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    「『そのワクチン安全ですか?』にこたえるために必要なワクチンサイエンス」

    2023年6月24日、第7回日本臨床薬理学会 関東・甲信越地方会「伝染病のワクチン開発と薬物治療」がオンラインで開かれました。
    開会にあたり、本地方会会長 東京大学医科学研究所国際先端医療社会連携研究部門 湯地晃一郎さんから、午前の教育講演では、ワクチンと有効性と安全性に関する話題を提供し、午後は製薬企業、治験コーディネーターなどの様々な立場のからの発表があると、開会のことばがありました。
    午前中に行われた教育講演「そのワクチン安全ですか?にこたえるために必要なワクチンサイエンス」に参加しました。演者は、東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ワクチン科学分野 石井 健さんでした。

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    石井健さん(許諾済み)

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    東京大学医科学研究所 (地方会ホームページより転載)

    主なお話の内容

    はじめに

    東京大学医科学研究所の始まりは北里柴三郎が設立した伝染病研究所だった。私たちがここ、医科学研究所で新型コロナウイルス感染症対策に関わったことの意味を感じている。私たちは、伝染病にたちもどり、新型コロナウイルス感染症ワクチンについて学ぶために、3年前「新世代感染症センター(ユートピア)」を設立した。ワクチンはとても重要なもので、SDGsにも合致している。そしてワクチンは安全なものであるべきで、じっくり研究していくものだと考えている。私はワクチンについて、皆さんにも学んで考えていただきたいので、患者さんに「このワクチンは安全ですか」と尋ねられたとき、「ご自分で決めてください」と答えるようにしている。今日は一緒に考えてください。

    コロナウイルスの変遷

    コロナウイルスは、初めのアルファ株から始まり変異した。現在は、オミクロン株。免疫を持った人が増え、ワクチンで免疫を得た人も増え、オミクロン株になってからは小変異を繰り返し、季節性インフルエンザと似てきた。デルタ株のときは9割の人にワクチンが効いたが、今はそんなに効かないようだ。しかし、重症化しなくなっている。

    mRNAワクチン開発への道のり

    mRNAワクチン開発までの道のりを振り返ると、奇妙な生物が爆発的に誕生し、まるで「カンブリア紀」みたいだと思う。2020年、タンパク抗原、DNA、RNAなどの142種類のワクチンがあったが、mRNAだけが生き残った。mRNAワクチンはまさに、破壊的イノベーション!
    30年かけて抗原をコードしたmRNAが生体内でタンパク質になることが解明された。初めはRNAワクチンの炎症がひどく、注射したマウスのしっぽが切れてしまったりして、DNAワクチンのほうがうまくいっていた(1990-2000年ごろ)。多くの研究者がいろいろな物質でmRNAをくるんでやってみて、コレステロールでくるむのがいいとわかった。
    2005年、カリコー博士(Karikó Katalin)はmRNAを自分のRNAに似せるとうまくいくことを発見。夾雑物を除去し、mRNAを100ナノメーターのLNP(脂質のナノサイズの粒子)に入れた。ファイザーとモデルナではくるむ脂質に違いがある。どちらもウイルスと同じように、拒否されずに細胞のリボソ-ムという場所に入り、タンパク質に翻訳される。するとウイルスの目印であるスパイクタンパクがつくられ、本当にウイルスに感染したときと同じような免疫反応が細胞内でおきる。こうして、私たちは目印を予習できる。
    筋肉注射されたmRNAから作られた抗原はB細胞や樹状細胞にとりこまれ、抗体をつくってウイルスと戦う。mRNAやmRNAをくるんでいたLNPもアジュバントによって強められる。入ってくるmRNAは異物だが、メチル化されることで異物と認識されず、タンパク質に翻訳されたり、アジュバントで強化されたりして、そのバランスの中でmRNAワクチンは機能するようだ。副反応の個人差は、LNPへの反応の個人差によるらしい。まだまだ研究することはたくさんある。
    2021年、ワイスマン教授とカリコー博士が開発した修飾mRNAワクチンに対し、ラスカー賞が授与されいる。

    いろいろなワクチン

    生ワクチンには、ジェンダーからの200年の歴史がある。不活化ワクチン(タンパク質)、DNAワクチンの数十年の歴史と比べても、mRNAの歴史は1.5年と短い。mRNAワクチンは大丈夫なのか。ワクチンを比べた時、生産速度、抗体や細胞性免疫の免疫誘導能力においてmRNAワクチンは優れている。実際には基礎研究から生産供給まで10年かかっているが、ワクチン製造を300日から100日にできた意味も大きい。この背景には、米、英、中国、ロシアで第1相から第3相臨床試験を直列でなく、並列で進めたことが影響している。これには、これらの国が軍事大国だからできたという背景も忘れてはいけない。
    これからわかることは、日本ではワクチンは厚労省マターだが、実際は外務省など厚労省以外も関連しないとできないこと。

    ワクチンのこれから

    G7では「ワクチン開発100日ミッション」が唱えられた。もしも326日でウイルスの配列が判明して100日でワクチンができていたら、亡くなる人を300万人から20万人にできたはず。だから100日で作ろう!これは実際には難しいが「北極星」のように、皆が見上げれば同じ方向に走れるかもしれない。
    日本はこれから、平時に模擬ワクチンを使って第1-2相試験を行い、条件付き承認にしておいて、本当に流行したときに第3相から始められるしくみを考えなくてはならない。人が死ぬような病気の場合、イギリスでは「アニマルルール」があって、動物実験で試験を進めて準備できる。日本にアニマルルールはない。こういう法整備も必要。
    予防接種は最も成功した医療技術といえる。天然痘、破傷風、ポリオの患者さんは外来にやってこなくなった。現在、ワクチンで予防できる感染症が27もある。一方、ワクチンがあってもコントロールできない病気もある。重点感染症暫定リストをみると、感染症の新たな脅威は続いていることがわかる。あらためて、手洗い、マスクは感染症対策の基本であることを繰り返したい。
    私たちにとって、深刻なのは、HIV、マラリア、HTLV、AMR(多剤耐性)。感染症対策の手は緩められない。ワクチンには科学的なことのほかに経済、規制も必要。でも、このプロセスはできるだけシンプルに進めたいもの。
    AI、サンプルの収集と分析、モジュールの準備などを組み合わせて、ワクチンデザインは迅速に行う。今は、検体の中のナノ粒子を同時解析ができるようになった。私は、侵襲のないサンプルである「呼気」から検体を集めて研究したいと思っている。

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    むすびのことば(許諾済み)

    私たちの課題

    • ワクチンの価格差。会社によってワクチンの値段がかなり異なる。低所得国にはワクチンを打てない人も多く、高所得国では余っている。例えばアフリカでは接種がたりていないが、この地域から感染症の変異株がでていることも事実。ワクチンは、世界中の人がそろってうたないとだめ。
    • エムポックスのワクチンが日本では打てないが、患者数は増加中。
    • 子宮頸がんワクチンの接種率が日本は著しく低い。男子も子宮頸がんワクチンを打たなくてはならないことが知られていないのは日本と北朝鮮だけではないか。

    社会との関り

    ワクチンは自分だけでなく家族や社会を守る利他的な鍵。国によってワクチン行政は異なるが、ワクチンは自国を守るだけでなく世界の健康を守るものとして考えていきたい。
    一方、ワクチン忌避、ワクチン嫌いな傾向のある国がある。例えば、日本、ロシア。ワクチンサイエンスが広く理解されることが大事!ワクチンサイエンスを教えている医学部があるのは千葉大だけ。手洗いやうがいなどの公衆衛生、疫学調査を教えていない医学部も多い。ワクチンサイエンスは一般市民だけでなく、医療関係者にも行き渡っていない。
    書店にいくとワクチン忌避の本が並んでいる。しかし、「鍋とランセット」(イヴ=マリ・ベルセ 著)には、ジェンナーが現れる前に天然痘と戦ったイタリアを縦貫するベニン山脈の集落の医師たちの活動が描かれており、「雪の花」(吉村昭 著)には、江戸末期から明治にかけて福井で天然痘と戦った町医者について書かれている。ぜひ、読んでください。

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