サイエンスカフェみたか「世界に繋がる岩絵の具」
2025年9月25日、サイエンスカフェみたか「世界に繋がる岩絵の具」が開かれました(主催 三鷹ネットワーク大学)。お話は女子美術大学名誉教授で日本画家の橋本弘安さんでした。サイエンスカフェみたかで芸術家をお招きしたのは初めてのことかもしれません。草木染をされる方など、初めての参加者もおられました。

橋本弘安さん
主なお話の内容
はじめに
日本画制作から岩絵の具に興味を持つようになり、1990年ごろから鉱物、岩石を粉砕して自作した絵の具で描き始め、粉体工学会に入会した。今は岩絵の具天然顔料の新しい可能性の普及啓発の為に文理融合のNPO法人「富士山からはじまる天然顔料と粉砕の研究会」代表としても活動している。
顔料の新しい可能性
キーワードとして粉砕技術がサブミクロン・ナノテクノロジーの進展と共に、この30年間に大きく進歩した。それまで工業的には3μmの壁といって、それ以下の微細な粒子の製造は難しかった。絵で考えると30μm以下の粒子になると筆で容易に扱える。中世の絵具は乳鉢などで作られ粘土粒子<3μm>より大きい粒子の絵の具で描かれている。鉱物は自然なもので、粉砕は物理的操作。その石のある場所、できた場所への「場所愛」の感覚が生まれる。
二つ目のキーワードは分析化学の進歩。例えば、使っている鉱物が36.4億年前の岩石であると分析して示せる。火星の隕石も分析して同定できる。分析化学が同定してくれるので、月や火星を絵の具にすることができる。
岩絵の具の定義を見ると、こども辞典では「岩を砕いた」とあるが、広辞苑では「鉱物で作る顔料、人造岩絵の具も含まれる」とある。世界では、岩絵の具は岩を砕いた天然の顔料だという認識で、こども辞典の方が合っていると思う。しかし、有機・無機の合成顔料が悪いわけではなく、大量に作れるので、その応用利用としての人造岩絵の具は、戦後の美術を豊かにしてきたのも事実。
世界の岩絵の具を使った活動
ポーランドのある作家は泥岩などを乳鉢でつぶして、絵を描く活動などを行っている。万博でも、ポーランド館で一緒にイベントをしてきた。カナダ館、ヨルダン館でも行った。岩絵の具で世界はつながっていることを感じる。
色の素材・起源
色彩の素材を考えることは興味深い。粒子は0.2~0.3㎜。その100分の1の粒子も作れる。一般に合成有機顔料、合成無機顔料はサブミクロン粒子(1μm以下)。
色の起源は旧石器時代と考えられる。縄文時代(1万年前)、日本に旧石器時代の壁画は残っていないが、土器の文様などはある。インドには牛の糞で描く絵があり、これも起源は古いだろう。
植物由来顔料
バラとあずきなどのアントシアニンを使うのは、植物由来の絵の具だと言える。
天然顔料というと草木染をイメージする人が多いと思う。草木染は近代の染色工業に応用された。媒染剤が入って化学反応している。植物などからの直接染色は粉砕で作る岩絵の具などと近い。
粉体
曼荼羅を拡大したら50μmの孔雀石の粒子が認められた。緑と青の石の粒子も見える。絵の断面から見ると、45μmの岩絵の具の粒子が見えた。粘土粒子だと3μm。
油絵具もアクリル絵の具も岩絵の具も、共通しているのは粉体と糊をどう使うか。
寺田虎彦は「自然界の縞模様」という文章の中で、「粉体」は重要なものだから研究するように言っている。広辞苑では、第7版から「粉体」が登場している。粉体は多様な産業を支えるもので、粉体の挙動の研究は世界で行われている。
例えば、絵具はどうして紙につくのか。
1)粉体全部をのりで覆う 例)油絵具、アクリル絵の具
2)粘性の低い糊が点で粉体をつなげる 例)不透明水彩
3)粘土のように粒子が小さいので付着力が働く 例)ソフトパステル、チョーク
日本画も江戸時代には粒子の大きさが3段階位の岩絵の具を使っていたが、大正時代8段階になり、戦後15段階の粗さの違う粒子の岩絵の具が市販され表現するようになった。
このことが、2000年頃から中国で注目された。一つの物質をこのように丁寧に分けて画材として扱うのは日本だけだったから。粒子の大きさが違うと光の散乱や反射、吸収で同じ青い石も明るい水色や深い青に見えたりする。
多田銀銅山で群青をとっていたことが分かっていて。豊臣秀吉が狩野山楽に使用を許可している。粉砕の仕方はたたいてつぶすか、石臼でつぶすなどで行われてきた。
現在は、「遊星ボウルミル」といって自転と公転を利用して150Gくらいの大きな遠心力をかけて粉砕すると100nm以下に粉砕できる(墨の粒子は200nm)。3㎝の立方体の鉱物を粉砕していくと、テニスコート位の面積を塗れるくらいの顔料ができる。
鉱石と夾雑物
薄片偏光顕微鏡で見ると、いろいろな石が含まれているのが見える。富士山の溶岩だって、いろいろなものが混ざっていて、何かを取り出すとそれは富士山ではないかもしれない。顔料に使うラピスラズリにもいろいろな夾雑物が入っている。
分析により、ラピスラズリの主成分は青金石より藍方石だということがごく最近認定された。ウルトラマリーンはシリカ・ソーダ灰・イオウ・カオリン・木灰から作れる。金沢の前田家は成巽閣に群青の間という青い壁の部屋を作っていて、人造顔料のウルトラマリーンを使っている。天然のラピスラズリは粉砕すると夾雑物により、鮮やかな青を出せない。
19世紀以降、人は科学が作り出す鮮やかな色に目を奪われるようになった。それまでは、庶民の色は、派手でない自然な色。
場所愛
旧石器はてな館(現 史跡田名向原遺跡旧石器時代学習館)を見ると、黒曜石を運んで加工していたことがわかる。今はその黒曜石の産地を分析できる。
有機物、無機物が合わさって土ができ、石もできる。石を見ると、地球の営みが見えてくる。環境を考える糸口になる。
堀口大学は詩集「人間の歌」の中で、「石は千年動かない」と言っている。石のある場所には意味がある。人が場所にこだわるには、人文地理学の言うトポフェリア「場所愛」というものがある。偉人が踏んだ土への敬愛などもそれに当てはまるのではないか。領主が自然の鉱石への崇拝としてラピスラズリを身に着けていて、家臣には人造のビーズを大量に作って授けていたような事がエジプト文明であった。これは意味のある物への自然崇拝。ビーズは4000年前から大量生産されていた。この加工くずの粉も顔料だと思う。
現在、行っている活動
あかがねミュージアム(新居浜市)ではラピスラズリの加工くずを粉砕して、6000人で「ぼくたちわたしたちの青い壁」として展示する取り組みを今も続けている。
校庭のキリンの像を修復するのに校庭の土を焼いた顔料で塗りかえたこともある。
皆さんも100円ショップの包丁研ぎ(ダイヤモンド砥石)に事務用水糊を5倍の水で薄めてたらして石を粉砕すると、4μm位の粒子になり筆で水彩絵の具として絵が描ける。1000番から600番の砥石を使うと石がすりやすい。旅先の石で絵の具を作ってハガキに絵を描いて送れば、その場所に消印もつく。アイボルトとナットで静かに圧縮粉砕する方法も考案した。砂を粗いタイルでこすっても粉砕でき絵の具になる。
ラスコーの壁画は周辺40kmの岩絵の具で描かれたといわれている。古代の遺跡は近くの石で顔料を作っていたはず。ポーランドの石だけでフェルメールをまねて描くこともできる。近代以前の絵描きは世界に流通した顔料と地域の色を上手に使っていたのだろう。日本の左官屋さんは近年まで地域の砂を使っていただろう。
そういったことを考えながら、岩絵の具を作って、子どもたちともワークショップをしている。限られた色を使う面白さがあり、そこに世界の共通性も見いだせる。SDGsや持続可能な社会のなかでの美術・工芸・デザインの在り方として「天然顔料ルネサンス」「新しいアートアンドクラフト運動」「地球画」を世界で提唱している。詳しくは、NPOのインスタグラムなどご覧ください。