    植物における遺伝子組換え操作の流れ:カビなどの繁殖を防ぐため、無菌状態を維持したクリーンベンチ内で作出する。葉を5センチ角に切り、土壌細菌に触れさせる。土壌細菌の一種であるアグロバクテリウムは、植物に感染し、自分の餌となる物質を植物体につくらせる。この性質を利用して目的の遺伝子を植物体に導入する。寒天培地である程度、植物体を育てた後に順化して、最終的に土で育つようにする。

    参加者の質問:
    遺伝子を組み換えるときに、葉の断片を消毒するというが、どうやって殺菌するのか
    →漂白剤につけこむ。長く浸けすぎると枯れるため、漬け込む時間や薬剤の濃度は植物の種類によって変えている。

    私たちの研究チームはこの手法(遺伝子組換え)を利用して「光るトレニア」を開発した。導入したのは、蛍光タンパク質の遺伝子。蛍光タンパク質としては、オワンクラゲのGFP (緑色蛍光タンパク質、green fluorescent protein)が有名で、青い光をあてると緑色の蛍光を発する。

    光るトレニアの研究では、富山湾で獲れるミジンコから抽出した蛍光タンパク質の遺伝子を白いトレニアに入れた(青い光を照射してそのまま観察すると青く見えるので、フィルターで青い光をカットすると、緑色の蛍光が見える)。ドライフラワーにしても光る。

    参加者の質問:
    トレニアを選んだ理由は何か?
    →開花までが早く、遺伝子組換えがやりやすいため。

    ・1つの遺伝子の改変で多様なバリエーションが生まれる
    私のトレニアにおける研究では、数万個あるうちのたった1つの遺伝子の機能を少しずつ変えるだけで、さまざまな模様が生み出されることも明らかにしている。同じ遺伝子でも、その働きを止めるタイミングを植物の成長段階によって少しずつ変えることで、200~300種類の花のバリエーションが生まれた。花の色が一部白く抜けたり、ぼかしがかかったり、渕だけ色が変化するなど、色々な花ができた。

    ● ゲノム編集について

    ゲノム編集:特定の遺伝子の情報を書き換える技術
    突然変異はランダムであるのに対し、ゲノム編集では特定の遺伝子をターゲットに変異を起こすことが可能(遺伝子配列が分かっていることが前提)。ある特定の遺伝子を“ハサミ”で切ると、修復しようとする。しかし、同じところを何度も切り続けると、その場所に修復ミスによる変異が生じることがある。これにより、一部の塩基が欠失、置換、配列の挿入が起こる。

    参加者の質問:
    ゲノム編集でいう「ハサミ」とは何か?
    →DNAを切る「ハサミ」の正体は、タンパク質(DNA切断酵素の一種)。ゲノム編集では、目的の遺伝子を認識すると、そこをハサミが切る。修復ミスが起これば、そのタンパク質は目印の配列を認識できなるので、それ以上は切らなくなる。

    ・ゲノム編集に期待が集まる背景
    ゲノム編集は、育種が抱える課題を解決するものとして期待されている。例えば、温暖化でリンゴの適正地も北上し、60年後には北海道でしか栽培できなくなるという見込みもある。温暖化はリンゴに限らずイネなど、野外栽培する作物に共通する課題。オーストラリアでは干ばつでコムギが育たない問題もある。

    また、日本は海外から船や飛行機で多くの作物を輸入しているが、(植物の)病気や害虫が持ち込まれるリスクも高まっている。こうした種々の課題に対する対応策が求められている中で、効率的な品種改良を可能にするゲノム編集に期待が寄せられている。

    海外の遺伝資源の利用に関する状況も変わりつつある。ジーンバンクには国内だけでなく、海外の種子も多くあるが、近年、海外の遺伝資源の権利の問題もあり、国外から新しい遺伝資源を入手することが難しくなってきている。遺伝資源が限られていく中で、育種のハードルが高まっている。

    すでにゲノム編集で新たな植物も作られている。筑波大では「受粉しなくても育つトマト」が開発され、生産者の高齢化が進む中、農作業の省力化につながると期待されている。その他にも、2倍速で育つトラフグ、毒がほとんど作られないジャガイモ、養殖中の衝突死を防ぐ目的で開発された穏やかな性質(性格)のマグロなどがある。

    ・キクのゲノム編集に成功
    私たちは2017年、世界で初めてキクのゲノム編集に成功した。遺伝子組換えで作出した「光るキク」の蛍光タンパク質の遺伝子だけを狙ってゲノム編集することで、蛍光の強さを変えることに成功した。キクは6倍体なのでゲノム編集も難しい(通常2本切るところ6本切る必要がある)。また、種子で育つ作物なら2本の染色体のうち、一方だけでも変異が入れば、交配するうちにどちらにも変異を入れることができる。しかし、キクは同じ品種では種が作れないので(自家不和合性)、ゲノム編集が難しかった。詳しいメカニズムは割愛するが、こうした難易度の高い植物でもゲノム編集が可能になってきている。

    参加者の質問:
    研究対象にキクを選んだ理由は?
    →市場規模が大きく、品種に対するニーズが高いため。

    ・ゲノム編集と遺伝子組換えの違い
    遺伝子組換えでは他の生物に由来する遺伝子を利用することができる。交配ではできないことも可能。ゲノム編集は、その作物(生物)の必要なところだけを改変する技術で、突然変異育種を計画的に起こしているとみなすことができる。ゲノム編集は新たな技術として注目されているが、新しい花、新たな品種を生み出すために、さまざまな技術の中から適したものを選んでいくことが大切。

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    本郷海音さんと大和久加奈さんの演奏
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    会場風景。コーディネーターはくらしとバイオの
    コーディネーター養成研修会の受講生堀川晃菜さん

    質疑応答

    • は参加者の質問、 → はスピーカーの応答
    • 遺伝子と遺伝子の間に何があるのか?
      →DNA上には遺伝子の他にも、遺伝子の働き(発現)の調節を担っている配列があり、そのような配列も遺伝子と遺伝子の間にある。植物も品種が変われば、遺伝子だけでなく、遺伝子以外の領域も変わってくる。
    • (トレニアの花の拡大写真を見て)葉の細胞と花びらの細胞の形はずいぶん違う?
      →葉は扁平だが、花びらは円すい形やドーム形が多い
    • バラ園で花びら一枚を拾うなという注意された。花びら一枚で何ができるのか?
      →研究者であれば、花びらや葉が1枚あれば、それから植物体が作れてしまう。再生できる。
    • 目的に合った品種を作り出すことと、商業ベースに乗せる研究はまた別なのか?
      →商業化に向けた研究は別に必要。商業ベースに乗せるために「増やす」ための手法も必要。また、実用化するには環境影響評価、特許などの様々な手続きも必要。技術以外のハードルが色々とある。
    • 売り物の切り花が日持ちするのはなぜ? 水揚げがいいのか?
      →切り花として売られている品種は、茎が強く、水揚げがいいものが選ばれている。さらに、日持ち剤を水に入れたり、水を頻繁に変えたりすることで腐敗を防ぐことが大切。水の細菌が茎に詰まるとすぐに水あげが悪くなる。
    • 佐々木先生は、もともと花が好きだったのか?
      →もともとからではなかった。高校生の頃は、環境破壊が叫ばれていて、森林破壊を止めたいという思いから、森林科学を専攻するつもりで大学に進学したが、バイオテクノロジーに出合うことで細胞の中のミクロの世界にも興味を持ち、酵素科学(タンパク質の活性について)の研究をした。次に、植物の病気の研究を経て、花の研究に辿り着いた。花の研究をやって10年以上。研究を通じて花が好きになった。
    • 小学生Aさん:理科が苦手だから来た。遺伝子、DNAが印象に残った。
    • 小学生Bさん:学校で知らせを見て参加。交配したキクが綺麗だと思った。
    • 花粉のでないスギの研究はどうなっているのか?
      →花粉のでない種類のスギはあるが、環境保全上の理由から、国内でも決まったエリアから、別のエリアへ持ち出しができない。無花粉のスギだからといってもエリアの越境は難しく、全国展開には時間がかかりそう。
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