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オンラインセミナー「ゲノム編集技術を駆使した産業植物で食のミライをかえる」

2025年6月11日、オンラインセミナー「ゲノム編集技術を駆使した産業植物で食のミライをかえる」(日本バイオ技術教育学会主催)が開かれました。講師は、ゲノム編集を使って自然毒ができにくくしたジャガイモを研究・開発されている大阪大学 特任教授 村中俊哉さんです。
初めに、日本バイオ技術教育学会 理事長 安齋 寛さんから、昨年に続いて開催する本セミナーの紹介のメッセージがありました。

安齋 寛さん

安齋 寛さん

村中俊哉さん

村中俊哉さん

主なお話の内容

1. はじめに

ゲノム編集を使って、毒であるソラニン、チャコニンのできにくいジャガイモの研究開発をし、社会実装を目指している。今はジャガイモだけでなく、より使いやすい薬用植物も対象にしている。
ゲノムとはDNAの集まり。ゲノムをみると、ジャガイモはナス属なので、サツマイモよりもトマトに近いことがわかったりする。ジャガイモの原産地は南米で、原種は芋が小さかった。トマトも実が小さかった。
例えば、トマトの野生種は毒があって小さく、実が落ちやすかったが、現在、栽培されているトマトは実が落ちにくく、毒もない。青いトマトにはトマチンという毒があるが、赤くなると毒でない化学物質になって食品として安全になる。
ところが、ジャガイモは芽や緑化したところにソラニン、チャコニンができて毒になる。家庭菜園や学校の畑でとったジャガイモによる中毒が時々起きる。中毒が起こった宝塚の中学校の畑を見に行くとジャガイモが土から出ていて緑になっていた。芽だけでなく光が当たって緑化した部分もソラニン、チャコニンが蓄積し、重篤ではないが中毒になる。主要な作物が品種改良されてきている中で、ジャガイモだけ毒が消えていない。毒の正体はステロイドグリコアルカロイド(SGA)。

2.品種改良

毒は植物体内で化学反応が起きて合成されてできる。毒をつくる酵素の遺伝子を働かなくすれば毒はできなくなるのではないかと考えた。
植物の遺伝子を書き換えることは昔からできていた。生命の設計図のDNAは、紫外線などで二本鎖が切れて、修復機構により元通りになる。しかし、10万から100万分の1の割合で修復時にミス(欠失、置換、挿入)が起きる。これを品種改良に利用する。
例1)ジャポニカ米とインディカ米の性質の違い
脱粒性(実がパラパラ落ちる)は、最近、DNAのうち一文字(塩基)の違いによるとわかった。バイオテクのロジーがなくても、人はよい品種を選んできた。
例2)温室栽培のナスは人工授粉や授粉用ハチが必要だが、授粉しないで実が膨らむナスが商品化されている。このナスのゲノムでは植物ホルモンをつくる遺伝子の4600文字が欠失していた。
私たちは経験的に遺伝子に変異があるものを選んできたが、今では、積極的に遺伝子を書き換え、人為的突然変異を起こせる。
まず、ソラニン、チャコニンの生合成の経路を解明した。ナスにはコレステロールがあり、その経路にSSR2遺伝子がある。これをつぶせたら毒は減るのではないか。ゲノム編集を使うと狙った遺伝子を書き換えられる。これまでの紫外線や放射線でダメージを与えて修復ミスで起こすのはランダムな変異。ゲノム編集は狙って変異を起こせる。
今のゲノム編集の主流はクリスパーキャス9。この技術は古細菌の自然免疫のしくみを利用している。ゲノム編集技術の第1世代はZinc Finger、第2世代はTallen。クリスパーキャス9は2012年に発見され、2020年のノーベル化学賞受賞までたった8年。この受賞までの速さから、いかに期待されているかがわかる。
一方、遺伝子組換えでは、本来持っていない性質を導入できるので、自然界に起きないことが起きる。そのために環境影響をカルタヘナ法に基づいて評価し、拡散しないように生物学的、物理学的な封じ込めを行う。バラには青い遺伝子が無いから、青いパンジーの遺伝子を入れ、うまく発現した青いバラを選抜した。同じく、遺伝子組換えでできた青いカーネーションは1本1000円以下で求めやすい。

3.SGAを作らないジャガイモ

「さやか」というジャガイモにTallenを使って、ソラニン、チャコニンが大幅に減った。
ゲノム編集のカルタヘナ法上での扱い
カルタヘナ法は、その作物を遺伝子組換えとして扱うべきかどうかを規定する法律で、最終製品で外来遺伝子が無いことが確認できれば、遺伝子組換えに相当しないとして扱うことができる。
私が使った「さやか」はサラダ向きジャガイモ。SGAの生産量が低いジャガイモとして研究目的の野外試験を2021~2022年度に実施した。1年目はあまりうまくいかなかったが、2年目は畑作地でうまくできた。若干、収量が低くかった。「さやか」は北海道が適地の品種だからかもしれない。今後、北海道で栽培試験をしたい。
食品の安全性の扱い
食品としての安全性については消費者庁に申請する。農水省と同じように外来遺伝子が無いことを確認し、新たな毒やアレルギーが見つからなければ届け出ができる。今はGABA トマト、肉厚のマダイ、成長の早いトラフグなどが事前相談を経て届け出られている。
GABA トマトは、私もモニターとして西宮で栽培して食べた。こうしてゲノム編集トマトが多くの人によって全国で栽培された。22世紀フグは京都府宮津市のふるさと納税の返礼品になっていて、私もそこで食べた。普段、フグをそんなに食べていないので比較はできないが、とてもおいしかった。
ジャガイモ新技術連絡協議会の立ち上げ
ゲノム編集ジャガイモの社会実装のために、研究者だけでなく、種苗会社などいろいろなメンバーでジャガイモ新技術連絡協議会を立ち上げた。
ジャガイモの一大産地である根室で話を聞いたら、毒が無いのもいいが芽が出ないことが重要だという。収穫後、芽が出ないように冷暗室で保存する。空調に費用がかかり、暗くして、エチレン処理をする。常温だと長い芽が出て、毒がたまり、芋が劣化する。ということは保存がきかないということ。 2016年6月、ゲリラ豪雨がジャガイモ産地に大打撃を与えた。北海道産ジャガイモ大不作で翌年ポテチ販売ができなかった。ジャガイモはコメのように保存できない。だから1回の不作で、翌年の食品流通に影響してしまう。芽が出なければ長期保存できる。
ポテトサラダ工場を見に行ったら、ジャガイモの皮を剥くのは機械でできても、芽を取るのは手作業。手間がかかり、大きく削り取るので食品ロスにもなる。
SSR2の生合成機構はほぼ解明できている。コレステロールの次の酵素をつぶすと毒ができないだけでなく芽がのびなくなった。芽が出ない理由はわからないが1年以上たっても芽が伸びていない。土に植えると芽が出る。これにはRNAiという方法を使った。遺伝子組換えでできているので、これをゲノム編集でやりたい。
農水省のプロジェクトでいろいろな品種におけるゲノム編集技術を使った研究をしている。保存に適したバレイショ、打撲で黒変しないジャガイモ。コムギ、柿、ピーマン、タマネギ。
このプロジェクトの成果を紹介する動画がもうすぐ公開される。このプロジェクトでは、いろいろな意見交換ができたことも収穫だった。

4.産業植物とはなにか

2025年3月まで工学研究科で研究をしていた。その成果を形にしたいと考え、農作物と薬用植物の研究をしている。農作物と薬用植物を包括した概念が無いと思った。植物が人類の生活を豊かにしてきた。多様な植物を包括的にとらえて社会実装したい。
それが「産業植物」。
ジャガイモの芽かきが不要になれば、フードロスを減らせる。薬用植物も品種改良して捨てる部分を減らしたい。それは地球環境への貢献につながるはず。
今、国のプロジェクト「BRiDGE」(国のプロジェクトの成果と民間による実装の橋渡しをする)で同時改変ゲノム編集技術を用いた産業植物の創出を目指しているところ。芽かきが不要になり、可食部だけの作物をつくる。組織培養とゲノム編集の合わせ技を考えている。クラウドファンディングやシンポジウム開催で認知度も上げていきたい。
例えば、ジャガイモ生産者には保管のための暗い倉庫が必須で、収穫後が面倒な作物だから、ポテトチップ用品種を栽培してすべて出荷して保存しないようにしているところもある。毒を気にせず、保存、加工、消費のすべての段階でフードロスを無くせるようなジャガイモを作出したい。
今は、毒を作る遺伝子をゲノム編集で働かなくして、試験管で培養している。来年は圃場試験をしたい。土に植えると発芽するので、土に植えなければこのまま保存できる。ただし、味はわからない。

質疑応答

(〇は参加者の質問、は講師の回答

  • 毒ができなくしたら、なぜ収量が減ったのか
    理由はまだわかっていない。
  • ゲノム編集などを繰り返すと完全無欠な作物に近づいていくのだろうか
    完全無欠の植物はありえないだろう。ただ、今までの品種改良でできなかったことがゲノム編集でできるようになっていることは事実。
  • チョコレートが値上がりしているが、カカオをゲノム編集でつくって安くすることはできるだろうか
    カカオやコーヒーは産地が限定されている。日本の気候に合っていて病気に強いカカオをゲノム編集で作ったり、組織培養でカカオ風味を作ったりできるかもしれない。いろいろな場所で作れるようにして持続可能性を狙っていきたい。
  • ゲノム編集に関わる技術は特許使用料が必要なのか
    クリスパーキャス9やTallenはアメリカに基本特許がある。日本ではキャス3、TIDというゲノム編集技術が開発されている。キャス3はイネで使える。TIDはトマトとイネで使える。
  • いつごろ店頭に並ぶか
    新しい技術だから慎重に進めている。特にジャガイモでは圃場栽培をしてみないとわからないこと、芋で増やす方法など研究すべきことはまだ多い。