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  • PCRって何?

    新型コロナウイルス感染症の診断に使われるPCRという方法はどんな方法でしょうか。くらしとバイオプラザ21が毎年、開催している、自分のDNAを使う実験講座「私たちのDNA」の講師をしてくださっている、大藤道衛先生にPCRについて解説していただきました。

    1. PCRとは、

    PCR(Polymerase Chain Reaction)は、DNA断片を増やす実験技術です。日本語でもPCRと呼びます。DNAを合成する酵素(DNAポリメラーゼ)の反応を連続的に行うことで、特定の塩基配列のDNAを増やします。細胞は分裂して増えるときに、DNAポリメラーゼによりDNA量は2倍となり、分裂により各細胞に配分されます。このDNA量が2倍になる反応を、試験管内で行うのがPCRです(図1)。ここでPCRはランダムにDNAを増やすわけではありません。1本の試験管の中に2種類の「プライマー」と呼ばれる短いDNA断片(*)を加えます。その2種類のプライマーが結合(アニーリング)してとり囲んだ部分のDNA断片だけを増やし(増幅)ます(図1)。
    この技術は、1983年にキャリーマリス氏(1993年ノーベル化学賞受賞)により開発され、いまでは基礎研究ばかりでなく、遺伝子検査、DNA鑑定などで用いられています。
    *プライマー(約20塩基の1本鎖DNA:増幅したいDNAの一部分と相補的配列)

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    図1. PCR実験操作と原理 **PCR反応に適した溶液成分(増幅の図は文献1より引用)

    PCR増幅のアニメーション(DNA Learning Center(Cold Spring Harbor研究所の教育教材部門制作))

    2.PCRは本当に特異的に増えるの?

    実験の条件を適切に設定すれば、増やしたいDNAの断片が増やせます。

    (1)
    プライマーが結合する温度
    まず、プライマーが結合する温度の検討です(図2)。ここで白いバンドは、ある長さのDNA断片を示しています。最初は、バンドの部分に含まれるDNA断片の塩基配列を調べて目的DNA断片が増えていることを確認します。
    図2では、58℃が目的のDNA断片の増幅に最適であることがわかります。

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    図2. PCR条件の検討(アニーリング温度の例) 定性PCR-電気泳動解析(文献2より引用)

    (2)
    必要なDNA断片だけを増やすために
    PCRは、適切なプライマーを設計すれば高い特異性(特異度ではない)で、千兆分の1グラム(1fg)以下のDNAを検出できる最小検出感度を持っています。しかし、PCR反応は、耐熱性酵素の種類、Mgイオン濃度、検体のDNA分解酵素、高濃度タンパク質、ヘパリン、メラニンなど様々な物質の影響を受けます。精製したDNAならば高感度に検出できますが、粗抽出の検体では増えないときもあります。実際の検体を扱う場合は、どのように抽出して検体を準備する(前処理)かが大切です。市販されているPCRキットは、決められた条件の検体ならば、確実に増幅できるように調製されています。
    また、PCRには、増えたかどうかだけを調べる「定性PCR」と増えた量を調べる「定量PCR」があります。定量PCRでも標準物質との比較で相対的に定量するqPCRと検体のDNAを限界希釈して絶対定量するデジタルPCRという方法があります。

    3.PCRとPCR検査は違うの?

    PCRは、体質や遺伝性の病気を調べる遺伝学的検査、がん患者さんの体細胞遺伝子検査、感染症の原因究明のためにウイルスや細菌のDNAやRNAを調べる感染症検査に広く用いられています。PCRは、適切な条件で行えば高い特異性で高感度に特定のDNA断片を検出できます。ここでいう検査の「感度」とは罹患者が陽性と出る確率、「特異度」(特異性ではない)とは非罹患者が陰性となる確率です。さらに罹患率が分かると、検査結果が陽性の時、本当に罹患している陽性的中率(PPV)=真の陽性者/偽陽性者+真の陽性者、検査結果が陰性の陰性的中率(NPV)=真の陰性者/偽陰性者+真の陰性者がわかります(ベイズ統計3)。PCRを用いた検査の「感度」、「特異度」は、検体の採取法、検体の準備(前処理)、PCR増幅、データ解析の全工程によって決まります。PCRの感度や特異性が高く、精度管理しながら熟練した実験者が行っても検査の感度・特異度が高くなるとは限りません(表1)。

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    図3 PCRによる遺伝子検査
    COVID-19のPCR検査の感度、特異度は多くの報告があります4)。感度80%、特異度99%として考えてみましょう。Aは、罹患率(感染率)1%でもし1万人をスクリーニング検査した場合の予測です。感染者での検査陰性、非感染者での検査陽性の人が予想されます。また、Bでは、PPVやNPVは感染率に依存することが分かります。PCRばかりでなく、検体採取、RNA抽出と逆転写などの前処理、ウイルスの濃度や状態など検査には様々な要因が作用します。

    4.まとめ

    優れた技術にも限界があります。PCRは汎用性のある優れた技術ですが、実験条件を設定しても解析では(実験では最小検出感度や特異性、検査ならば感度、特異度、PPV、NPVなど)で限界があります。これらを理解した上で実験に用い結果を評価することが必要です。

    参考文献:
    1. 大藤道衛:「バイオ実験超基本Q&A 改訂版」羊土社(2010)
    2. 大藤道衛:「バイオ実験トラブル解決超基本Q&A」羊土社(2002)
    3. 浅井隆:いまさら誰にも聞けない「医学統計の基礎のキソ」2アトムス(2010)
    4. Wang W. et al. JAMA. 323(18):1843-1844 (2020)

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