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  • 第1回JSSバイオカフェ「生命とヒトの誕生と進化」

    2022年9月26日、第1回JSSバイオカフェがオンラインで開かれました(主催 日本科学協会(JSS)、協力 くらしとバイオプラザ21)。お話は、東京都立大学名誉教授 八杉貞雄さんによる「生命とヒトの誕生と進化」でした。本バイオカフェは全4回のシリーズ。JSSで公開されている電子教材「人間の生命科学」の執筆者らが自ら、執筆を担当したところを中心に、わかりやすくお話するというものです。第1回スピーカーの八杉さんは、テキスト「人間の生命科学」の制作委員長でした。

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    第1回のメインスピーカー 八杉貞雄さん

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    講師紹介をする大島美恵子さん

    主なお話の内容

    生命とは何か

    生物の定義は「細胞でできている」「自己複製能力がある」「外部刺激に反応する」「進化する」「恒常性」「組織化して複雑系をつくる」の6つ。形質が遺伝していくことも生物の重要な特性と言える。
    生物は大きく分けると核膜を持っている真核生物と核膜を持たない原核生物がある。原核生物は1-2μmと小さく、DNAは環状でひとつの細胞からなり、古細菌(アーキア)と細菌に分けられる。原核生物が進化したのが真核生物で、DNAは線状で、細胞の大きさも原核生物より大きく、細胞の中には小器官がある。

    地球の歴史と生命の起原

    地球の生命は40億年前位に生まれたが、生物の多様化が始まったのは古生代で5.7億年前。2.5億年前からの中生代には、爬虫類とくに恐竜類が繁栄した。6500万年前以後(新生代)には鳥類、哺乳類が繁栄している。
    地球で生物が誕生して生き続けられたのは液体の水があったから。地球よりも太陽に近い金星では水は蒸発し、地球よりも太陽から遠い火星では水は凍っている。
    生命が誕生するには、水だけでなく素材になる化学物質が必要。アミノ酸や核酸は宇宙から飛来したという説(地球外起原説)と、地球で形成されたという説(地球起原説)がある。

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    少年時代の八杉さんとオパーリンとの出逢い

    化学進化

    生命が誕生する背景には、素材である物質の高分子形成がある。熱水噴出孔付近での化学進化によってタンパク質やDNAという高分子ができたという説が有力。
    高分子が高濃度になり、分子が集合しミセルを形成した。ミセルとは油滴のようなもの(細胞は油の膜で包まれている)。様々なミセルができては壊れを繰り返していったのだろう。
    オパーリン(1894-1980年)は有機化合物を混ぜてミセル(コアセルベート)を形成させることに成功した。これに対しては日本では柳川弘志・江上不二夫がマリグラヌール(海の粒子)を作った。
    いずれにしてもミセルからRNAワールドに進んでいく。化学進化により遺伝物質として一本鎖のRNAができ、自己複製ができるようになった。そして環状の二本鎖のDNAができる。DNAは二本鎖で、RNAと違って安定であった。これがDNAワールド。こうしてミセルは細胞に近づいていく。
    最近はRNA―ペプチド(数個のアミノ酸)ワールドという説がでてきた。RNAとアミノ酸がつながったペプチドがあると、化学反応はさらに進みやすくなる。

    生物進化

    ミセルの形成と消滅が繰り返され、優れた性質をもつミセルが残り、多様化した。ダーウインは生物の進化についての自然選択理論で、環境に適合した形態を持つ個体が新しい種を形成していったと述べたが、化学進化でも同じことがいえるのではないか。
    現生生物の共通祖先が生まれ、この共通祖先から3つのドメイン(細菌、古細菌、真核生物)へと進化した。
    今は新型コロナウイルスが話題になることが多い。ウイルスの起原については、RNAやDNAと膜タンパク質だけになった、あるいは原核生物が退化してRNA、DNAと膜だけになって、生きた細胞に寄生するようになった、という説があるが、詳細はわかっていない。

    ホモサピエンスの誕生と進化

    地球の歴史を1年に例えると、ヒト(ホモ・サピエンス)の誕生は大晦日の日付が変わる少し前。ヒトの歴史は浅い。
    ヒトの位置づけ(分類)をみると、ヒトを特別と考えるかどうかで、位置づけが変わってくる。次の3つの考え方がある。

    オランウータン科とヒト科に分け、ヒト科にはヒトのみを含める
    ヒト科の中にオランウータンを入れ、ヒト亜科にゴリラとチンパンジーとヒトを入れる。
    チンパンジーもヒト属に含める。

    ③に近づくほどヒトとチンパンジーを近いものと考える。現在は②を支持する人が多い。
    化石を調べると、ホモ・サピエンスの近くにも、デニソワ人、ネアンデルタール人などのいろいろなヒトがいて、互いに交雑していたことがわかっている。(今年のノーベル生理学・医学賞は、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交雑を研究したペーボ博士)
    ホモサピエンスの特徴は直立二足歩行、育児期間が長い(教育の始まり)、脳が大きく新皮質が発達している(知性、理性、時間の概念などを司る)など。
    ホモ・サピエンス(体重60Kg)の脳は1300mlで、体重の割に脳が大きく、外側の新皮質は発達し、しわが刻まれている。チンパンジーの3倍の体積を持つ。
    言語中枢にはブロカ野とウエルニケ野がある。例えば視覚・聴覚からの情報はウエルニケ野に集められ、それに基づいてブロカ野で対応を考え、これが運動皮質へ伝えられ、発語ができるようになる。

    言語と遺伝子の関係

    KE家という言語障害のある家系があり、これが言語と遺伝子の研究を助けた。KE家では第1世代の5人の子どものうち4人に言語障害があった。この家族の遺伝子を調べた結果、FOXP2遺伝子が言語障害と関係していることがわかった。
    KE家の場合は、ブロカ野に関連する障害だったことが分かっている。
    いろいろな動物のFOXP2遺伝子を調べたところ、ネアンデルタール人は現生人と同じFOXP2遺伝子をもっていた。

    ヒトと環境

    脳や言語の発達とともに、文化文明・技術等が進歩した。
    特にこの100年で急速な変化(原子力の開放、ゲノム操作等)が起こった。
    今では、人新世(アントロポシーン)といって地球環境への人間の影響を重視する考え方が提案されている。
    種の寿命を300万年と考えると、ホモサピエンスの歴史は現在、20万年まで来たところ。
    200年前と比べると人口は8倍に増加している。今後人間が地球にどのような影響を与えるか、皆で考えなくてはならない。

    質疑応答(〇は参加者、→はスピーカーの発言)

    • 哺乳類の誕生は爬虫類の多様化の一部と考えていいのか。
      →爬虫類の系統の基部から哺乳類に至る系統が分岐した。初期の哺乳類は小さいネズミのようであったが、新生代に多様化が劇的に進んだ。
    • 有機物の濃縮とは。
      →熱水噴出孔以外では、潮だまりの水が蒸発して濃縮すると分子衝突の確率が増え反応が進む。濃縮が重要だったと考えられる。
    • 生命の起原が地球外にあるという仮説について。隕石は大気圏に突入したときに燃えてしまうのではないか。
      →隕石の内部にあった可能性もあるだろう。今では、小惑星に生命があった可能性も考えられている。
    • 塩分の役割は。
      →塩分は化学反応を進める。ある意味で生物は塩分にあうように進化してきたとも考えられる。初めは海水も薄かったが、原核生物は塩分濃度が上がるとそれに対応していき、高い塩分濃度に対応できる生物が生き残った。
    • FOXP2遺伝子が保存されていることは、この遺伝子が重要な遺伝子であることを示しているいうのは、どういうことか。
      →DNAは一定の頻度で変異を起こす。そのときに有害な変異を持つ遺伝子は生物種の持つ遺伝子の全体から排除されていく。従って、よく保存されている遺伝子は有用な遺伝子であるといえる。
    • 系統樹でアフリカヌスがホモサピエンスにつながるものとつながらないものがあるが、どちらが正しいのか。
      →アフリカヌス属にも様々な種がいた。その中のアファレンシスという種から、ホモ・ハビリスという種が生じ、ついでホモ・エレクトゥス、ホモ・サピエンスへと進化した。その他のアフリカヌスの種は、ホモ属につながることなく、やがて衰退・滅亡した。
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