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  • バイオカフェ「ゲノム編集で“金の卵”を産むニワトリをつくる」

    2019年2月22日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でバイオカフェをひらきました。お話は産業総合技術研究機構 バイオメディカル研究部門 先端ゲノムデザイン研究グループ長 大石勲さんによる「ゲノム編集で“金の卵”を産むニワトリをつくる」でした。初めに弘田久美子さんによるヴァイオリン演奏があり、春の歌(メンデルスゾーン)の調べはのびやかに会場に拡がりました。

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    大石勲さん
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    弘田久美子さん

    主なお話の内容

    ゲノムとは

    ゲノムは生物の生命の設計図といわれる。設計図の情報は細胞の核の中にDNAという化学物質として納められている。人間の場合は30億文字の情報でできている。30億文字は、広辞苑300冊くらいの文字数。
    ゲノムにはタンパク質のデザインの情報が書かれている。これを遺伝子と呼ぶ。タンパク質というのは、細胞より小さい「小人さん」のようなもの。人間の体では、およそ2万5千種類の小人さんが体を支え、エネルギーをつくり、悪い奴をやっつけ、要らないものを排出するなどの働きをしている。小人さんの大きさは、細胞を京都御所とするとテニスボール位。
    タンパク質の働きは、タンパク質分子の立体構造による。タンパク質は20種類のアミノ酸がつながった長い鎖構造。アミノ酸の並び順に従って、折りたたまれて立体構造をとり、立体構造で機能が決まる。タンパク質のアミノ酸の並び順をきめているのが遺伝子。
    ちょっとした配列の違いが性質の違いにつながることもある。脱粒性のあるインディカ米と脱粒性のないジャポニカ米の性質の違いは一塩基の違いに起因していることがわかった。

    ゲノム編集

    ゲノム編集はゲノムをピンポイントで書き換えられる技術。ゲノム編集は、効率よく、簡単に、いろいろな生物に使える、すばらしい技術だと思う。ゲノム編集では、ゲノムを切るタンパク質を使う。切れたDNAを修復するときに、遺伝子を働かなくしたり、置き換えたり、挿入したりできるようになってきている。
    ゲノム編集は画期的な品種改良、様々ながんの根治、マラリア撲滅、病気の解明と治療法開発 、外来種の駆除 生命現象の理解の深化・・・・と素晴らしい発展が期待できる。しかし、今一般の人はゲノム編集というと中国のヒトゲノム編集やデザイナーベビーの話がでてくる。もし、自動車の話題だったら、自動車で楽しいデート、家族でドライブなどのいい話題に対して、「自動車はトラックの無差別テロを起こすもの」というような、ネガティブで異常な側面にフォーカスするような話の流れになるだろうか。ゲノム編集の研究者にとってデザイナーベビーはかなり異常な話だから、一般の方にはゲノム編集の異常な側面だけを注目しないで頂けるとありがたい。

    卵の活用

    金の卵とは卵白の高価な有用物質(例えばバイオ医薬品の原料)を含む卵。遺伝子組換えタンパク質はバイオ医薬品や再生医療研究など医療の世界で大活躍している。オプジーボなどにも見られるように、バイオ医薬品は非常に優れた効果があるが薬価が高い。高価なよい薬ができると、社会保障を支える若い人の負担が増加したり、金持ちだけに恩恵が届く医療格差が生まれるという問題もでてくる。そこで、安価にバイオ医薬品などを作る技術が必要だと考えている。組換えタンパク質を製造用培養プラントで培養細胞によって生産させると、装置だけでも数十億円になりとても高い。ここに培養細胞を使わず、卵を使えないか。
    培養細胞を使わない組換えタンパク質生産法として動物工場、植物工場を利用する取り組みが進んでいる。既に組換えヤギや組換えイチゴで組換えタンパク質が作られ実用化されている。近年、SDGs、バイオエコノミー戦略でバイオに追い風が吹いており、このような生物工場に寄せられる期待が大きい。特に物価の優等生たる卵は卵白一つ分で4gものタンパク質を含むため、この仕組みは有望。卵を使うことで理論的には組換えタンパク質1gあたり数十円の生産コストが見込めるため、現状の培養細胞の1gあたり数万円に対して大きなアドバンテージ。

    金の卵を産むニワトリ

    ニワトリの発生や健康への負担を回避するため、卵白に多く含まれるタンパク質のオボアルブミンを利用することにした。オボアルブミン遺伝子の代わりに生産したい有用タンパク質の遺伝子を正確に挿入できれば卵の中に大量の有用タンパク質ができるはず。ゲノム編集技術を使って、肝炎やがんの治療にも使われているヒトのインターフェロンβというタンパク質の遺伝子の挿入をおこなった。このような技術を遺伝子ノックインと呼ぶ。
    これまでに、インターフェロンβノックインニワトリや卵を作るのに成功している。ひとつの卵に30-60mgのインターフェロンができることがわかっている。この量を市販試薬に換算したら6000万から3億円分になる。「金の卵」と呼べるかも知れない。金の卵自体はヒヨコにならないけれど、ノックイン雄ニワトリを使って金の卵を産むニワトリを何千羽でも何万羽でも増やすことが出来る。つまり、「ニワトリ工場」を作ることが出来る。
    共同研究先のコスモバイオ社はニワトリ工場試験施設を北海道に建設、ノックインニワトリの飼育と製品化研究を行っている。今後、研究用試薬などの製品に繋がることを強く期待している。

    タンパク質の産業利用

    「金の卵」技術で様々な有用タンパク質を安く、大量に作れるようになると予想している。用途としては医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、診断薬、日用品、化粧品、産業素材など。再生医療研究の加速や実用化にも貢献出来ると思っている。いろいろな市場、企業ニーズを拾いたいと思っている。もしあれば相談してほしい。
    生産コストが下がることで新しいニーズが出来るかも知れない。例えば強化クモ糸タンパク質のように細くて強い繊維の防弾チョッキ、宇宙軌道エレベーターケーブルの素材もアイデアとしては考えられる。
    アメリカでは、遺伝子組換えニワトリで作られたヒト酵素が医薬品として製造され、最近日本でも承認、上市された。ニワトリはシナジーヴァという会社が開発したが、この会社は1兆円で買収された。
    ニワトリ工場は培養プラントより設備投資が桁違いに少なくて済む。またニワトリだと生産管理・調整が容易で、生産量を数倍に増やすのもニワトリなら半年。昨年の北海道の停電でもニワトリは影響を受けなかったので、堅牢な生産システムであるとも言える。

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    高価な卵に参加者はスマホをもって集まりました
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    会場風景

    質疑応答

    • は参加者の質問、 → はスピーカーの応答
    • 腫瘍病理の切片を使っているが、この卵で抗体はできるか
      →研究用試薬の抗体は多品種少量の需要であり卵の系には適さないと思う。抗体として商品開発するなら、大きな市場。インターフェロンと違って、抗体は4つのタンパク質の複合体で生産、実用化のハードルは高い。しかし、挑戦したいと思っている。
    • どうして卵黄でなく卵白なのか
      →卵巣で卵黄ができる。卵黄が卵管を移動するときに卵白成分が分泌、付着し、その後卵殻膜、殻ができて、卵は産み落とされる。オボアルブミンは卵白成分なのでこのプロセスで大量に作られ卵白に貯まる、その仕組を利用した。卵黄には油が多く精製が難しい。水とタンパク質からなる卵白の方が精製しやすい利点もある。
    • この卵黄は食べられるのか
      →卵白には大量のインターフェロンが含まれている。卵黄だけにしてもこんなに大量の医薬品成分がそばにあったものなので、私は食べようとは思わない。
    • オボアルブミン遺伝子のすりかえはどんなものに利用できるか
      →ノックインなら大きい遺伝子を入れられる。アメリカのシナジーヴァが作ったニワトリはウイルスベクターを使っている。これだと高々3-5キロ塩基対、遺伝子ノックインでは100キロ塩基対くらいでも入れられるのではないか。タンパク質の生産量や安定性も我々の方が圧倒的に優れている。大きい遺伝子を入れることより、複数遺伝子のノックインの方が難しそう。しかし、とてもやってみたいと思っている。実際には実験の評価に1年半かかる。
    • コストはどうなるのか
      →今回のインターフェロンたまごの生産コストはグラム数百円。カイコ、牛はどうだろうか。論文ではノックイン牛乳1リットルからとれるタンパク質は1グラム数十円で、今は卵の生産コストは負けてしまう。しかし飼いやすさ、世代時間、生産調整等でニワトリは牛より断然有利。牛は1種類のタンパク質の超大量生産に、ニワトリは多種類のタンパク質の大量生産に向いているのではないか。  
    • インターフェロンの実用化は
      →研究試薬としては可能かも知れない。医薬品にするには治験が必要で大変。インターフェロンだけでなく安い試薬がいろいろできると研究者にも喜ばれると思う。
    • 卵白が白くなるのはなぜ
      →分泌させるタンパク質の性質によると思っている。今回のケースでは凝集がおこっていると考えられる。
    • クリスパーの特許料は?卵におけるクリスパーの特許はとる予定か?
      →個別の話はノーコメントだが、一般論として商品販売については各企業の対応になると思う。現状の細胞のタンク培養は多くの特許がからんだ「特許の藪」状態になっており、これを回避できるニワトリ工場にメリットがある。ゲノム編集卵に関する特許は出願中。
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