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  • サイエンスカフェみたか「感染症、彼を知り己を知る」

    2022年7月28日、サイエンスカフェみたか「感染症、彼を知り己を知るー食中毒と新型コロナウイルス感染症」が開かれました。お話は花王(株)研究開発部門部長・北里大学特任教授の永井智さんでした。季節柄の食中毒と第7波となった新型コロナウイルス感染症を中心に、日々の衛生についてデータを示しながら説明していただきました。「耳にタコが出来そうな基本の対策の話」ということでしたが、説得力のあるお話に、参加者一同、納得いたしました。

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    永井智さん

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    一日常温でおいたカレーを事例に

    主なお話の内容

    【はじめに】

    感染症の病原体は目に見えないので彼らの振る舞いは想像するほか無い。そのためには彼らの性質を理解する必要がある。理解と想像を通じて感染症対策の科学的意味を改めて確認し、基本の対策を根気強く継続するための一助にして欲しい。

    【「変なニオイもしないし火を通せば大丈夫!」の2つの間違い】

    1.
    ニオイはアテにならない: 食中毒は、腐敗によってニオイが生じるよりもはるかに少ない菌数で成立してしまうことが多く、またウイルスは食品中で増殖しないためそもそもニオイに現れない。
    2.
    火を通してもダメな場合がある: 例えば芽胞は一部の細菌が作る休眠カプセルで、100℃の高温やエタノールにも耐える。一晩おいたカレーの食中毒は主にこれが原因。対策として120℃以上に加熱できる圧力鍋を使ったり、冷めてからよくかき混ぜて酸素を取り込ませたりするなど相手の性質を理解すると様々なアイデアが生まれるが、基本は冷蔵庫を活用するなどして細菌を「増やさない」。

    【食中毒予防の3原則「つけない」「増やさない」「やっつける」】

    「やっつける」ためには主に加熱。「増やさない」ためには塩分、糖分、酸、乾燥などの方法もあるが基本は冷蔵庫の活用。冷蔵庫の過信は禁物で、詰め込み過ぎると十分な冷却が得られないほか、カビは冷蔵庫でも生えるし、野菜室は野菜にも菌にも優しい。家の中の様々な場所の中でも野菜室の微生物は多様性に富み、腸内細菌科も多いことが判っている。せっかく買ってきた衛生的な食材に菌を付けないためにも野菜室は時々拭き掃除した方が良いだろう。「つけない」については病原体が伝わりゆくさまを考える必要があるが、ここではノロウイルスを題材にして考えてみたい。

    【ノロウイルスの伝播経路】

    家庭でのノロウイルスの伝播を俯瞰すると、手指の衛生(手を介して食品に付けない)と、トイレのドアノブなど物品の衛生(そもそも手に付けない)が対策の基本になることが判る。あるシナリオを想定して感染者の手に付いた微量の便が手洗いで減り、キッチンで触ったモノに移り、最後に食材に移るであろう量を見積もったところ、家族全員の感染が予想される結果になった。このシナリオから示唆される2つの改善点は、布巾やまな板などの使い分けと、よりていねいな手指洗浄だった。以下、手指洗浄、次いで手指消毒についてもう少し詳しく見ていこう。

    【手指洗浄】

    肌の凹凸はウイルスにしてみれば高層ビルを見上げる高さに相当する。しかも便や唾液などの成分を糊にして付着し、その上から皮脂や汚れでコーティングされている。この様な状態のウイルスや菌を想像しながらハンドソープを用いてすみずみまでしっかりこすり合わせて洗ってほしい。十分に泡立てたら意識して指先を洗い、指の股や親指も忘れずにしっかり洗おう。毎回が難しければせめてトイレ(大)の後、昼ご飯の前、帰宅直後の1日3回だけでもしっかりとした手洗いをお勧めしたい。ふだんの手洗いでどのくらい洗えているかはAmazonで"手洗いチェッカー"と紫外線ランプを買えば自宅でも実験できるので子供と一緒に試してみるのも面白いかもしれない。

    【手指消毒】

    一部のハンドソープやアルコール消毒剤には菌やウイルスを殺す効果が期待できる。しかし冒頭で紹介した芽胞の例もあり、効く組み合わせと効かない組み合わせがある。手指洗浄の"洗い流す効果"は病原体の種類を問わず有効な感染症対策の基本であるのに対して、手指消毒の"殺す効果"は相手の性質をよく理解したうえで併用する必要がある。例えば多くのアルコール消毒剤はエンベロープウイルス(新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなど)や芽胞以外の細菌に対して有効だが、ノンエンベロープウイルス(ノロウイルスなど)や芽胞に対しては十分な効果が期待できない。

    *(参考)ノロウイルスに効くアルコール消毒剤が開発出来たとしても、これまでの法規制では具体的な病原体名を消費者に伝えることが出来なかった。しかし2022年2月から投稿論文などを拠り所にすれば例えば「ノロウイルスを消毒」できることが論文の書誌情報とともに消費者に伝えられる様になった。代替ウイルスではなくホンモノのノロウイルスを用いてテストしているかなど見どころが多いので興味があればぜひ論文まで遡って確認してみて欲しい。

    【消毒のメカニズム】

    ここではハンドソープの洗浄成分である「界面活性剤」について考えてみる。エンベロープウイルスや細菌に共通した特徴として「アブラっぽい膜で身を包んでいる」という点がある。この「アブラっぽい」性質から界面活性剤が連想できる。「アブラっぽい膜」はリン脂質二重膜と呼ばれ、表面にリン酸に由来する陰イオンをもっている。一方で界面活性剤の親水部には陽イオン、陰イオン、非イオンが用いられる。磁石のSとNが引き合う様にイオンのプラス(陽)とマイナス(陰)は引き合う。なのでリン脂質二重膜に接近しやすく作用しやすいであろう陽イオン界面活性剤でより高い消毒効果が得られるのではないかと想像でき、事実その通りになる。ただし、高い効果のある陽イオン界面活性剤とそこそこ効果のある陰イオン界面活性剤を混合してしまうと、プラスとマイナスがくっついてただのアブラに化けてしまうなど、単に効果がある成分を混ぜておけば良いというものではない。このあたりを理解して製品設計しているメーカーの製品を選んで欲しい。例えば「北里大学 消毒薬」で検索すると新型コロナウイルスに対する消毒効果を検証した各社製品が閲覧できる。

    【アルコール消毒剤の使い方】

    手指洗浄のところで想像した「肌の凹凸はウイルスにしてみれば高層ビルを...」の状態を考えると、アルコール消毒剤も病原体に届きにくそうな状態が想像できる。34名のボランティアに「いつもどおり」にアルコール消毒剤を使ってもらったところ、目標菌数1/100に対して平均で1/6の効果しか得られず、特に指先に効果が及んでいなかった。そこで十分量(3mL、ポンプタイプなら押し切る量)を使う様にお願いしたところ効果は1/65に向上した。さらに「液がたっぷりあるうちに指先を、次いで手のひら、手の甲、指の股、親指、手首」と手順を図示したところ効果は目標を大きく上回る1/720に向上した。

    【まとめ】

    ○食中毒予防の3原則は「つけない」「増やさない」「やっつける」

    • 「やっつける」は主に加熱。芽胞と毒素は熱では無くならないので「増やさない」で対策
    • 「増やさない」は塩漬け砂糖漬け酢漬けなどもあるけれど基本は冷蔵
    • 「つけない」は手指衛生。加えて無理の無い範囲で布巾や調理器具等の使い分け

    ○手指衛生: 手洗いは食中毒に限らず感染症対策の基本、消毒は相手をよく考えて併用

    • 手洗いはせめて1日数回だけでもハンドソープでしっかり30秒
    • 細菌とエンベロープウイルスに対しては"消毒"が効きやすい
    • 手洗いもアルコール消毒もやり方次第で効果激変。指先を意識して指の股や親指も忘れずに

    質疑応答

    • 圧力鍋を選ぶときに圧力については考えていなかった。
      →たまたま私の家の圧力鍋は146KPa(128℃)の高圧タイプだが、なにしろ強力なので芽胞を殺せるまで(15分以上)煮続けていると何もかも煮崩れてドロドロになりそうな気がする。基本は冷蔵です。
    • 野菜室にぬか床を入れているのだがだいじょうぶだろうか。
      →問題ない。熟成が進んだぬか床では食塩や乳酸菌が出した酸などの影響で、乳酸菌や酵母を中心とした菌叢(微生物の生態系)が確立している。そこに新しい菌が入ってきても、そうそう簡単には増殖できないだろう(そうでないと素手でかき混ぜるだけでぬか床は腐ってしまう)。また今日紹介した野菜室の話は野菜室の底や壁の話であって野菜室の空気の話ではない。
    • 冷凍室は安全だろうか?
      →極めて安全だと思う。地球上には極端な環境を好む微生物もいて、高温側では海底火山の近くなどで120℃以上でも生育できる微生物が知られているが、低温側は0℃近傍でも生育できる微生物はいるものの冷凍室(-18℃程度)で増殖できる微生物を私は知らない。アイスクリームに賞味期限が無いのもそういう理由によるのだろう(もっとも日常環境にこういう極限環境微生物はあまりいないので、地球上には居たからと言ってあまり心配する必要はない)。
    • 手洗いチェッカーを買って使ってみたい。
      →手洗いチェッカーはブラックライトで光るクリームで、手に塗り広げた後に洗ってブラックライトで照らせばどのくらい洗い落とせているかを調べることができる。とても落ちにくいクリームだが案外子供の方がキレイに洗えていたりして面白い。落ちにくいと言えば小学校の教材づくりで机の拭き方を示せるかと思って試しに自分の机に塗ったら落ちなくて苦労した。お使いになるときは家具や床に付かない様にお気を付けください。
    • 市販されているアルコール消毒剤は水で薄めてあるが、濃い方が殺菌力が強いのか。
      →アルコール消毒剤の主成分はエタノールなのだが、エタノールの殺菌力はエタノール分子の周囲を水分子で取り囲んで水和させた状態の方が強くなる。一方でエタノールが少なすぎても殺菌力は低下する。例えば表面が疎水的な細菌の殺菌にはやや濃いめのエタノール水溶液が必要であるなど細菌の種類によって多少は異なるが、おおよそ70~80%程度のエタノール水溶液が広く用いられている。 * 60%以上のエタノール水溶液は引火等の危険性から危険物として取り扱う必要があったり手荒れ等の課題があるため、エタノール以外の殺菌成分を併用することで60%未満のエタノール濃度でも十分な殺菌力を実現しているものも多い。単にエタノール濃度だけで殺菌力の優劣を判断することはできない。
    • 医薬部外品で論文を拠り所にして菌やウイルスの名称を表現できる様になったとのことだが査読付き論文である必要があるか?
      →薬生薬審発0225第12号によれば、論文の場合は査読付きである必要があるとされている。投稿先のインパクトファクターについては特に定めは無い。論文では無くGLP 基準で実施された公表済み試験結果でも良いそうだが、日本でその様な基準で殺菌性試験してくれる第三者機関に心当たりがない。
    • 新型コロナウイルス感染症対策としてオゾン発生器を購入した。玄関の閉じられた空間にオゾン発生器を置いていたが殺菌効果は期待できるだろうか。
      →行政や学会の公式な見解としては空間除菌(殺菌)には効果が無いとされている。オゾンをはじめ大手メーカー等による空間殺菌は家電系も含めて殺菌効果のポテンシャルはあるのだろうと思う。閉めきった部屋で濃度を上げればおそらく効果が期待できるだろうとも思う。しかし多かれ少なかれ空気の出入りがあり容積も様々な実使用環境で、ヒトに対して十分に安全で、かつ微生物やウイルスに対して意味のある効果が期待できる濃度が維持できるのか、については残念ながら私は答えを持ち合わせていない。
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