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JASTJ定例会「『ひと』を知るためのしっぽ学」

2026年3月5日、プレスセンターで日本科学ジャーナリスト会議(JASTJ)主催定例会「「ひと」を知るためのしっぽ学」が開かれ、配信されました。スピーカーは京都工芸繊維大学 応用生物学系 助教 東島沙弥佳さん。動物のしっぽの絵をみんなで描いたりして笑いながらお話をうかがっていたら、すっかり「しっぽ学」に魅了されてしまった2時間でした。

配信会場にて

配信会場にて

主なお話の内容

脊椎動物のしっぽの条件

脊椎動物のしっぽの条件は次の3つ。

  • 位置 肛門より後ろにはえている
  • 中身 尻尾は真ん中に背骨があって胴体の延長線
  • 形 体の外に突出している

生物学的に言って、ヒトにはしっぽがない。でも人はしっぽに関心をもっている。ドラゴンボールのようにしっぽのあるヒーローが登場したりする。
「ひと (ヒト+人)」を知りたいから、私はしっぽの研究をしている。そのために、人(認知をもった人間)、ヒト(ホモサピエンス 生物学)、ひと(人とヒトを併せ持つ)を使い分け、しっぽを文理両面から考えるために「しっぽ学」と名付けて研究している。

いろいろなしっぽ

例えば、シマウマのしっぽは筆型で肛門のふたの役割や虫を追い払う役割をしている。ビーバーのしっぽは平たく、泳ぐときの推進力を生み、水面をたたいた音で敵を威嚇する。トリには背骨(正しくは椎骨)の最後のところに小さい骨(尾端骨)があり、この骨までがしっぽ。短いしっぽに長い羽がついていて尾羽を方向転換に使ったりする。恐竜時代には20個位の背骨があったが、飛ぶために短くなった。尾端骨の形は水鳥、陸鳥で異なる。

しっぽの形と使い道

ワオキツネザルの尾は60㎝ほどあり、寒い時はマフラーのように体に巻き付ける。その他、しっぽを使って枝にぶら下がるサルもいる。木の上で暮らす生物はしっぽを左右にふってバランスをとる。尾の上げ下げで群れの中の地位を示す動物もいる。
サル (霊長類) だけみてもしっぽの長さにはバリエーションがある。
日本語では霊長類をひとくくりしにて「サル」と呼ぶが、英語では尾のあるサルを「モンキー」と呼び、尾がない類人猿を「エイプ」と呼ぶ。チンパンジーやゴリラはエイプ。

ヒトとしっぽ

ヒトは進化の過程でしっぽを失った。モンキーとエイプの共通の祖先「エジプトピテクス」(約3330万年前)は、しっぽの骨が1個発見されたことから長いしっぽを持っていたことが明らかになっている。一方で、エイプの共通祖先である「ナチョラピテクス」(約1550万年前)にはすでにしっぽがない。このおよそ2000万年の間を埋めるような化石は発見されていない。その理由について、かつては腕でぶらさがらないようになったから、しっぽがなくなったのではないかという仮説が広く信じられていた。しかしナチョラピテクスの発見により、しっぽを喪失しているこの祖先はいまだぶらさがれなかったということが判明。ぶらさがり運動への適応としっぽ喪失との因果関係は否定された。

しっぽについて、生物学の中でも様々な観点からアプローチしてみた。
〇アプローチ1 形態からのアプローチ
しっぽの中には仙骨、尾椎がある。骨の周りには筋肉があり、しっぽを持ち上げたり、下げたりする。異なる種の仙骨を比べてしっぽの長さ、大きさ、働きを考える。しっぽの長さと筋骨格の形は強く相関する。
〇アプローチ2 発生からのアプローチ
ひとつの受精卵からの発生過程にもヒトはしっぽを失う。
受精卵は発生によって多様な形になっていく。
ヒトは妊娠約10週間で3cmくらいのヒトらしい形になる。からだの形がつくられていく時期 (〜妊娠約10週より前) を胚、それ以後を胎児と呼ぶ。しっぽは胚発生の段階でなくなる。胚の体節数の変化をみていくと、最初は体軸が伸長して体節が増えていく。ところが、体軸の伸長が停止した直後、わずか2日間でしっぽの体節5対が消えて無くなってしまう。その理由はまだ明らかになっていない。
ヒューマンテイルといって、しっぽのようなものが生える先天異常 (内部に骨が入っていないケースも多い) はあるが、致死的奇形ではなく、これまで臨床医学的にはあまり重要視されてこなかった。
かつては、単純切除されるケースが大半だったが、患者が術後 (新生児がその後思春期を迎えた頃) に後遺症を訴えたという報告もあった。
先天異常発生の原因に関して、100年以上も「発生過程における尾部退縮異常だ」という仮説が信じられてきたが、上記のヒト胚発生過程における体節数推移の研究から、これは事実と異なると確信。これまでの症例報告を全て収集して再分析したところ、原因は別にあるということがわかった。

人文学的アプローチも試みた。
しっぽをなつかしむのはなぜ?しっぽをもつヒトについては、『日本書紀』(8世紀成立)に井戸から出てくる光る有尾人、力持ちの有尾人といった記述が登場する。

しっぽがある、という記述自体が具体的に何を表しているのかは諸説あるが、先天異常Human tailが存在している以上、実際にそれを罹患していた人間がいた可能性も否定はできない。

そこで、『日本書紀』を通読した結果、しっぽの生えたヒト以外にもヒトの体の構造や機能の異常に関する記述が30例ほど登場することがわかった。腕にこぶがある天皇(リンパ管奇形だろう)は後に武芸の神様の八幡様となっている。話ができない人も二人出てくる。一人は8歳で夭逝、もう一人は成人しても泣きわめいていたと書かれている。

先天異常に関する体系的・学術的な研究はサリドマイド事件に端を発する(1960年代)。
だからそれ以前 (西洋・近代医学が一般化する以前) に、どういった先天異常があったのかといったような情報はこれまで入手困難だった。だが、これまで「人文学的」「歴史的」資料とされてきたこれらの文献を生物学観点からみると、歴史的資料がある種の先天異常のカルテの役割を担っていることもわかってきた。