くらしとバイオプラザ21

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AGIオンラインセミナー「生命倫理から見た『ゲノム医療法』について」

2024年2月8日、遺伝情報取扱協会(AGI)主催によるセミナーが開かれました。サイエンスアゴラ2023のフォーラムで「ゲノム医療法」に関する話題提供をして頂いた早稲田大学 准教授 横野恵さんからその後の動きについてうかがい、くらしとバイオプラザ21からも話題提供をさせていただきました。

話題提供1
「私たちは『ゲノム医療』といかにつきあっていくのか」
くらしとバイオプラザ21 佐々義子

食のリスクコミュニケーション、ゲノムリテラシー醸成のための活動を、市民と専門家とともに行っている。人医学研究生命倫理指針では、市民と研究者との対話を促すことよりも、患者さんを含めた人々のゲノム情報を利用して研究を進める方向性が強いように個人的には感じている。その意味で、ゲノム医療法は啓発活動、人財育成などが重視された法律として期待したい。
実際に、健常な人はゲノム医療には関心がなく、ゲノムリテラシー醸成にむけて私たちは何をするかというと難しい。くらしとバイオプラザ21では、AGIにご協力いただいて大人のための実験教室「私たちのDNA」を開いてきた。
サイエンスアゴラ2023では、横野先生に話題提供をしていただき、学生たちによるファシリテーションで、参加者全員がゲノム医療について「自分や身近な家族のこと」として話し合い、考えた。ゲノム医療法については知らない人がほとんどだったが、グループでゲノム医療への不安と期待を書き出す中で、自分はどのように考えていくかのヒントを得た人が多くいた。最後に、自分にできること、何が大事だと思うかをカードに記入して壁にはり、自分のこととして考えてもらう企画とした。

佐々義子

佐々義子

横野恵さん

横野恵さん

話題提供2
「ゲノム医療推進法の概要と今後の動向」
早稲田大学 社会科学部 准教授 横野恵氏

「ゲノム医療法」成立

6月10日、「ゲノム医療法」が可決・成立し、16日に公布・施行となった。これはゲノム医療を安心して受けられるようにするための施策。これまでは少数の遺伝子に対象を絞って分析していたが、がんに代表されるようなゲノムの検査が一般的になり、研究・医療にゲノム情報が使われるようになってきた。しかし、患者さんの費用負担の問題ものこる。

差別の歴史と現状

ゲノム医療法では差別をなくすことがかかげられている。残念ながら差別の史実があるため、ゲノム情報に基づく差別偏見が懸念されている背景がある。たとえばゲノム情報を理由に生命保険に入れない、保険金支払い時に以前から遺伝要因があったのではないかと言われ、保険金がなかなか支払われないケースなどが想定される。しかし、生命保険でゲノム情報をどう使うかは、法律では決まっていない。
日本でも、全ゲノム解析のプロジェクトは始まっている。生命保険における取り扱いも検討しなくてはならない。
例えば、シンガポール保健省と生命保険協会は、シンガポールにおける精密医療を支援するため「遺伝学的検査と保険に関するモラトリアム」を策定(2021年10月発効)している。
イギリスでも生命保険とゲノム情報の使いについては明確化している。

日本の歴史

日本では2000年、「ヒトゲノム研究に関する基本原則」ができ、遺伝情報による差別の禁止が明文化された。ただし、あくまでも理念として提示されたもので、法的な強制力のあるルールではない。
2017年、「ゲノム医療などの実現・発展のための具体的方策について」が取りまとめられ差別が起きないような社会環境整備の必要性が述べられている。
旧優生保護法によって被害を受けた人への一時金支給などに関する法律が2019年にできている。旧優生保護法は1996年まで残っていて、病気や障害が遺伝する可能性を理由として疾患を持つ人に強制的に不妊手術が行われていた。複数の裁判が今も続いていて、2023年11月、最高裁で審理して統一判断が示される見通しとなった。

諸外国の状況

遺伝情報に基づく差別に対する懸念や不安を抱いている人がいる。
差別に関する懸念や不安が個人の意思決定に影響する可能性がある。
保険分野での差別への不安が大きい。
差別禁止の法律・政策があっても懸念や不安が完全に払しょくされるわけではない。
国内の状況は、平成28年厚生労働科学特別研究事業(武藤香織さんらが行った調査研究)の結果をみると、国民の感じている心配は行政における差別、保険加入・結婚・就労における差別であり、差別の体験を調べると、保険加入時、学校や職場のいじめ、交際相手からの交際拒否・反対などがあがってきた。制度としてこういう問題をどうカバーしていけばいいのか。そもそも法律やガイドラインでカバーできるのだろうか。
米国では様々な連邦法や州法と組み合わせて用いられているが、連邦法であるGINA法(2008年に制定された遺伝情報差別禁止法)のメッセージ性は大きい。
生命保険におけるゲノム情報の利用の規制を強化する動きが世界でみうけられる。すなわち、このような差別を防止する規制の必要性の議論は世界では終わっている。
日本はどうだろう。日本にはゲノム情報に特化した法律はない。しかし、個人情報保護のしくみはあり、医療従事者の守秘義務も課せられている。医学研究に関する倫理指針もある。だだし、今の日本の法規制では外国のように強制力をもってゲノム情報による差別の直接的な予防や救済はできない。

まとめ

本法の基本理念は3つ。

  • 質の高いゲノム医療をみんながうけられるようになる。
  • 生命倫理への適切な配慮が求められる。
  • ゲノム情報にもとづく差別がないように保護される。

ゲノム解析により診療や健康管理に役立つ情報がえられる機会は増えているが、疾患リスクに関する所見などが個人にとっての差別や社会的不利益につながる懸念はある。日本の優生政策における差別的取り扱いに関する問題はまだ解決していないという現実があり、ゲノム研究・ゲノム医療が差別や分断を助長したりすることがあってはならない。
「ゲノム医療推進法」はこれらの課題への対応を目的としているが法的強制力はないので、様々な立場の人が議論してゲノム情報の撮り使い、差別や社旗的不利益防止のためのルールを作り、教育への反映、人材確保を図っていくことが重要。

ゲノム医療推進法に基づく基本計画の検討に係るワーキンググループ
ゲノム医療推進法に基づく基本計画の検討に係るワーキンググループが12月から始動。

まず、計画を策定する。目標の達成時期を決めて、達成状況を調査しながら進める。

質疑応答

質疑応答

質疑応答

  • ゲノム情報の扱いについて、こうあるべきという議論は行われているのか。
    医療では研究開発の推進が第一。医療以外の分野ではゲノム情報の利用に関する議論の場はない(横野)。
  • 保険業界団体はゲノム情報を使わないといっている。今後、どうなるのか
    ボトムアップ型で進めようとしている。業界団体に入らない企業は団体の倫理的なルールを守るとは限らない。例えば、オーストラリアは自主基準で5年間をやってきたうえで、強制力のある法律をつくる動きがでてきている(横野)。
  • 遺伝情報は個人識別符号として厳しく縛られていくのか。
    一般の人は尋ねられたら、不安につながるものは厳しく規制してほしいというだろう。すると個人識別符号を適確に扱うためだから、規制を厳しくという方向になるだろう(横野)。
  • 検体提供などへの協力を一般市民に前向きに知らせることはできないか。
    Rare Disease Day(希少難治疾患)にように医療関係者、患者、家族が前向きに疾病と向き合うような取り組みが考えられるといいのではないか(佐々)。
  • AIをどう活用していくのか 間違いも織り込み済みで。WGで議論されているか。
    オックスフォード大学ではゲノム情報と生活様式の関係をAIに研究させている。生活は観察から、環境要因の分析はAIから進める。
    厚労省では医療情報の二次利用の推進にむけた検討が11月に始まった。本人への不利益の防止など出口での規制を重視する方向で検討が進んでいる。
    個人情報保護法見直しも始まっている。子ども、医療、防災等の公共性の高い分野においてデータ利活用を支援するための方法が論点の1つになっている。現在は事業者からのヒヤリングをしている。
    予算獲得とセットで患者・市民参画(PPI)の取り組みを研究者に義務づける国の事業もあるが、研究者が突然、患者団体にアプローチしてしまうケースもあるようだ。一般の人はゲノム医療に関心がなく、がん患者の関心は高い。(横野)。