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シンポジウム「『科学への信頼』を育むには」

2023年10月7-9日、秋葉原UDIXで日本科学振興協会(JAAS)第2回年次大会が開かれました。8日には、シンポジウム「『科学への信頼』を育むには」がJAAS、日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)、日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)による合同企画として行われ、3団体から推薦されたパネリストが登壇しました。パネリストは、瀬川至朗さん(早稲田大学)、詫摩雅子さん(科学ライター・科学コミュニケーター)、美馬のゆりさん(公立はこだて未来大学)、横山広美さん(東京大学)で、モデレーターはJAAS理事の田中智之さん(京都薬大) です。

会場風景(写真提供 JAAS)

会場風景(写真提供 JAAS)

はじめに ファシリテーター 京都薬科大学 田中智之さん

学術出版社のエルゼビアが、センスアバウトサイエンス、エコノミストインパクト(エコノミストの調査担当)と連携して2022年に行った「研究への信頼」プロジェクトの一環として実施された円卓会議(JAASを含む6か国で開催)での論議をもとに今回のシンポを企画した。この円卓会議では「研究への信頼」には、「自分の研究へ信頼」と「社会からの信頼」のふたつの意味があることを踏まえ、ワクチンが日本でできなかった理由、信頼できる情報源はどこから得られるのか、市民の関心喚起の重要性等について意見がでた。日本からの発言は社会との関係に言及するものが多かった。私たちはこのような議論を深堀りしたいと思っている。パンデミックでワクチンができたり、PCRが活躍したり、変異株の分析がすぐにできるようになったりして、科学は凄いぞ!と思う人が増えたのではないか。一方、パンデミックが長引くと SNSを通じた間違った情報も拡散するようになり、科学と行政の関係の大切さが再認識された。今日は多様な立場のパネリストと話し合いたい。

パネリストから自己紹介

瀬川至朗さん 早稲田大学政治経済学術院教授 元毎日新聞、ファクトチェックイニシアティブ理事長

コロナ禍で拡散したツイートに見る専門家の信頼度を調査した。ツイッター(現X)日本語版は2008年に誕生した。専門家への信頼に関連するツイートは、2020年のコロナ発生中がピークで年間8万ツイートになったりした。専門家への信頼に対して肯定的なものと、否定的なものがあり、否定的ツイートは肯定的の約2倍だった。
拡散されたツイートから、「虚栄心が強くなく、組織内で信頼され、専門外のことにコメントしない人」が危機管理時に登用すべき専門家の人物像として浮かび上がった。登用に適さない専門家は「専門外のことにもコメントし、勉強不足で高学歴の思い上がりがある」などだった。
科学へ信頼は、科学を語る専門家への信頼に強く通じていると感じた。

詫摩雅子さん 科学ライター・科学コミュニケーター

日経新聞社で約20年働き、その後日本科学未来館のイベント企画に従事。ヒト受精卵へのゲノム編集プロジェクトに関わったりする中で、一般の人にあまり知られていないことのルールをつくるときには広い議論が大事だと感じた。
2020年、未来館で「わかんないよね、新型コロナ」を国立国際医療研究センター国際感染症センターと連携して実施。新型コロナの「何を」「何のために」「どう伝える」のか。新型コロナへの不安を和らげて楽しく学ぶために、柔らかいいフォントや色合いに気を付けた。感染対策は完璧を目指してもムリ。マスクがないときはハンカチで代用するなど、少しずつリスクを減らせればよい。手をまったく洗わなかった人が簡単に洗うようになるだけでも全体としては大きいなど、身近で具体的な事柄で伝えた。
アビガン陰謀説が出たときは、「くすりのできるまでしくみ」を伝えた。正解のない生命倫理の問題では、互いの信頼のために自分の立場を伝えて信頼を構築することが大事だと思う。

横山広美さん 東京大学 教授

コロナ専門家への信頼をはじめ科学技術社会論の研究をしている。
科学に対する信頼と科学者への信頼は、研究では区別をして行われている。先行研究では、127か国の調査で科学や政府への信頼で、人々が予防対策で頑張るようになってコロナ死亡者が減るというデータがある。女性は、高齢化するにつれて科学への信頼や政府受容が高くなる傾向が報告されている。
政府への信頼178か国で調べたところ、健康な高齢者で信頼が高く、低学歴者は低かった(2021年調べ)。23か国への調査では、コロナパンデミック抑制に政府への信頼が大事なことがわかった。日本は政府への信頼は低いが、医師への信頼が高く、ワクチン接種率は高くなったようだ。ポイントは「専門家への信頼」「科学への信頼」「科学は変化するもの」。我々の研究では、コロナ専門家への野党支持者の信頼は、与党支持者の信頼よりも低かった。政府を支持している人の方が、政府に助言するコロナ専門家を信頼するのは理解できる。
アメリカには「共和党支持者は地球温暖化を信じない」というアメリカ特有の分断がある。能力、人柄、危機際してのリスクマネージ力がり、価値を共有できる専門家を信じる傾向がある。政府に助言する専門家への信頼が重要。与党支持者より野党支持者の方が、政府を信頼しない傾向があることもわかっている。

美馬のゆりさん 公立はこだて未来大学 教授 元日本科学未来館副館長

はこだて国際科学祭を2009年から継続して行っている。科学館のない函館で、科学祭では「科学をまちに出す」「みんなで話をする」「函館から世界を変える」目指し、「環境」「食」「健康」の3テーマを毎年回している。
コロナは「正しく恐れる」「幸せとは何か」に向かい合った日々だったと思う。2023年、科学祭中心的イベントであるサイエンスダイアログでは公開対談「心身ともに健康であるための心理学」を信州大学 菊池聡さんをお招きして開催。菊池さんは、誤情報、偽情報、悪意の情報を見極めるクリティカル思考の重要性を訴えた。これは科学の信頼と強くつながるものだと思った。

パネルディスカッション

(テーマ1) アップデートしていく科学の知見をいかに伝えるか

  • コロナ禍では新しい知見によって情報が日々、更新されていったので、変化した理由の共有から始めた。一度報じたニュースを流したくないのがメディアだが、しつこく同じことを発信した。
  • メディアは一度報じたら、同じことは報じないで次に進むもの。紙の新聞なら前の情報を読み返せる。また、ジャーナリストは確定した事実を伝えるから訂正を嫌う。「わからないけれど、できるだけ伝えましょう」という考え方をしない。
    コロナは変化する情報が多く、確定されない心細さからSNSに流れた市民は多かったのではないか。伝統的メディはコロナでは機能しなかったと思う。
  • 政府は責任がとれる範囲でしか発信できないので、科学者より自由度が狭い。そこに、科学者と政府の間の緊張関係が生まれる。政府の透明性が大事になる。政府こそが科学は変わっていくことを理解すべきで、それが信頼につながると思う。
  • 情報の受け手は変化する情報をどう受け止めているのか。陰謀論が拡がるとき、非合理的な思考による意思決定も拡がるリスクがある。一方、陰謀論を信じるときにはリテラシーがないために陰謀論に負けてしまう背景がある。社会で疎外感や無力感を持っている人の心の隙間が陰謀論に狙われるようだ。これは社会がかかえる「弱者の問題」でもある。

(テーマ2) 科学への信頼と科学者への信頼は深く関係している。どのような専門家が信頼されるのだろうか。

  • 世論が二分している話題を扱うときは、怪しい根拠に基づいて発言し続ける人に対しても、リスペクトをもって話す人にお話を依頼したいと思っていた。伝える内容は同じはずなのに、聞いている人は「伝える人」をみている。伝える人には全方位へのリスペクトをもってもらいたい。
  • バランスよく、適切に伝えられる人がよい。ノーベル賞受賞者には適任が多い。研究能力と周囲の知識を見つけて発信するのがうまいからだと思う。
    日本政府は科学技術を調査検討する力が強い。米国議会は調査部門がついていて充実したレポートを出して蓄積して政策に反映させている。
  • 丁寧に話し、ローカルで信頼される科学者がよいと思う。人間には人と同じでいたい、権威者を信じたい傾向があることがミルグラムの実験(1963年)で示されている。アッシュの実験では同調圧力(1956年)が説明されている。信頼に大事なのは、能力、人柄、価値の共有。
  • 研究者からの発信するときは、研究者グループからの発信がよい。コロナでは学会ごとに発信できてよかった。熱い思いだけでなく、全科学者にとって過度な負担にならないようにすることも重要。イギリスの科学顧問を支える研究者グループは有名。

まとめ

最後の登壇者全員がコメントしました。

  • プロセスの透明性、科学研究の独立性、データの管理を基盤に、信頼形成には時間がかかることを認識し、専門性を尊重しつつ、広くステークホルダーの声をきくことが重要だということが、今日のパネルディスカッションで明らかになったと思う。(田中)
  • 透明性とステークホルダーの声を聴くことが重要。ジャーナル共同体(閉じた世界)や科学者は「私を信用してほしい」といい、市民は「それなら証拠をみせてほしい」といっている。市民の「見せてください」という要望に応える。(瀬川)
  • ステークホルダーの声を聞くだけでなく、専門家の事情も話すべきだと思う。大切なのは 対話。(詫摩)
  • どのメディアをつかっても見せるほどに信頼が揺らいでいく。見せ方が大事。たくさん見せて信頼に至る専門家に。(横山)
  • クリティカルシンキングの重要性が高まっている。弱者が不利益を被らない社会にしなくてはならない。エビデンスに基づく意思決定ができ、多面的に考えて自分の認知を客観的にとらえる考え方がひろがるように。私はAIリテラシーを向上させる活動を進めていきたい。(美馬)

「多様な視点を頂き感謝している。JAASは議論を大事にしながら進めていきたい」と田中さんはシンポジウムを結びました。

シンポジウムを終えて(写真提供 JAAS)

シンポジウムを終えて(写真提供 JAAS)